第91話 俺の戦い方を盗んだ女
イギリス枠の金髪ツインテールの少女が、魔物使役らしき異質な魔法で高得点を叩き出したあと、会場の空気は明らかに変わっていた。
俺の圧倒的一位という結果が、ようやく少しだけ「絶対」から「届かないわけではないかもしれない」くらいの熱へ変わり始めている。
まあ、実際にはまだ届いていないのだが、受験生たちの目つきが少し変わったのは確かだった。
そして、その空気の変化をさらにかき回すように、試験官が次の受験者を呼んだ。
「次、イタリア枠です」
やっぱり来たか、と思った。
ピンク色の髪をサイドテールにまとめた少女が、待ってましたと言わんばかりに立ち上がる。
昨日から妙に人懐っこい。
初対面のはずなのに、やたら自然に手を振ってきたあの女だ。
会場の中央へ歩きながら、彼女はまた一度だけこちらを見た。
そして、今度は昨日より少しだけ意味ありげに笑った。
「……やっぱり知り合いじゃないですよね?」
優奈が小声で聞いてくる。
「何度聞かれても違う」
俺は即答した。
「少なくとも俺の記憶にはない」
「でも、向こうは知ってる感じですよね」
「それが気持ち悪いんだよな……」
相良が横から淡々と口を挟む。
「海外勢の中には、お前たちの配信や切り抜きを教材にしている連中もいる。珍しくはない」
「教材って言い方やめろよ」
「実際そうだろう」
そう返されると反論しづらい。
たしかに今の世界じゃ、配信は娯楽である前に教材だ。
生き残るための手札を、見せられる範囲で見せているようなものだ。
それでも、あそこまで自然に手を振られると、少し話は変わる。
ただ視聴していただけの視線じゃない。
もっと近い。
もっと具体的に、こちらを観察していた目だ。
イタリア枠の少女は、規定装備を受け取り、ゲートの前で軽く肩を回した。
その仕草が、すでに少し気になった。
無駄がない。
肩と股関節の力を一瞬で抜いて、必要なところだけを残す。
高速移動系の動きを使う人間にありがちな準備動作だった。
そこで、嫌な予感がした。
「まさか」
俺が小さく呟いた瞬間、彼女はゲートの中へ消えた。
モニターに映るのは二階層。
一階層ほど点が伸びやすくはないが、三階層ほど事故りやすくもない。
無難な階層と言えば無難だ。
だからこそ、点の出し方に個性が出る。
そして、戦闘開始から数秒後。
俺は本気で驚いた。
「……は?」
思わず声が漏れた。
最初の魔物へ接敵する、その移動。
踏み込みの角度。
直線で距離を詰めるのではなく、一瞬だけ斜めへ逃がしてから死角へ入る癖。
そして相手の正面を真正面から受けず、ほんの半歩だけずらしてから首筋へ入る一連の流れ。
――高速移動だ。
しかも、俺の使い方にひどく似ている。
「え?」
優奈もすぐ気づいたらしい。
「ちょ、ちょっと待ってください。あの人……」
「ああ」
俺はモニターを睨んだまま答える。
「高速移動を使ってる」
ただし、俺とまったく同じではない。
練度が低い。
最高速度まで乗り切れていない。
踏み込みの瞬間に、魔力の押し出しがほんの少し甘い。
結果として、速いことは速いが、俺のような“視界から消える”レベルまでは届いていない。
でも、問題はそこじゃなかった。
動きの“考え方”が同じなのだ。
ただ速度を上げているわけじゃない。
相手の攻撃線を見て、どこへ入れば一番短いか。
どこから抜ければ次の敵へ繋がるか。
その選び方が、あまりにも近い。
「似てる、どころじゃないですね……」
優奈が半ば呆然とした声で言う。
「似ているどころか、基本的な戦闘方針がまったく同じだ」
俺は低く言った。
そこから先は、もう観察というより検証に近かった。
彼女は高速移動だけで戦っていない。
目線の動きが細かい。
敵を見る時間が短いくせに、見ている情報量が多い。
あれはおそらく、思考強化の分析寄り。
ランクは高くない。
せいぜい《思考強化(分析寄-初)》あたりだろう。
でも、それがあるせいで高速移動の不完全さを補えている。
最高速を出し切れなくても、最短ルートの判断だけは速い。
「なるほどな……」
口の中だけでそう呟く。
これ、見覚えがある。
いや、見覚えどころじゃない。
十年前。
シュウたちを助けた頃。
あの時代の俺の戦い方だ。
今の俺ほど速度は仕上がっていない。
《連撃》もない。
《貫通》も使っていない。
でも、高速移動を軸に、相手の死角へ最短で入り、余計な受けを捨てて、最短で倒すという思想がそのまま乗っている。
参考にした、というより、ほぼそのまま採用している。
「……まさか」
俺は少しだけ目を細めた。
「十年前の配信や動画か?」
シュウたちを助けた頃の映像。
海外に切り抜きが流れていても不思議じゃない。
あの頃の俺なら、《連撃》も《貫通》もまだ今ほど洗練されていない。
高速移動と、最低限の思考強化と、首を落とす発想で戦っていた。
今モニターの中にいるイタリアのサイドテールは、それをなぞっているようにしか見えなかった。
だが、そこで一つの違和感があった。
――決定打が足りない。
《連撃》もない。
《貫通》もない。
高速移動の練度も俺より低い。
だったら、小型や中型は処理できても、大型で詰まるはずだ。
そう思った瞬間、その予想が覆された。
彼女が、右手を前へ突き出した。
「魔導砲」
聞いたことのない魔法名だった。
次の瞬間、正面の小型魔物の群れへ、純粋な魔力の砲撃が走った。
派手な炎でも氷でもない。
色も薄い。
でも威力だけは十分だった。
前方にいた小型がまとめて吹き飛ぶ。
壁へ叩きつけられ、そのまま光の粒になって消える。
「何だ今の」
思わず出た。
優奈も目を見開いている。
「砲撃……?」
「魔力をそのまま固めて飛ばしたのか?」
小型一掃に使うには、かなり便利だ。
燃費はよくないだろうが、試験みたいに制限時間が短い場では十分あり得る選択肢だ。
そして彼女は、その魔導砲でできた空白を使って大型へ近づいた。
ここで、また俺は「決定打がない」と考えた。
大型相手に《連撃》《貫通》なし。
練度の低い高速移動だけでは押し切れない。
そう思った。
次の瞬間、彼女は大型の首へ片手を触れさせていた。
「《回転ー極》」
その魔法名が響いた瞬間、大型魔物の首がありえない角度へ捻れた。
一回転。
文字通り、首がその場で一回転した。
骨が砕け、筋肉がねじ切れ、頭部がほとんどちぎれかけた状態で、大型は崩れ落ちる。
「……は?」
今日二回目のその声が、今度は前より少し大きく出た。
接触部位を起点に、回転力を強制的に流し込む魔法。
たぶんそんな感じだ。
首や関節みたいな“回されると致命的な場所”に触れれば、そのまま殺せる。
初見殺しとしてはかなり悪質だ。
しかも、高速移動で接触まで持っていけるなら、相性がいいどころの話じゃない。
優奈が呆然とした声で言った。
「な、なんですか今の……」
「俺も知らない」
俺は答える。
「少なくとも、あんな魔法は見たことがない」
大型を一撃で落としたあと、彼女は止まらない。
今度は中型へ向かって剣を振るう。
「魔力斬」
そう唱えた瞬間、剣身に薄い魔力の刃が走り、そのまま中型魔物を斜めに切り裂いた。
一刀両断。
今度は分かりやすい。
剣に魔力の斬撃性能を一時的に上乗せしている。
燃費はともかく、中型相手の決定打としては十分すぎる。
つまり、彼女の戦い方はこうだ。
小型は《魔導砲》で面処理。
中型は《魔力斬》で斬って処理。
大型は接触から《回転ー極》で首をねじ切る。
その全部へ、高速移動と思考強化(分析寄-初)らしき挙動が乗っている。
優奈が、ぽつりと言った。
「なんだか戦い方、ユウマさんにすごく似ていますね」
「すごく、じゃない」
俺はすぐ答えた。
「似ているどころか、基本的な戦闘方針が全く同じだ」
小型はまとめて処理。
中型は一撃で終わらせる。
大型は“硬いから削る”じゃなく、“致命点へ最短で届く”を優先する。
それは全部、俺の思想だった。
少なくとも、十年前の俺の戦い方をそのままなぞれば、ああなる。
だが、完全な模倣ではない。
《連撃》も《貫通》もない代わりに、自分なりの答えを持っている。
小型処理の《魔導砲》。
大型処理の《回転ー極》。
中型の《魔力斬》。
つまりこいつは、俺を真似した上で、そこから別の枝を伸ばしている。
「いったいいつから」
無意識に、そんな言葉が漏れた。
「え?」
優奈が聞き返す。
「いや……」
俺はモニターから目を逸らさずに続けた。
「いつから、どれだけ俺の戦い方を分析したんだって話だ」
動きがあまりにも同じだったから、そう思わずにいられなかった。
単に速いだけじゃない。
単に合理的なだけでもない。
視線を切るタイミング。
敵と敵の間をどう抜けるか。
攻撃を“受ける”より“立たせない”で解決する発想。
そういう細部が、意図して見ないと盗めないレベルで似ている。
「正直、ちょっと気持ち悪いです」
優奈が遠慮なく言った。
「分かる」
俺は短く返した。
本人の実力が高いからこそ、余計にそう感じる。
中途半端な模倣なら、まだ笑える。
でも、ここまで自分の思想を咀嚼した上で再構築されると、少し話が違う。
試験終了の三十分が近づく頃、イタリアのサイドテールは最後の追い込みに入った。
高速移動で位置を取り、弱った大型へ《回転ー極》。
離れた小型の群れへ《魔導砲》。
中型へ《魔力斬》。
処理の切り替えが早い。
しかも迷いがない。
何をどの魔法で倒せば一番短いか、頭の中で完成している動きだった。
そして帰還。
会場へ戻った彼女は、息こそ少し上がっていたが、表情はまだ余裕を残していた。
モニターへ最終得点が表示される。
二位。
高い。
かなり高い。
だが、俺の点数には届かない。
そこは当然だと思った。
知識と経験値が違う。
俺は三階層を引いた瞬間に“当たり”だと判断できた。
どこで時間を削ればいいか、どの敵を後回しにすれば点効率が上がるか、その判断の精度がまだ違う。
だから一位は守られた。
だが、二位がこいつであることには十分な意味がある。
イギリスのツインテールは、異質な才能だった。
魔物使役という、別の盤面で戦う危険な魔法。
イタリアのサイドテールは違う。
こっちは、俺の土俵に片足を突っ込んできている。
それが厄介だった。
点数が表示されると、会場がどよめく。
一位、結城悠真。
二位、イタリア枠。
僅差ではない。
でも、遠すぎるわけでもない。
それが、余計に周囲の熱を煽った。
イタリアのサイドテールは、点数を見てから、ゆっくりこちらへ視線を向けた。
目が合う。
今度は手を振らない。
代わりに、笑った。
“見つけた”と言いたげな笑い方だった。
俺は思わず眉をひそめる。
「絶対、あとで来ますよ」
優奈が断言した。
「来るだろうな……」
逃げられる気がしない。
しかも、逃げたところでまたどこかで捕まるタイプの面倒くささがある。
相良が横でぼそっと言う。
「学園、面白くなりそうだな」
「俺は全然面白くない」
即答だった。
でも、心のどこかで少しだけ思う。
こういうやつがいる場所なら、たしかに学園という制度にも意味はあるのかもしれない。
同じ答えに辿り着く人間。
別の枝を伸ばす人間。
そして自分の知らない魔法で、その先へ行こうとする人間。
面倒だ。
だが、無視できない。
イギリスの異質。
イタリアの模倣と変異。
そして、まだ名前も知らない日本の受験生たち。
国立ダンジョン学園は、たぶん“学校”なんて穏やかな言葉だけで済む場所じゃない。
その確信だけが、今日一日でどんどん強くなっていた。
(つづく)




