17.
ある日の夕方のこと。後藤さんからホワイトドラムに来るよう指示を受けた。居室に入ると他のメンバーの姿はなかった。どんな案件かはわからないけど、今回は俺っち一人がアサインされるのかもしれないと予感する。仕事をまるっと任されるのはプレッシャーを感じるいっぽうで嬉しいことでもある。
後藤さんはマホガニー製の机を前にして黒い革製の椅子に腰掛けていた。結構な数の書類が山積している。なので書類がなだれを起こすのも当然と言えば当然だ。「あらあらあらら」と言いながらも、さほど慌てる様子もなく紙を重ねながら拾い上げる我らがボス。俺っちも手伝った。黙って見ているというのも変な話だろう。
後藤さんは一人掛けのソファに座り、俺っちは正面の二人掛けに腰を下ろした。脚を揃えてお行儀よく席につくのはクセみたなものだ。
「よ、用件を伺いたいです」
なぜだろう。おっかなびっくり、どもってしまった。それだけ気が小さいということの証拠だろうか。多分、そうなのだろう。
「サムという男を知っているかい?」
「サム? サム……あっ」
「知っているんだね?」
「耳にした覚えがあります。金色のっぽのロン毛の野郎、ソムと対をなすような奴ですよね?」
「そう報告を受けている。ミスター・サムは銀色の短髪で小男だそうだね」
「サムを見たことはないですけれど……」
「彼の姿を視認したのは朔夜君しかいない。彼の証言をもとにしたモンタージュは作成済みだ。でも、それはどれだけ役に立つんだろうね」
「本庄君がもたらした成果に疑問を持つんですか?」
「これはまた、偉そうな指摘が飛んできたもんだね」
「あっ、い、いえ、そんなつもりはなくて……」
「いいんだよ。言いたいことは言ってくれて。僕達はファミリーなんだから」
「ファ、ファミリーですか」
「ん? どこかおかしいかい?」
「い、いえ、おかしくない、です」
俺っちは下を向いて一つ鼻をすすった。ファミリー。なんてハッピーな言葉、響きだろう。だから少々涙してしまうのもしかたがない。やっぱり一時でも長く居続けたいのが今の職場なのである。
「それで、後藤さん。どんな話が今回のメインなんですか? サムかソムか、そのどちらかをなんとかしろ、そういう話なんですか?」
「いや。サム君とソム君に関しては、まだまだ調査の必要がある。まだまだまだまだ『情報部』の仕事の範囲を出ないということだ」
「と、いうことは?」
「『UC』、『アンノウン・クローラー』」
「連中について、なにか情報が得られたんですか?」
「愚か者が一人、掴まってね」
「愚か者?」
「うん。ビジネスホテルでの宿泊中にマッサージを頼んだそうなんだけれど、彼は担当の女性に乱暴をしようとしたらしくてね。通報を受けた所轄がすぐに捕まえた。アルコールの呼気検査で基準値以上の濃度が検出された。どうだい? どう思う?」
「その男が、幹部だと?」
「もしそうなら組織自体のお里が知れるだろう?」
「そうですよね」
「奴さんは尋問に対して、宗教にある呪詛のような言葉を吐いてやまないんだ。『UC』は、この世を浄化するってね。そこに異常性を見ないニンゲンなんていない」
「は、話を蒸し返すようでなんですけれど」
「君は一々どもるね」
「そ、それはその」
「いいよ、いいんだ。そういうところが可愛らしいんだから」
「えっと、つまるところ、結局、俺っちになにをしろと?」
「実はね、悠君に『UC』の内偵を進めてもらっているんだよ」
「悠君に?」
「彼は影みたいな男だからね。元『マトリ』のニンゲンらしい特質とも言える。だから時にはそういった役割もこなす。適任なんだ」
「なにかわかったんですか?」
「ボスが割れたんだよ。悠君いわく、それなりにカリスマを感じさせる人物らしいよ。しかし、映像で記録するのは無理だったようでね。ま、フツウに考えて、それは止むを得ないことだ」
「悠君だけは顔を知っている……」
「そうだ」
「アジトも割れている?」
「割れていないと判断すべきだね。相当な馬鹿か阿呆でもない限り、ひとっところに留まり続けるとは考えにくい」
「ですけど、手掛かりはと言うと」
「その通りだ。まずはそこにいるかもしれないという期待を持って、対応するしかない」
「要するに」
「ああ。悠君と一緒に、まあなんだ、その、なんとかしてもらえるかな。速やかに首をちょん切ることができるのであれば、ぜひともちょん切ってやりたいから」
「わかりました。悠君と合流します。それで」
「うん?」
「い、いえ、その、『UC』のボスの名はわかっているのかなと思って……」
「ルーファスだよ」
「ルーファス?」
「”レイバン”のティアドロップを欠かさない洒落者らしい。真っ白な歯がことのほか印象的だそうだ」
「真っ白な歯、ですか」
「悠君らしい、いっぷう変わった目の付け所だと思う」
「わかりました」
「ああ。彼と動くことで最良の結果をもたらしてほしい」
連絡を入れて、JRのとある駅の改札内で悠君と落ち合った。きっと日々、俺っちよりずっと難解かつ厳しい役割を課せられているであろうにも関わらず、彼はマイペースを崩さない。大きなヘッドホンを耳にあて、眠そうに目をしょぼつかせながら、ホームから続く階段をのぼって現れた。黒のスーツは我がチームのユニフォーム。今日も俺っちと同じく、そんな恰好である。
「これからルーファスに会います」
「えっ、そうなのかい?」
「はい。クスリに関して大きな商談がまとまり、その報告がしたいと嘘をつく格好でアポをとりました」
「落ち合う場所は?」
「持ちビルの前で出迎えてくれるそうです」
「ビルの前? そ、それって明らかに……」
「ビルの外であろうが中であろうが、罠であるに違いありませんよ」
「それでも行くのかい?」
「はい。これが最初で最後のチャンス。そう考えて、事に臨むべきです」
「お、俺っちはなにをすればいい?」
「彼らのビルは港湾地区。普段はあまり人気のない場所にあります。ミユキさんには……ここまで言えばわかりますよね?」
「わ、わかるぜ、ベイベ。ビルの玄関を見渡せる場所で、いつでも撃てるようにしとけってことだな?」
「そうです。念のための措置ではありますけれど」
「念のため?」
「はい。だって僕が殺すつもりですから」
「ゆ、悠君。君は涼しい顔をして、超怖いことを言うんだな」
悠君は「速やかに向かいます」と言いつつ、大あくび。これはいけないと思ったのか、キヨスクに立ち寄り、”レッドブル”でエナジーチャージ。だけど、またあくび。改札を通過し、構内から出たところでタクシーを拾った。
シャカシャカ鳴るヘッドホンをつけ、「着いたら起こしてください」と言い、悠君は下を向いた。一キロくらい手前でおろしてもらい、そこから徒歩で目的地に向かうという手はずらしい。「実はちゃっかり期待しています、ミユキさん」と言われ、思わず振り向いた。彼は腕を組んで、もう居眠りを始めていた。
港湾地区。暗い。結構、真っ暗。俺っちは手頃な建物の屋上へと至った。ここに来るまでに自宅に寄って、スナイパーライフルを一丁、持ってきた。それなりにお気に入りのヤツだ。世話になっているヤツでもある。周囲にフェンスはない。黒い布を被ってカモフラージュ。問題のビルの出入り口を、まずは双眼鏡で観察する。インカムを使ってリアルタイムでやり取りしたいところだけれど、悠君は対象を狩るつもりでいるわけだ。作戦行動中はスタンドアローン。でも、そうあってしかるべきだと思う。無言のチームワークが成り立ってこそ、本当の仲間と言える。
双眼鏡越しに連中の姿が映る。こちらから見えるのはビルの正面。左右に兵隊とおぼしきニンゲンがずらっと五人ずつ並んだ。訓練を受けているのだろう。動作がいちいちしっかりしていて、隙がない。いずれも赤を基調にした迷彩服姿。目出し帽まで赤い。はっきり言ってとても目立つ。
やがてビルの前に姿を現したのは真っ赤な髪をリーゼントに固めた男だった。エナメル質の黒いジャケットに同色のパンツ。そして、確かにティアドロップのサングラス。見た目はロッカーだ。まるっきりロッカーだ。しかもステレオタイプの。奴がルーファス? 多分、そうだ。存在感が群を抜いているというか図抜けている。
悠君が下方から視界に入ってきた。「うげっ」と声を上げそうになった。彼ってば兵隊に左右から挟まれた状態で、ソッコーでルーファスに銃を向けたからだ。
二人はなにかしゃべっているようだ。そうしているうちに、悠君はいよいよ赤い連中に囲まれてしまった。
「な、なにやってんだよ、悠君よぉ」
そんな嘆き節を吐きつつ、双眼鏡からスナイパーライフルに持ち替えた。スコープ越しにルーファスを睨みつける。するとだ。対象は顔をあちこちに動かした挙句、やがてこちらを向き、白い歯を剥き出しにして笑ってみせた。右手の指を鉄砲のかたちにして、「パァンッ」と撃って見せたのである。気配を読まれた? いや、そんな感じじゃない。かと言って、当てずっぽうってわけでもないだろう。スナイピングの可能性を考慮して、狙撃手がいるであろう方角を絞ったのだ。その上で笑顔を作ったのだ。ソムと同様、厄介な手合いとしか言いようがない。
悠君はこんな最悪の状況でも決行する? かもしれない、かもしれないけどそれでも、俺っちは言いたい。強く言いたい。
頼む、悠君、引いてくれっ!
ルーファスの取り巻きは悠君に銃口を向けたままだ。こちらから狙撃はできない。狙い撃ったが最後、即座に反撃を受けるのは彼であるに違いないからだ。
銃を右手に持っている悠君が、左手でスマホを操作するのが見えた。俺っちのが着信を告げたので思わずビクっと体が跳ねた。
「ミユキさん、忍足です」
「そ、そりゃわかっけど、おい、おいおいおい。電話なんてしてる場合かよ」
「強行してもいいんですけれど、どう思われますか?」
「ダ、ダメだぜ。ここは速やかにとんずらこくべきだ」
「これが最初で最後のチャンスかもしれないとは言った通りです」
「だからって、君が差し違えるのは間違ってる。絶対に間違ってる」
「逃げるのは性に合いません」
「俺達はファミリーなんだぜ、悠君」
「家族ですか」
「なんとかフォローするから引いてくれ。お願いだ」
「いえ、支援はいいです。必要ありません。話をつけます」
「話をつける?」
「ルーファスは馬鹿じゃありませんから」
通話終了。双眼鏡を覗く。二言三言、なにをしゃべったのかはわからないけれど、彼らはやり取りをしたように見受けられた。悠君はくるりと身を翻し、ルーファスは小さく肩をすくめた。
ルーファスはこちらに向けて、大きくゆっくりと手を振って見せた。そして、ビルには戻らず、赤い兵隊どもを従えて、脇の路地へと姿を消したのだった。
俺っちがスナイピングのポイントとして選んだ建物の屋上に、悠君がやってきた。彼は「よいしょ」と腰を下ろし、あぐらをかいた。
「殺るのは簡単でした」
「でもその場合、まるっきり特攻だろ?」
「ミユキさんのサポートがあれば逃げ切れました」
「い、いくらなんでもそうは思えないんだぜ」
「まあ、危険を伴ったであろうことは事実です。だから」
「だから?」
「いえ。ミユキさんは優しいんだなあって、改めて実感させられた次第です」
「言ったぜ? 俺達はファミリーなんだ、って」
「実は馴れ合いって、そう好きではないんですけれど」
「そ、そんなこと言わないでくれよ」
「いえ。そうではなくて」
「うん?」
「誰かに必要とされることは、誰だって嬉しいものだと思います」
「そう言ってもらえると救われるぜ。で、ルーファスなんだけど」
「しっかり観察できましたか?」
「ああ。確かに変わった男だな。それでいて、確かなカリスマ性を感じさせてくれやがったぜ」
「一言で述べてしまうと、彼は優れた戦略家なんです。めんどくさいですよ。はっきり言って」
「でも、みんなで協力して、頑張って片づけようぜ」
「頑張らないで片づけます」
「ま、また異議を唱えてくれるのかい」
「僕は僕なりにしかやれませんから」
「悠君のクールさには憧れるぜ」
「本庄君の熱さに感化されるほうが、きっと楽しいですよ」




