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メタモルファルは寄り添う  作者: 甲斐 雫
第2章 犬型メタモルファルは覚醒する

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23 無職になって彼の事を知る

 翌朝、ゲンと彼に連れて行ってもらうアルバを見送った後、エルオリーセは部屋に戻ろうとした。けれど廊下の片隅に、不貞腐れて拗ねた雰囲気を纏って丸くなっているテルルの姿を見つけると、近づいてしゃがみ込んだ。

「ごめんなさい、テルル。貴女からアルバを引き離すみたいになっちゃって」

 そんな彼女の言葉にも、黒灰色のシェパードは横目でチラリと視線を寄越すだけだ。

「でも、帰ってきたら夜は一緒に居られるようにするからね」

 更に言い募るエルオリーセの言葉を理解したのか、テルルは仕方ないわねと言うように頭を差し出してきた。艶々としたその頭を撫でてから、彼女は部屋に入った。


 暫くしてエルオリーセは階下に降り、厨房を覗いた。そこには忙しそうに、朝食の片付けと店に出す料理の下拵えをしているルビーの姿がある。その仕事が済んだら、彼女は仮眠をとるのだろう。

「ルビー姐さん、ちょっと学院に行って用事を済ませてきます。お手伝いできなくて、ごめんなさい」

 そう声を掛けて、エルオリーセは『笑うブチハイエナ亭』を出た。


 学院に向かって歩く道は、慣れない片目歩行と言うこともあって妙な感じがする。すれ違う通行人は、怪我人だと思うのか、チラリと眼を向けてきた。

(早く慣れないと・・・)

 少しずつ歩く速度を上げながら、エルオリーセはユニバース学院に向かい、敷地内の職員住宅である自宅に入った。そして保管しておいたお金の一部を出し、着替えの衣類もまとめる。

(・・・あ!これがあった)

 エルオリーセはもう着なくなって仕舞い込んでいた衣類の中から、1枚のケープを見つけた。


 それはまだ駆け出しの採集者だった頃に着ていた、薄茶色のフード付きケープだった。自然の中で目立たないその色と、雨が降ったりした時などに便利かと思って買ったものだった。けれど、経験を積むに従い寧ろフードは邪魔になっていって、使わなくなっていたのだ。


 エルオリーセはそのケープを羽織り、フードを深く被ってみる。

(うん、これならイイかも。夏になったら暑いかもしれないけど、そしたらまた別の何かを考えればいいわ)

 髪の不自然さも、その頃には目立たなくなっているだろう。それまでに、顔の右半分を隠せる何かを見つければ良い。

 彼女は衣類を詰めた袋を担ぐと、自宅を出て学院の事務局に向かった。


 三吾がいるかと思ったが、事務局にその姿は無かった。手続きが終わって、自分の研究室に行っているのだろう。エルオリーセはカウンターに向かうと、事務員に告げた。

「退職の手続きをしたいのですが」


 こんな顔で教壇に立ちたくは無い。

 隠していたとしても、学生たちは不審に思うだろう。何かの拍子に見えてしまったりしたら、不快にさせてしまう。

 自分自身がまだ慣れていないこともあって、半面が化け物のようになっている顔に対して過敏になっているエルオリーセだ。今はまだ、人とのコミュニケーションから少しでも遠ざかりたかった。


 事務員の怪訝な表情を見て、エルオリーセは理由を説明した。けれど納得しない相手に、彼女は仕方なく包帯を取って見せる。

「ヒィッ!」

 息を呑んで仰け反った事務員の反応に、解ってはいても傷つくエルオリーセだったが、その後手続きが速やかに行われた事だけは助かった。

「年度末までに、学院長への挨拶と職員住宅や研究室の片づけは済ませます」

 最後にそう言って頭を下げ、包帯を巻きなおしてフードを深く被り、エルオリーセは学院を後にした。



『笑うブチハイエナ亭』に戻ったエルオリーセは、仮眠から起きたルビーを手伝って厨房で働く。

 けれど皿洗い1つを取っても、片目で遠近感が狂っているせいか、落とすわぶつけるわであたふたしてしまう。そんな彼女に文句も言わず、ルビーはただ「慌てなくてイイから」とだけ言葉を掛けた。


 夕方になり、三吾とゲン、そしてアルバも一緒に帰ってくると、いつもと同じように夕食が始まる。

 ゲンはアルバの訓練の事を話し、素晴らしく覚えが良くて優秀だと褒めた。これなら、1週間くらいで全て終了できるだろう、と。

 そんな報告に喜ぶエルオリーセだが、自分の事も2人にきちんと告げた。

「学院に行って、退職の手続きをしてきました」

 さすがに驚いた三吾とゲンだったが、教壇に立ちたくないと言う彼女の気持ちはよく解る。

「もう職員住宅には住めないので、住むところを探そうと思っています。すみませんが、見つかるまでもうしばらく、ここに置いて貰いたいんですが」

 エルオリーセの頼みを、ゲンは快諾した。


 食事が済むと、三吾はエルオリーセの部屋に行く。今日の昼間は一緒に居られなかったからという三吾の気持ちと、立て替えて貰っていた下宿代を返したいと言うエルオリーセの、双方の希望が一致した結果だった。


 エルオリーセが差し出した紙幣の包みを、三吾は苦笑いで受け取る。

 これはいつか、彼女のために使おうと思う事で何とか自分の心を抑えた。


「リーセ、僕は君とアルバの事をもっと知りたい。僕の事も、知ってもらいたい。少しずつでいいから、お互いの事を話して行かないか?」

 彼の申し出に、エルオリーセは頷いた。

「はい、私に関しては、三吾に隠すようなことはありません。ただ、あまり人にそんな話をしたことが無いので、何から話していいのかよく解らなくて。三吾の方から、聞きたい事を言って貰えると助かるかな」

「ありがとう」

 三吾は笑みを浮かべて、お礼の言葉を口にした。


 アスタとの事は三吾にとって辛く苦しい経験となったが、それでも学んだことは幾つかあった。

 お互いの生い立ちや現在の家族状況などを、将来の事を考えるならば、お互いに知っておくべきだと言う事もその1つだ。


「それじゃ君の事を聞く前に、僕の事を話しておこう。それが終わったら、話しやすいと思うのでアルバの事をもっと教えてくれないか?」

「はい・・・それじゃ・・」

 エルオリーセは、いつものように彼女に付いてきていたアルバに向かって話しかける。

「アルバ、今晩はテルルの傍にいてあげて。三吾と2人で話をしたいし、テルルは今日の昼間ずっと留守番してて寂しがっていたから」

 黒白のメタモルファルは、少し考えるような表情になったが、徐に立ち上がって部屋を出て行った。



 三吾は先ず、自分の生い立ちと家の事を話し始めた。

「僕の実家が、クトロ公国にあるのは知ってるだろう?公国の西側の国境に近い場所にあるんだ」


 三吾の曾祖父は、遥か東の海の向こうにある島国の出身だった。長い船旅の果てに、クトロ公国にやってきてそこで雑貨屋を始めた。苦労の末店を大きくした彼は、三吾の祖父にあたる息子に店を譲った。

 祖父は堅実な2代目として「オキシロ商店」をさらに大きくし、「オキシロ商会」として貿易商になる。クトロ公国でも指折りの商人となった祖父は、三吾の父である跡取りの息子の嫁に公国貴族の娘を選んだ。やがて3代目となった三吾の父は、公国貴族の地位を金で買い、領地も認められて今に至っている。


「成金貴族なんだが、それも商売に利があるからそうしたと言うだけの事らしい」

 そんな親の元に生まれたのは、三吾を含む男児3人と女児1人だった。


「うちの家系では、男の子は早くから親元を離れて色々と勉強させるという方針だったので、5歳くらいから都会に行かされてそこで育ったんだ。僕の場合は、レーエフだった」

 使用人と家庭教師に囲まれて、学問所にも通いながら学ぶ日々だったが、そんな時期に親しくなったのがゲンだった。

 衛兵隊長を父に持つゲンは、真っすぐな気性で正義感が強く、大人になったら自分も衛兵になると言っていた。ただ三吾の方は、親が期待する学問、つまり経済や商業に関する勉強については酷く出来が悪かったのだ。


「最終的に、科学系、特に薬学に関しては何とかなりそうだと言うことで、父は諦めて僕をユニバース学院に入れたんだ。卒業後は、父の会社の関連施設である研究所にいた」

 家業の役に立たず見栄えも良くない息子を、父親は諦めていたのだろう。生前分与として遺産を先に彼に渡したのも、家に迷惑を掛けずに大人しく暮らせという思惑があったのだ。


「10年前に母が、8年前に父が亡くなった。家は長兄が継ぎ次兄がその補佐をしているよ。今回手紙を寄こしたのは長兄で、自分も貴族の嫁さんを貰ってるからお前もどうだ?という事だったんだろう」

 三吾は軽く肩をすくめた。

「どうでもイイかと思ってその誘いに乗りかけたけど、こうなってみてまた昔の気持ちも思い出したんだ」


 父から生前分与を受けた時、自分はこれで切り捨てられたと感じた。それならオキシロ家から離れて、自立して生きていこう、と。研究に没頭して、生涯を送ろうと。


「本来、僕の名前はサンゴ・オキシロと言うんだが、その時から表記を変えたんだ。先祖の表記方法で『沖代・三吾』とね」

 何だか若気の至り的な感じだな、と三吾は苦笑を浮かべた。

「なるほど、それで『沖代』というファミリーネームが先に来ているんですね」

 それまで黙って聞いていたエルオリーセは、納得したように頷いて微笑んだ。


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