30 君を好きな理由
ひとしきり笑い終わると、三吾は再び口を開いた。
「当時は女性の生足を見る事なんて無かったから、それだけ衝撃的だったんだ。で、あの時アルバがメタモルファルだっていう秘密を教えてくれただろう?」
「ええ・・・最初に会った時から、何となく三吾なら信頼できるって感じていたみたいです。木の下で見張っていた筈のアルバが、三吾が近づいたことを教えなかったし・・・だから良いかなって」
思い起こせば、最初の出会いからずっと、アルバには全てが解っていたような気もする。
三吾が、エルオリーセを好きになることを。
そしてエルオリーセも、三吾を好きになることも。
「それは嬉しいな・・・僕はそれで興味が出て、メタモルファルの事を調べたんだ。そんな時、また交易センターで会って、一緒に採集に行った。その時からかな、君を見て知るごとに、楽しくて嬉しい気持ちになっていった」
三吾は彼女と向かい合っていた場所から数歩離れて、視線を他所に投げる。
「それから、そんな気持ちがどんどん膨れ上がっていって、君の事が好きなんだと自覚した。そんな君に対してあんな酷い事件を起こしてしまったけど、終わった後は君がどれほど大切な存在なのかを思い知ったんだ」
それはルビーの助言だった。
エルオリーセの不安は、そう簡単に全て解決するものでは無いから、先ずは具体的にきちんと言葉で伝えなさい、と。
彼女を何時から好きになり、どこが好きで、どのくらい好きなのか。
本気で好きなら、恥ずかしいなんて思わずに伝えなさい、と。
言わなくても解るだろう、などと言うのは奢りでしかない。
言葉を使える人間にとって、それを怠るのはただの怠慢なのだ、と。
三吾は他所を見ていたが、きっと赤い顔をしているのだろう。
「君の碧の瞳が好きで、表情が変わるたびに煌めく様子に惹かれた。行動力や交友関係や、採集技能についても、知れば知るほど魅力的だった。だから・・・好きだと言葉にしたんだ」
エルオリーセは俯いていた顔を上げて、彼の方を見た。
顔の傷痕など気にならないと言った彼の言葉が、少しだけ信じられるような気がしてくる。
「僕は、初めて親しくなれた女性が、君で本当に良かったと思ってる。僕の家は確かに貴族かもしれないけど、僕自身には全く関係が無い。少なくともユニバース学院では、そんな身分など何の役にも立たないしね」
実力があってなんぼの世界なのだ。そして自分もエルオリーセも、そんな世界で暮らしている。
今更ながらの告白のような彼の話に、エルオリーセは心が軽くなっていくような気がした。
まだまだ全ての不安が消えたわけでは無いけれど、彼の言葉を信じるなら、自分はこれまでのように生きてゆけば良いのだと思える。
「ありがとう・・・三吾・・・」
エルオリーセは、自分の気持ちを思いやってくれて顔を覗き込むこともせず、離れた場所にいてくれる彼に向かった言葉を贈った。
「私も、貴方が好きです」
今はまだ、真っすぐに顔を見て言えないけれど。
それでも、傍にいたいのだから。
「こっちこそ、ありがとう・・・リーセ」
本当ならここで抱きしめたいところだが、人気が無いとは言え学院の敷地内なので、何とか堪える三吾である。そんな気持ちを紛らわすために、敢えて別の話題を口にした。
「おや、アルバは寝ちゃってるみたいだね」
黒白のメタモルファルは、スピスピと寝息を立てながら熟睡していた。
「多分、寝不足なんです」
気持ちよさそうに寝ているアルバを見下ろしながら、エルオリーセは苦笑した。
「夜中に、寝ている私を起こさないように、ずっと傷痕を舐めてくれているの」
癒しの獣メタモルファルは、パートナーが傷ついた時からずっと、傍に寄り添ってその力を使っていた。薬を付けて包帯で覆われた後は、直接舐めることは出来なかったけれど。
火傷跡が乾いて包帯を取っても構わなくなってからは、エルオリーセが横になると寄り添って顔を舐めた。
「メタモルファルの癒しの力って、万能というわけじゃないのね」
エルオリーセは、寝ているアルバに聞こえないように小声で言う。
「痛みや発熱、化膿なんかは抑えることが出来るし、治るのを早くするんだけど、それって癒す相手の回復力を高めるということらしいの。だから相手の体力が落ちている時は、効果があまり出ないみたい。それにこの傷痕みたいに、これ以上回復しないような物も難しいんだと思う」
毎晩寝る時に包帯を外すエルオリーセに、それでもアルバは諦めずに丁寧に舐めた。
もう効果はないと解った彼女は、優しくその行為を止めさせた。
「アルバ、もういいから。治らないのは解ってるから、やらなくてイイの」
そう言ってアルバの顔をそっと押しのける。
黒白のメタモルファルは悲しそうな顔をしたが、大人しくそれに従った。
けれどエルオリーセが眠ってしまうと、アルバはむくりと頭を上げて、彼女を起こさないようにそうっと舐めた。優しく、そしてその顔を濡らさないように、充分気を付けて。
けれど彼女は気づいていた。
しなくていいと言われても、それでも続けるアルバの気持ちが嬉しくて、それを止めることは出来なかった。
ただ毎朝起きた時に「よく眠れたわ」と言って、ギュッと抱きつくことしか出来なかった。
「普通、犬に舐められるとべちゃべちゃになるでしょ?でも、アルバだとそうならないの。何だかそっとマッサージしてくれているみたいで、気持がいいの」
エルオリーセは、以前のような自然な笑みを浮かべた。
「それは良いなぁ。僕も舐めて欲しいところだけど、今のところは必要ないしな。それより寧ろ、アルバが羨ましいな。僕だって、君に触れたいんだから」
三吾はそう言って、そっと手を伸ばした。
「髪なら、いいかな?」
彼はエルオリーセの下ろしている髪を、ひと房すくい上げるように掌に乗せた。
「いつもは後ろに纏めているけど、こうして下ろしている髪型も似合うよ」
少し幼く見えて可愛い、と素直に思う。
そして彼は、栗色の柔らかい髪に、そっと唇を押し当てた。
気恥ずかしさが先に立って、エルオリーセはつい言ってしまう。
「それって、プレイボーイみたいじゃないですか?」
すると三吾は、余裕の笑みで答えた。
「リーセ限定のプレイボーイだから。君以外の女性は、まだちょっと怖いしね」
「・・・ルビー姐さんも?」
今度は彼女も悪戯っぽい目になって問い返す。
「・・・別の意味で、怖いかな」
全てを見通されているような、厳しい姉のような。
2人は、顔を見合わせて笑った。
それ以降、エルオリーセが肌色の覆い布を着けることは無くなった。
何かあった時の替えとして、いつもポケットにはいれていたが、三吾の前で着けることは無くなった。




