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メタモルファルは寄り添う  作者: 甲斐 雫
第3章 犬型メタモルファルは傍にいる
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39 彼女は重要人物

 話は少し遡る。

 長兄イットリュウと次兄ニッケリと共に、クトロ公国の首都エレに向かった三吾は、翌日の昼頃には墓所に到着し、無事に墓参りを済ませた。

 けれど、そこからが三吾にとっては苛立つ時間になった。


 長兄と次兄は、何かと口実を付けてはエレのあちこちに寄った。

 オキシロ商会の本店はエレにある。来たついでに、急ぎの仕事だけでもしておきたいと言うのだが、すぐ終わるから待っていろと言われて結局その日は夜になってしまった。

 そして翌日も翌々日も、取引先だの何だのと引っ張り回された三吾は、流石に腹を立てる。毎晩、明日の朝には帰るという兄の言葉を信じて我慢していたが、このように引き延ばされるのは何か魂胆があるのではないかと思った。


「兄さんたち、僕は今すぐ1人でも屋敷に帰る」

 こちらに来てから見合い相手に連絡を取り、準備を整えてなし崩しに決行しようとしているのだ、と三吾は推測した。それは図星だったようで、兄たちは三吾に『利のある結婚』について滔々と語る。

 けれど彼は、そんな話を一蹴した。彼らの言う『利』とは、オキシロ家にとっての『利』なのだから。


「これ以上、彼女を待たせておけない」

 そんな三吾の言葉に、兄たちは苦笑いで返した。

「もうバレているんだよ。お前が連れてきたあの女は、『付き合っている女性』として雇っただけだって事は」

 三吾は、兄たちが彼女を誤解していることをはっきりと理解した。


「雇う?そんな事が出来るわけがない。もっとちゃんと説明しておけば良かった。エルオリーセはユニバース学院専任探索者だが、身分は教授と同格で研究室も持っている。現在専任探索者はたった1人しかいない。つまり唯一の存在で替わりはいないんだ。学院からの基本給以外に探索でのボーナスも入るから、収入は僕より上だ」

「えっ!」

 兄たちの驚きの声に構わず、三吾は言葉を続けた。


「兄さんたちに付き合わされてオキシロ商会関係の場所に行ったが、そこで聞いたよ。『学院印の万能薬』を扱うそうだね」

 現在は学院が直接レーエフの市場に卸しているが、それをエレでも販売したいと学院側と交渉を進めていたオキシロ商会だ。相手は学究の徒ばかりとは言え、経済学などの専門家もいる。慎重に丁寧に交渉を続けた結果、漸く学院からの認可が下りる寸前まで漕ぎつけているところだった。


「あの万能薬は、エルオリーセと僕も共同研究者になっている。しかも研究グループのリーダー、カリーム・ポタシム教授は学院長に意見を通せる実力者で、エルオリーセを娘の様に可愛がっている」

 少しばかり誇張してはいるが、この程度は許せる範囲だろう。


 長兄イットリュウは、渋面になって腕を組んだ。

「知らなかった・・・雇われただけの女性だとばかり思って、用が済んだら帰る筈だと思っていた。もっとちゃんと礼を尽くさなければならなかったな。妻や執事にも、彼女は帰ると言ってしまった」

「僕は、彼女に待っているように言ったんだが」

「すまない、妻とサルファーがエルオリーセさんを嫌っているようだったので、安心させたかったのもあるんだが・・・」

 ここで、次兄イットリュウは青褪めた顔で口を挟んだ。

「ちょっと待ってくれ」


 次兄は慌てたように話し始めた。

「俺の方は、彼女はサンゴと一緒に帰るものと思っていた。だからテネシーを屋敷に置いてきても安心だと思っていたんだ」

「安心?どういう意味だ?」

ニッケリは、詳しく話し始めた。


 長兄の妻バナジアと妹サルファーは、商家の出身であるテネシーを見下していた。誰も見ていないところでは、イビリや虐めを繰り返していたのだ。ニッケリは、その事を妻から聞いていた。ニッケリは、妹には何度も注意したが義姉であり有力貴族の娘であるバナジアにには何も言えなかった。その夫である兄にも、言っても無駄だと諦めていた。

 ニッケリは兄と弟に、テネシーが受けていた全ての事を洗いざらい伝えた。

「エルオリーセさんが屋敷にいるなら、あの2人の興味・・・と言うか虐めの対象は彼女になるだろうと思ったんだ。でも、兄さんと同じように雇われただけの女性なら、それも仕方がないと思っていた。テネシーにも、そう言っておいた」


 イットリュウの顔は、渋面を通り越して真っ青になっていた。

 彼女に危害が加えられていたら、そしてそれを学院側が知ったらどうなるか。


『学院印の万能薬』は、既に宣伝も始めてしまっている。ここで認可が遅れたり、最悪取引が中止されたらオキシロ商会の損失は莫大なものになる。


「ニッケリ、直ぐに馬車を手配してくれ。途中での替え馬の手配もだ。真っすぐ、最短時間で屋敷に戻る」

 オキシロ家の当主は、きっぱりと命じた。

 準備も含めて、屋敷に到着するのは明日の昼過ぎになるだろうと思われた。



 その頃、エルオリーセは部屋で休みながら、アルバに向かって語り掛けていた。

「三吾の帰りが遅いでしょ?きっと向こうで何かあったのよね。・・・お兄さんが私に帰れって暗に言ってたけど、あれってもう用済みだってことなんだわ。『付き合っている女性』がいるっていう三吾の主張は、通らなかったのよ。・・・だから、向こうでお見合いしているんだと思う」

 彼の意向など無視されて、無理やり見合いをさせられたのだろう。速攻で事実上の結婚とやらを行われている可能性もある。

 それに関しては、仕方が無いと思うしかないエルオリーセだ。

 この屋敷に来て、身分の差がどういうものを、嫌というほど叩き込まれたようなものなのだから。

「明日も、また同じような目に遭うなら、帰った方がイイかな?三吾は待っててくれって言ったけど、私は役に立たなかったわけだし、帰ってきたら顔を合わせるのは気まずいかもしれないしね」


 ところが翌朝、エルオリーセが命じられたのは馬小屋の掃除だった。

 屋敷の中で躾と言う名の虐待を受けるより、彼女たちと顔を合わせず外で働ける方がずっと良かった。けれど、何故バナジアたちが自分を呼ばなかったのか、その理由は直ぐに解る。

 長兄イットリュウとバナジアの一人娘、ジルコニアが朝早く帰って来たからだった。


 馬小屋の掃除をしながら、これなら楽しいからもうひと晩くらいはここに居ようかと思っていたエルオリーセだが、数時間後に何故かテネシーがやって来て言った。

「その犬を寄こしなさい。お義姉様のご命令です」


「はぁ?」

 エルオリーセは、思わず呆けなような声を出してしまった。バナジアにアルバを見せたことは無いし、彼女が犬好きだとは到底思えない。

「ジルコニア様が、大型犬が直ぐに欲しいと仰って、たまたまバルコニーからその犬を見たそうよ」

 テネシーは、一応の説明をしてくれた。


 友人の家に招待されていたジルコニアは、そこに滞在中、友人が飼っていたコリー犬を見て、自分も欲しくなったのだという。今まで欲しいものは、そう言えば直ぐに用意されていた我儘なお嬢様は、買ってあげるという母親に、届くまで待てないと駄々をこねたようだ。

 そしてたまたま見かけたアルバを、自分の物にすると言い、バナジアがテネシーに命じたということだった。


(冗談じゃない)

 エルオリーセは、それだけは承諾できないと思う。あの貴族女たちやお嬢様が、アルバに何をするか解ったものではないのだ。


「・・・解りました」

 暫く考えた後、エルオリーセは俯いたまま答えた。

「そうよ、その方が良いわ。その犬も、貴女に飼われるよりずっと良いものが食べられるし幸せになれるわよ」

 ごねられるかと思っていたテネシーは、ホッとしていた。

「ただ、今まで馬小屋の掃除を一緒にしていたので、汚れていますし臭います。井戸端で洗ってきますから、少しお待ちいただけますか」

 馬小屋の臭いに辟易していたテネシーは、解ったわと言ってその場を離れて行った。



 井戸端でテネシーの様子を窺うと、彼女は遠くなられた場所にあるベンチに腰を掛けていた。エルオリーセはしゃがみ込み、井戸の影になるようにしてアルバに告げる。

「逃げちゃおう」

 1人と1匹は低い姿勢のまま井戸端をこっそりと離れ、そのまま農園の方へ一目散に走り始めた。


 農作業の折に、屋敷の敷地内から外に出られる場所が農園の外れにあることを見つけていた。

 高い塀に囲まれた敷地だが、農園に近接する門は、雇われ農夫たちの出入りのため日中は開けていて、門番の老人は大抵昼寝をしている。


 エルオリーセとアルバは、門を一気に走り抜け、そのまま姿をくらました。



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