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第94話 届かなかった一位と、優奈の全力

唯がゲートの前からこちらへ歩いてきた時、俺は結局、最初の一言しかまともに出せなかった。


「……唯」


 それだけだった。


 言いたいことは山ほどある。

 どうして受験しているのか。

 いつからそんな戦い方を作っていたのか。

 芽依のところへ通っていた時点で、どこまで考えていたのか。


 聞きたい。

 問い詰めたい。

 怒りたい。

 でも、そのどれも今この場でやるべきことじゃないとも分かっていた。


 唯もまた、すぐには何も言わなかった。

 少し息が上がっている。

 それでも視線は逸らさず、まっすぐ俺を見る。


 その目を見た瞬間、余計に言葉が詰まった。


 逃げた目じゃない。

 怯えた目でもない。

 自分で選んで、自分でここに立っている人間の目だった。


「兄さん」


 唯が先に口を開く。

 声は少しだけ強張っていたが、思ったより落ち着いている。


「あとで、ちゃんと話すから」


 それだけ言って、唇をきゅっと結ぶ。


 それで十分だった。

 少なくとも今ここで、感情だけで全部を壊す真似はしないと、あいつも決めているのだと分かったからだ。


 俺は何とか短く答えた。


「……ああ」


 たったそれだけで、胸の内側が妙に疲れた。


 優奈が横で小さく息を吐く。

 たぶん、俺がその場で唯を止めなかったことに、少しだけ安堵したのだろう。


 だが、休む暇はなかった。


 試験官の声がすぐ次を告げる。


「次、空下 優奈さん」


 俺と優奈が同時にそちらを見た。


「……来たか」

 俺が言うと、優奈はほんの少しだけ表情を引き締めた。


「はい」


 それだけ返して、一歩前へ出る。


 さっきまで俺の手を握っていた側とは思えないくらい、顔が切り替わっていた。

 やる時の顔だ。


 試験官から規定装備を受け取る。

 優奈はそれを確かめるように軽く持ち上げてから、ゲート前の抽選結果へ視線を向けた。


 表示されていた階層を見て、俺は少しだけ目を細める。


「……三階層か」


 優奈も同じものを見て、小さく息を吐いた。


「ユウマくんと同じですね」


「そうだな」


 三階層。

 オークとキングオークの層。

 俺がラッキーだと判断した階層。

 ただしそれは、俺の戦い方と相性がいいからでもある。


 優奈にとっても相性が悪いわけじゃない。

 だが、勝ち筋はまるで違う。


 優奈は高速移動を持っていない。

 代わりに《発射》がある。

 本人の身体能力も、今じゃかなり高い。

 その上で《思考強化》と《延長(斬撃)》まである。


 つまり、俺みたいに“自分で斬り込み続ける”必要がない。


 移動しながら斬れる。

 しかも、相手との打ち合いを最低限にして。


「……速いだろうな」

 思わずそう漏らすと、優奈が少しだけ笑った。


「頑張ります」

「いや」

 俺は首を振る。

「お前、たぶんかなり速いぞ」


 優奈がきょとんとする。


「そうですか?」


「三階層のオーク相手なら、《発射》で位置を取りながら《延長(斬撃)》を飛ばすだけでかなり削れる。正面から切り結ぶ必要がない分、処理効率は高い」


 それはたぶん、格上相手には通じない。

 ある程度の格差がある相手、つまり“近づく前に落とせる相手”だからこそ成立する戦い方だ。

 でも三階層は、その条件を満たしている。


 優奈は少しだけ真剣な顔になってから、頷いた。


「じゃあ、やれるだけやります」


 簡単に言う。

 でもその声の奥に、いつもより少し強いものがあるのが分かった。


 何でだ、と考える必要はなかった。


 さっき唯が四位を取った。

 俺が一位を取った。

 学園側も周囲の受験生も、今は完全にこっちを見ている。


 その中で優奈が平常心でいられるほど、鈍くもない。


 けれど、それ以上に。

 今の優奈には、別の気持ちがあるのを俺は知っていた。


 ここまで強くなれたのは、自分一人の力じゃない。

 そう思っているやつだ。

 そして、それを返したいとも思っている。


 ゲートの前へ立った優奈が、ほんの少しだけ振り返った。


「ユウマくん」


「何だ」


「見ててください」


 たったそれだけだった。


 俺は短く答える。


「ああ」


 優奈は頷いて、そのまま三階層のゲートへ入った。


 開始直後から、速かった。


 モニターへ映った瞬間、会場の空気が一段変わる。


 最初のオークが姿を見せた瞬間、優奈は《発射(自身)》で壁際へ滑るように移動した。

 ただ飛ぶんじゃない。

 自分が通る線上へ魔物を置かないように、少し斜めへ抜けている。


 その移動と同時に、《延長(斬撃)》。


 伸びた斬撃がオークの首元へ入る。

 一体目が倒れる頃には、優奈本人はもう次の位置へ動いていた。


「なるほど」

 思わず、そう漏れた。


 優奈の強みは、俺みたいに“自分で首を落としに行く”必要がないことだ。


 《発射》で移動しながら、手数の少ない一撃で仕留められる範囲の敵だけを拾っていく。

 近接戦闘の硬直が短い。

 だから、倒しながら移動できる。


 格上相手にやれば、火力不足か精度不足で潰される。

 でも、三階層のオーク相手なら十分だ。


 優奈はそれをちゃんと分かっている顔で動いていた。


 無理な深追いをしない。

 倒せる角度だけ取る。

 仕留めきれないと判断したら、次の位置取りを優先する。


「効率特化だな」

 俺が呟くと、相良が横で頷く。


「格下限定とはいえ、かなり割り切っている」


「三階層試験ならそれでいい」

 俺は答える。

「ボス以外は、それで足りる」


 優奈の目は、やけに静かだった。

 《思考強化》が入っている。


 たぶん《思考強化(分析寄-初)》あたり。

 それだけで十分だ。

 一撃で倒せるかどうか、どの角度なら首筋へ届くか、どこで《発射》を使えば最短距離になるか。

 そういう計算だけを高速で回している。


 小型オークを処理。

 中型へ《延長(斬撃)》を少し深く入れる。

 軽鎧付きのオークジェネラルに対しては、正面から斬るのではなく、発射で死角へ入りつつ頸部の露出した隙間へ伸ばす。


 上手い。


 少なくとも、普通の受験生の次元じゃない。


 会場でもざわめきが大きくなり始める。


「速くないか?」

「三階層だよな?」

「近づいてないのに落としてる」

「何であんなに移動しながら当てられるんだ」


 そういう声が、あちこちで小さく漏れる。


 当然だ。


 俺は高速移動と《貫通》で強引に道をこじ開けた。

 優奈は違う。

 発射で位置を先に取り、延長斬撃だけを置いていく。

 見た目の派手さは薄い。

 でも、移動と攻撃の噛み合わせだけで言えば、かなり洗練されている。


 優奈はただ強くなりたいだけじゃない。

 ここまで強くしてくれた俺に、何か返したいと思っている。

 その上で、超えたいとも思っている。


 その気持ちは、たぶん本物だ。


 十分快適に進んでいる。

 でも俺は、少しだけ胸の奥が重かった。


 優奈は俺のために、こんなに頑張っている。

 唯は唯で、自分の答えを見つけてここへ来た。


 守るとか、導くとか、そんな言葉だけで全部を整理できる段階は、とっくに過ぎているのかもしれない。


 そう考えているうちに、優奈はボス部屋前へ到達した。


 モニター右上の残り時間を見て、思わず息を呑む。


「……残り八分」


 かなり速い。


 俺より遅い。

 だが、それでも普通の受験生なら話にならない速さだ。


 三階層で、そこまでの処理をしながら、残り八分でボス部屋へ入れる。

 それだけで十分おかしい。


 優奈は扉を開いた。


 キングオークが待つ部屋。

 だが、優奈はすぐにボスへ行かなかった。


「モブからか」

 相良が小さく言う。


「ああ」

 俺は頷いた。

「ポイント稼ぎもあるが、それだけじゃない。キングオークに集中するために、周りの邪魔を消してる」


 これが正しい。


 残り時間を考えれば、ボス直行もあり得る。

 だが、それだと周囲のオークが邪魔になるし、キングオークとやり合っている間に足を取られる。

 優奈は点数と安全の両方を見て、先に周囲を処理する方を選んだ。


 そこはちゃんと賢い。


 オークを落とす。

 オークジェネラルも二体処理。

 ボス部屋内での時間管理としては、かなり良い。


 そして残り時間が四分台に入ったところで、ようやく優奈はキングオークと正面から向き合った。


 俺はモニターを見つめたまま、無意識に小さく呟く。


「……間に合うのか?」


 問いかけというより、確認だった。


 優奈はキングオークの大振りを《発射》で横へ抜け、そのまま一度距離を取る。

 《延長(斬撃)》を使う。

 だが、いつもの使い方じゃない。


 その瞬間に分かった。


 魔力を絞っていない。

 むしろ逆だ。

 残りを全部使うつもりでいる。


「火力に振ったか……!」


 思わず口に出る。


 《延長(斬撃)》は、ただ射程を伸ばす魔法じゃない。

 込める魔力量と意図の置き方次第で、かなり性質が変わる。


 優奈が今やっているのは、射程と切断力と火力、全部を“この一撃”へ偏らせるやり方だった。


 遠くから飛ばすんじゃない。

 間近で撃つ。


 発射で一気に懐へ入り、そのゼロ距離で、延長された一撃を叩き込む。


 キングオークが気づいた時には遅かった。


 優奈はもう目前にいる。

 そして、振るう。


 伸びた斬撃は、もはや“延長”というより“圧縮して放つ切断”に近かった。

 縦に、まっすぐ。

 キングオークの頭頂から股下まで、一息で走る。


 次の瞬間、巨体が左右へ割れた。


 一刀両断。


 縦に、真っ二つだった。


 会場の空気が止まる。


 優奈本人は、その場で一歩だけふらついた。

 当然だ。

 残り魔力をほぼ全部ぶち込んだはずだ。

 それでも倒し切った。


 そして帰還。


 ゲートを出てきた優奈は、肩で息をしていた。

 でも、顔は笑っていない。

 結果を見る顔をしている。


 モニターに点数が表示される。

 加算。

 加算。

 三階層。

 ボス撃破。

 残り時間内での総ポイント。


 高い。


 かなり高い。


 そして最終的な順位が確定する。


 二位。


 会場がざわついた。


「二位!?」

「三階層ボスまでやって?」

「一位じゃないのか」

「どんだけ差が詰まったんだよ」


 その反応が全てだった。


 僅差だった。

 だが、届かなかった。


 一位は、まだ俺のままだった。


 優奈は結果を見て、最初の一秒だけ悔しそうな顔をした。

 ほんの一瞬。

 そのあと、すぐに息を整えてこちらを見る。


 俺はもう、何て言えばいいのか分からなかった。


 でも、優奈の方が先に言った。


「……届きませんでした」


 その声に、強がりはなかった。

 ただ悔しさと、でもやり切ったという感覚が両方混ざっていた。


「いや」

 俺は首を振る。

「十分すぎる」


「でも、一位じゃないです」


「そうだな」

 俺は正直に答える。

「でも、あの三階層で、お前なりの最適解をちゃんと作って、そこまで点を伸ばした。十分すごい」


 優奈は少しだけ口を引き結び、それからようやく笑った。


「ありがとうございます」

 その笑い方は、完全に納得しているわけじゃない。

 でも、褒められて少しだけ救われた顔ではあった。


 相良が静かに言う。


「これで上位はだいたい出揃ったな」


「……そうだな」


 俺はモニターを見上げる。


 一位、結城悠真。

 二位、相川優奈。

 三位以下に、イタリア、イギリス、唯。


 順番だけ見ればそれだけだ。

 でも、その中身はかなり濃い。


 俺と同じ三階層を引き、俺とは違う戦い方で二位へ食い込んだ優奈。

 魔物使役で異質さを見せたイギリス。

 俺の戦闘思想を盗み、自分の魔法で枝を伸ばしたイタリア。

 そして、糸という答えで三階層ボスまで届いた唯。


 面倒だ。

 でも、面白くないとはもう言えなかった。


 この学園には、ちゃんと“強くなる意味がある連中”が集まっている。

 少なくとも、それだけは分かった。


 優奈が小さく言う。


「でも、次は勝ちます」


 その言葉に、俺は少しだけ目を細めた。


「次がある前提なんだな」


「あります」

 即答だった。

「だって、まだ届いてませんから」


 それはたぶん、俺に対する宣言でもあり、自分自身への言い聞かせでもあるのだろう。


 俺は短く息を吐いて、答えた。


「……楽しみにしてる」


 そう言うと、優奈は少しだけ目を丸くしてから、嬉しそうに笑った。


 結局のところ、俺の周りにはこういうやつらばかり集まる。

 止まらない。

 簡単に折れない。

 そして、一度掴んだ目標を簡単には離さない。


 面倒だ。

 本当に面倒だ。


 でも、その面倒くささを嫌いになれない自分も、もうたぶん認めるしかなかった。


(つづく)

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