File.36 ルシア
【第三ホール:数分前】
紅羽を吸収するべく、急いで第一ホールへと向かう冥本。
でもその前にやるべき事がある。
彼は競売を担当する第三ホールへ。
「良かった良かった。本当に売買がめちゃくちゃにされたんだな……」
関わっていた裏社会の連中は皆寝ている。
「あ〜あ。金づるが消えちまったな〜」
爆弾をセットしながら、少し悲しそうに呟いていた。
物喰いの活動資金は六割をここに担っていたのだが……失くすのは惜しい。
「今回はマジでどデカいやつだからな。これは少し余裕を持って十五分くらいにしておこう」
このホール“全て”を破壊する。
渋谷テロの時は質より“量”だったが……今回は量より“質”だ。
「ブレン!聞こえるか〜?」
『どうした?死んだか?』
「殺すなアホ!はぁ……爆弾セットは終わったか?」
『あぁ。このアリーナの重要な骨組みに仕掛けたぞ。タイムは十分』
「OK。問題なし」
そんなやり取りがあった。
……そんな時。
「そこまでよ。冥本」
カチャッと音を立てて、拳銃を向けた女。
その声とその立ち振る舞いに、一瞬で冥本は誰なのか察した。
「……会いたかったよ。ルシア」
常に軽薄な冥本。
しかし今はいつも以上に真剣な趣だった。
「あなたはいつ変わってしまったの?」
「変わる?昔から俺は変わらない。“興味”の赴くまま……世界をぶらりとするのが“俺”だ」
「……そうだったわ」
呆れ、裏切った事により怒り、悔しさ、虚しさ……
様々な感情が今のルシアを支配しようとするも、支配権は決まらない。
「ここまでして何をするの?何故日本を狙う?“能力者に対する差別が根強いんだ”以外、私には何も教えてくれなかった」
「知りたいか?俺の……日本における“第三のテロ”を」
「……………………」
彼女の沈黙をイエスと見たのか、ゆっくりと、冥本は口を開いた。
「……………だ」
辺りには眠っている連中のみ。
その作戦内容は、ルシアしか聞く事が出来なかった。
「!?」
一瞬でルシアの顔が青ざめ、取り繕うように叫ぶ。
「出来るハズがない!!そんな事……!!」
「やるだけやるさ。世界の冥本が好きに大暴れさせてもらうんだよ」
「…………狂ってる」
「お前もその一人だ。…………ルシア?」
ドスの利いた言葉に思わず彼女は発砲。
撃つタイミングを読んでいたのか、冥本は頭を傾けて回避。
冥本は即座に拳銃を構え反撃するも、ルシアは近くにいた裏社会の人間を盾にした。
「そうそう!!“使えるものはなんでも”だ。教えた通りに出来てるな」
互いに観客を盾にしながら、近くの構造物に隠れた二人。
「……黙れ!!」
ここで終わらせる。
そもそも冥本が思い描いてある“アレ”は絵空事だ。
失敗する可能性のほうが高い。
「だからこそ本当に残念だ……これでもう少し、近くにいるブレンに気が向いてればなぁ〜」
その声と同時に、扉から音が。
「なっ!!」
急いで振り向いても─────
───そこには誰もいなかった。
「本当に……残念だ」
冥本の本心の声に、ルシアは拳銃を冥本の方へと向ける。
ドドン!!と銃声が会場に響き、二つの薬莢が地面に落ちた。
「本当に……ね」
地面に大きく倒れ、負けたのはルシア。
右胸と右肩を撃たれ、もう動けない。
「……………くら……もと……!!」
「もし“本当の俺”に気づかず、渋谷テロにも大義の為だと言い聞かせていれば……俺の銃口はお前に向けられる事はなかったのにな」
こうして、第三ホールから走り去った冥本。
能力も一切使わせずに短期決着。
血がどんどん地面に染み込む中、ルシアは何を思って────────
─────────────────────
【第一ホール付近:“潜一”陣営】
大規模爆発するまで残り五分。
無論、潜一達はそれを知らなかった。
瓦礫によって冥本は奥へ隠れ、もう追うことは出来ない。
「クッソ……!」
紅羽は冥本に吸収されたのだ。
助けることすら……
湊へ飛んできた瓦礫から守ったことにより、拓は気絶。
潜一と迅が彼の体を支え、脱出を目指す。
ゴゴゴゴ……と地割れのような音が会場中に響く。
間違いなくまずい。
「堺さん!!聞こえ……ねぇよな」
返ってくるのはザーザーとした砂嵐のみだった。
物喰いお得意の通信ジャミングだ。
(撤退するために、セキュリティ室から晴菜と千景を早めに切り上げたのか裏目に出たな……)
拓のマッスルは凄まじい、今まで迅の警察人生の救急で一番こいつが重い。
少なからず、確実に運ぶ為には時間がかかる。
「何があるか分からん。さっさと撤退するぞ!!」
「………………ッ」
「潜一さん!!」
晴菜が何度も叫ぶが、彼は荒い息を残すのみで頭があまり回っていない様子だ。
「はぁ……はぁ……」
「……千景、湊、お前達が先行しろ!!晴菜は後ろに下がり後衛を守備しろ」
残念ながら潜一の様子に構っていられるほど余裕はない。
次なにがあるか分からないのだ。
現在地は第一ホール前。玄関へ向かう為には階段を降りなくてはならないのだが……
「!!迅!!階段が……!瓦礫で……」
千景の絶望的な一言。
全員の息が焦りかなにかでどんどん荒くなっていく。
迅は焦りを含みながらも、出来る限り冷静に辺りを見渡す。
「…………チッ!」
舌打ちをした後、急いで“彼女”を見た。
「……湊」
「迅さん?」
決心したような顔を湊に向ける迅。
この会場の二階はかなり高い、飛び降りれば────────
「俺たちはなんとかして脱出するから、窓を探して飛び降りろ!!流石にこの高さなら即死だ!!」
「……ッ」
「すまないな…柊紅羽ならこんな事はさせないだろうが……一人でも生き残る為だ」
「………………」
迅の言葉にただ黙る湊。
逡巡の間が、彼女の中に駆け巡るが……
「絶対生き延びて下さいよ!」
彼女の真っ直ぐな目は、潜一に向けられていた。
どう逃げるか算段は全くついていないが……飛び降りる勇気を振り絞るのは、湊だ。
「……約束はできねぇがな」
潜一は疲れ果てた様子で呟いた。
どんどん酷くなる現状。
一人でも多く生き延びさせるのだ。
大規模爆発まで残り三分。
湊と別れ、残りは特異対策課と潜一と拓。
「……うぅ」
迅と潜一によって抱えられていた拓がようやく目を覚ました。
「警察のにいちゃん達、すまねぇな……もう大丈夫だ!」
二人の手を振り払い、首をコキコキ鳴らしながら拓は語る。
「……ここは北階段。南階段まで走るぞ!!」
恐らくここにはもう敵はいない。
警戒ゼロで走ったって問題ないだろう。
そうして走る事一分。
南階段は────────
「……クッ……ソッ!」
また瓦礫。
これが冥本の策略なら本当にやられた。
「でも……北階段にあったよりかは少ねぇな。全員で運ぶんだ!!」
率先して瓦礫を持ち、遠くへ投げる拓。
それに同意して、迅達もそれに加わる。
拓のパワーはその見た目以上で、絶対に本調子ではないのにこの活躍。
瓦礫のほとんどを自力で運び、“道”を作り出した。
「行くぞ!!崩れる!!」
そのまま走り込み、入り口付近の大きなガラスが見えた。
「ッ!!」
晴菜が発砲。
ガラスが割れる音と薬莢が落ちる音が全員の耳に聞こえる。
「「後は任せろ!!」」
迅と拓のコンビでタックルによりガラスを破壊。
そのままアリーナから出来る限り距離を取れた。
「……湊は!?」
潜一の叫びに、全員が二階付近を見渡すが……いない。
「一体何が────」
残り時間は三秒。
二秒。
一秒。
「!!??」
ドン!!!!!!
……と第三ホールから爆発。
第三ホールはアリーナと直接繋がっており、もしここが爆発されれば……
「怪物冥本……か」
唇を噛みながら呟く千景に、迅も頷く。
本当に……奴には遠慮というものが存在しないのではないか。
────────────────────
【アリーナ二階:湊】
「うわっ!!」
アリーナ全体が更に大きく揺れた。
ドンという音から聞くに爆発したのだろう。
もう会場全体が危うい。
「クソッ!!どこだよ窓!!」
本当にここら辺に何もないのだ。
どんどん瓦礫が増えていく、死なない能力を持つ湊でも瓦礫に潰されたらどうなるか分からない。
「……涼風?なんでここに?」
苦しそうな顔をして湊の下へ駆け寄る人が。
「ルシアさん……生きていたんですか」
ルシアには因縁がある。
いつもの思いやりある一言ではなく、どこか突き放すように湊は答えた。
「どいて。この壁を壊す」
壁に“ある物”を設置。
少し離れたところでスイッチを押し、起爆。
「競売にC-4があって良かった。これで早く────」
「ルシアさんはどうするんですか?」
その一言を覆うように湊は語る。
「別の場所に脱出経路があるからそこで……」
「そんなのないでしょ。それと……ソレ。なんですか?」
ルシアの脇腹から血がポタリと垂れた。
というか会った時から既に垂れていたが。
残念ながらバレバレだ。
「……鋭いね。私は……もう死ぬ」
脇腹と右肩を指し、どうしようもないといった諦めた表情で湊を見る。
「あなたの最期に一ついいですか」
「……え?私の事が嫌いでしょ?私が味方になるのもあまり納得していなかった」
どこか優しそうに見つめるルシアに、淡々と返す湊。
いつ崩れてもおかしくない状況で時が止まったようだった。
「僕が裏社会の連中に捕まり、あなたはそいつらを殺しながら僕を勧誘した。結果は────ああなってしまったけど」
「……?」
「マスコミに囲まれた時、あなたは彼らを撃った訳だけど……どうして?」
「……ふふっ。あなたを本気で“助けたかったから”よ。あの時の私は能力者を本気で救うことを夢見ていたから……」
その時の物喰いのテロは能力者を救うために行っていた。
冥本も、ブレンも、ログロも皆。
今思えば、大義を抱いて闘う事に冥本が“興味”を持ったのだろうが。
「……ルシアさん……僕はあなたの事が嫌いです。でも、半分くらいは感謝してますよ。もしあなたが助けてくれなかったら僕はここにいなかった」
そうして湊は飛び降りる前にルシアの方を見た時──────
廊下の奥には一人の男が。
「生きてたか。ルシア?」
「……冥本」
二度の会合。
元父親と娘の二人。
「!?」
湊は余裕綽々といった様子で此方を見る冥本を睨む。
(もしこのまま戦えば……)
そんな湊の思いを察したのか、ルシアは拳銃を構えて、湊に向けた。
「……ありがとう。“湊”。こんな私でも少しは報われた気がしたわ」
「!!ちょっと待っ────────」
嬉しそうに、そしてとても悲しそうに溢したルシア。
そうして湊の頭を撃ち抜き、湊は空いた壁を通って外へと落ちていった。
ドシャッと音を鳴らし、地面に落下。
(なんだ?うるさい……)
「なんか落ちてきたぞ!!」
「血の塊!?」
「いや……これは……」
男達に囲まれていたのかと、湊がゆっくり目を開けた時……一人の男が叫んだ。
「涼風湊だー!!!!」
マスコミ。
カメラマンやニュースキャスターが集まっていた。
彼らは能力によって復活した湊を、なんの躊躇いなく映す。
「涼風湊です!!今回の物喰いテロにも加わっているのでしょうか!?」
ニュースキャスターの一人がそう叫ぶと、全員を睨む湊。
「クソッ!」
このまま警察が来たら……捕まる!
すると、奥から車が。
「湊!!乗れ!!」
潜一の車が警察よりも先に湊を乗せ、どこかへ走り去っていくのであった。
────────────────────────────
【紅羽宅】
なんとか警察やマスコミを撒いた潜一と湊。
車に乗っていた間、潜一と顔が見えないせいで全く話しかけることができず、気まずい状況だった。
「……潜一さん?」
紅羽の家に入り、彼は自分の部屋からある封筒を渡す。
「これは?」
「お前の新しい“身分”だ」
「身分?どういう────」
「俺は……やめる」
「……は?」




