表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
メタモルファルは寄り添う  作者: 甲斐 雫
第2章 犬型メタモルファルは覚醒する

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

24/115

24 メタモルファルとの邂逅

「何か、他に聞きたい事はあるかい?」

 三吾の問いかけに、エルオリーセは軽く頭を横に振った。

「いいえ・・・今は、思いつきません」

「それじゃ、聞きたいことが出来たら何時でも遠慮なく聞いていいからね。僕も、君に隠すようなことは何もないから。それじゃ、次はリーセの番だな・・・・アルバと出会った時のこととかはどう?」

 彼の言葉を聞いて、彼女は少し考える。

「今の三吾の話を聞いて、何となく伝え方が解ったような気がするから、私も最初から話すことにする」

 エルオリーセは一度部屋から出て、階下から飲み物を持ってくると、再び腰を下ろして話し始めた。長い話になりそうだった。


「私は、拾われっ子でした。両親の顔も知りません。育ててくれた人を祖母と言っています」

 エルオリーセは静かに話し始めた。


 大陸の北方を横断するテーブル山脈。

 長大で峻険な山脈には、幾つもの山岳少数民族が集落を作って暮らしている。そんな民族の1つ、リバモリ族の巫女であったガドリ・スパティフィラムは、村の外れの家で1人で暮らしていた。

 彼女はとうに引退していたが、巫女あったが故に結婚も出来ず子供もいなかった。親類縁者も無く、50歳を過ぎてはいたが、まだまだ体力もあるし健康でもあったので問題は無かった。

 そんなある夜、彼女は誰かに呼ばれたような気がして家を出る。山を下る道の途中で、傍らの紫陽花の枝を掻き分けるように、よちよち歩きで裸の赤ん坊が出て来た。

 ガドリは、1歳半くらいだと思われるその女の子を連れ帰った。

 翌朝、子供を見つけた道の先で、獣に襲われたらしい荷車の残骸が見つかった。遺体は獣が持ち去ったようでその一部さえ残っていなかったが、子供は運よく逃げることが出来たのだろうと思われた。


 リバモリ族には、家族という概念が無かった。少数民族であったので、村人全てが家族という考え方で暮らしている。だからファミリーネーム、苗字というものが存在しない。その代わりに、彼らはトーテムネームというものを持っていた。

 トーテムとは守り神の意味で、その個人を守護すると信じられている。男性は動物や自然現象、女性には植物のトーテムが憑くと考えられていた。

 女性に子供が産まれた場合は、男の子なら父親の、女の子なら母親のトーテムネームがつけられる。誰の子供か解るようにするためだ。


 ガドリはその赤ん坊に、エルオリーセという名前を付けた。リバモリ族の古い言葉で『愛と恵深いもの』という意味だった。そしてトーテムネームをハイドランジアとする。赤ん坊が出て来た紫陽花の別名で、それを彼女のトーテムとして与えたのだ。


 ガドリはその子をエルと呼び、エルはガドリをお婆ちゃんと呼んだ。年齢的には、それが妥当だったからだ。子供は集落の中ですくすくと育つ。けれどエルが5歳になった頃、ある事件が起こった。


 険しい山脈で暮らすリバモリ族の元には、年に数回交易商人が訪れていた。山で採れる希少な植物や鉱物と引き換えに、集落では作れない穀物などを持ってくる。村人にとっては生活に欠かせない商人たちだったが、その中の1人がエルオリーセに眼をつけた。

 集落の他の子どもと違う容姿と雰囲気を持っていた子供を、村人たちは可愛がっていたので、養女にしたいと申し出た商人の言葉は聞き入れられなかった。


 そこで商人は強引な手段を取る。村を発つ前の晩、その子を攫って荷車の荷物の中に隠したのだ。幸いそれに気づいたガドリによって、エルは助けだされたがその恐怖は彼女の心に深い傷を残した。その時以来、エルオリーセは男性が恐怖の対象になってしまった。


 集落にとって交易商人との関係は大事で、彼らの機嫌を損ねることは避けたかった。ガドリは村長と相談して、エルオリーセと2人で村を出ることを決める。

 そしてガドリは5歳の子供を連れて旅に出て、最後はニオブ島に辿り着いて暮らすことになった。


 ニオブ島での生活は色々と大変なこともあったが、それでも何とか暮らしてゆき、5年という年月が過ぎた。エルオリーセは10歳になっていた。

 そんなある日、ニオブ島に1人の女性がやって来る。学術都市レーエフから来た彼女は、ジーン・ボロンという学者だった。


「ボロン博士か!」

 エルオリーセの話をそこまで聞いて、三吾は思わず声を上げた。

「やっぱり知ってますよね」

 彼女はそう言って、キャビネットの上に置いてあった肖像画を持ってきた。

「今日、自宅から持って来たの」

 掌に乗るくらいの細密画(ミニアチュール)は、中年の女性の上半身が描かれている。理知的だが暖かい人柄まで解るような、出来の良い細密画だった。

「知っているなんてもんじゃない。学院でも歴史に残る人物だと言われているじゃないか。民俗学と生物学と地学と・・・とにかく様々な分野で博士号を取ってる」

 博士という称号は、ユニバース学院の教授の中から特に優れた功績がある人物に贈られるものだ。女性の身でありながら、それを複数持つ人間は彼女の他にはいない。

「確か、引退したと聞いたが」

「ええ、病気で・・・今は、チェア湖の畔の病院にいます」


 エルオリーセは細密画をテーブルに置いて、話を続けた。


「ジーンはニオブ島の生態調査に来たんだけど、お婆ちゃんがリバモリ族の出身で巫女だったって解ったら、何度も家に来て長い事話をしていったの」

 彼女と祖母の間にどんな話が交わされたのか、詳しいことは知らなかったが、その半年後エルオリーセと祖母はレーエフに移り住んだ。


 レーエフの城壁の近く、貧しい人々が暮らす区域のボロ屋で暮らし始めたエルオリーセとガドリは、平穏な日々を送った。

 ガドリは巫女時代の技能で占いをして生計を立て、エルオリーセはジーンに色々と教わって少しずつ採集の技術を身に着けて行った。

 やがてジーンは、自分の研究のための調査旅行にエルオリーセを伴うようになる。彼女が17歳になる頃には、採集者として充分ジーンの役に立つほどになっていた。


 そんな時期、エルオリーセはジーンと共に行ったテーブル山脈の調査に赴いた。

 設営したベースキャンプから離れて、時には1人で野営をしながら行った調査だったが、エルオリーセはそれを難なくこなすことが出来、信頼もされていた。



 ある晩、焚火の傍でウトウトしていた時、誰かに呼ばれたような気がした。

 不思議に思って呼ばれる方向に行ってみると、そこに神々しいばかりの獣の姿があった。


 銀灰色の美しい毛並みを持つ獣は、心話でエルオリーセに語り掛けてきた。


 自分はメタモルファルであり、名をナギ・ファルフォアと言う。

 既に何百年も生きてきたが、夜明けに寿命を迎えて世代交代をする。

 時間が許す限り質問に答えるので、次の世代のメタモルファルのパートナーになって欲しい、と。


 エルオリーセはナギ・ファルフォアの願いを受け入れ、夜明けまでメタモルファルに関する質問をした。ナギに答えられない事も幾つかはあったが、それでもパートナーとして今後必要な最低限の知識は得られた。

 最後にナギは、次の世代の名前を彼女に伝えた。

『アルバ・ナギ』

 アルバとは、ナギが生涯で最も心に残っている犬の名前だと言う。だから次の世代は、犬の姿で生まれるとも言った。


 そして夜明けと共に、メタモルファルの世代交代が始まった。


 ナギ・ファルフォアの身体が、ぼんやりとした輪郭になってゆく。

 その周りに薄っすらと輝く空気が生まれ、光の粒がその中に生じた。

 輝く粒は数を増し、やがてそれらが集まって辺りを照らしてゆく。

 眼を射るような強さではなく、暖かさを持つ生命の光のように思えた。

 メタモルファルの身体を覆っていた靄のような気体が、少しずつその大きさを減じ、ひと抱え程の光の塊になる。


 光の粒は融合し、静かにその形を変えてゆく。

 エルオリーセが見守る中、光は徐々に消えてゆき、小さな犬の姿が残った。


 黒白の毛皮に包まれた、犬型の小さなメタモルファル。


 エルオリーセが腕を差し伸べると、子犬はトコトコと歩み寄り、その腕の中にすっぽりと納まった。

(生後5か月くらいかな)

 温もりを腕の中に閉じ込めながら、エルオリーセはそっと囁く。

「これからよろしくね、アルバ」

 そして仔犬の小さな頭に、そっとキスを落とした。

 小さなアルバは、茶色の瞳で彼女をジッと見詰めると、その鼻先をペロッと舐めた。


 それが、パートナーとしての誓いのようなものに感じられた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ