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メタモルファルは寄り添う  作者: 甲斐 雫
第5章 メタモルファルは生命を謳う

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67 どうすれば良いのか、解らないまま

「・・・ん・・・」

 エルオリーセは、暖かく包まれた毛布の中で目を覚ました。

 素肌に当たる感触で、自分が裸であることが解ると、ポッと頭に血が上る。

(あ・・・そうか・・・)

 昨晩、初夜を迎えた。

 思い出しかけた瞬間、何かがストンと胸の中に落ちて来た。

 心の中に、頭の中に。

 自然に、当たり前のように。


(・・・何?・・・)



 起き上がって胸元に毛布を集めたエルオリーセに、とっくに起きて身仕舞を済ませたらしい三吾が声を掛けた。

「目が覚めた?大丈夫?どこか、ツラかったり痛かったりしてない?」

 優しく気遣いながら、新妻の頬にキスをする三吾は、出かける支度をしていた。

「君が起きたら、朝ご飯を調達しに行こうと思ってたんだ。朝市で、見繕ってこようかってね」


 優しい夫の言葉だが、エルオリーセはギュッと毛布を握りしめて俯いたままだった。

(ええと・・・やっぱりツラいのかな。それとも、恥ずかしいのかもしれないな)

 初夜の翌朝の女性の心理までは、生憎知識が無い。


「それじゃ、行って来るから、リーセはまだ寝てて。アルバに声を掛けていくからね」

 取り敢えず今は、少しそっとしておいた方が良いかも知れない。アルバが寄り添ってくれたら、身体の方は直ぐに良くなるだろう。

 三吾はそう考えて、どこかウキウキとしながら外に出た。

「雨が降りそうだな。昨日はあんなに良い天気だったのに」

 どんよりとした厚い雲が、頭上に広がっている。今にも降り出しそうな気配に、三吾は急ぎ足になった。

「ついでに、昼と夜の食事も調達しておこう。そうすれば、今日は一日ゆっくりできる」

 彼女と2人・・・いや、アルバもいるけど、あの賢いメタモルファルなら忖度してくれるだろうから。

 三吾は足取りも軽く、朝市に向かって歩き出した。




 三吾に声を掛けられたアルバは、寝室に入って行った。

 まだベッドの上にいたエルオリーセは、大切なパートナーに気づくと伏せていた顔を上げる。その青褪めた顔色に、アルバは驚いて駆け寄った。

「・・・どうしよう・・・私・・・」

 独り言のように呟く声。

 犬型のメタモルファルは、解っていますよと言うように優しくその手を舐める。

「どうしたらいいか・・・解らない・・・」

 彼女が混乱していることは、アルバにもよく解った。三吾は出て行ったばかりで、直ぐに戻って来ることは無いだろう。困ったように部屋の外をチラチラ窺うその様子に、エルオリーセはビクッと身体を震わせた。

「・・・ここに・・・いられない・・・」

 彼が帰ってくる前に。

 急いでベッドから降りて、クローゼットに向かう。頭の中はまだ混乱していて、まともに思考が出来ない。けれど、彼に自分を見られたくないという気持ちは確かだった。

 エルオリーセは手近にあった普段着を身に着けると、そのまま外へ飛び出す。

 アルバもその後を追って玄関から出るが、念のため三吾の気配を探った。

 ・・・まだ当分は帰らないだろう。

 朝市と反対の方角に駆け出したエルオリーセの後を、アルバは迷わず追いかけた。



「おや、ベリーが出てる」

 三吾は朝市の屋台を眺めながら歩き、山のように積まれた苺を見つけて足を止めた。レーエフ近郊の農家で採れたストロベリーだ。

(リーセは果物が好きだからな)

 野山の木苺やスグリなどは、見つけると歩きながらでも摘まんで口に放り込んでいる。嬉しそうなその笑顔を思い出した三吾は、苺を1袋購入した。

 既にサンドイッチを数種類と、串焼きの肉や魚なども買い込んでいて、荷物はかなり多くなっている。

(牛乳も欲しい所だが、それは後でアルバに頼めばいいか)

 そんな事を考えながら、三吾は足を速めた。ポツリポツリと雨が降り出している。両手に荷物を抱えながら、足取りも軽く小走りに自宅を目指す三吾だった。


「・・・ん?・・・あれ?」

 三吾は玄関の扉の前で足を止めた。普段なら足音を聞きつけて、アルバがドアを開けてくれる筈なのだ。

「・・・鍵は開いてるな」

 何とか扉を開けて家の中に入った三吾は、シンと静まり返った室内に嫌な予感を覚える。エルオリーセは寝ているのだとしても、アルバが一緒に熟睡しているはずなど無いのだ。

「アルバ?」

 三吾は荷物をキッチンに置いて、寝室に入った。

「リーセっ⁉」


 ベッドは乱れたまま、部屋のあちこちには彼女が昨日来ていた花嫁衣装が散乱している。

 慌ててクローゼットを開けて見れば、普段着と靴が一揃いだけ無い。家の中を探し回っても、やはり彼女の姿は無く、普段持ち歩いているバッグが残されていた。

(飛び出して行ったのか・・・何も持たずに)

 三吾は呆然と立ち尽くしていた。



 誰もいないところへ。人がいない場所へ。

 エルオリーセは小走りに、西門へ向かっていた。

 誰にも、自分を見られたくなかった。

 街を出て、人の姿のない場所で、自然の中で1人になりたかった。


 頭の中はまだ混乱していて、何をどうすれば良いか解らないままだ。時間をかけて落ち着いて、考えなければいけない。それで結論が出るとは限らないけれど。


 西門が見える場所までたどり着いたエルオリーセは、足を速めた。

 けれど、それまでずっと傍らで歩調を合わせていたアルバが、ダッと駆け出して彼女の前に回る。

「ワンッ!ワンワンッ!ゥワンッ!」

 通せん坊するように立ち塞がり、アルバは大声で吠えた。

「えっ!」


 こんな風に、アルバがエルオリーセに吠え掛かるのは初めてだった。

 怒っているような、はっきりと制止を告げる吠え方。

 門から出て行ってはダメだ、と叱りつけるような声だった。


 エルオリーセは邪魔をしてくるアルバを何度も交わして先に進もうとするが、その都度アルバは素早く動いて行かせまいとする。

 そんな様子を、後ろから来た人々が怪訝そうな視線を寄こした。生鮮食料品を朝市に届け、帰路につく近郊の農家の人々だ。空の荷車を引きながら、こちらを見て来る彼らは、若い女性が大型犬に吠えつかれている光景に、今にも駆けつけそうな素振りだった。


「・・・ぁ・・・っ・・」

 エルオリーセは人々の様子に気づくと、足を止める。アルバは直ぐに彼女に近づくと、その手をそっと舐めた。その様子に、人々はホッとしたようだった。

 西門を出ることを諦めたエルオリーセは、そのまま城壁に沿って道を外れて歩き出す。

 しばらく歩くと、灌木が生い茂った空き地があった。彼女は繁みを掻き分けて中に入る。

(・・・ここでも、いいわ)

 誰にも見つからなければ、ここでも構わない。

 エルオリーセは、膝を抱えて蹲った。



 三吾は自宅を飛び出した。

 エルオリーセが突然姿を消した理由に、思い当たる節は無い。確かに朝起きた時は、少し様子がおかしいような気がしたが、今はそれを考えるよりも、彼女を探す方が先だと思った。

(街の外に出て行ってたら、厄介だ。それにどの門から出て行ったかさえ解らない)

 こうなると、1人で探し回るのは効率が悪いと考える。

(・・・『笑うブチハイエナ亭』に行こう)

 確かゲンは、今日は休みを取っていたはずだ。結婚の翌朝に、花嫁がいなくなったと伝えたら、何を言われるか解らない。けれど、どう思われようとエルオリーセを探すことの方が大事だ。

 本格的に降り出した雨の中を、三吾は幼馴染の自宅に向かって走った。


 そして数時間後、もしかしたらエルオリーセが帰ってくるかもしれないから、家で待ってろと言われた三吾の元へゲンがやって来た。

「東西南北の門の衛兵に使いをやって聞いてみたが、エルオリーセがレーエフから出て行ったという情報は無かったぞ。アルバも一緒の筈だから、気付かなかったってことは無いだろう」

「そうか・・・ありがとう。それじゃ街中にいるはずだな。探しに行くよ」

 三吾はレインケープを羽織り、もう1枚を手に持った。外は土砂降りの雨になっていた。

「後でルビーもここに来るって言ってたから、アイツが来たら俺も探しに行くな」

 ゲンの女房であるルビーが居てくれるのなら安心だ。

 三吾は、恩に着るとだけ告げると、篠突く雨のなかへ走り出した。



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