14.
とある与党議員の殺害に関する犯行予告が『OF』から出された。電波ジャックまでして大仰なことだ。でも、それができてしまうあたりに恐怖感を覚えざるをえない。設備と能力の両方が整っていることの証左だろうから。
大振りなスナイパーライフルを一丁、持ってきた。世界最高のスナイパーにはなれないだろうけれど、それでも一キロくらいの距離なら間違いがない。お手のものというわけだ。そのくらいしか能がないとも言えるのだけれど。
格子状のフェンスがあるビルの頂上、十階建て。今のところ、対象、すなわち『OF』のスナイパーは見当たらない。警察は国会議事堂の二キロ外まで張っている。ということは、どこぞの議員を仕留めるとなると、二キロより以上の距離から仕掛けるということになる。それを成そうとする点から予測するに、かなりの凄腕だろう。向こうに回すには分が悪いということだ。でも、やるしかない。俺っちはそんなふうに心を強く持って、事に臨むことにした。
夜がいよいよ深まる中、伊織の姐御は四方を回りながら、敵の存在を見つけようとする。「どう考えたって、メインは東側のビルに決まってるんだけど、念のためにね」ということらしい。俺っちも同じ意見だ。
「姐御、今さらだけど、本庄君はどうしたんだい?」
「置いてきた。役に立たないだろうから」
「スナイプとなると、そうなるか」
「ターゲットが女だったらどうするんだ。例によって、そうごねられたけどね」
「あはは。だろうな」
「笑うとこじゃないよ」
「そ、そうだよな、すまないんだぜ、ベイベ」
「現状、どこにも姿も動きもない。そもそも二キロ以上って離れ業なんでしょ?」
「俺っちにはできねーよ。二キロより遠くを狙うのは、はっきり言って難しい」
「それこそ、コリオリの力ってヤツ?」
「ま、それもあるんだけど」
双眼鏡を覗いていた姐御が、咄嗟にといった感じで大きめの声を発した。
「いたっ!」
「どこだ? どこにいるんだ?」
「やっぱりこっち。やっぱり東側。八階建てのビルの屋上。二人組。それこそ議事堂からは三キロくらい離れてる。金色のロン毛野郎もいる。だけどスナイパーは別にいる。見たところ持っているのは対物ライフルじゃない。珍しくもない狙撃銃」
速やかに視認範囲に入り、一キロほど先にあるビルの屋上をスコープ越しに睨んだ。
「姐御、しゃがんでろ!」
「言われなくてもわかってる!」
撃つ前、スコープ越しに見た時、ロン毛の金髪野郎、確かソムだったか、そいつはやっぱりこちらを向いて笑みを見せた。ぞっとした。手の内のすべてを読まれている。そんな気がして。敵に回していいニンゲンには見えない。それでも俺っちは『治安会』の一員だ。ビビってばかりではいけないのだ。
格子状のフェンスの間から、敵にライフルを向けた。大丈夫。この距離なら殺れる。こちらが動くのと同時の相手も撃ってきた。議員の誰かを殺る。そんな声明はブラフ。『OF』の目的は明確だ。やはりただ単純に『治安会』と、ウチと遊びたがっている。俺っち達が介入してくる状況を意図的に作り出していることは、もはや間違いない。
弾丸は自分と相手、お互いの肩を掠めた。スコープを覗きながら「もう一発!」と撃とうとした時、「もういい!」と制止させられた。「やめときな!」とも言われた。
「今、狙撃して、金髪野郎とスナイパー殺れる?」
「確実だとは言えないぜ。でも、早々に仕留めないとって、あれ? もう行っちまった」
「見てわからない? 一撃離脱の作戦だよ。奴らは遊んでいるわけだから、引き際だって間違わない」
「わかったよ。姐御の言うことには従うし、それが間違いなく正解なのさ」
「金髪野郎、こっち見てたね」
「だよな。気配を感じる能力にとにかく長けている。異常な感度なんだぜ」
「ま、怪我をしなかったわけだから、今回はよしとしよう」
対象にとんずらこかれても姐御は前向きだ。すでに次の一手を考えていることだろう。見習わなければと思った次第だ。
翌日の夕方。俺っちと伊織さんは後藤さんの居室いる。本庄君は電車とバスを乗り継いで、とある場所に向かったらしい。とある場所。それはライアン・ミウラという男性が経営する喫茶店だ。ログハウスの店構えには洒落た感がある。
ライアンさんは『治安会』の中において、後藤さんの次に年長者だ。五十五だという話だ。クルーカットの金髪。綺麗なブルーの瞳。二メートル近くある巨躯なのでとんでもない迫力がある。正直、喫茶店のマスターには向いていない容姿だ。とはいえ、コーヒーは確かに美味いことから、根強いファンがいるようだ。
向かいのソファに座っている後藤さんが、「金色ロン毛のソムさんね。やっぱりハンパなニンゲンではない、か」と言いつつ、顎に手をやった。「きっと、怖いものなんてないんだろうなあ」と続けた。
伊織の姐御はというと、「見た限りだと、ただの若造なんだけれどね」と言った。「でも、狙撃は難しそう。なにせ一キロ先にいるウチらの存在に感づいて見せたんだから」とも口にした。
「伊織さんの考えとしては、接近して始末するしかない?」
「それも難しそうだけど」
「連中のアジトさえ見つけられれば、また状況は違ってくるかもしれないなあ」
「固定されたアジトじゃないかもしれない。常に居場所を変えているのかもしれない」
「『情報部』の役割が、いよいよ重要になってくるね」
「その通りだよ。報告は以上。出てっていい?」
「いいよ。今ある情報を吸い上げることはできたから。で、今日はこれからどうするんだい? ハジメ君とサシで飲んだり?」
「それは御免。コイツと二人きりで飲んだって楽しいわけないから」
「お、おおぅ。相変わらずだ、伊織の姐御。ばっさり切ってくれるぜ」
「朔夜を迎えに行くよ」
「アイアイサーなんだぜ」




