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メタモルファルは寄り添う  作者: 甲斐 雫
第5章 メタモルファルは生命を謳う
68/115

68 逃げ出した新妻を追いかけて

 城壁近くの灌木の影で、エルオリーセは膝を抱えて蹲ったまま動かなかった。

 音を立てて降る雨は、彼女の身体を洗うように叩いているが、それでも頭の中は整理されずにいる。

 そんな彼女の傍に寄り添って、アルバもまた動けずにいた。


 三吾を呼びに行きたいのだが、エルオリーセの傍を離れたら彼女が門を出て行ってしまうかもしれない。この大雨の中では、嗅覚で彼女の後を追うのは困難だと解っている。

 せめて変身して、彼女の身体がこれ以上の雨に濡れることを防ぎたかったが、街中では誰かに見咎められないとも限らない。

 ただ寄り添っていることしか出来ない。自分の身体を固く抱きしめて、静かに泣いているエルオリーセの傍で、身体をぴったりと寄せる事しか出来ない。

 早く彼が見つけてくれないか。アルバは祈りながら、雨を見つめていた。


 三吾は家を出ると、西に向かって歩き出した。朝市と反対側の方角ならこっちだろうと、真っすぐ西門へと歩きながらあちこちを探す。

 路地の奥、空き家の中、立木の影や積まれた木箱の間。

 こんな土砂降りの中、濡れている彼女を思うと気ばかり焦る。けれどエルオリーセとアルバの姿は、どこにも見つからない。

(もしかしたら、学院の研究室かもしれない)

 三吾はふと思いついて踵を返した。彼女の研究室の中なら、鍵を掛けて閉じこもることも出来るだろうし、ゲンも学院の門番までは調べに行っていない筈だ。

(一旦戻って、学院内を探してみよう)


 けれど、エルオリーセとアルバが学院の門を通った形跡はない。念のため研究室も調べてみたが、気配すら無かった。

 時間は大分経ち、夕方になっていた。雨足は少しずつ弱くなっているが、まだ降り止まない。

 三吾は再び、街中の捜索に戻った。


 足を棒にして歩き回りながら、三吾はエルオリーセが家を飛び出した理由を考えていた。

(まさか・・・僕と結婚したのを、後悔したのだろうか・・・)

 そんな事は無いと思えるが、何か気づかなかった事があるのかもしれない。

(それとも、初夜が苦痛だったとか・・・)

 出来る限りの配慮をしたつもりだったが、何かを間違えたのかもしれない。

(・・・でも、眠る前に彼女は微笑んでくれた)

 あの微笑みで、自分はこの上ない喜びを得た。そして彼女も、そうだったと思えた。


 同じことを何度も繰り返して考えるが、結論など出ない。

 そして三吾は、漸く西門の城壁から北に向かって歩き始めていた。



 アルバは、遠くから近づいて来る、待ち望んだ気配に気づいた。

 首を伸ばしそちらに頭を向け、ピクッと両方の立ち耳を動かす。

 パシャパシャパシャ・・・と走り寄る足音は、時々止まって辺りを探しているようだ。

 来てくれた、とびしょ濡れのメタモルファルはスッと立ち上がり、三吾に向かって駆け寄る。

「ワン」

 一声吠えたアルバに、彼はバッと振り返った。

「アルバっ!リーセはっ?」



 黒白の大型犬に案内され、三吾は灌木の影に蹲るエルオリーセの姿を漸く見つけた。

 けれど駆け寄ろうとする彼に気づいた彼女は、立ち上がって逃げ出そうとする。

「待って!リーセ!」

 三吾はかろうじて、エルオリーセの手首を掴むことが出来た。


「は、放して、三吾・・・」

 逃げようとする彼女の唇から、ツラそうな声が漏れた。

「わ、私・・・・私はっ・・・・」

 そして、絞り出すように叫んだ


「私は・・・メタモルファルだったのっ!人型のメタモルファルだった。人間じゃなかったの!」


 三吾の手を振りほどこうと、エルオリーセは必死だった。

「ごめんなさいっ・・・放して!」


 その瞬間、三吾は叫んだ。

「だから、何だ!リーセはリーセだ!」


 彼女の言葉が、理解できなかったわけでは無い。

 衝撃的な告白の意味が、解らなかったわけでも無い。

 ただ真っすぐに、その言葉が出て来た。

 思考を吹き飛ばして、純粋な想いだけが口から飛び出した。


 思わず立ち竦んだ彼女の身体を、三吾はその腕の中にしっかりと閉じ込めた。


 けれどその雨に濡れた身体は、冷たく強張っている。

「・・・・さ・・・んご・・・」

 それだけを呟き、エルオリーセの身体は糸が切れたように力を失った。


 持ってきたレインケープで彼女の身体を包み、三吾はアルバを連れて自宅へと急ぐ。

 雨はいつの間にか上がっていた。




 エルオリーセを抱いたまま家に入った三吾は、待っていたルビーを驚かせた。

「取り敢えず、体を拭かないと!」

 寝室は綺麗に片付けて置いた。詳しい事情を聴くのは後回しだと、ルビーはテキパキと指示を出す。

「ソファーに寝かせて。タオルを沢山と、着替えを持ってきて」


 ルビーがエルオリーセの世話をしている間に、三吾とアルバは自分たちの身体を乾かす。ルビーに、濡れたままだと助けにもならないと叱咤されたからだ。

 そして冷えきったエルオリーセをベッドに寝かせると、ルビーは優しく三吾たちに声を掛けた。

「熱が出てるから、冷やしてあげて。食べ物はあるみたいだけど、薬が無いようだからうちのを届けるわ。旦那に見つかったって伝えないといけないからアタシは帰るけど、何かあったら連絡をちょうだい。詳しい事情は、落ち着いてから聞くわね。ああ、そうだ。アルバ、一緒に来て。薬と、病人に良い食事のレシピと材料を持ってって欲しいのよ」


 アルバは了解しましたと言いたげに立ち上がると、いつも買い物に使っている自分用のバスケットを咥えて来る。

 タフなメタモルファルは、疲れも見せずにルビーの後について家を出て行った。



(・・・ホントだ、熱がある)

 そっと彼女の額に手を触れて、三吾は痛ましそうな表情を浮かべた。

 抱きかかえて帰ってくる間は、冷え切った身体のことしか解らなかったが、今は確かに額が熱くなっている。

 濡れタオルをその額に置いて、三吾はベッドサイドに腰を下ろした。

(病気なんてしたことが無い、と言っていたのに)


 眠るエルオリーセの顔を見つめながら、三吾は考え始めた。

 彼女が言った、自分はメタモルファルだという言葉を。


 以前彼女は言っていた。

 メタモルファルは、オトナになった時に覚醒して、自分が変身獣であることを自覚するのだ、と。

 アルバはテルルと交尾した後、雰囲気が変わり、メタモルファルとしての能力が開花しつつある、と。


 つまりエルオリーセも、初夜を終えて処女を喪失した時に、覚醒したという事なのだろう。

 人型のメタモルファルとして。


 彼女が人の赤ん坊としてこの世に存在することになり、自覚が無いまま人として成長したという事だ。人間社会で教育を受け、知識や愛情を受けたエルオリーセにとって、自分が人では無いと知った時の衝撃ははかり知れない物だっただろう。

 同じメタモルファルであるアルバと違うのは、そういう点ではないかと思う。


 だから彼女は、そんな自分の変化を受け止めきれず、パニックのようになって家を飛び出したのだ。

 どうすれば良いか、解らなくなって。


 漸く答えが見つかった。

 三吾は少しだけ安堵して、優しくエルオリーセの髪を撫でる。


(急な変化で、心と身体がそれについていけなかったんだろう。知恵熱みたいな感じかな)

 三吾は、ぬるくなってきた額のタオルを取り換えた。


 今までずっと、彼女は健康で溌剌としていた。風邪さえも引かず、怪我をしても回復が早かった。それは、メタモルファルであるアルバの癒しの力のお陰だと思っていたが。

(覚醒前でも、リーセ自身の資質があったんだろうな)

 アルバの力と彼女の資質の相乗効果で、はっきりと解るくらいの効果があったのだ。


 他にも、色々と思い当たる節もある。

 犬や猫、それ以外の動物と直ぐに仲良くなったり、自然の中で屈託なく楽し気に行動したり。

 どこか不思議な魅力を持つエルオリーセなら、納得できると思った。


(それでも、僕は・・・)

 エルオリーセを愛している。

 彼女が何者でも、変わらず心から愛している。


 だから、エルオリーセが目覚めて落ち着いたら、ゆっくりと話し合おう。

 三吾は彼女の手を取ると、そっと唇を落とした。



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