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メタモルファルは寄り添う  作者: 甲斐 雫
第3章 犬型メタモルファルは傍にいる

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38 虐めを通り越して虐待

 サルファーとテネシーが出て行った後、エルオリーセは井戸端で身体と服を洗い、アルバが待つ部屋に戻った。

 黒白のメタモルファルは、彼女の姿で全てを理解したようで、ひたすら寄り添って慰めようとする。

「ありがとね、アルバ。でも、大丈夫よ。三吾が帰ってくるまでの辛抱だから。それより、アルバはあの人たちに決して敵意を持たないでね」

 エルオリーセは、優しく説いた。

「アルバが唸ったり歯を剥いたりしたら、何をされるか解らないでしょ?」

 メタモルファルは、決して不死ではないのだ。首を刎ねられたり頭を潰されたりして、回復が間に合わなければ死に至る。

「私に何かあっても、アルバが居れば癒してくれる。だからアルバは、ちゃんと食べて元気でいて貰わないと困るのよ」


 癒しの獣は悲しそうな顔をして、けれどしっかりと肯いた。



 アルバのお陰で翌朝には大分疲労も取れたエルオリーセだが、流石にメタモルファルでも空腹は癒せない。昨晩は夕飯どころではなく、結局1日のうちで食べたのは林檎とキュウリだけである。

(お腹空いたなぁ・・・今日も農園仕事かな?)

 昨晩干しておいた野良着は、まだ生乾きだが着ているうちに乾くだろうし、どうせまた汗で濡れる。

 エルオリーセが着替えをしようとしたところに、やや上等のお仕着せを着た小間使いがドアを開けた。

「奥方様がお呼びです」

 野良着で行くわけにもいかないか、とエルオリーセは普段着のブラウスとスカートに着替えた。



 オキシロ家の奥方様、バナジアの広い居室に通されたエルオリーセは、朝の挨拶と共に深々と頭を下げた。

 バナジアは、豪華な1人掛けソファーにゆったりと腰かけ、傍らにはサルファーが、少し離れたところにテネシーが立っている。

 エルオリーセに対して悪意を持つ女性が、勢ぞろいといったところだ。

(貴族の女性は朝が遅いと聞くけど、このために早起きしたのかな?)

 ご苦労な事だと思うが、それだけ熱意があるという事なのだ。この後の時間を思うと、流石にゾッとしてくる。


「今日は屋敷内で働いて貰うわ。農作業じゃなくてありがたいでしょう?でも、その前に着替えなさい」

 サルファーが、目の前に放り出したのは最下級の使用人服だった。

「・・・ここで、ですか?」

「当然よ」

 フフンと鼻で笑って少し遠ざかったサルファーと、冷ややかで退屈そうな視線を投げているバナジア。

 そんな2人の様子を見ながら、テネシーは思い出していた。


(私も、同じことをされたわ・・・)

 ちょっとした変装ごっこをしようと言われ、有無を言わさず小間使いの服を着せられた。

(でも、一応小間使いの服だったし、着替えも衝立の向こうだったし・・・)

 こんな風に、最下層の服を2人の目の前で着替えさせられたりはしなかった。

(私の方が、ずっとマシだったのね。この娘よりは・・・ずっと)


 自分よりもっと虐めの対象に相応しい相手がいるのだ、とテネシーは思う。

 それまでは、多少なりとも彼女を気の毒に思うこともあったのだが、今は自分が虐められることは無い。義姉たちに従って自分も同じことをしなければ、また次は自分が虐めの対象になるだろう。

 それなら、今だけでもこの最下層の雇われ娘を虐げても良いのではないか。


 次兄のニッケリと結婚してから、この屋敷に来ることはずっと苦痛だった。夫は彼女の実家の資産を手放すことは出来なかったので、それなりにテネシーを大事にしていたが、義姉たちの振舞いに関してはどうしようもなかったのだ。

 クトロ公国の首都エレに自宅を持つニッケリは、年に数回だけ実家を訪れるだけなのだからと妻を宥めていた。


 エルオリーセは3人の女性たちの前で、服を脱ぎインナーになった。

「・・・変な下着ね?」

「でも、貧相な身体だってことははっきりしたわ。ちょっと、まだ着ちゃダメよ」

 サルファーは、エルオリーセが手を伸ばした使用人服を踏みつけて言った。


「旦那様が仰った通り、たまたま目に着いた女を雇ったと言うことで間違なさそうですわね」

 それまでずっと黙っていたバナジアが、扇を口元に当てながら言葉を発した。

「ええ、お義姉様。どう見ても色仕掛けなどできない身体ですわ。本当に、わが弟ながら女性を見る目が無いというか、関心が無いというか・・・研究馬鹿ですわ」

(確かに三吾は、そう言う部分があるけど、それを実の姉がそこまで言わなくても・・・)

 そんな事を考えてしまったエルオリーセに、バナジアは再度口を開いた。

「その顔の、覆い布も取ってしまいなさい。テネシー」


「えっ!」

 私が?と驚くテネシーだが、義姉に逆らうことなど出来ない。床に膝をついているエルオリーセに近寄ると、恐る恐る手を伸ばした。


「自分で取ります・・・でも、良いんですね?」

 エルオリーセは落ち着いてそう言うと、覆い布の留め具を外して顔の火傷痕を露わにした。


「キャアッ!」

 至近距離でそれを見たテネシーが、大きな悲鳴をあげた。

 赤味は殆ど消えているが、凸凹と盛り上がった顔の半面。そして何より気味が悪いのが、白く濁った眼球だ。

「・・・っ!」

 サルファーも息を呑んで後ずさる。

 深窓のお嬢様育ちの女性たちにとって、それは相当に衝撃的なものだった。


「ばっ、化け物・・・」

 ガタガタと震えながらテネシーがそう漏らすと、サルファーも嘲笑う事を忘れて呟く。

「ほ、本当・・・気味が悪いったら・・・」

 そんな2人に、バナジアの冷たい声が掛かった。

「化け物なら、躾をしないとね。人に危害を加える前に、もう2度と義弟を謀って『付き合っている女性』として雇われたりしないように。身の程を知るように、しっかりとね。サルファー」

 バナジアは扇の先で、近くのテーブルを指し示す。

 そこには懲罰用の鞭が置いてあった。

「あら、テネシーは私と同じように高みの見物をするおつもり?」

 更に告げられたバナジアの言葉に、テネシーは跳び上がって部屋を飛び出していった。



 広間を掃除していた使用人の手からモップを引っ手繰り、テネシーが駆け戻ってきた時、エルオリーセは床に伏せて頭と首を守るように蹲っていた。

 背中と二の腕に、無数の蚯蚓腫れが刻まれている。

「遅いわ、愚図っ!替わってよ!」

 ハァハァと息を切らしながらサルファーが叫んだ。バナジアの前で手を抜くことなど出来なかった彼女の顔には、滴る程の汗が浮いている。

「ハッ、ハイッ!」

 慌てて走り寄ったテネシーに、バナジアが命じた。

「服で隠れる場所になさいね。サンゴさんが帰って来た時に、見つからないように。彼が契約したモノなんだから、後で色々面倒になっても困るわ」

「は、はい、解りました」

 テネシーは意を決したように唇を噛み締めて、カーペットの上の横たわって身を縮めているエルオリーセの傍に歩み寄った。


 どのくらい時間が過ぎたのか。

 エルオリーセが顔を上げると、いつの間にか3人は姿を消していた。疲れたし飽きたのでお茶でも飲みに行ったのかもしれない。

「・・・イッツ・・・」

 ノロノロと起き上がったエルオリーセは、痛む二の腕を騙し騙し、顔に覆い布を着けた。

 そこに初老の小間使いらしい女性が部屋に入って来る。

「・・・・・この後は、掃除をさせろと言われているけど、先に部屋に戻って身繕いをしてきて良いわ」

 彼女の惨状を見て、流石に気の毒になったのだろう。エルオリーセは、ありがたくインナー姿のまま部屋を出た。


 肩と二の腕、そして背中が焼け付くように痛い。

 けれどエルオリーセの頭の中は、冷静だった。

(部屋に戻ればアルバが何とかしてくれるけど、何か食べるものを手に入れておかないと・・・)

 厨房を覗き込むと、昨日も会ったシェフがいた。彼は彼女の様子に驚き、取っておいたパンの残りと水を渡してくれる。ありがたくそれを貰って、エルオリーセは部屋に戻った。


「取り敢えず、服が汚れないようにしてくれればイイわ。後は夜にお願い」

 エルオリーセは床に座り込んでパンを齧りながら、アルバに告げた。

 破れた皮膚の止血だけで、打撲や蚯蚓腫れの治療は後でいい。この後は、屋敷内での労働だし、もしかしたら午後も、あの躾と称する折檻があるかもしれないのだ。


「明日になれば、三吾も帰ってくるわよね、きっと」

 パンの残りを水で流し込んで、エルオリーセは優しくアルバに話しかけた。



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