15.
夜。とある繁華街で遊び場を探している最中に、制服警官らが右から左へと駆けてゆく場面に遭遇した。これはただ事ではないぞと直感し、俺っちはあとを追った。どうやら趣のある店構えの中華料理屋が現場であるらしい。私服警官とおぼしき人物もいて、二階建ての店舗を取り囲んでいる。赤色灯を回しているパトカーも数台。なんとも物々しい雰囲気だ。
後藤さんに電話をかけた。
「どうしたんだい、ハジメ君」
「えっと、まだ確実なことは言えないんですけれど」
「速やかに詳細を話しなさい」
「ホワイトドラムの最寄りの繁華街で、事件が起きているようなんです」
「人質事件かなにかかな?」
「スゴい勘ですね。見たところ、そんな感じです」
「警察に任せたほうがいいね」
「ですけど、早く人質を解放してもらう必要があると思うんです。被害者はきっと怯えていることでしょうから」
「正直に言う。君一人じゃあ、心許ない。伊織さんと朔夜君に応援を頼もう。君から彼らに座標を教えるように」
「それじゃあ間に合わない気がします。俺っちだけで強行します」
「『治安会』を知っているニンゲンは多くない。強行するにしたって、恐らく身分の照会が必要とされるはずだ」
「拳銃と手帳を見せれば、なんとかなるはずです」
「なんとかならなかったら?」
「その時はその時です」
「待ちなさい。とにかく、まずは伊織さんと朔夜君に連絡を入れなさい。彼らが到着する前までには、必ず横車を押して見せるから」
「だから、待っていられないんです」
「だけど、待ちなさい」
「事後のフォローだけ、お願いします。やって見せます」
俺っちにしては珍しく、強気にそう締めくくって電話を切った。
私服警官の一人に接触。彼は『治安会』を知っていた。刑事らしからぬ気弱な男で、責任者であるにもかかわらず、まともな指示を出せないでいるらしい。自分なら状況を打破できるとまでは言わなかったけれど、それでも自分にやらせてくれないかと俺っちはお願いした。やってみてくれという返答をもらった。よって、やることになった。やることにした。
観音開きの扉の片方を開けて、中へと踏み込む。建屋の中央に大きな回転テーブル。その向こうに土色のスーツ姿の男。チャイナドレス姿の人質の首に左腕を巻きつけ、さらにはこめかみに銃口を突きつけている。
俺っちは「女性を解放しろっ!」と自分なりに凄みを利かせて言った。すると男は、静かでありながら凶悪さが見て取れる目を寄越した。こちらも負けじと精一杯視線を強くする。
「誰なんだ、君は」
「『アンノウン・クローラー』」
「本当かい?」
「本当だよ。最近、ちまたで大人気の『UC』様だ」
「こんな真似をして、なんになるっていうんだ?」
「おまえ達はいずれ俺達に駆逐されるだろう」
女性のこめかみに押し当てていた拳銃を、男は前触れなくぶっ放した。それから自分の頭も撃って、なにも告白しないまま、この世から逃げ出した。あっという間の出来事だった。言葉すら出てこなかった。
翌朝。ホワイトドラムに呼び出された。公共交通機関を使って訪れた。後藤さんの居室に入ると、二人掛けのソファに、伊織さんと本庄君が座っていた。部屋は禁煙であるものの、二人して一服つけている以上、主がゆるしたということだろう。
なんとも重苦しい空気が立ち込めている。
伊織さんが、すっと腰を上げた。身長は俺っちと同じか少し高いくらい。彼女に怖い顔をされた。親に叱られるような気分だ。左の頬に右のビンタをもらった。キツい一撃で、思わず足元がふらついた。
本庄君が立ち上がった。伊織さんの右肩に手を置き、「やめとけ」と彼は言い、実際、次の一発はなかったけれど、彼女はやっぱり鋭い目線をくれることをやめないわけで。
「ハジメ。見事にしくじったね」
「ああ。姐御。その通りなんだぜ」
「私達の到着を待つべきだった」
「今考えれば、そうしていればよかったなって思うんだぜ」
「私はね、ハジメ、アンタの思い上がりに怒ってるの。はっきり言ってアンタはスナイピング以外は雑魚だから」
「言いすぎだぜ、伊織」
「いいんだ、本庄君。姐御は的確なことを言っている」
「ハジメ先輩は優しすぎるんスよ。だから凹むし苦しむ。伊織だって、それくらいわかってんだろ?」
「むなしいね」
「ああん?」
「スタンドプレーに走った挙句、失敗しちゃうってのは、なによりむなしい」
「暴言は控えろよ。あんまりしつけーと怒るぜ」
「あらあら。アンタはハジメの肩を持つつもり?」
「そうは言ってねーだろうが」
「うるさいよ、馬鹿男が」
俺っちは今一度、「ごめん」と謝罪した。「俺っちが悪かった」とも言った。すると、マホガニー製の机の向こうに座っている後藤さんが口を開いた。
「ハジメ君。僕自身、今回の結果は悲しいと感じている。伊織さんと朔夜君だったら、綺麗に解決できたんじゃないかなとも思ってる」
俺っちは改めて凹み、しゅんとなった。
だけど、後藤さんは「君から自由を奪おうとは思っていない」と述べた。その言葉を聞いて、俺っちは顔を上げた
「ハジメ君、君に必要なのは休養より経験だ。まだまだ働いてもらうよ」
「いいんですか……?」
「一つだけ言っておこう。君が君自身をどれだけ蔑んでいようが、僕が編成したチームには必要なんだ」
「だから、それって、どうしてなんですか……?」
「君が可愛いんだよ。それ以外の理由なんてない」
そう言われた途端、ぽろぽろと涙が流れたので、思わず俯いた。こんな俺っちでも必要としてくれるヒトがいる。そう思うと、たまらなくなった。
「今回の件は、本当に、本当に俺っちのミスでした。被害者を救えなかったこと。それはいつまで経っても脳裏から消えることはないと思います」
「だったら弔問に行きなさい。線香をあげてきなさい。一人のニンゲンを救えなかったことについて懺悔するんだ」
俺っちが身を翻し、「はい。行ってきます」と答えた時のことだった。伊織さんが先に立って歩き出した。本庄君は本庄君で「ご一緒させてくださいッスよ」と言うなり、肩を抱いてきた。
そんなチームワークを見せられて、涙しないニンゲンがいるだろうか。
俺っちは鼻をすすり、こぼれ落ちる涙をこらえようとはしなかった。
ありがとう、姐御、伊織さん。
ありがとう、可愛い後輩、本庄君。
俺っちは一生、このミスを忘れたりしない。
忘れたりするもんかなんだぜ、ベイベ……。




