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メタモルファルは寄り添う  作者: 甲斐 雫
第2章 犬型メタモルファルは覚醒する
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31 白桃のようなそれに目を奪われて

 平穏な日々が続いた。温暖な土地であるレーエフでも、この季節は特に気持ちが良い。

 エルオリーセと三吾も、去年の今頃のように穏やかで楽しい日々を送っていた。


 クロス河の畔で釣り糸を垂れながら、のんびりとした時間を過ごしている2人は、取り留めのない話を続けていた。

「釣りは初めてだけど、そうそう釣れるものでもないんだなぁ」

「そうですねぇ、でも時間的に言えばそれなりの釣果だと思うけど」

 採集用の組み立て式釣竿を持つ2人の魚籠には、クロコイ(中)1・アンズマス(小)2・カワキスなどの小魚4が入っている。アルバは周囲を警戒するように、少し離れた場所で待機していた。


 やがて日も傾きかけたので、そろそろ終わりにしようかとエルオリーセが釣竿を上げた時、水面がパシャッと音を立てた。

「危ないっ!」

 咄嗟に三吾に飛びつき、その身体を押し倒す。

「ッゥ!」

 彼女の呻き声が漏れたと同時に、三吾の近くで何かがピチピチと跳ねていた。


「な、何だ!」

「・・・リバーダーツ・・・驚くとこんな風に飛び出すことがあって」

 覆いかぶさっていた彼女の身体ごと上体を起こしながら、三吾は勢いよく跳ねる魚を見る。

 遠い東の海で獲れるサンマに似た魚は、鋭く尖った矢尻のような形をしていた。

 三吾が見ている前で、リバーダーツは大きく何度が跳ねると川の中にポチャンと戻って行った。


 ふと気づくと、彼の身体からどいたエルオリーセは、自分の背中に手を回して顔を顰めていた。

「リーセ、当たったのか⁉」

「肩甲骨を掠めた感じなんだけど・・・」

 目の前に持ってきた掌には、しっかりと血が付いている。

「だ、大丈夫か!」

 三吾は慌てて叫んだ。

 長閑に見えても、ここは大自然の中なのだ。何時だって、予期しない危険が潜んでいる。


「はい、アルバに頼みますから」

 その時にはもう、忠実なメタモルファルはエルオリーセの傍に来ていた。

 着ている採集服の前を開け、片方の肩をグッと下げて背中を出した彼女は、アルバを見る。

「お願いね、アルバ」

 癒しの力を持つ獣は、彼女の背後に回った。


 エルオリーセが背中を露わにする動きを助けて彼女の前に膝をついていた三吾は、その肩越しにアルバの動きを見ていた。

 メタモルファルのピンクの舌が、そうっと背中に走った傷口に触れる。

「・・・ッ・・・」

 エルオリーセは眉を顰めて息を詰めた。最初はまだ鎮痛の効果も得られないのだろう。


 アルバがゆっくりと優しく舌で触れてゆくと、直ぐに彼女はホッと息を吐いた。

 癒しの力が沁みとおる感覚に、その表情が緩んでいく。

 眼を閉じて、心地よさにうっとりした顔になるエルオリーセに、三吾の胸がドキッと高鳴った。


(・・・ぁ・・・・っと)

 何て魅惑的な表情なんだ、と思った瞬間、三吾は慌てて視線を下げた。

 何だか、見てはいけないものを見てしまったような気がする。

 けれど視線の先には、白桃のような可愛らしいものが1つだけ露わになっていた。

(あっ!・・・・)

 三吾は見事にフリーズし、目が離せなくなってしまった。


(・・・・?)

 そんな彼の様子に気づいたエルオリーセは、眼を開けた。

 目の前の三吾は、視線を下げて何かをジッとみている。その視線を辿って、彼女も下を見た。


「あっ!」

 ドン!

「わっ!」

 ドスン!

「キャイン!」


 露わになった自分の胸に気づき、片手で隠しながらもう片方の手で三吾を突き飛ばしたエルオリーセ。

 突き飛ばされて尻もちをついた三吾。

 突き飛ばした勢いで仰け反った彼女の背中が、口元にぶつかったアルバ。

 アルバはその衝撃で、舌を噛んでしまった。



「あっ、ゴメン」

 慌てて謝る三吾に、急いで身繕いをしながらエルオリーセはそっぽを向いて言い返す。

「・・・何でそんなに、ジッと見てたんですか」

「あ、いや・・・その・・・白桃みたいで可愛らしいなぁ・・と」

 つい正直に言ってしまった三吾の言葉に、彼女はカチンときたようだ。


「知ってます?桃の実の表面には細かい毛に覆われているけど、それって実は目に見えないくらい細かなトゲなんですよ。皮膚の柔らかいところで触ると、かぶれたみたいに真っ赤に腫れたりします」

 学生に講義をする時のように、淡々と言葉を紡ぐエルオリーセは、立ち上がって片づけを始めた。

「帰りましょ」

 前回のように逃げ出したりはせず、怒っているようにも見えないが、やはり三吾は気まずくなってハイと素直に答えた。


 釣りあげた魚を持って街中をスタスタ歩いていたエルオリーセは、ふいに足を止めて振り返った。

「この魚、どうしましょう?」

 やっと口をきいてくれた彼女に、三吾はホッとする。

「そうだなぁ・・・ルビーの店に持って行こうか。これで夕飯を作ってもらって、残りはお土産って言うのはどうだろう?」

「それは良い考えですね。それじゃ、これも持って先に行っててくれません?」

 大きなクロコイをぶら下げていたエルオリーセは、彼に魚を差し出した。

「私は、一度家に帰って着替えてきますから」


 家に戻って着替えをしながら、エルオリーセは独り言を呟いた。

「・・・白桃って・・・可愛らしいって・・・そりゃ、小さいですけどね」

 自分の胸を見下ろしながら、ハァとため息をつく。

 自分の体形が、標準的な女性らしいものでは無いとよく解っている。

 胸も尻も貧相で痩せ型、年相応の豊かさなどは無く、数年前から成長が止まっているような印象。

 けれど今までは、何も気にせずにいられたのに・・・


 好きな人が出来ると、こんな風に思ってしまうのだろうか。

 せめて、人並みになりたい、と。




 着替えを済ませて髪を整えたエルオリーセが『笑うブチハイエナ亭』に来ると、ルビーが作ってくれる魚料理が丁度出来上がるところだった。

「すみません、お待たせしました」

 お客として来ているので、三吾の前の席に座る。

 着替えた服は、ブラウスとスカートで覆い布は刺繍があるものだ。顔の右半分を覆ってはいるが、年頃の女性らしい姿は三吾を微笑ませた。

「いや、ちょうどいいタイミングだよ。出来上がったところだ」

 三吾の返事と共に、テーブルに3種類の魚料理が並んだ。

 焼物と揚げ物、そして冷水でキュッと締めた切り身が乗せられたサラダ。

「わぁ、美味しそう!流石、ルビー姐さん」

 手を打って喜ぶエルオリーセと満足そうに肯くルビーを眺めながら、三吾も嬉しそうにフォークを手に取った。

 アルバも、犬用に味付けしていない魚料理を嬉しそうにパクついていた。


 その時、居酒屋の扉が開き、ゲンとテルルが姿を現した。

「よう、ちょうど良かった。伝えておこうと思う事があるんだ」

 ゲンは声を掛けながら、2人のテーブルに歩み寄る。

 テルルはテーブルの傍で寝そべっているアルバに近寄ると、親し気に鼻先をくっつけ合って挨拶をしていた。

「今日はテルルを連れて帰って来たんだな」

「ああ、そのことなんだが・・・・」

 ゲンは近くの椅子を引っ張って来て、三吾とエルオリーセを交互に見る。


「乳房がな・・・」

 ガシャン!

 2人は揃ってフォークを取り落とした。

 川の畔での出来事が、頭の中に蘇る。


「ん?どうした?・・・テルルの乳房なんだが」

 怪訝そうな顔で付け加えたゲンの言葉に、慌ててフォークを持ち直した三吾とエルオリーセだが、その後に続いた彼の言葉に再びそれを落としてしまった。

「何だか張ってるんだよ。妊娠したかもしれないんだ。そうすると、相手はアルバしか考えられない」


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