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第97話 合格通知と、高校生には重すぎる期待

 合格発表は、本当に郵送で来た。


 しかも、拍子抜けするくらい普通の封筒だった。


 国立ダンジョン学園。

 設立の経緯だけ聞けば、国家規模の危機管理と国際協調と合法的な情報監査枠まで絡んだ、やたら大仰な制度だ。

 魔力認証ゲートだの、受験中の戦闘映像のリアルタイム放映だの、海外枠の調整だの、そこだけ見れば妙に最新で、いかにも“時代が動いています”という顔をしていた。


 なのに最後だけ、茶封筒である。


 ポストからそれを取り出した時、俺は思わず空を見た。


「……いや、やっぱりそこは紙なんだな」


 後ろから、唯が小さく言う。


「何度見てもそこ気にしてるね」


「気になるだろ」

 俺は振り返って答える。

「国家事業みたいな顔してるくせに、最終通知だけ昔の大学受験みたいなんだぞ」


「でも、確実ではあるよ」


「それはそうだけどな」


 結局、紙は強い。

 記録が残る。

 揉めた時に説明もしやすい。

 そこは相良にも言われたし、理屈では分かる。


 でも、それとこれとは話が別だ。

 最新設備を並べたあとに出てくるのが、角二封筒なのはどうしても変な感じがする。


 俺の手には三通あった。


 一通は俺の名前。

 一通は優奈。

 一通は唯。


 優奈の分は今朝クラン経由で預かってきた。

 本来なら本人へ直接届くのだろうが、どうせ今日クラン本部で会う予定があったから、そのついでだ。


 唯は自分の分を見て、ほんの少しだけ表情を硬くした。

 試験では落ち着いていたくせに、こういうところで年相応になる。


「開けるか」


「うん」


 居間の机へ並べる。

 母はまだ病院だ。

 リハビリは順調らしいが、退院まではもう少しかかる。

 だから今この家には、俺と唯しかいない。


 静かな部屋の中で、封を切る音だけがやけに大きく響いた。


 結果は、ある意味で予想通りだった。


 俺は合格。

 優奈も合格。

 唯も合格。


 そして総合順位は、

 一位、結城悠真。

 二位、相川優奈。

 五位、結城唯。


 実技での印象からすれば、むしろこれでも十分高い。

 少なくともトップ五に入ったこの三人が落ちていたら、その方が事件だった。


「……まあ、だよな」


 俺がそう呟くと、唯は自分の通知を見たまま、ゆっくり息を吐いた。


「受かってた」


「受かるだろ、そりゃ」

「うん……でも、実際に書かれてると、ちょっと実感違う」


 それは分かる。

 封筒一枚の重みなんて大したことはないはずなのに、中身の文章ひとつで今後の数ヶ月、いや数年の方向が決まる。

 そう思うと、紙のくせに妙に重い。


 俺は優奈の分も確認する。

 合格。

 二位。

 そこを見て、少しだけ口元が緩んだ。


 本人が聞いたらたぶん嫌がるだろうが、二位という数字はやっぱり優奈らしい。

 届きそうで届かない位置。

 でも、確実に上へ食らいついてくる位置。


 その意地は、たぶんこれから先も消えない。


 唯がこちらを見る。


「優奈さん、喜ぶかな」


「喜ぶだろ」

 俺は答える。

「悔しがりながら喜ぶタイプだ」


「想像つく」


 そこでほんの少しだけ、家の空気が柔らかくなる。

 それでも、今日の本題はここからだった。


 合格通知を持って、俺と唯はクラン本部へ向かった。

 優奈もすでに呼ばれている。


 会議室に入ると、優奈はやっぱり複雑そうな顔をしていた。


 通知を机に置いたまま、俺を見るなり言う。


「二位でした」


「知ってる」


「悔しいです」


「それも知ってる」


 優奈は少しだけ頬を膨らませる。


「でも、受かったのは嬉しいです」


「そこも予想通りだな」


「ユウマくん、全部それで返してません?」


 返している。

 でも、そういう顔をしているのだから仕方ない。


 相良はそんな俺たちを見ても特に何も言わず、淡々と机の上へ資料を並べた。


「まず結論から言う」

「お前たちは全員、予定通り合格だ」


「予定通りって言い方嫌ですね」

 優奈が言う。


「落ちると思っていたのか?」


「いえ、そういうわけじゃないんですけど……」


 相良は軽く頷いてから、続けた。


「総合順位は通知にある通りだ。結城が一位、相川が二位、結城唯が五位」


 唯が少しだけ目を伏せる。

 たぶん、まだその順位の高さをうまく飲み込めていないのだろう。


 俺はそこで、一つだけ気になったことを聞く。


「五位なんだな」


「総合評価だからな」

 相良が答える。

「実技だけなら、印象面で四位相当と見る向きもあった。だが学園側はあくまで総合で順位を出す。海外枠も含めて、筆記・応答・危機対応・実技の合算で最終順位が決まる」


「なるほど」


 それなら納得できる。

 唯は実戦の中身こそ濃かったが、初対面の面接や受け答えの類はたぶんそこまで強くない。

 コミュニケーション寄りの項目で少し落ちたとしても、不思議じゃない。


 相良はそこで資料を一枚めくった。


「で、本題だ」

「お前たちが学園へ入った後の扱いについて、事前に共有しておく」


 そこで俺は嫌な予感がした。


 学園へ入る。

 それ自体はもう決まった。

 だが、“扱い”という言葉は大体ろくでもない意味を含む。


「先に言っておくが、正式な任務が与えられるわけじゃない」


 相良がそう前置きした瞬間、逆に嫌な予感が濃くなった。


「ただし」


 やっぱりその続きがある。


「一般生徒と比べて、お前たちは明らかに経験も格も違う」

「だから学園側としては、周囲へその差を見せつけつつ、強くなるようにフォローやサポートもしてほしい、という期待があるらしい」


「なんだその高校生に振るとは思えない無茶な役割⁉」


 思わず机を叩きそうになった。


「フォローやサポートって、普通に教師の仕事だろ⁉」

「何でこっちが授業受ける側のくせに、半分面倒見る側みたいなことまでやらなきゃいけないんだよ!」


 優奈もさすがに困った顔になる。


「それは……ちょっと思います」


「思うよな⁉」


 相良は落ち着いたままだ。


「だから正式任務ではないと言っただろう」

「ただ、現実問題として教師だけでは足りない。最新のダンジョン実戦に触れている人間が少なすぎる」


「知ってるよ、そんなの」

「だったら話は早い」


「早くないんだよ!」


 何が悲しくて高校生のうちから周囲の育成補助みたいな真似までしなければならないのか。

 いや、理屈は分かる。

 学園の設立目的も理解している。

 強い国が最低限のノウハウを周辺へ流さないと、結局は自国も危うくなる。

 その延長線上に、人材育成の制度化があるのも知っている。


 でも、それを分かった上で、納得できるかは別だ。


「お前たちに求められているのは、“教壇に立て”ではない」

 相良が淡々と言う。

「上にいる人間がどう考え、どう戦うかを近くで見せることだ。それだけでも一般生徒には十分意味がある」


「都合よく使われてるだけにしか聞こえない」


「半分はその通りだ」


 そこを否定しないのが余計に腹立たしい。


 だが、腹立たしいだけで完全否定もできないのがもっと面倒だった。


 優奈が通知書を見下ろしながら、ぽつりと言う。


「でも、たしかに……誰か強い人が近くにいるだけで、だいぶ違いますよね」


「お前までそっち寄りのこと言うのか」


「だって私も、そうだったので」

 優奈はそう言って、少しだけこちらを見る。

「ユウマくんがいなかったら、ここまで来れてないです」


 それを真顔で言われると、こっちの勢いが少しだけ鈍る。

 ずるい言い方だ。


 俺は話を変えるように、相良へ別の質問を投げた。


「そういえば」


「何だ」


「唯をクランへ入れる予定はないのか、って前に言ってたよな」


 相良は頷く。


「確認しておきたかっただけだ。あれだけ強ければ、配信者としても十分成功しそうだったからな」


 唯が少しだけ居心地悪そうに視線を逸らす。

 俺はそこで、はっきり言った。


「たぶん、その予定はない」


「理由は?」


「本人の言い方からして、その気がない」

 俺は答える。

「そもそもコミュ障だし、配信に向いてない。人前で喋るのも得意じゃない。個人で強くなることを目標にしてる。方向性が、配信者とはかなり違う」


 唯は少しだけむっとした顔をした。


「コミュ障って言い方やめて」


「事実だろ」


「そこまでじゃないし」


「そこまでだよ」


 そこは姉妹喧嘩……ではなく兄妹喧嘩ではっきりしている。

 唯は人と話せないわけじゃない。

 でも、配信者みたいに不特定多数へ向けて感情を外へ出すタイプでは絶対にない。


 相良はそのやり取りを見ても特に笑わず、むしろ真面目に分析するように言った。


「たしかに、配信者向きではないか」

「ただし強さとしては十分魅力的だ」


「今は型にはまっているから強く見える部分もある」

 俺は少しだけ考えながら続けた。

「今後は経験次第だと思う。教師や、参考にする相手が誰になるかでかなり変わる」


 それが俺の正直な評価だった。


 唯の糸は強い。

 しかも独自性が高い。

 だが、あれはまだ“今の相手に噛み合っているから強い”部分もある。


 もっと速い相手。

 もっと広範囲の相手。

 飛行型。

 耐久型。

 そういう敵と戦った時に、今の糸の運用がそのまま通じるとは限らない。


 だからこそ、これから先は誰を見て、何を参考にして、どんな経験を積むかが重要になる。


 相良がそこを拾った。


「つまり、まだ伸びる余地が大きいと」


「そうだ」

 俺は頷く。

「今は自分の答えを見つけた段階。そこから先に行けるかどうかは、経験と相手次第だ」


 唯は黙ってその言葉を聞いていた。

 反論はしない。

 たぶん、本人もそれは分かっているのだろう。


 学園受験で四位や五位に入ったからといって、そこで完成ではない。

 むしろ、ようやく入口に立っただけだ。


 優奈がそこで、少しだけ明るい声を出した。


「じゃあ、みんな結局これからなんですね」


 その言い方が、少しだけ救いだった。


 俺も。

 優奈も。

 唯も。

 海外枠の変な連中も。


 それぞれに今の強さはある。

 でも、その強さがこの先どう変わるかは、まだ決まっていない。


 相良が静かに言う。


「そういうことだ」

「だから学園は、ただ入学して終わりじゃない。誰が何を吸収して、誰を参考にして、どこまで伸びるか。そこからが本番だ」


 面倒だ。

 やっぱり面倒だ。


 だが、その面倒くささの中に、確かに意味はある。


 強い人間が近くにいる環境。

 別の答えを持ったやつらが集まる環境。

 そこで自分の戦い方がどう変わるかを見る場所。


 国立ダンジョン学園。

 そういう意味では、たしかに名前ほど中身が軽い場所じゃない。


「それにしても」

 俺は資料を閉じながら言った。

「“周囲を強くなるようフォローしろ”は、やっぱり高校生へ投げる役割じゃないだろ」


「正式命令じゃない」

 相良はもう一度言う。

「ただし、期待はされている」


「期待が一番面倒なんだよ」


 そう返すと、優奈が小さく笑った。


「でも、ユウマくんなら、結局放っておけないんじゃないですか」


「何でそうなる」


「だって、もう今もだいたいそうですし」


 それを言われると、さらに反論しづらい。


 唯の方を見ると、あいつも何とも言えない顔をしていた。

 たぶん今のやり取りで、俺が自分のことだけ考えているわけではないのを改めて感じたのだろう。


 そういう顔をされると、また少しだけ腹が立つ。

 結局、身内には弱いと自覚させられるからだ。


 外では随分無茶を通してきたくせに、家へ戻ると妙に足元を掬われる。

 そういう意味では、学園よりこの家の方がよほど俺にとって厄介かもしれない。


 相良が最後に一枚の紙を机へ置いた。


「入学までの予定だ」

「事前説明、寮の有無、使用許可魔法の申告、持ち込み装備の確認、その他諸々」


 俺はその紙を見て、思わず深く息を吐いた。


「……始まるんだな、本当に」


「始まる」

 相良が答える。

「もう封筒も来た。後戻りはない」


 その通りだった。


 母は目を覚ました。

 唯は学園へ入る。

 優奈も当然入る。

 俺も、たぶん逃げられない。


 良くも悪くも、もう次の段階に来ている。


「じゃあ」

 俺は立ち上がりながら言った。

「せめて入る前に、もう少しぐらいは面倒ごとを減らしておきたい」


「無理だと思います」

 優奈が即答した。


「何でそんなに断言するんだよ」


「ここまでの流れで減った試しがないからです」


 否定できないのが嫌だった。


 唯が小さく笑う。

 相良は「それはそうだな」とだけ言った。


 ろくでもない。

 本当にろくでもない。


 だが、封筒一枚で動き出した以上、文句だけ言って止まるわけにもいかない。


 俺は机の上の資料をまとめて持ち上げた。


 国立ダンジョン学園。

 そこへ集まるのは、強いやつ、変なやつ、真似するやつ、隠していたやつ、そして俺の妹。


 面倒くさくないわけがない。


 それでも、行くしかない。


 たぶんそこに、次の答えがあるのだろうから。


(つづく)

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