22 醜い娘の生活が始まる
居酒屋『笑うブチハイエナ亭』の2階で怪我の療養をすることになったエルオリーセだが、僅か3日でほぼ普段通りに動けるようになってしまった。
アルバに至っては、損傷してしまった脚の爪が全て新しく生え替わっている。
どちらもメタモルファルの癒しの力の為せる技なのだが、今のところアルバが変身獣であることをゲン夫婦には明かしていない。ゲンはその回復力に驚きはしたが、悪い事ではないので不審には思っていないようだ。いずれは解ってしまうだろうとは思うが、それまでわざわざ言わなくてもいいだろう、と三吾とエルオリーセは考えていた。
けれどエルオリーセは、顔の包帯をそのままにしていた。痛みも無くなり焼け爛れた跡も乾いてはいるが、かなり広範囲に跡が残っている。
赤味がかったケロイド状の皮膚は、自分で見ても流石にため息が出る。
それに加えて眼球が白く濁ってしまい、顔の右半分は化け物のようになっていた。
(・・・この顔を晒して歩くのは、人を不快にさせそうです)
美しくなりたいなどとは一度も思ったことが無く、年頃の女性が普通に行う手入れさえもしたことが無いエルオリーセだが、幾ら自分の顔に関心が無いと言っても見る人に対する配慮くらいはある。
(相手をギョッとさせるのは、避けたいです・・・)
化粧で誤魔化せるような程度でもないので、結局包帯を巻いたまま日常生活に戻った。
脚の捻挫も打ち身も完治したエルオリーセのために、ルビーは街に出て彼女の服を調達してきた。
「好みが解らないから適当に選んできたけど、サイズは大丈夫かしら。取り敢えずこれで我慢して」
白いブラウスと深緑色のスカートを渡しながら、ルビーは何となく嬉しそうだった。
「ありがとうございます。・・・はい、サイズは大丈夫です」
「うん、悪くないわね。似合いそうなワンピースもあったんだけど、サイズ調節しやすいのはこっちかなって思ったのよ。何だかこういう買物って、初めてだったけど楽しいわ。姉妹が居たら、こんな感じなのかしらね。そうだ、今度一緒に買い物でも行かない?」
嬉しそうに妹の世話を焼くようなルビーの笑顔に、エルオリーセも明るい気分になる。
「ありがとうございます、ルビーさん」
「ん~~、それなんだけどね・・・」
ルビーは軽く眉を顰めた。
「ルビーさん、は止めにしない?『さん』は要らないわ。呼び捨てじゃ言いにくいなら・・・そうね、ルビー姐さんでもイイわ。お店の常連さんはそう呼ぶし」
「・・・それじゃ・・・ルビーお姐さん?」
「・・・『お』は抜いて」
「ルビー姐さん?」
「オッケー!アタシもエルちゃんって呼ぶわ。義理の妹が出来たみたい。『姐さん』って呼ばれるの、実は好きなのよ。年取ってお婆ちゃんになっても、そう呼ばれたいもんだわ」
白髪で皺だらけの老婦人が、姐さんと呼ばれるのは確かにカッコいいかもしれない。
話がひと段落して、廊下に出された居た三吾を室内に呼ぶ。
入ってきた三吾は、エルオリーセのスカート姿を見ると目を丸くして驚いた。
(・・・女の子、なんだよな)
初めて会った時から今まで、彼女がスカートを穿いている姿は見たことが無かった。採集に適した服の下半身はポケットが多い鹿革のズボンで、学内でも彼女はその上に白衣を羽織っていたのだから。
膝丈より少し長いスカートの下からは、細い足首が見える。ルビーが服に加えてちゃんと用意してきた靴は、簡素だが歩きやすそうな革靴だ。
焦げた髪も整えて貰いかなりアンバランスな髪形になっているが、それでもその姿は年頃の可愛らしい娘になっていた。元々凹凸の少ない少女体形であることもあって、17~18くらいの女子学生のようにも見える。
「はいはい、ちょっとソコどいてね」
阿呆のように突っ立っている三吾を押しのけて、ルビーはニヤリと笑って部屋を出て行った。
その日の晩、三吾とエルオリーセは勤務明けのゲンと一緒に夕食を摂っていた。
階下の『笑うブチハイエナ亭』は営業中で、賑やかな笑い声が響いてくる。きっとルビーは、忙しく立ち働いているのだろう。3人分の夕食は、そんな階下の厨房から持ってきたものだ。
アルバとテルルにも、犬用の食事がきちんと用意されていたが、大型犬2頭はあっと言う間にペロリと平らげ、満足そうに床に寝そべっていた。
その様子を見ながら、三吾はふと気づいてゲンに問いかける。
「テルルはこのところずっとこの家に居るけど、仕事に行かなくていいのか?」
衛兵犬であるテルルは、普段はレーエフの衛兵隊本部にある犬舎にいる。訓練所も併設されているその場所で、何頭もいる衛兵犬や候補犬は日々を過ごしているのだ。
「ああ、今テルルはヒートなんでな」
ゲンの返事に、三吾は首を傾げる。
「ヒート、ってなんだ?」
「発情期のことさ。雌の犬ってのは発情期になると、人間には解らない臭いを出すんだ。その臭いで雄の犬が発情する。ヒート中のメスが近くに居たら、大騒ぎになっちまうんだ。だからヒート中だけテルルはここに連れてきてるんだよ」
「ああ、成程・・・」
三吾は納得したが、そうなるとこの状況はどういう意味だろうと思ってしまう。
雄犬の形を取ってはいるが、メタモルファルだから関係ないのだろうか。実際アルバは、ピッタリとくっ付いてさり気なくご機嫌を取っているようなテルルには目もくれない様子だ。
「テルルの方はその気みたいだけど、アルバの方が全然興奮しないよな。淡白なんだか、不能なんだか」
そんなゲンの言葉に、アルバはムッとしたような顔つきで彼を睨んだ。
失礼な!と言いたかったのだろう。
「ゲンさんに伺いたい事があるのですが」
食事がひと段落したところで、エルオリーセが問いかけた。
「ん?何だ?」
「衛兵犬の訓練って、アルバにも受けられるでしょうか?」
今後の生活を考えると、アルバの負担が大きくなるとエルオリーセは思う。自分の状態がある程度改善したとしても、アルバは彼女のハンデを補って行動することになるのだ。ならば、戦い方の訓練などを受けておくのは無駄にはならない筈だ。他の犬や衛兵たちの間で、学ぶことも多いだろう。色々な経験や知識は、アルバというメタモルファルにとって大きな成長を促すに違いない。
「そうだな・・・衛兵犬は素質がありそうな仔犬を選んで、育てながら訓練するんだが・・・アルバは賢いし、人の言葉も理解しているから通いなら大丈夫だろう。戦闘訓練とか警護訓練だよな、話を通しておくよ。取り敢えず、明日から俺が出勤時に連れて行くな」
あっさりと承諾し、早速明日から訓練を受けさせると言うゲンは、衛兵隊副隊長だ。多少の便宜は図れるくらいの、地位と人望を持っている。
エルオリーセは深々と頭を下げて、心から礼を言った。
アルバも自分の事だと解ったようで、立ち上がってゲンの前に座る。よろしくお願いします、とでも言いたげな目の色に、ゲンは嬉しそうにその頭を撫でてやった。
テルルだけが、訝し気で不満そうな雰囲気を纏っていた。
「そう言えば、明日学院に行かないといけないんだ。来年度復職するから、講義内容なんかの手続きがあるんだよ。それを済ませたらこっちにくる」
いつものように朝からは来れないとすまなそうに言う三吾に、エルオリーセは微笑んで答えた。
「解りました。待ってますね」
自然で親し気なその様子を、ゲンは微笑ましく見守っていた。
夕食後、自宅へ帰る三吾に、ちょっと話があると言ってゲンがくっ付いてきた。
「何だ?女子供じゃあるまいし、送って貰わなくても帰れるぞ」
「いや、たまには男同士の話でもしたくなってな。女がいると出来ないような」
「猥談か?」
三吾は苦笑いを浮かべた。
「まぁ、そんなのでもイイがな。以前のお前とは、一切そんな話は出来なかったからなぁ」
娼館で教育を受けた後の三吾なら、大丈夫だろうと思うゲンだ。
「あのなぁ・・・」
憮然とする三吾だが、彼の幼馴染は悪戯っぽい表情で話を続ける。
「ま、それは次の機会にして、聞きたい事があるんだな。お前とエルは、どこまで進んでるんだ?」
ゲンとしては、彼らの仲を取り持ってると言う自覚がある。現状把握しておきたいところなのだ。決して興味本位ではない。
「・・・今日、ハグしてキスした・・・頬に」
「・・・家族だな」
きっぱりとゲンに断言されて、三吾には返す言葉も無い。
「ま、イイんじゃないか。ゆっくりでも進展してるなら、その時間を楽しめよ」
慰めるような勇気づけるような、そんな言葉に加えて、ゲンは三吾の肩をポンポンと叩いた。




