File.34 柊兄妹
今回は長め。
【第一ホール】
「第二ラウンドといこうか!?」
もう何回剣と刀をぶつけたのか覚えていない。
今ただひたすらに、酸素が欲しかった。
「はぁ……はぁ……」
男と女。
紅羽も継続的かつハードに鍛えていたが、それでもこの筋力差。
(分かってた…はずなのにな)
自嘲するように笑った紅羽。
当然だ。
相手も鍛えている。
両腕で受け止めて、少しでもやり合えている時点で奇跡なのだろうが───
「『氷結』」
「あっ───くっ!!」
高速で近づく吹雪のような物が紅羽を氷漬けにしようと接近。
紅羽は横に避けることで躱した。
もう素早く移動する体力はないに等しい。
「根性出すな〜まぁどっちでもいいけどさ」
「お前は──」
「あ?」
これまでの奴との戦いで気付いた事があった。
「お前は斬り合う時、必ず刀の先端部分を押し付けるように戦う」
「……………ほぉ?」
「それは何故か?それは───私の能力を“まだ”警戒しているからだ」
ガスのように体から出せるこの『酩酊』だが、手から直接出すのが一番効率が良い。
ガス生成から『酩酊』を敵にかける速度は申し分ないのだが……
「ログロ。お前はそれに気づいて。私に不用意に近づかない」
「……京極ビルでの一件。ラミエを捕まえた時、お前は自身の能力をあいつの顔を掴む事で成功させてた。まぁ…つまりそういう事だ。怖くないはずがない」
なら窓ガラスを壊している以上、氷の壁…氷壁を作って銃撃戦に持ち込んだ方が最も効率の良い合理的な択。
それをしないのは、剣使いに会った幸運か、プライドか。
どちらにせよ好都合。
(慌てるな。私の役目を果たせ…!)
ログロが大きく見える。
元より百九十センチくらいありそうだが、更に巨人特有の“存在”の圧。
「どんなに閃いた所で、打開しなければそのままなんだぜ?『氷結』」
彼が能力発動の瞬間、紅羽の頭ではログロの能力よりも更に速く、『氷結』の対応策を考えていた。
(地面から氷を生やすやつと、氷の粒を集めた吹雪を高速を出すやつ!どっちだ…!?)
実際、紅羽の靴が少し凍っている。
もし足が凍ったら………
どちらも横に避ければ問題はないが、反応が遅れれば普通に死ぬ。
「あぁ、後…本気を出せばもう少し速くできるぞ」
そんな絶望の一言を告げたログロ。
「!?」
先程の速度よりも更に速く、吹雪が紅羽の目前に迫る。
回避する為に体を捻ろうとするも、遅い。
間に合わない……
走馬灯のように記憶の一部分が視界を覆う。
思い出したのは、警察に在中していた際、実家に帰った時に兄との会話だった。
───紅羽ってさ〜警察学校にいた時、剣道やってたよな?
───え?まぁ…やってたけど?
───そん時の試合を俺と父さんと母さんで観てたんだが……かっこいいもんだな、紅羽の剣道って。
───……あっそ。
拓の方から目を逸らし、ぼそっと呟く紅羽。
その様子に「ははっ」と笑いながら拓は続ける。
───それと、お前の一撃って…こう…ズン!というかズバン!みたいに真っ直ぐ振ってんだよな。
いつも感覚的に話す拓だが、いつもより具体的に話す様子に紅羽は驚きながらも黙って聞いていた。
───だからさ。そこで犯人をズバン!と捕まえてくれよ!
あまりにもありふれた日常の会話過ぎて忘れていたが、大切な兄との会話だ。
「!!」
避けるのをやめて紅羽は剣を真っ直ぐ上に振りかぶり……真下に振り下ろす。
「………!!」
氷の粒が集まった吹雪と剣がぶつかり、削り合う。
ログロと斬り合っているようだ。
「あぁぁ!!」
紅羽はそのまま剣で受け流し、尻もちをついた。
その光景に唖然とする紅羽と、苦笑いを浮かべるログロ。
(所詮…人が出せる物はたかが知れてる…か)
冥本はそう言っていた。
いくら人が特別な事が出来ても、それを対策するのも人…だと。
「最終ラウンドだな。紅羽。本気で行くぞ!!」
兄を救うまで、紅羽は止まらない。
「あぁ…こい!!」
ゆっくりと息を吐き、紅羽は真っ直ぐ敵に剣を向ける。
ログロもそんな紅羽の様子に応えるように刀を強く握り、紅羽に急接近。
互いに武器を大きく振るい、ぶつけ合う。
「あァァ…ッ!!
「おっ!?」
そのまま真っ直ぐ剣を振り抜き、ログロを少し遠くに押し出した。
奴に剣術や能力的には勝てない。勝つ為には工夫と根性のみ。
「…?(あいつがいねぇ…?)」
周りにはログロが能力で作った、氷柱だけ。
(隠れるには丁度─────なっ!!)
一瞬だけ氷柱の中から“何か”が飛んできた。
透明の何かが……
「ッ!!?俺の氷柱か!!」
今までの戦いで氷を出しすぎたのか。
姿を隠されると全く位置が特定できない。
氷が出てきたのは左から。
(クソッ…小賢しいな…)
左…チラッとほんの少しだけそこを警戒したログロ。
ただ、紅羽はそこにはいない。
しまった────
そんな事がログロの頭によぎり、視界を前後左右に散らすも紅羽の姿は見当たらなかった。
等身大の人間が隠れられそうな氷柱は何個かあるが……人の気配すら感じないのだ。
ダッ…!
そんな音が背後から聞こえた時。
急いで背後の氷柱を確認するもそこにすら紅羽はいない。
「(さっきの音は?そもそも紅羽はどこに?逃げた可能性────いや…)上か!!」
真上。
紅羽そこにいた。
何度でも真っ直ぐ剣を振り下ろすつもりだろう。
「ッ…!!」
「クソガキ───!!」
体を地面にしっかりと固定し、紅羽の一撃を真っ向から受ける。
ガン!!という音が響いた。
苦しそうな掠れ声を出しながら、この一撃を弾き飛ばそうとするログロ。
そして同時に彼女は、剣から手を離し……
(こいつ…何を…)
この状況で何が出来るのか?
武器を手放したとしても……
(!まさかこいつ銃を────)
剣と刀の戦いで、楽しさからか、集中か、紅羽が銃を使わない保証なんてどこにもないはず。
完全に失念していた。
彼女に意表を突かれ、一瞬たりとも隙が生まれたタイミング。
紅羽が背中から出すものは?
スローモーションとなる時間の矛盾が、彼女の次の一手をただ見つめる事しか出来ない。
「私はお前を真正面から倒すと決めたんだ!」
彼女が出したものはログロの氷柱。
丁度先端が尖っていて、殺傷性に優れている。
雄叫びを上げながら、ログロの腹に氷柱を深く突き刺した。
「!!…ガッ…ハッ…!!」
血が吹き出し、ログロは二・三歩後退し、笑みを絶やす事なく息を上げながら腹を抑える。
ヒューヒューと普通とは違う呼吸。
完全に一杯喰わされたログロ。
「…最終ラウンドなんだろ?気張れよ、ログロ?」
「………ハッ」
─────────────────────
【第三ホール:地下】
第三ホール地下室にて、潜一・湊・ルシアが地下を守る黒服達と交戦。
「……面倒だわ」
低くそう呟いたルシア。
ここは絶妙に狭い。
身を隠す場所はお互いにあるのだが………
「うおっ!!」
…だが、身を出せば一瞬で撃たれる。
黒服達が撃つタイミングがかなり速い。
敵も中々強い。
(まぁ…従来の銃撃戦なら…面倒だけどな)
麻酔銃に注射器を入れ、潜一はルシアの方を見る。
彼女は潜一と目を合わせ、片手に水を作り出した。
そうして黒服の様子を見る二人。
敵は残り三人。
拳銃をじっと構えている。
「おい。あの女、まだ生きてるぞ」
頭に当てたと思っていたが、当たった場所は首辺り。
息を荒くして呆然としていた。
「生きてると厄介だ。殺───」
黒服の一人が湊に近づいた時、ルシアが突然顔を出し水球を投げる。
「『水操』」
ルシアがそう呟いた時、丁度同時に黒服達全員の顔を水球が直撃。
「水を操れるのか!?」
驚いた潜一に、微笑むルシア。
黒服達が地面に倒れたのを見逃さず、麻酔銃を直撃させ眠らせた。
戦闘の終わりを悟ったのか、湊は自身の拳銃を持って頭に撃ち自殺。
「ふぅ…」
蘇るのは良いがやはり疲れる。
「…はぁ…こういう不死身の弱点は死なないと、長く苦しむし、何も出来ない事ですね……」
とほほ…と呟く湊に大丈夫かと駆け寄る二人。
痛いのには大分慣れてきたが、長く苦しむのは少し違う。
「やっぱり…痛いのは嫌だな」
「……大丈夫か?」
「はい。僕はまだまだ行けますよ…!」
脂汗が酷い湊だった。
潜一も強がりで言っている事は分かるが、今は速く拓を助けなければならない。
心配するよりも先に黒服から牢屋の鍵を奪い、牢を開ける。
「柊拓さん。大丈夫ですか!」
「あぁ…大丈夫大丈夫」
潜一の一言を軽く返した拓は、ルシアを見た途端警戒した様子を見せた。
「てめぇ…冥本ン所にいたねぇーちゃんだな?俺助けにきた訳ではなく、他の裏社会の奴らか?」
ドスの効いた声で呟いた拓。
ルシア情報では、一年間拷問されていたらしい。
その圧は凄まじい。
というかそんなに長い期間を苦痛に晒されていたはずなのに正気を保っていられるのが……
「…わ…私は……」
「拓さん落ち着いてくれ、紅羽さんの為にも。俺たちは警察と一緒に助けに来たんだ」
「!?紅羽がいるのか!?」
「あぁ」
潜一の言葉にひとまずの信用は得られたらしい。
湊が拓の腕を縛っている鎖を解き、拓は立ち上がった。
「えぇ!?」
そんな拓の様子に湊は驚きを隠せない。
彼はムキムキだ。
このアリーナにいた裏社会の連中と遜色ないレベルで筋力があった。
「す、すげぇマッスルっすね…」
「大学までラグビーやってたからな。そんな事より…紅羽は?」
真っ直ぐな目を潜一に向ける。
「それで…俺に作戦があるんです。ついてきてくれますか?」
「作戦??」
「ルシアの情報通りなら、ログロは強敵だ。なら…あの人を助ける為に一発逆転の“セリフ”がな!!」
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【第一ホール】
「はぁ…はぁ…はぁ…」
「ふぅ…ふぅ…ふっふっ!」
紅羽は壁にもたれ、ログロに銃口を向けられていた。
冥本達も大概化け物だが…こいつも人として違うベクトルの怪物さだ。
ある程度の利点はあったはずなのに、力と技術で一気に押し負けた。
「すまないが…俺にも時間が必要なんでね…確実に殺させてもらう」
(…………ク…クソ…)
寒い。
氷に囲まれた部屋の冷たさなんて今に至るまで全く感じなかったのに。
死が近いとなれば、途端に強い寒さに襲われた。
「本当───楽しかったよ。じゃあな柊くれ──」
そんなログロの一言を覆うように、アリーナ全体にアナウンス音が。
『紅羽!!!無事か!?まぁ無事だろうな。それと…俺は元気だ!!』
元気一杯な声。
聞きたくても聞こえなかった声。
唯一の……家族の声。
「兄…さん」
涙が溢れそうなのを抑え、ふっと軽く笑った紅羽。
「あらら。逃げちゃったか。冥本に怒られちゃうな。んじゃ──これで終わりだ」
「冥本は」
「あ?」
「冥本は…やったそうだな」
「?」
疑問に思いつつも、引き金を引くログロ。
そんな彼の疑問を無視して、紅羽は彼の“指”を凝視していた。
───冥本は頭を真横に傾け弾丸を避けた。
奴が引き金を引く寸前に躱すのだ。
冥本がやったように。
重苦しい時間が、ゆっくりと流れ───
ドン!!
…と銃声が鳴った直前、紅羽は頭を傾けてそれを躱した。
「!?」
───冥本はやったようだな。
「(まさか…冥本のあの技を…やってのけたのか!?)チッ!!」
二発目を放とうとする前に紅羽は剣を振るい、銃を吹き飛ばした。
そうしてお互いの手にあるのは剣と刀のみ。
「お前は……邪魔だー!!!」
「クソ…ガキが!!」
二つの武器がぶつかった時、紅羽は自身の限界を超えたような気がした。
ギリギリと金属が軋む音が聞こえた時。
ビシッという、最も聞きたくない音が、ログロの耳に入ってきたのだ。
(刀に──ビビが!)
「あぁぁぁぁーー!!!」
勢いそのまま、紅羽は雄叫びを上げながら剣を振り切り……
刀ごと、ログロの腹を切り裂いた。




