File.11 託され
「誰か!!誰が助かりたい人はいないのか!?」
そんな発言をした湊だったが、すぐ状況を察した。
何人か閉じ込められているこの独房の様なものに、一人一人の目に光がない。
涎を垂らし虚無を見つめ横たわる男や、何かをボソボソと呟く女。
彼らは湊とは違って、死なない程度に痛みつけられ欲望をぶつけられた者達。
タイムロス──
彼女が実際にそう思った訳ではないが、間違いなく状況はまずい方向へ進んでいる。
「……ッ」
そのまま逃げようとした瞬間。
「あ、あの」
「!!」
「私も…行きます。行かせてください」
湊と同じくらいの年齢の女が、ゆっくりと立ち上がり開きっぱなしの扉をくぐった。
その女にも目に光がない。
絶望と空虚を、湊以上に味わった者がまだ光を見出さんとしているのだ。
「…分かった!!」
状況はあまり芳しくない。
湊の予想が当たっていれば、今ビル内ではヤクザと物喰い、そして湊達の三すくみになっているはず。
(僕を救出する為にきたのなら必要最低限のルートと人材で僕の所は来たはずだ、なら…今奴らも抗争中で僕らの事なんて気にかけない事に賭ける!!)
女を先に走らせ、湊は盾となる形で上へと上る。
エレベーターなどがあればいいのだが、不思議とここにはない。
「……………………」
緊張か恐怖か。
女はずっと黙っていた。
「大丈夫。僕が必ず、君を助け出して見せる」
そんな湊だが、彼女も限界に近い。
はぁはぁと息切れを起こし、何かの弾みでこの緊張が途切れそうだ。
「いたぞ!!」
ヤクザの男達に見つかり迷わず発砲。
麻酔弾ではなく、実銃。
速い、そこそこの距離でも撃たれて当たったら一瞬で死ぬ予感がする。
「クソッ!!!」
なんとか女を曲がり角へと押し込み自分もそこへ体を捩じ込んだ。
“屋上へ向かって起死回生を図るしかない”
作戦も、考えも、予測もない。
そうするべきとしか、今は考えられなかった。
────────────────
【屋上】
「はぁっ!!」
屋上へと続く扉をタックルでこじ開け、女をここで連れてきた。
後はどうやってこの女を助けるか。
方法なんて全く思いつかないが、敵が来る前に考えるしかない。
翌日と言っても深夜。
真っ暗なこの街並みで、ビル群は未だに光続けていた。
暗闇に乗じてこのまま待つ?
待ってどうなる。
このまま階段を下りるか?
捕まるのがオチ。
「入口らへんに警察はいるけど全然突入できてない……!!」
何をそんなに怖がっているのか、もしくは物喰いがいるから何も出来ないのか。
「取り敢えず、隠れ──」
重苦しい火薬の音が暗闇に響いた。
少し遅れて、湊は倒れる。
ショックそうな顔を向けた女と、余裕そうな顔をしてライフルを構えた──物喰いの女。
「大丈夫、死んでないから。あぁそうだったね…蘇るんだよね」
時が巻き戻る様に、湊の頭に出来た傷はみるみる治り目を覚ました。
急いで立ち上がり、恐怖で震える女の手を握った湊は笑いながらこう呟く。
「大丈夫だから。僕が……必ず」
そう話す彼女の手はもっと震えている。
彼女の激しい動悸が聞こえてくる様だ。
「私はあなたをずっと歓迎するわ」
物喰いの女はそう語る。
そんな言葉は気にも留めず、湊の震える手を強く握る女は一つ…悟った。
(私を…私なんかを最優先に助ける気なんだ…)
蘇ったのはビックリしたけど、この人は最期まで戦うのだろう。
敵の女の人が諦めるまで……
(無理だよね……みんなに会いたかったな)
湊の震えを見た女は長く目を瞑った後、彼女の手を更に強く握り返し───
「──えっ」
驚きというよりも反射ででたこの言葉。
女は湊を……外へ突き飛ばしたのだ。
落ちる寸前、時間の矛盾が走馬灯に近い何かで、女が何を言っていたのかが…分かった。
「私達みたいな人を二度と……生まないように…お願いします」
そう言って笑った彼女の目はビル群から漏れ出した光による反射か、“彼女自身”が発した光なのかは分からないが、とても輝いて……
ゆっくりと地面が近づく中、彼女の頭から血が吹き出し、事切れる寸前までその笑みを消す事はなく、最期まで湊を見ていた。
(助ける…はずだったのに……)
「おい誰か上から落ちてくるぞ!!!」
マスコミの誰かかがそう叫ぶと、ほぼ同時にグシャッと音を立て地面に激突。
「はっ!!」
目が覚めた時、警察ではない人達がカメラを向けてフラッシュや放送を行っている。
すぐさま顔を隠すがもう遅い。
顔は間違いなく映されてしまった。
その瞬間に、二発の銃声が響き彼女を取り囲むマスコミ二人の頭から血が吹き出しそのまま死んだ。
「う…うわぁぁ!!」
「助けてくれぇ!!」
「逃げろ逃げろ!!」
湊の周りから人が消え、どこかへ消えていったマスコミの人達。
「なんで…僕じゃなくて彼らを……」
『逃げて』
あの女性にそう言われている気がした。
「ッ…ごめんなさい…!」
目に涙を浮かべながら、彼女は急いでこの場を去る。
誰よりも速く、誰よりも辛く。
──────────────────
深夜二時二十七分。
物喰いの関係者と思われる涼風湊が、夜の街へと消えたのだった。
──────────────────
【朝】
『深夜、再びオフィスビルで物喰いと思われる犯罪組織がビルを襲撃。何名の被害者を出しました』
「……………………」
テレビショップでフードを被り、ただニュース番組を見つめる湊。
濃密な事件とは裏腹にニュースはどうでも良さそうに淡々と進んでいく様に思えた。
『そこで、能力を覚醒させた者である涼風湊を警察“物喰いの関係者”として追跡しています』
「……はっ?」
誰もいないからよかったが、多分…いや確実にそこそこの声量が出た。
確かに顔を撮られたし、物喰いとも関わったし、あの時マスコミを撃ったのはあの女かその仲間だろう。
(強引すぎないか!?僕は誘拐されて実験されて、撃たれて、死んで……)
だがこれを冤罪と捉える人間は日本にどれくらいいる?
今や物喰いの動向は世界が注目する、日本での二回…いや三回のテロは間違いなく世界に伝わっているはず。
その中で奴らの関係者となれば世界が注目する恐れすらある。
犯罪者の刻印を勝手に、そして無慈悲に押されたのだ。
『ではここで、彼女が昨日まで通っていた星凛女学院へ書き込みを行ってみましょう。すみません、涼風湊さんについてどんな人だったのでしょうか?』
男キャスターが一人の生徒にマイクを向ける。
『前向きで…こう…なんていうか…進んで面倒事をやる性格でしたね。でも……何考えているかわかんないところはありましたね』
『怖い人でした、多分元からおかしい人でしたよ』
『顔だけはよかったです』
湊の性格は、元より優しい心を持つ少女。
前向きで文武両道の彼女を妬んでいた人が恐らくニュースに出たのだろう。
もしかしたら、彼女を褒めて認める人間の声なんて…もうどこかで編集という暴力で掻き消されたのかもしれないが。
「…………………………」
奇跡的に壊れていなかったスマホを見て、自分の連絡先にある膨大な人を見る。
その一人一人が、今は信じられないし頼れない。
独りだ。
独りなのだ。
あなたは独りじゃない、なんてよく聞くが独りだ。
どこからどう見ても。
─── 私達みたいな人を二度と……生まないように…お願いします。
その言葉が頭の中で何度も反芻する。
次第と湊が握る拳の力が強くなっていく。
(彼女の為に、そして…僕を好きだと言ってくれた学校の人の為に)
戦う。
あの殺人鬼達をどうにかしてやる。
たとえ一人でも、戦い続けてやる。
(これが…正しいはずだ)
どの道学校にも家にも戻れない。
このまま逃げ続けるより…戦い続けるまでだ。
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【公衆トイレ】
誰もいない公園のトイレで手洗い場にある鏡を強く睨む。
「…なんでここにハサミが置いてあるのやら」
だが好都合だ。
「髪、伸ばしたかったな」
そのまま彼女は背中にもたれる髪を切り、ショートカットにした。
新たな決意を胸に、湊は進み出す。
これからどうなるかなんて分からない。
今はただ……
「待ってろ物喰い」
奴らに彼女の“正しさ”を教えてやるだけだから。




