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第89話 三階層は、俺にとって当たりくじ

国立ダンジョン学園の実技試験は、思っていたよりずっと雑で、思っていたよりずっと理にかなっていた。


 受験生は一人ずつダンジョンへ入り、制限時間は三十分。

 ただし、挑む階層は自分で選べない。


 一階層。

 二階層。

 三階層。


 そのどれかが、くじでランダムに決まる。


 当然、深い階層ほど出現する魔物の等級は上がり、倒せれば高得点になる。

 その代わり、事故の危険も増える。

 つまりこれは単純な実力試験であると同時に、リスク判断の試験でもあるわけだ。


 俺がその説明を聞いた時、真っ先に思ったのは一つだった。


 ――嫌な試験だな。


 受験生たちは一様に緊張していた。

 一階層を引けば安全だが得点は伸びにくい。

 三階層を引けば点は高いが、普通なら処理速度が落ちる。

 結局、どれを引いても文句が出る。


 だが、俺に関して言えば少し事情が違った。


 受付の横に置かれた透明な抽選箱から、係員が俺の番号札に対応した封筒を取り出す。

 その場で開封し、中身を確認してから俺へ向けて見せた。


「三階層です」


 周囲が少しざわついた。


 三階層。

 一階層から三階層までしかない試験で、一番深いところを引いたことになる。

 普通の受験生なら、外れに近い。


 けれど、俺が抱いた感想は違った。


 ――ラッキーだな。


 心の中でそう結論した瞬間、緊張より先に頭が回り始める。


 三階層。

 出るのはオークとキングオークの層。

 飛ばない。

 遠距離に特化しているわけでもない。

 数は多いが、処理の形が読みやすい。

 しかも、ボス部屋までの最短ルートも比較的単純だったはずだ。


 つまり、相性がいい。


 十階層以下で、なおかつ空を飛ばない敵なら。

 少なくとも俺は、かなり強い。


 それは自惚れでも何でもなく、単純な相性の話だった。

 高速移動があり、《貫通》があり、首を落とすという最短処理に躊躇がない。

 だったら三階層はむしろ得点を稼ぎやすい。


 俺が無言のままゲートへ向かうと、後ろから優奈が小さく声をかけてきた。


「三階層、ですね」


「ああ」


「普通なら大変そうなのに、ユウマくん全然嫌そうじゃないです」


「嫌そうじゃないんじゃなくて、当たりだと思ってる」


 俺がそう言うと、優奈が一瞬だけ目を丸くして、それからすぐ納得した顔になった。


「ああ……」

「飛ばないからですか」


「それもある」

 俺は頷いた。

「飛ばない、硬すぎない、数も処理しやすい。俺向きだ」


 優奈が苦笑する。


「それ、言われた他の受験生が聞いたら泣きますよ」


「事実だから仕方ない」


 横で相良が腕を組んだまま言う。


「生徒たちにとっても、いい教材になるだろうな」

「三階層を引いても、“不利”ではなく“得点源”に変える人間がいると分かれば、見る目が少し変わる」


「便利な使われ方してる自覚あるからな、こっちは」


 そう返しつつ、俺は指定装備を受け取った。


 試験用の基本装備は軽い。

 防具も最低限。

 武器も選択肢は限られている。

 だが、もともと俺は重装備で押すタイプじゃない。

 むしろこのくらい軽い方がいい。


 ゲートの前へ立つ。


 背後では受験生たちの視線が集まっていた。

 日本人。

 交換枠の外国人。

 イギリスっぽいツインテールの少女も、ピンク髪のサイドテールの少女も、さっきまでより真剣な顔でこっちを見ている。


 特にピンク髪の方は、相変わらずやけに人懐っこい雰囲気のくせに、視線だけは鋭かった。

 ああいうタイプは面倒くさい。

 後で絶対話しかけられるやつだ。


 だが今は、どうでもいい。


「行ってきます」


 誰に向けたともなくそう言って、俺は三階層のゲートをくぐった。


 三階層の空気は、久しぶりに入ると少し懐かしかった。


 重い土の臭い。

 湿った石壁。

 そして、遠くで響く鈍い足音。


 オークの層だ。


 視界は悪くない。

 曲がり角はあるが、迷路というほど複雑でもない。

 だからこそ、最短ルートを取れる人間と取れない人間で差が出る。


 俺は入ってすぐに、ボス部屋までの到達時間を頭の中で切り分けた。


 十分。

 いや、もっと詰められるかもしれない。

 だが無理に削る必要もない。


 ボス部屋へ着いて十分でキングオークを落とせる。

 なら、残り二十分を全部、大型個体の処理へ回せる。

 この試験はそこから先が本番だ。


 通路の先で、最初のオークが姿を見せた。


 緑がかった皮膚。

 筋肉質の腕。

 粗雑な武器。

 三階層の魔物としては十分強い。

 しかも、こいつらは少量なら自然回復する。


 だから普通の受験生にとっては、むしろ倒しづらい部類だ。

 中途半端に傷を与えると、息を整える間に戻る。

 手数が足りないと、じわじわ時間を食う。


 でも、俺には関係ない。


 高速移動。


 視界が縮む。

 次の瞬間には、オークの横を抜けていた。


 《貫通》を乗せた刃が、首を一息で断つ。


 回復が始まる前に、死んでいればいい。


 それだけだ。


 首を失ったオークが、遅れてその場へ崩れる。

 血が飛ぶ前に、もう次の角を曲がっていた。


 この階層で強いかどうかは、処理速度に出る。

 そして俺は、十階層以下かつ飛行しない相手なら、その処理速度でかなり上の方にいる。


 次。

 その次。

 さらに次。


 オークは弱くない。

 だが、俺とは前提が違う。


 普通の探索者は、相手の攻撃を捌き、武器を受け、回復前にどこを狙うか考えながら倒す。

 俺は違う。


 見えた瞬間に、首へ届く。

 それだけだ。


 だから、回復も耐久も意味を持ちにくい。


 途中、軽鎧を着た個体が何体か混ざった。


 オークジェネラル。


 三階層ではやや厄介な部類だ。

 普通の受験生なら、ここで少し手間取る。

 鎧を避けて関節を狙うか、重い一撃でまとめて断つか、その選択が必要になる。


 だが、俺にはそれも関係ない。


 《貫通》は、防御魔法だけじゃなく、こういう物理的な防具相手にも話が早い。

 正確には“貫通した上で刃が通るだけの出力を乗せる”必要はあるが、この程度の鎧なら問題にならない。


 だからオークジェネラルも、処理時間が変わらなかった。


 小型オークと同じ時間で首を落とす。

 ただそれだけ。


 ゲートの外で見ている試験官や受験生たちは、たぶんモニター越しにその様子を見ているはずだった。


 三階層。

 最深。

 しかも軽鎧付きの亜種も混ざる。


 そこを“普通に速い”ではなく、“処理時間が変わらない”で抜けていく人間がいたら、そりゃ嫌でも印象に残る。


 ボス部屋まで、予想通り十分かからなかった。


 扉の前へ立った時点で、時計はまだかなり余裕を残している。

 ここから十分以内に終わらせれば、残り二十分を丸々得点へ換算できる。


 俺は扉へ手をかけながら、小さく息を吐いた。


「さて」


 キングオークの致命的な弱点。

 それは何か。


 答えは簡単だ。


 ――初期のキングオークは、鎧を着ていない。


 オークジェネラルは軽鎧を着ている。

 だがキングオークは違う。

 大きく、硬く、膂力も高い。

 けれど、体表そのものへ頼っている分、“守るための層”がない。


 つまり、俺にとってはむしろやりやすい。


 扉を開ける。


 中で待っていたのは、やはり巨大なオークだった。

 普通の個体より頭一つどころではなく大きい。

 分厚い胸板。

 丸太みたいな腕。

 鈍器じみた大剣。


 威圧感はある。

 普通の受験生なら、ここで一瞬固まるだろう。


 だが俺は、そういう相手だと分かった時点で、むしろ気が楽になる。


 柔らかい。

 鎧がない。


 だったら話は簡単だ。


 高速移動。

 《貫通》。

 そして《連撃》。


 優奈が以前、三階層のボス部屋で見せたような“シールドを割ってから叩き込む”動きは、俺ならもっと速いスピードで再現できる。

 優奈が弱いとかそういう話じゃない。

 単純に、高速移動と貫通の組み合わせがこの階層と噛み合いすぎている。


 キングオークが咆哮を上げる。

 大剣を振り上げる。

 でも、遅い。


 最初の一歩で懐へ入る。

 視界の外へ抜ける。

 《連撃》を起動。


 五連の斬撃が、一気に首筋へ走る。


 一撃目で皮膚を割る。

 二撃目で筋肉を裂く。

 三、四、五で骨まで届く。


 キングオークの目が見開かれた。

 自分が何をされたのか、理解するより先に致命傷を負っていた。


 遅れて首がずれ、巨体が音を立てて倒れる。


 ボス部屋到着から、体感で一分もかかっていない。


 だから言っただろうと思う。

 三階層は俺向きだ。


 ボスを落とした時点で、残り時間は二十分以上あった。

 ここから先は得点の回収だ。


 俺はすぐにボス部屋を出て、来た道を戻るのではなく、近くの大型個体が多いルートへ切り替えた。


 三階層は、ボス以外にも得点源がある。

 ただし、普通はそこまで到達する前に時間を食う。

 俺はその前提を飛ばしているだけだ。


 大型寄りのオーク。

 軽鎧付きジェネラル。

 まとまって動く群れ。


 どれも、今の俺には大差ない。


 首を落とす。

 次へ行く。

 また落とす。


 回復が始まる前に死ぬなら、少量自動回復など存在しないのと同じだ。

 軽鎧も《貫通》の前では意味が薄い。

 そして高速移動がある限り、相手に隊列を作らせない。


 時間だけが、ひたすら得点へ変わっていく。


 途中で、一度だけ自分でも笑いそうになった。


 受験だの、試験だの言っておきながら、やっていることはいつもの案件と変わらない。

 ただ、相手が世界級の理不尽じゃなく、三階層のオークというだけだ。


 それなら負ける理由がない。


 残り五分の時点で、俺はもう無理に深追いはしなかった。

 十分すぎるほど狩っている。

 最後に大型を一体落とし、そこで引く。


 ゲートの帰還タイミングを計りながら、軽く息を整える。


 魔力消費はそれなりにあった。

 《貫通》と高速移動と《連撃》を短時間で回しているのだから当然だ。

 でも三十分なら問題ない。

 試験範囲としては、ちょうどいい程度の消耗だった。


 帰還ゲートをくぐる。


 外へ戻った瞬間、会場の空気がおかしかった。


 静かすぎる。


 俺は一瞬、何かトラブルでもあったのかと思った。

 だが違う。

 原因はどう見ても、俺の帰還タイミングだった。


「……もう戻ってきたのか?」


 試験官の一人が、思わずそんな顔をしている。

 制限時間は三十分。

 その半分程度で帰ってきた人間がいれば、そうなるのも無理はない。


 優奈が一番先に立ち上がった。


「おかえりなさい」


「ああ」


「ボス、早かったですね」

「まあな」


 さらっと言ってしまったが、周囲はそれどころではなかったらしい。


 モニターへ集計が表示される。

 倒した魔物の内訳。

 小型。

 中型。

 大型。

 そしてボス撃破加算。


 数字が積み上がるたびに、ざわめきが大きくなっていく。


「……うそだろ」

「三階層だぞ」

「ボス込みで、あの時間で?」

「大型の数、おかしくないか」


 そういう声が、隠す気もなく飛ぶ。


 点数が確定した瞬間、会場が一度完全に静まった。


 圧倒的だった。


 今までの受験生たちが積み上げてきた数字の、その上をまとめて飛び越えるような得点。

 僅差で一位じゃない。

 比較するのが馬鹿らしいくらい離れている。


 優奈が少しだけ肩をすくめるように笑った。


「はい、圧倒的一位です」


「だろうな」


 自分で言っていて嫌な感じはするが、事実だから仕方ない。


 ツインテールのイギリス系の少女は、さっきより明らかに真剣な目でこっちを見ていた。

 ピンク髪のイタリア系の少女は、今度は隠しもせず楽しそうに笑っている。

 さっき手を振ってきた理由はまだ分からないが、少なくとも今ので完全にこっちへ興味を持った顔だった。


 相良が近づいてきて、小さく言う。


「十分だな」


「見せるための試験なんだろ」

 俺は答えた。

「だったら中途半端にしても意味がない」


「そういう意味では、最高の答案だ」


 褒められているのか、利用価値を認められているのか、微妙な言い方だった。

 でも、たぶん両方だろう。


 試験官が咳払いを一つしてから、ようやく正式に結果を読み上げた。

 その声を聞きながら、俺は会場全体をざっと見渡す。


 さっきまで「受験生の一人」くらいの認識だった視線が、もう変わっている。

 飛び抜けているやつがいる。

 その事実が、今この場で広がった。


 たしかに、こういう使い方をしたかったのだろうなと思う。


 面倒くさい。

 でも、効果があるのも認めるしかない。


 優奈が小声で言った。


「これ、たぶん今ので、かなりみんなのやる気変わりましたよ」


「変わったか、諦めたかのどっちかだろ」


「前向きに考えてください」


 そう言われても無理なものは無理だ。

 とはいえ、少なくとも会場に漂っている空気は“萎えた”より“熱を持った”に近い。

 あれだけの差を見せられてなお、折れるより先に目を輝かせるやつがいるなら、それはそれでこの学園に向いているのかもしれない。


 そして、その中で一番面倒そうなのが、やっぱりあのピンク髪だった。


 目が合った瞬間、向こうはまた軽く手を振ってきた。

 今度はさっきより意味ありげに。


 俺は思わず顔をしかめる。


「……やっぱり知り合いじゃないよな」


「もう話しかけられる前提で考えた方がいいと思います」

 優奈がぼそっと言う。

「たぶん逃げられません」


「嫌なこと言うなよ」


 でも、その予感はたぶん当たる。


 学園が始まる前から、もう面倒くさい予感しかしない。

 それでも、俺は三階層のオークたちより、むしろそっちの方に深いため息を吐きたくなっていた。


 圧倒的な一位。

 望んで取ったわけじゃない。

 でも取った以上、もう引っ込めない。


 国立ダンジョン学園。

 その最初の実技試験で、俺はたぶん、思っていた以上に“目立つ役”を与えられてしまったのだろう。


 ろくでもない。


 だが、今さらその程度で驚くには、ここ数ヶ月の世界はあまりにも騒がしすぎた。


(つづく)

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