16.
寺社を訪れた。神様や仏様にこれからも健康でいられるようにと強く強く願ったのだ。元気があればなんでもできる。裏を返せば、元気がなければなにもできない。いわゆる神頼みだ。失敗ばかりを繰り返している俺っちだからこそ、神仏に頼りたくなるとういうことである。なんだかまったくもって情けない話だ。状況は自分の力で打破するしかないという考え方を持つべきだろうに。
石造りの階段の隅に赤い落ち葉がたまっている。階段をおりたところで黄色いスイフトスポーツが待っていた。伊織さんはもちろん運転席にいて、本庄君はもちろん助手席にいる。俺っちは後部座席に乗り込んだ。
車が出された。本庄君は「まあ、神様の野郎に頼りたくなる瞬間もあるッスよね」と述べ、伊織さんは「その神様の野郎がもっと話のわかる奴なら、ウチらももうちょっと楽なんだろうけどね」と気の利いたことを言った。二人は本当に、ビックリするくらいさっぱりしていて気持ちがいい。見習うべき考え方だ。カッコイイとも思う。
「ところで、ハジメ」
「なんだい、姐御」
「もう一度確認。くだんの男は確かに『UC』、『アンノウン・クローラー』の一員だって名乗ったんだね?」
「その通りだけど、俺はやっぱり、殺されちまった彼女のことが……」
「それはもう言いっこなし。悔やむことはいつだってできる」
「わかってるさ。いつかぶっ潰してやりたいんだぜ」
「だからって、スタンドプレーばよしてくださいッスよ?」
「本庄君にそれを言われたくないような気がするな」
「重々、わかってるッスよ」
「話を戻す。一つ、気づいたことがあるぜ、ベイベ」
「ベイベが戻ってきたッスね。安心したッス」
「言わば覚悟なのさ」
「覚悟?」
「そう。覚悟なのさ、本庄君。事件を一見すると、そこにはなんの利益もないようにしか思えない。だけど問題の男は人質を手にかけた挙句、自殺した。彼らの思考回路を把握するまでには至っていない。だけど、俺っち達が追うべきだと思う。『UC』、彼らは本当に憎むべき相手なのさ」
そこでいったん話が途切れ、次に口を切ったのは本庄君。「なあ、伊織、ジム行こうぜ」と言い出した。
「当然、着替えなんて持ってないんだけど?」
「ウチに寄ってハジメ先輩んとこ寄っておまえんちに寄ったら、万事解決だ」
「まったく、勝手なことを言ってくれるね」
「鉄は熱いうちに打てっていうだろ? その気のうちに、鍛えてやんねーとな。ハジメ先輩、それでいいッスよね?」
「今日は本庄君に相手をしてもらいたいんだぜ。スパーリングをしてもらいたいんだぜ」
「いい意気込みッスね。だけど、半死になっちまうことは覚悟してください」
「自分で言っておいてなんだけど、こ、恐いんだぜ」
「本当の強さって、怖いっていう感情の向こうにしかないんスよ」
ボクシングにて本庄君にボコボコにされた。ヘッドギアをつけてのスパーリングだから多少は安全だろうと思っていたのだけれど、一つ一つのパンチがメチャクチャ重くてとても効いた。だけど、彼は一割も力を出していないだろう。そんな雰囲気が窺えた。
ぜぇぜぇと荒い息をしながらリングからおりると、ロープ際で観戦していた伊織さんがポカリをくれた。
「別にハジメが弱いわけじゃないよ」
「わかってるつもりさ、ベイベ。本庄君が強すぎるんだぜ」
本庄君がロープを掻い潜って出てきた。彼はヘッドギアをつけていない。汗一つかいていない。
「スジ、イイっすよ、ハジメ先輩。そのへんの阿呆なら、すぐに潰せるようになるッスよ」
「お世辞かい?」
「この俺がそんなこと言うと思うッスか?」
「なら、お言葉を信じて、これからも頑張るんだぜ、ベイベ」
「その心掛けが大切なんス。なんでもやれるって思わなくちゃいけないんスよ」
短いながらも強固な意志を感じさせる意義ある言葉に、俺っちは内心、唸ったのだった。肉体的にだけではなく、精神的にも上回っているのは彼のほうだ。まだまだ修行が足りないのだと感じさせられた。そう。頑張ることに限界はない。なら、いつまでも頑張って頑張って心と体を鍛えるべきだ。
食事をして帰ろうという話になり、伊織さんの運転でステーキハウスを訪れた。顔馴染みらしい。「いつもの」と二人はオーダーした。するとだ。ステーキが五百グラム、ハンバーグ三百グラムという、非常にボリュームのある品が出てきた。なんとか食べ切った。食材となった牛さんと豚さんには失礼極まりないのだけれど、ちょっと胃がもたれてしまいそうな兆候がある。
「べ、ベイベ、伊織さんも本庄君も、ぺろりと食べてしまうんだね」
「運動したあとに肉食わないでなにを食うの」
「体を作るにあたっては、やっぱ肉ッスよ」
二人ともやっぱり逞しいのだ。
それから俺っちは、特になんの意図もないまま、なかばぽかーんと、「『OF』とか『UC』とかって、どんな組織なんだろうなあ」と話を蒸し返した。すると、「アンタ、馬鹿ぁ?」という伊織さんの容赦のないツッコミがあった。コーヒーに口をつけると、「その点については散々意見をかわしあったでしょうが」というもっともなことを彼女は言った。
「でも、俺っちは、やっぱりどっちも怖い組織だと思うんだんだせ」
「得体が知れないからね。その点については同意する」
「本庄君は?」
「ただの敵でしかないッスよ。それ以上でも以下でもない」
「俺っちも本庄君みたい強くなれるかな、ベイベ」
「無理ッスよ。てか、俺みたいにはならないほうがいいッス」
「どうしてだい?」
「俺って野郎の内側は腐ってるからッス」
「そうは見えないんだぜ、ベイベ」
「とにかく、腐ってるんスよ」
「そんなふうに言う理由ってもしかして……」
「言葉にしないでくださいッス。腹が立つッスから」
伊織さんはまたコーヒーカップを口へと運ぶ。本庄君はいうと、少し不機嫌そうに口をゆがめつつ、煙草をくわえ、その切っ先に火を灯した。
俺っちはなにがあっても本庄君の味方でありたい。彼がなにか迷うことがあれば、あるいはピンチに陥るようなことがあれば、自分が救ってやろうとも思っている。一応、俺っちってば先輩なのだから、なにも助力できないとは考えたくない。




