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第96話 隠していた特級と、盗まれた戦い方の話

ダンジョン学園の受験が終わってから数日、妙に落ち着かない時間が続いていた。


 合格発表は郵送。

 その言葉を聞いた時は「そこだけ昔かよ」と本気で突っ込んだが、いざ待つ側に回ると、紙の封筒が来るまで結果が確定しないというのは思っていた以上に面倒だった。


 唯は表向き落ち着いている。

 母の病院にも顔を出し、家のこともこなし、俺と真正面から話したあの日以降は、妙に変な遠慮もしなくなった。


 ただし、それで全部が解決したわけではない。


 唯がダンジョン探索者になると決めたこと。

 俺がそれを止めず、むしろ協力すると言ったこと。

 その重さは、口で決めたからといって急に軽くなる類のものじゃなかった。


 だからかもしれない。

 次のミーティングでクラン本部へ呼ばれた時、俺の頭にはやけに細かい疑問がいくつも浮かんでいた。


 相良の会議室へ入ると、いつものように優奈が先に来ていた。

 優奈は俺の顔を見るなり、小さく会釈した。


「おはようございます」


「おはよう」


 返しながら席へ着く。

 相良は端末を開いたまま、こちらを一瞥した。


「どうした、今日は妙に機嫌が悪そうだな」


「悪いというか、引っかかってることがある」


「珍しいな。お前は大体その場で口に出すだろう」


「今回は少し整理してから聞こうと思っただけだ」


 そう言うと、優奈が少しだけ苦笑した。

 たぶん「珍しいですね」とでも言いたいのだろうが、そこは口に出さなかった。


 俺は早速本題へ入った。


「まず一個目」


「聞こう」


「イギリス」


 その一言で、相良の目がわずかに細くなる。


「イギリスが、特級魔法使いがいなくて困ってるって話だったよな」

「だから中国の特級魔法使いを引き抜いた。そこまでは分かる。けど」


 そこで俺は、あの日の試験会場を思い出しながら言った。


「普通におるやんけ⁉」


 優奈が吹き出しそうになるのを堪えるみたいに口元を押さえた。

 相良は一瞬だけ黙って、それから本当にわずかに肩を揺らした。


「まあ、言いたいことは分かる」


「分かるなら答えろよ」

「何で“いない”みたいな話になってたのに、受験会場へ普通に特級級のバケモンがいるんだよ」


 あの金髪ツインテールの少女。

 魔物使役。

 少なくとも普通のレア魔法の範疇じゃない。

 特級そのものか、そこに限りなく近い何かだ。


 相良は端末を閉じて、ようやく説明する姿勢になった。


「結論から言えば、イギリスの特級魔法使いは、そもそも今まで自分が特級であることを隠していた」


「は?」


「対外的にも、国内的にも、かなり秘匿されていたらしい。少なくとも政府が正式に把握して本格的に管理へ乗り出したのは、最近だ」


「最近って」


「中国から特級を引き抜いた後だ」


 俺は思わず額を押さえた。


「めちゃくちゃじゃねえか」


「めちゃくちゃだな」

 相良はあっさり認めた。

「ただ、本人の事情を聞くと、完全に笑い話とも言い切れない」


 そこで俺は少しだけ興味を持つ。

 事情があるなら、聞く価値はある。


「理由は?」


「イギリスダンジョンに挑みたくなかった」


 その一言で、逆に妙に納得しかけた自分がいた。


「……ああ」


 優奈もすぐに反応する。


「相性が悪いってことですか?」


「そういうことだ」

 相良は頷いた。

「魔物を操るタイプの特級魔法と、初見殺しの要素が強いダンジョンは相性が悪すぎる。イギリスダンジョンは、少なくとも当時の情報だけで見れば、その最悪に近かったらしい」


 たしかにそうだ。


 魔物使役系が強いのは、盤面を握れる時だ。

 相手の種類や数がある程度読めていて、どの駒を奪えば勝ちに繋がるか判断できるなら強い。

 逆に、何が出るか分からない、どこに地雷があるか分からない、初見で即死の可能性があるダンジョンだと、そもそも“盤面”が成立しない。


「魔物を取ってから強いタイプは、取る前に死ぬ可能性が高い場所が一番嫌なんだよな」


「その通りだ」

 相良は言う。

「本人としては、自分の魔法が強いこと自体は理解していた。だが同時に、イギリスダンジョンへそのまま突っ込めば、普通に死ぬ可能性も高いと分かっていた」


 優奈が小さく息を吐く。


「だから隠してたんですね」


「少なくとも、表へ出て“お前が切り札だ”と担ぎ上げられるのを避けたかったんだろう」

 相良は答える。

「結果として、中国の特級を引き抜く流れになった。皮肉な話ではあるがな」


 俺は椅子へ深く座り直した。


「まあ……分かるっちゃ分かる」


 正直、かなり納得できた。


 強いから前へ出る。

 強いから責任を背負う。

 それが綺麗な物語ならともかく、現実のダンジョンはそんなに単純じゃない。


 自分の強さの種類を理解しているやつほど、相性の悪い戦場に行きたがらない。

 それは卑怯でも何でもなく、ただの判断だ。


「イギリスが中国から特級を引っ張ったのも、そういう意味じゃ間違ってなかったのか」


「間違っていない」

 相良は答えた。

「隠れていた特級がいたからといって、最初からその一点へ賭けるのは危険だった。結局、現場では複数の切り札が必要になる」


「だろうな」


 そこまで聞いて、一つ目の疑問はだいぶ収まった。


 問題は二つ目だ。


 俺は少しだけ間を置いてから、もう一度相良へ視線を向けた。


「で、次」


「まだあるのか」


「ある」

 俺は言う。

「イタリアの生徒。あれ良いのか?」


 相良は一瞬だけ首を傾げたが、すぐに何を言いたいのか理解した顔になった。


「ああ」


「他人の戦術パクるのって、許されるのか?」

 俺は率直に聞いた。

「いや、法的にどうこうって意味じゃなくて、学園としてというか、制度としてというか」


 あのイタリアのサイドテール。

 高速移動の使い方。

 間合いの詰め方。

 敵との接触を最小限にして最短で致命点へ届く発想。

 十年前の俺をほぼそのままなぞった上で、自分の魔法へ落とし込んでいた。


 完全なコピーじゃない。

 《魔導砲》も、《回転ー極》も、《魔力斬》も、あいつ自身のものだ。

 でも、根幹の思想はあまりにも近かった。


 相良はあっさり答えた。


「確認は取った」


「早いな」


「気づく人間が気づけば問題になる可能性はあったからな」

 相良は淡々と言う。

「結論としては、アレンジが加えられているからセーフ、という扱いらしい」


「……まあ、特許とか取ってるわけじゃないからな」


 口ではそう言った。

 実際それは事実だ。

 戦術に著作権があるわけじゃない。

 それに、ダンジョン攻略の世界で“他人の戦い方を参考にするな”なんて言い出したら、それこそ何も残らない。


 でも、理屈では分かるのと、感情的に引っかからないのは別だ。


 相良はそんな俺の顔を見て、少しだけ口元を動かした。


「納得していない顔だな」


「理屈は分かる」

 俺は答えた。

「ただ、いい気分はしないってだけだ」


 それが本音だった。


 優奈がそこで、少しだけ気まずそうに言う。


「でも、あの人……本当にすごく分析してましたよね」


「してたな」


「普通に見てるだけじゃ、あそこまで似せられないです」


「だから余計に気持ち悪いんだよ」


 そう言うと、優奈は「それは、うん……」と曖昧に頷いた。


 たぶん優奈も同じことを思っているのだろう。

 参考にした、の一言で片づけるには、あまりにも細部が似すぎていた。


 相良は少し考えるようにしてから言う。


「向こうからすれば、お前の戦い方は研究対象として価値が高い」

「速く、無駄がなく、しかも低層では再現可能な範囲がある。真似する人間が出るのは、ある意味当然だ」


「当然って言われるとまた腹立つな」


「事実だからな」


 否定しづらいのがまた腹立たしい。


 けれど、ここでいつまでも引っかかっていても仕方がないのも分かる。

 学園という場は、そういう“模倣から始まる成長”も込みで回る場所なのだろう。


 そこまで話したところで、優奈がふと思い出したみたいに言った。


「あ、そういえば」


「何だ」


「芽依さん、受験にいませんでしたよね?」


 その名前が出た瞬間、俺と相良がほぼ同時に少しだけ黙った。


 たしかにそうだ。

 あいつはいなかった。


 結川芽依。

 巫女服少女。

 環境魔力の扱いに関しては、もはや普通の探索者の枠で語る方が無理のあるやつだ。


 俺は少しだけ肩をすくめる。


「まあ、そりゃそうだろ」


「そりゃそう、ですか?」


「あいつ、自身の魔力が使えないだろ」

 俺は答えた。

「だから前提からして他人と違いすぎる。普通の探索者向けの基礎授業とか、ダンジョン学園で学ぶ意味が薄い」


 優奈は「ああ……」と納得した顔になる。


 芽依は自前の魔力で殴るタイプじゃない。

 環境魔力を吸い上げ、周囲の場そのものを変えてしまう。

 その時点で、肉体強化だの、魔力効率だの、基礎的な魔法運用だのといった多くの話題が、あいつにはそのまま当てはまらない。


「学ぶ側っていうより、もう別枠なんだよ」

 俺は続けた。

「いたとしても、生徒っていうよりほぼ教師側に近い。少なくとも“みんなと一緒に基礎から学びましょう”ってタイプじゃない」


 相良も静かに頷く。


「学園側でもそういう認識らしい。特殊すぎる人間を無理に一般カリキュラムへ乗せても、お互いに得が薄い」


「なるほど!」

 優奈が明るく言う。

「確かに芽依さん、普通の人と同じ内容を勉強してるイメージないです」


「だろ」


 むしろ芽依が教える側へ回る未来の方が自然なくらいだ。

 ただし、本人がやりたがるかは別だが。


 話が一周したところで、相良が端末へ視線を落としたまま言う。


「結局、今回の学園受験で見えたのはそういうことだ」


「どういうことだよ」


「強い人間は一種類じゃない」

 相良は淡々と答えた。

「イギリスみたいに、隠していた異質な特級級。イタリアみたいに、既存の戦術を極端に分析して自分へ落とし込むタイプ。芽依のように、そもそも前提が別枠の存在。そして――」


 そこで一度だけ、こちらを見る。


「お前の妹みたいに、自分の弱さを前提に最適解を見つける人間もいる」


 その言葉に、少しだけ胸の奥が重くなった。


 唯。


 糸で首を落とした妹。

 あいつについては、まだ整理しきれていない。

 俺がどう向き合うべきかも、正直まだ完全には決まっていない。


 でも、一つだけは分かっている。


 あいつは、もうただ守るだけの相手じゃない。


「兄さん」


 家で唯にそう呼ばれた時の顔が、まだ頭の奥に残っている。

 父さんを超える、と昔の俺が思ったみたいに、兄さんを超える、と唯は言った。


 止まらない。

 たぶんもう、止められない。


 だったら。


「……結局、面倒だな」


 思わずそう漏れる。


 優奈が苦笑する。


「そこに戻るんですね」


「戻るだろ」

 俺は答えた。

「学園って名前のくせに、まともなやつ一人もいないじゃねえか」


「私もですか⁉」


「お前もだよ」


 即答すると、優奈が露骨に不満そうな顔をした。

 だが、否定はしない。

 その時点で自覚はあるらしい。


 相良がそこで、資料を一つこちらへ滑らせた。


「まあ、どうせすぐに分かる」


「何がだよ」


「合格発表だ」

 相良は言う。

「郵送だから、今日明日に来るだろう。お前も、優奈も、唯も、海外枠も、結果が出れば次の動きが固まる」


「また紙かよ」


「文句は政府に言え」


 それはそうだが、やっぱり納得はいかない。


 とはいえ、封筒一枚で次の舞台が本格的に始まるのだと思うと、妙な感覚でもある。


 国立ダンジョン学園。

 まだ名前だけが先に一人歩きしているみたいな場所。

 けれど、集まる人間はもう十分すぎるほど濃い。


 隠していた特級級。

 他人の戦術を盗んで枝を伸ばすやつ。

 普通の教育から外れた別枠。

 そして、俺の妹。


 ろくでもない。

 だが、目は離せない。


 優奈が、小さく息を吐いてから言った。


「なんだか、入学前からもうクラスメイトの把握が大変そうですね」


「クラスメイトで済めばいいけどな」

 俺は言った。

「どうせまた何かしら問題起こるだろ」


「否定できないのが嫌です」


 その会話に、相良だけが少しだけ笑った。


「だったら、お前たちで少しはましにしろ」

「無茶言うなよ」

「今さらだろ」


 それもそうかもしれない。


 世界は相変わらず休ませてくれない。

 母が目を覚ましても。

 唯と話がついても。

 学園なんてものが始まろうとしても。


 それでも、前へ進むしかないなら、せめて少しは事情を知ってから進みたい。

 そういう意味では、今日の疑問はだいぶ片づいた。


 納得したものもある。

 納得しきれないものもある。


 でも、どれも無視はできない。


 俺は資料を閉じながら、小さく息を吐いた。


「……とりあえず、封筒待ちか」


「そういうことだ」

 相良が答える。


 郵送。

 どうしてもそこだけ古い。

 だが、その古い封筒一枚が、たぶん次の面倒くささを本格的に連れてくる。


 そう考えると、少しだけ憂鬱で、少しだけ腹も括れた。


(つづく)

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