第十一話 踏み越えた境界線
灰と化した燎原を踏み越えて進んだ先は、うっそうとした暗い森。
ネジくれた巨大な木々が生い茂り、昼間なのに夜のように暗い中を進んでいく。
ライトが無いと辛そうな暗さだが、幸いというか、常から青白くぼんやり光っているプラズマビーム砲の御蔭で光源には困らなさそうだった。
「しかし、今乗っている機体と比べてこの大きさ……この森に生い茂ってるのは全部屋久杉か何かか?」
見下ろせば地面にも大きく根が張り出していて凸凹だ。車輛型の脚部だったらここから先には進めなかったかもしれない。二本脚でも結構歩きづらい。
「とっとと」
言ってる端から足を滑らせて転びそうになる。結構気を使うというか……これもチュートリアルの一環かな。ここまではなあなあで歩いてこれたけど、ここから先に進むにはきちんと足場を選んで歩かないといけない、っていう。
正直面倒くさい。なので。
「焼き払ってショートカットしてしまうか」
プラズマビーム砲の照準を手近な大木に向ける。自然破壊もいい所だがあくまでこれはゲーム。やりたいようにやればいい。
「発射!」
放たれる青く輝くビーム。その輝きの美しさに目を細めるのも一瞬の事、大木に着弾した閃光は打って変わって赤黒い炎を噴き上げて、命中した木々をメラメラと燃やした。
「よしよし。これでさっきの草原みたいに……おや?」
燃え上がった筈の炎が突然勢いを衰えさせる。見ている前でみるみる炎は小さくなっていき、ついには消えてしまう。後には炭化した大木の幹が……いや、これは。
燃えた炭の下から覗くのは、銀色に輝く金属の塊。配線や動力パイプが這いまわり、意味のよく分からないLEDが明滅するそれは……どう見ても……。
「機械? 大木なのは見た目だけか」
どうやら機械の塊が、薄皮一枚の木の皮を被って大木に見せかけているだけらしい。よく見れば、他の大木もちょこちょこ機械らしきものを覗かせている。
これもメタルインセクトの一種なのだろうか? 見渡す薄暗い森が、一転して得体のしれない光景に見えてきて私は首を竦めた。
これでは燃やして視界を確保するとかはできそうにない。
「地道に歩くしかないか……ん?」
ふと、頭上の梢が揺れたような気がしてカメラをそちらに向ける。
直後、生い茂る葉の向こうから何かが飛び掛かってきて、私の機体に組み付いてきた。
「うわあ!?」
ガアン、という金属の衝突する音、衝撃と共に傾ぐ機体。
なんとか倒れないように踏みとどまるが、モニターに映っているのはドアップで写る何かの関節だけで状況がわからない。何かに組み付かれている?
「く、くそ、ええい!」
左腕でぐわし、とその何かをひっつかんで引きはがしにかかる。思ったよりもしがみつく力は弱く、容易く振りほどいたそれを目の前に投げ捨てる。
ズズン、と地響きを立てて地面にひっくり返るのは、一言で言えば蜘蛛型のメタルインセクトだ。ひっくりかえって足をわきわきさせるそれに、私は思い切りスタンピングを叩き込んだ。
相手のHPバーがガリッと削れる。減り具合からして、蟻よりは大分体力がある。
とにかく起き上がってくる前に仕留めなければ。私はさらに数回踏んづけて、駄目押しでプラズマビームを至近距離から叩き込んだ。
青い光を照射され、ぼぉっ、と燃え上がる機械蜘蛛。見れば細い脚部が松明のように火がついていた。関節部の油にでも引火したのだろうか。
……現実の機械油の発火温度は700度ぐらい、と確か聞いた覚えがある。摩擦熱などで容易く引火しない為にそういう油を選んでいるという事なのだが、それを考えるとプラズマビームの熱量は一体どれぐらいになるのだろうか、ちょっと想像もつかない。HPは全然削れないのにな。
とはいえ、ビームの威力が低くても熱ダメージはしっかり入る。
炎上ダメージでトドメを刺され、ひっくり返ったまま動かなくなり消滅していく敵の姿に、私はふぅ、と安堵の息を吐きつつ、再び梢を見上げた。
……鬱蒼と生い茂る黒い葉の向こうには、広がっている筈の青空も見えない。ここに敵が潜んでいても、なかなか気が付かないだろう。
出来る対策としてはできるだけ大木から距離を置いて歩く事だろうか。とはいえ、この森の中では限度がある。というか今の蜘蛛は、私が大木にちょっかいを仕掛けたから襲ってきたのか、それとも初めての常時アクティブモンスターなのか。どっちなのかもよくわからない。
「むぅ……」
この暗い森の中ではどこから来たのかもすぐにわからなくなってしまう。私はマップに表示される東西南北を頼りにして、火山目掛けて歩き始めた。
しばらく、凸凹した地面に足を取られないように注意しながら先に進む。
視界は相変わらず悪い。敵が襲ってくる様子はないが、気のせいか、一瞬だけチカッとカーソルが現れてはすぐに消える。多分障害物で遮られて索敵が途切れているだけなのだろうけど、まるで幽霊をカメラが拾ったみたいで気味が悪い。
そこら中に火をつけて回りたい気持ちをおさえながら進んでいると、再び頭上でがさごそ、と梢の揺れる音がした。
慌ててバックすると、さっきまで私が立っていた場所にぼとりと蜘蛛が落ちてくる。
「やっぱりこいつアクティブモンスターか!」
奇襲に失敗してじたばたしている蜘蛛にプラズマビームを浴びせかける。ジュワアア……という音と共に青いビームが真っ赤な炎の花を咲かせた。
燃え上がる蜘蛛は、どうやら蟻と比べても炎上しやすいらしい。直撃で削れたHPは半分も無かったが、炎上ダメージでガリガリ削れていく。
しかし、さっきのようにひっくり返っていないせいか、蜘蛛は怯んだままではなく果敢に反撃してきた。牙がくわっと起き上がり、先端からニードルを撃ってくる。慌てて胴体をねじって左腕で受けるが、それなりに分厚いはずの装甲にそれは簡単に突き刺さるとこちらの耐久を削った。
「ちいっ」
これ以上の攻撃を受ける前に、オーバーヒート覚悟でプラズマビームの引き金を引く。
残りHPが僅かだった蜘蛛はそれで木っ端みじんに吹き飛んで、その亡骸は消失した。
経験値とアイテムの入手報告を見ながら、ふぅ、と息を吐く。念のためプラマビーム砲の様子を確認するが、取り付けられた冷却フィンが真っ赤に赤熱し本体も青い光をギラギラ輝かせているものの、暴発とか熱暴走している感じではない。冷やせばまだ使えるだろう。
なるほど。
ささいなデメリットだと思っていたけど、いざという時に爆発を警戒する必要があるというのは確かに運用が難しいな……。
「ちょっとひやひやしたな。しかし……」
奇襲にこうして気を配り続けるとなると結構厄介なエリアだ。ちょっとずつ休憩しながら進むか、いっそ機動力で突っ切ってしまうほうがいいのかもしれない。
「まあコイツの足ではつっきるなんてできないんだが……ん?」
そこでふと、私は見慣れないメッセージが浮かんでいる事に気が付いた。何々?
《レベルアップおめでとうございます! 規定レベルに達しましたので、初心者向けの保護サービスを解除します。以後、大破した機体の修理や弾薬の補充に所持金を消費するようになります。所持金が0の場合は最低限の修理と補充しか行われないのでご注意ください》
「…………ええ……?」
それはまさかの、困難真っただ中での泣きっ面にハチと言える通達だった。




