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メタモルファルは寄り添う  作者: 甲斐 雫
第1章 犬型メタモルファルは未成犬

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21 想いを受け取って

 翌朝目を覚ましたエルオリーセは、半分の視野しかない天井を見る。見慣れない天井で、ここがゲンとルビーの家なのだと思いだした。

 そして自分の左側に寄り添っていてくれるアルバに気づくと、いつものようにその白い胸の毛に顔を埋めて話しかけた。


「・・・また、三吾の夢を見ちゃった。恥ずかしいほど、自分に都合が良い夢よ」

 去ってしまった筈の彼が傍にいて、自分をリーセと呼んでくれて、行かないと言ってくれた。この街を去らずここにいて、傍に居たいと言ってくれた。

 そんな夢のような出来事は、やはり夢だったとしか思えない。


(・・『また』?・・・僕の夢を見たということ?)

 半年近くも離れていた間に、彼女は夢に見るほど自分の事を考えていてくれたということか。

 ベッドサイドの椅子に腰かけひと晩中付き添っていた三吾は、つい寝てしまっていた頭を持ち上げて驚いた。思わず嬉しくなって、口元が緩む。


 アルバはそんな三吾に気づくと、ひょいと頭を上げてエルオリーセの身体越しに彼を見た。

「・・・なに?」

 そんなメタモルファルの動きに誘導されるように、彼女は身体を捻る。見えなかった右側の光景を漸く取られることが出来た。

「えっ!・・・えぇっ!」

 驚いて包帯に覆われていない右目だけを大きく見開いた彼女に、三吾は少し面白そうに微笑んで告げた。

「夢じゃないよ、リーセ」



 昨晩、三吾はずっと考えていた。

 エルオリーセには、アルバというメタモルファルのパートナーがいる。

 自分はそれに対して、どこか嫉妬していたのかもしれない。彼女はアルバの事を第一に考え、自分はせいぜい2番目なのだという思いが根底にあった。

 けれど、メタモルファルのパートナーになると言う事は、人生を共にすること以上の一心同体的なものなのかもしれないと言う事に気づく。

(彼女とアルバが一心同体なら、そんな彼女を受け入れればいいだけの事なんだ)

 少し違うかもしれないが、子連れの相手だと思えばいいかもしれない。惚れた相手に連れ子がいても、その子供ごと愛する人間だっている。

 それに、アルバは確かに優秀なパートナーだが、犬型である以上出来ない事も多いのだと気付いた。だから、彼女の傍にいれば自分にしか出来ない事も沢山ある筈だ、と。


「話したいことが沢山あるんだ。許してもらえるなら、聞いて欲しい」

「・・・許すって? 私は何も、怒っているようなことは無いんですけど」

 アルバに向けた独り言のような言葉を聞かれてしまって、赤くなったエルオリーセだったが、恥ずかしそうな表情のまま答える。

 そして2人は、穏やかに微笑み合った。



 先に伝えておきたい事がある、と言って三吾はルビーが提案した下宿の件を説明する。

 エルオリーセは有難くその話を受け取って、彼に頭を下げた。ベッドから上体を起こして、寄り添うアルバの背に手を置いている彼女は、怪我の痛みも感じていないようだ。

「ありがとうございます。とても助かります。後で、ルビーさんにもお礼を言わないと。あ、ゲンさんにもだわ」

 そして彼女は、真面目な顔つきで三吾に言った。

「立て替えてもらったお金は、出歩けるようになったらお返ししますね。蓄えはあるから、大丈夫です」

 三吾としては、自分が彼女の傍にいたいからそういう事にしてもらったので、下宿代は自分が出すつもりだった。けれど、彼女がそうしたい気持ちも解る。

 まだそこまで甘えることが出来るような間柄ではない、と思っているのだろう。

 三吾は、その件は曖昧に肯いて終わらせ、アスタとの一件の長い話を始めた。


 途中、食事やゲン夫婦との話なども挟んで、彼の長い話が終わったのは午後になってからだった。

「・・・君が死んだと早とちりして駆けつけながら、やっと気づいた。本当に大切なもの、失いたくないものは、君なんだ」

 一度言葉を切って、三吾は俯いて息を吸った。

 そして、しっかりと顔を上げ、真っすぐに彼女の顔を見つめて言い切る。

「リーセ、君が好きだ」


 耳たぶまで赤く染めて、きっぱりと告げた三吾は心の中で自分を褒めた。

(やっと、言えた。こんな事、自分で言えるとは思わなかったけど)

 アスタとの時も、相手に好きかと問われて肯定の返事をしたが、こんな風に面と向かって女性に『好き』という言葉を発したのは、それこそ生まれて初めての事だったかもしれない。


 エルオリーセは息が止まりそうな程の喜びを感じたようだったが、直ぐに俯いてしまう。

 その様子に、三吾は更に言葉を続ける。

「好きだから、抱きしめたいし、キスしたい・・・あ、勿論今は無理だけど、でも治ったら」

 彼女は更に深く俯いてしまった。

 三吾は彼女が、跡が残ると言われた顔の傷を気にしているのかと思った。

「傷跡が残ったって、僕は全く気にならない。君であることに、変わりはないんだから」

 そんな三吾の言葉に、エルオリーセは寂しそうに微笑んで顔を上げた。


(傷跡、なんて可愛いものじゃないと思いますが・・・)

 けれど、それを口に出すことは出来なかった。


 これから自分の環境は、ガラッと変わってゆくだろう。

 仕事の事も、生活そのものも変えざるを得ないのだ。

 三吾が傍にいてくれるのは確かに嬉しい事だが、それでも自分自身で決めて、しなければならない事は沢山ある。変わった結果、彼はそれでも傍にいてくれるのだろうか。

 いや、それは彼を縛ることになるのではないだろうか。


 エルオリーセの頭の中は、そんな考えでいっぱいになった。

 けれど、今は・・・

 先の事を憂いても意味は無い。

 過去を悔やんでもどうしようも無いのと同じくらいに。

 だから、今は・・・

 自分に出来ることを、精一杯やっていこう。

 その先にある何かが、より良いものになるように。


「・・・はい」

 彼女は、泣きそうな瞳でそう答えた。

 傍に寄り添うメタモルファルは、ただ優しくパートナーの手を舐めていた。

 その暖かさだけが、今の自分の拠り所なのかもしれない。

 そう思った時、彼女の左頬に柔らかく暖かい物が触れる。


「今はこれだけで・・・大好きだよ、リーセ」

 それは彼の、優しさが籠ったキスだった。


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