第90話 魔物を従える少女と、燃費の悪い才能
国立ダンジョン学園の実技試験会場は、思っていた以上に“見られる場”として作られていたらしい。
俺の三階層での試験が終わって少しした頃、相良が当たり前みたいな顔でそう言った。
「受験生の状況は、全部モニターで放映されている」
「全部?」
俺は思わず聞き返した。
「普通に戦ってるとこ全部か」
「全部だ」
相良は頷く。
「不正防止もあるし、試験官が逐一現場へ入らなくても判定しやすい。ついでに言えば、広報にも使える」
「最後の一言が本音だろ」
「否定はしない」
優奈が横で少し苦笑した。
「だからさっき、みんなユウマくんの帰還が早すぎて固まってたんですね」
「まあ、映像で見てりゃ余計にそうなるか」
三階層最深を引いて、十分もかからずボス部屋へ着き、そのままキングオークを落として残り時間を大型狩りへ全部回した。
自分でやっていて理屈は分かっていたが、客観的に見るとかなりおかしいのだろう。
だからこそ今、試験会場の一角には俺の得点が表示されたままになっていて、それを見上げる受験生たちの顔が妙に引き締まっていた。
諦めた顔ではない。
たぶんあれは、ようやく土俵の高さを理解した顔だ。
それ自体は悪くない。
見せるために参加させられたのだから、効果があったならそれでいい。
問題は、そのあとだった。
「次、イギリス枠です」
試験官の声が響く。
呼ばれたのは、さっきからやけに静かな存在感を放っていた、金髪ツインテールの少女だった。
白い肌。
整いすぎているくらい整った顔立ち。
なのに派手さより先に、妙な冷たさがある。
年齢は俺たちとそう変わらないはずなのに、目だけがやけに落ち着いていた。
彼女は無駄な動き一つなく立ち上がり、規定装備を受け取る。
表情はほとんど変わらない。
周囲の視線なんて、最初から存在しないみたいな歩き方だった。
優奈が小さく言う。
「この人、なんか怖いです」
「分かる」
俺も同意した。
「落ち着き方が変だ」
緊張していない、というより、試験そのものに大して感情が乗っていない感じだった。
こういうのは大抵、理由が二つに分かれる。
本当に無感情か。
それとも、試験程度ではいちいち揺れないだけか。
たぶん後者だろう。
ゲートの前へ立った少女は、試験官へ軽く会釈だけして、そのまま一階層のゲートへ入った。
「一階層ですか」
優奈が少し意外そうに言う。
「当たりか外れかは、戦い方次第だな」
俺は答えた。
「普通は点が伸びにくい。でも、処理速度が異常なら一番稼げる」
一階層は、敵そのものは弱い。
その代わり数が多く、三十分の中で何体回収できるかがそのまま点差になりやすい。
そして、彼女は開始三十秒で、その意味を会場全体へ叩きつけた。
モニターの向こう。
一階層の石通路で、最初に現れたのは小型の魔物だった。
日本の基準なら、低層でいくらでも見る雑魚。
普通の受験生なら、一体ずつ倒す。
速くても二、三体をまとめて処理するくらいだ。
だが、金髪ツインテールの少女は武器を構えなかった。
ただ、右手を軽く前へ出した。
その動きに合わせて、彼女の足元にいた小型魔物が一瞬だけ震える。
次の瞬間、その魔物が反転し、近くにいた別の魔物へ飛びかかった。
「……は?」
思わず声が出た。
それで終わりじゃない。
少女はさらに前へ歩き、次に現れた中型へ手を向ける。
そこでも同じように、相手の動きが一瞬止まり、次の瞬間には隣の敵を殴り始めた。
使役。
そうとしか言いようがない。
優奈が目を見開く。
「え、ちょっと待ってください」
モニターの中で、少女は本人がほとんど戦っていない。
代わりに、奪った魔物をそのまま次の魔物へぶつけていく。
弱い魔物を数体使役して数を増やし、その数で中型を潰す。
中型を倒したら、その中から強い個体を一体選んで乗り換える。
さらに強い魔物を見つけたら、そちらを奪う。
雪だるまみたいに、使役する駒だけがどんどん強くなっていく。
「……魔物使役か」
口の中だけでそう呟く。
おそらく特級級。
少なくとも、普通の魔法じゃない。
単純な召喚じゃない。
既存の魔物を奪って、従わせている。
しかも一体じゃない。
画面の向こうでは、すでに大型寄りの個体が二体、少女の少し前を歩いていた。
それがまた厄介だった。
使役された魔物たちは、恐怖も疲労も感じていないみたいに次々と敵へぶつかる。
潰し、噛み砕き、叩き潰し、その度にポイント対象の魔物が消えていく。
本人は後ろを歩くだけだ。
「すごい……」
優奈が素直に言った。
「本人が全然戦ってないのに、どんどん点が増えていきます」
「そうだな」
俺は画面を見たまま答える。
「でも、それだけじゃない」
面白いのはそこからだった。
大型魔物を何体か従えたあと、少女は明らかに“選別”を始めた。
弱い個体は平然と前へ出して潰させる。
強い個体を見つけると、そちらを使役し、より強い方へ入れ替える。
雑魚の数を増やすんじゃない。
その場その場で一番効率のいい戦力へ乗り換えている。
頭がいい。
しかも、かなり割り切っている。
試験のための最適化としては、かなり完成度が高かった。
「大型、また増えました!」
優奈が言う。
たしかに、画面の中では使役下に置かれた大型魔物が三体まで増えていた。
その三体が、まるで彼女の私兵みたいに前方を蹂躙していく。
小型を踏み潰す。
中型を押し潰す。
大型同士でも数で勝つ。
本人は一切前に出ない。
武器も振らない。
魔法らしい派手な光も見えない。
なのに、ポイントだけが増えていく。
そして試験終了間際、さらに嫌らしい動きが入った。
使役していた大型魔物たちが、一斉にその場で崩れた。
「え?」
優奈が声を漏らす。
崩れた、というより、自害に近かった。
明らかに本人の命令で、自分たちの急所を潰したような死に方をしている。
その瞬間、モニター上のポイントがまとめて跳ねた。
「最後に処分して、ポイント回収か」
俺は低く言った。
なるほど。
試験終了の直前まで従わせて働かせ、最後に自害させれば、その分も討伐ポイントへ換算される。
ルールの穴ではない。
ルールを正面から最大限使っただけだ。
やることがえげつない。
でも、そのえげつなさは嫌いじゃない。
会場がどよめく。
当然だ。
今までの受験生たちは、自分の身体一つと武器一つで点を積んできた。
なのにこの少女は、自分ではほぼ戦わず、魔物を操って魔物を殺し、最後は自分の兵隊まで点へ換えた。
強い。
派手だ。
しかも頭がいい。
モニターへ最終得点が表示される。
高い。
かなり高い。
だが――。
俺のポイントには届かない。
それを確認した瞬間、会場の空気が少しだけ妙なものになった。
驚愕と、納得と、どこかおかしさが混ざる。
あれだけ異常な魔法を見せても、まだ一位は悠真のまま。
そういう絵面になってしまったからだ。
優奈が小さく言う。
「すごいのに……届かないんですね」
「ポイント稼ぎの精度は高い。でも、俺の方が魔物への知識と経験値が桁違いだ」
俺は答えた。
「どこで時間を削れるか、どの敵が点効率いいか、そういう判断の積み重ねがある」
実際、一階層での大量処理は効率がいい。
でも三階層を引いて、ボスを短時間で落とし、その残り時間を大型回収へ全部回した俺の方が、今回は上振れが大きかった。
問題はそこじゃない。
俺が本当に気になったのは、別のことだった。
「……でも変だな」
優奈がこちらを見る。
「何がですか?」
「何で、操りながら本人が戦わない」
それが引っかかっていた。
さっきの戦い方なら、本人が短剣でも槍でも持って一緒に前へ出れば、もっと点は伸びたはずだ。
使役した大型が前を荒らし、その隙に本人が追加で仕留めればいい。
少なくとも、今の得点差はもっと詰められた。
なのに彼女は、ほとんど前に出なかった。
慎重、というだけでは説明がつかない。
あれはたぶん、出られない理由がある。
モニターのリプレイ映像をもう一度見ながら、俺は頭の中で仮説を組み立てた。
使役するたびに、少女の指先から魔力が相手へ流れ込んでいた。
派手な発光はない。
でも、よく見れば分かる。
相手へ何かを“押し込んでいる”。
「魔力消費が重いのか」
俺は小さく呟く。
「大量に持っていかれるなら、自分で戦う余裕がない」
優奈が、そこでぱっと顔を上げた。
「あ!」
声が少し弾む。
何か思いついた時の優奈の顔だ。
「あれ多分、魔力を相手に流し込みながら魔法を発動させて、使役してますよね?」
俺は一瞬だけ黙った。
それから、もう一度モニターを見返す。
たしかにそうだ。
自分の中で完結する魔法じゃない。
相手の体内へ魔力を侵入させ、命令系統か精神系統か、そのどこかを書き換えている。
だから“繋ぎ続ける”必要がある。
あるいは、最初に大量の魔力を押し込んで、強引に支配権を取る必要がある。
「……確かにそうっぽいな」
俺は頷いた。
優奈は続ける。
「体の外に出して、しかも相手の中へ流し込んで、さらに支配状態まで持っていくなら……コスパ、悪そうです」
「悪いだろうな」
俺は答えた。
「魔力は、体内で完結する魔法の方が基本的に燃費がいい。体外へ放出する系統は、それだけでロスが出る。まして相手に押し込んで定着までさせるなら、なおさらだ」
だから本人が戦わない。
いや、戦えない。
戦ってしまったら、自分の身体を動かす魔力まで削れる。
だから前へ出ず、駒だけを回し続ける。
「もったいないな」
思わず、そう漏れた。
優奈が首を傾げる。
「もったいない、ですか?」
「ああ」
俺は画面を見たまま言う。
「魔法そのものはかなり強い。というか、相当危ない部類だ。でも、今の使い方だと燃費が悪すぎる」
頭の中では、もう次の考えが動いていた。
一度流し込んだ魔力をもっと長く定着させる方法。
相手へ押し込む量を減らしても支配を維持する方法。
あるいは、使役した個体を“中継点”みたいにして、次の個体へ繋ぐ方法。
何かあるはずだ。
あの魔法は、たぶんまだ伸びる。
本人がそこまで考えているのか、それとも純粋に魔力量で押しているだけなのかは分からない。
でも、今の時点でこれだけ点を稼げるなら、改善の余地があるのは間違いない。
「ライバル、ですね」
優奈がぽつりと言った。
「ライバルっていうより、別方向に面倒なやつが出てきたって感じだな」
俺は正直に答える。
俺は高速移動と近接の化け物。
優奈は成長速度と対応力の塊。
あの少女は、本人が戦わずに盤面そのものを奪うタイプ。
方向が違う。
だから単純比較はしづらい。
でも危険度だけなら、かなり高い。
そこで、試験を終えた金髪ツインテールの少女が会場へ戻ってきた。
歩き方はやっぱり静かだ。
歓声もざわめきも、最初から聞こえていないみたいな顔をしている。
だが、こちらへ視線が来た瞬間だけ、ほんの少しだけ目が動いた。
俺を見ている。
その視線に敵意はない。
でも、興味はある。
向こうもたぶん、俺の映像を見たのだろう。
三階層を引いて圧倒的一位を取った人間として、認識した顔だった。
俺も、少しだけ相手を見る。
魔物使役。
たぶん特級級。
少なくとも普通じゃない。
燃費は悪い。
でも、改善の余地がある。
つまり伸びる。
厄介だ。
そう思った瞬間、彼女がほんの少しだけ顎を引いた。
会釈とも、宣戦布告とも取れるくらいの小さな動き。
俺は返さなかった。
どう返すのが正解か分からない時は、無視が一番楽だ。
優奈が横でこっそり聞いてくる。
「今の、何だったんですか?」
「知らん」
俺は答えた。
「でもたぶん、向こうもこっちを“何か”として見たってことだろ」
「何かって……」
優奈は少しだけ呆れた顔をしたが、否定はしなかった。
試験会場のモニターには、まだ俺の一位が残っている。
その下へ、新しく彼女の名前と高得点が刻まれた。
届かない。
けれど、遠すぎもしない。
そういう位置だ。
学園っていうのは、たぶんこういうやつが出てくる場所なんだろう。
ただ強いだけじゃない。
ただ勉強するだけでもない。
尖ったやつが、違う方向で何人もいて、嫌でも互いを意識することになる。
面倒だ。
でも、少しだけ面白いとも思った。
その感情を認めるのは癪だったから、俺は口にしなかったけれど。
「次、イタリア枠です!」
試験官の声が響く。
ピンク髪のサイドテールが、待ってましたとばかりに立ち上がる。
そして、こっちを見てにっこり笑った。
ああ、やっぱり面倒くさい。
俺はその時点で、もう確信していた。
ダンジョン学園は、たぶん平穏とは縁がない。
それだけは、試験が終わる前から嫌というほど分かった。
(つづく)




