表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
89/122

第88話 国立ダンジョン学園と、合法的な留学生

 母が目を覚ましてから数日が過ぎた。


 数日、と言っても、劇的に何かが変わったわけじゃない。

 母はまだ病院にいるし、思うように身体は動かない。声も、掠れた空気がわずかに漏れる程度だ。

 それでも、目ははっきりとこちらを追うようになった。指先も昨日より今日、今日より明日と、少しずつだが動きが増えている。


 リハビリは必要。

 時間もかかる。

 でも、眠ったままではない。


 それだけで、世界の見え方はだいぶ違った。


 だから本当なら、もう少しだけ病院へ通うだけの日々を過ごしたかった。

 母の回復を見て、唯と家のことを話して、ようやく一息つけた気持ちを噛みしめたかった。


 なのに、世界は本当に休ませてくれない。


 ポストに入っていた封筒。

 クラン本部からの正式な呼び出し。

 そして、国立ダンジョン学園開設に伴う編入の打診。


 前回、相良から制度の大枠は聞かされた。

 隣国がダンジョンで崩壊すれば、結局は自国も巻き込まれる。

 だから今後は、強い国が最低限の攻略ノウハウを周辺へ流す時代になる。

 そのための制度化。そのための学校。


 理屈は分かる。

 分かるが、納得と面倒くささは別だった。


 その面倒くささを抱えたまま、俺はダンジョン学園の仮設会場へ来ていた。


 場所は都内から少し外れた、元々大規模な訓練施設として使われていた敷地らしい。

 門の前からして物々しい。警備員の数がおかしいし、見た目は普通の学校説明会みたいな顔をしているのに、奥で使われている魔力認証ゲートがどう見ても軍用寄りだ。


「どう見ても学園って感じじゃないんだけど」


 受付を抜けたところで俺がぼそっと言うと、横を歩いていた優奈が苦笑した。


「でも、学校っていうより訓練校っぽい感じはします」

「そういうのも学園って言い張るのか」

「たぶん、言い張るんだと思います」


 優奈は今日は制服ではなく、動きやすい実技服に近い格好をしている。

 俺も似たようなものだ。

 受験、と言われた時には正直どういう顔をすればいいのか分からなかったが、どうやら今回は筆記より実技の比重がずっと重いらしい。


 受付を通った先で相良が待っていた。

 いつものきっちりしたスーツ姿で、いかにも「最初から全部分かっていました」という顔をしている。


「来たか」

「来ましたよ」

 俺は露骨に嫌そうな声を出した。

「で、何で俺まで受験のポイント集めに参加しなきゃいけないんですか」


 それが今日の一番納得していないところだった。


 俺は入学可否を審査される側ではない。

 少なくとも、学ぶことがないとは言わないまでも、普通の受験生と同じ枠で測られる側ではない。

 なんなら最近の最前線情報に関しては、その辺の教師候補より俺の方が新しいものを持っている可能性すらある。


 相良はあっさり答えた。


「生徒の中に飛び抜けているやつが実在する、という事実が広まらないと、一人一人の向上心に繋がらない可能性があるからだ」


「……嫌な理由だな」


「嫌でも理にかなっている」

 相良は平然としている。

「今の日本は、“頑張ればあの程度まで届くかもしれない”という具体的な目標が足りていない。配信の中にいる強者は遠すぎる。だが同じ教室にいるなら、話が変わる」


 優奈が小さく頷いた。


「たしかに、配信の向こう側の人って、どうしても別世界ですもんね」

「そういうことだ」

 相良は続ける。

「だからお前にも実技試験へ出てもらう。落とすための試験ではない。見せるための試験だ」


 便利な使い方をされている自覚はある。

 だが完全に否定もできないのが腹立たしい。


「ポイント集めのルールは?」

 俺は話を切り替えた。


 相良は端末を開き、今日の試験概要を表示する。


「一人ずつダンジョンへ入り、制限時間は三十分」

「その間に倒した魔物の等級に応じてポイントが加算される」


「基準は」

「以前、日本とアメリカが魔物討伐数とポイントで競った時の基準が、ほぼそのまま採用されている」

 相良が答える。

「小型一、中型三、大型五。ボス相当が出た場合のみ特別ポイント加算。ただし受験ルートでは基本的にボス遭遇まで行かない設計になっている」


 なるほど。

 あの時の基準をそのまま持ち込んだのなら、分かりやすいし、国際的な比較もしやすい。


「持ち込みは?」

「学園側指定の基本装備のみ」

 相良は言う。

「ただし固有魔法、本人が習得している魔法、肉体強化や探知などの個人技能は制限しない」


「まあ、そうなるか」

 俺は頷く。


 変に装備まで自由にすると、資産差や所属クラン差が露骨に出る。

 最低限の公平性を確保するなら、そこは揃えるしかない。


 会場の中央に設けられた待機スペースへ視線をやって、そこで少しだけ眉を寄せた。


 受験生たちが集まっている。

 年齢はばらばらだが、概ね俺たちと同じくらいか、少し下くらい。

 日本人が大半――のはずだが、その中に明らかに目立つ二人がいた。


 一人は、白い肌に淡い金髪をツインテールに結んだ少女。

 顔立ちは整っているが、目つきがやけに落ち着いている。

 年齢のわりに空気が静かだ。おそらくイギリス系。


 もう一人は、明るいピンク色の髪をサイドテールにまとめた少女。

 同じく白人系だが、こちらは雰囲気がかなり軽い。表情もころころ変わっていて、たぶんイタリア辺りだろう。


 俺は思わず相良に聞いた。


「日本全体のレベル上げが目的なのに、外国人がいるのっておかしくないか」

「趣旨に反してるだろ」


 優奈もそこは気になっていたらしく、すぐに相良の方を見る。


「私も少し思いました」

「交換留学、みたいな感じですか?」


 相良は「そこを説明していなかったな」と言って、小さく息を吐いた。


「ダンジョン学園は、今後先進国で最低一つは設立される方向になっている」

「表向きの目的は、人材育成と攻略ノウハウの制度化。だが、それだけでは済まない」


 そこで相良は少し声を落とした。


「情報交換の手間を減らし、後で『聞いていない』『共有されていない』で国際問題が起きることを防ぐため、各国は少数の“連絡要員”や“情報監査枠”を相互に受け入れることになった」


 俺は眉を寄せた。


「要するに、合法的なスパイだろ」


 相良は一拍置いてから答える。


「言い方は悪いが、だいたいそうだ」

「一か国あたり二、三名程度までなら黙認されている。建前上は交換留学生兼、各国調整担当だ」


 優奈が小さく「うわあ」と言った。

 その反応が正しい。


 理想だけで国際協力しているわけじゃない。

 互いにノウハウを欲しがり、同時に監視もしたい。

 だから最初からそれを制度へ組み込んだわけだ。


 世界観としては嫌になるほど自然だった。


「ただし」

 相良が続ける。

「外国からの生徒は、日本の生徒より若干評価基準が厳しい」


「何で」

 俺が聞く。


「日本側の育成が第一目的だから、というのもある」

「それと、情報共有枠として入る以上、“ただの一般生徒”より高い水準を求められる。成績不振なら即帰国。実技も規律も、日本の生徒より一段厳しく見られる」


 なるほど。

 まあ、そうでもしないと日本側に得が薄い。


「理屈は分かった」

 俺は答える。

「面倒くさい制度だな」


「そういう時代だ」

 相良はいつもの口調で言った。

「嫌でも付き合え」


 嫌でも、という言葉が妙に重かった。

 だがここ最近の世界情勢を見ていれば、否定もしづらい。


 そうしているうちに、受験生たちの視線がじわじわこちらへ集まり始めた。

 俺と優奈がいるのだから、当然といえば当然だろう。


 配信を見ているやつもいる。

 噂だけ知っているやつもいる。

 直接会うのは初めてでも、“ユウマ”と“優奈”という名前だけは知っている。そんな顔が多い。


 その中で、ピンク髪のサイドテールの少女が、ふとこっちを見た。


 そして、何の迷いもなく軽く手を振ってきた。


「……は?」


 思わず変な声が出る。


 距離は離れている。

 でも明らかに、こっちに向けて振っている。


 俺も反射で、ほんの少しだけ手を上げてしまった。

 その瞬間、横から優奈の驚いた声が飛ぶ。


「え? 知り合いですか⁉」


「いや違う」

 俺は即答した。

「俺も一瞬、どこかで知り合ったっけ? って思ったけど、どう返せばいいか分からなくて……」


 優奈が半分呆れた顔になる。


「分からないまま振り返したんですか」

「向こうが自然すぎたんだよ」


 実際そうだった。

 初対面のはずなのに、まるで前から知っている相手みたいに手を振られると、こっちも一瞬その気になる。


 イタリア系らしき少女は、俺が返したのを見て満足したのか、にこっと笑ってから何食わぬ顔で元の位置へ戻った。


「余計に気になりますね……」

 優奈がぼそっと言う。


「俺もだよ」


 一方で、ツインテールのイギリス系らしい少女は、こちらを見ても何の反応も示さなかった。

 ただ静かに観察している。

 その落ち着き方が逆に気になる。


 やっぱり、面倒くさい。

 まだ試験も始まっていないのに、もう面倒くさい。


 開始時間が近づくと、会場全体にアナウンスが流れた。


『受験番号順に案内します。制限時間は三十分。規定装備以外の持ち込みは禁止。魔法・技能の使用制限はありません』


 受験生たちの空気が一気に張る。


 当然だ。

 ここから先は、ただの説明会じゃない。

 結果が数字で出る。


 最初の数名が順番に呼ばれていく。

 ゲートの前へ立ち、指定装備を受け取り、短く深呼吸してからダンジョンへ入っていく。


 戻ってきた者は、モニターに自分のポイントが表示される。

 十二点。

 二十点。

 八点。

 数字はばらつくが、みんな真剣だ。


 たった三十分でも、魔物の等級と立ち回り次第で差が大きく出る。

 それを全員が理解している顔をしていた。


「思ったより低いですね」

 優奈が小さく言う。


「今の段階だと、そんなもんだろ」

 俺は答える。

「大半はまだ“探索者志望”であって、前線の人間じゃない」


「でも、ここから上がっていくんですよね」

「そのための学園だ」


 そう言いながら、俺自身も少しだけ思う。

 ここにいる全員が、今後ダンジョンへ入る人間になるのか。

 そして俺は、その“上がっていく途中”へ半ば教材みたいに放り込まれるのか。


 やっぱり、何とも言えない。


 数人進んだところで、例のピンク髪の少女が呼ばれた。


 軽い足取りで前へ出る。

 振る舞いは明るいのに、ゲート前へ立った瞬間だけ空気が変わった。

 無駄な緊張が消える。

 あれは、少なくとも場慣れしている。


 優奈が小さく言う。


「結構、強そうです」

「ああ」

 俺も同意した。

「少なくとも素人じゃない」


 ゲートの向こうへ消えたあと、三十分はやけに長く感じた。


 戻ってきた時、モニターへ表示されたポイントは、今までの日本人受験生より明らかに高かった。

 三十点台後半。


 会場がざわつく。


「やっぱり」

 優奈がぽつりと言う。


「まあ、あの雰囲気ならな」

 俺は答えた。


 ただ、ここで分かりやすく感心を口にしない辺り、自分もだいぶ性格が悪くなっている気がした。

 単純に「強いな」と思うより先に、「外国枠なら、ここからさらに厳しく見られるんだろうな」と考えてしまう。


 そのあと、ツインテールの少女も呼ばれた。

 こちらは出て行く時も、戻ってくる時も静かだった。

 だがスコアは、やはり高い。


 なるほど。

 少なくとも外国枠は、最初から遊び半分で送り込まれているわけではない。


 ようやくその辺りで、俺の受験番号が近づいてきた。


 係員がこちらを見る。


「次、お願いします」


 優奈が横で小さく息を吸う。

 相良は何も言わない。

 ただ「やれ」という顔をしている。


「本当にやるんですね」

 優奈が言う。


「呼ばれたからな」


「手加減しますか?」

「しない」


 即答だった。


 見せるための試験。

 だったら中途半端が一番駄目だ。

 どうせやるなら、分かりやすい方がいい。


 俺は指定装備を受け取り、ゲートの前へ立った。


 向こう側にあるのは、いつも通りのダンジョンだ。

 でも、見られ方だけがいつもと違う。


 後ろでは受験生たちの視線が集まっている。

 生徒。

 教師候補。

 交換枠。

 合法的なスパイ連中まで含めて、全部がこっちを見ている。


 飛び抜けているやつがいる、という事実を見せるための舞台。

 そう思うと、やっぱりあまり気分はよくない。


 それでも。


「行ってきます」

 俺が言うと、優奈が小さく頷いた。


「行ってらっしゃい」


 その一言を背に受けて、俺はゲートの中へ足を踏み入れた。


 たぶんここから先は、また面倒くさい。


 でも、今さらそれくらいで止まる気もなかった。


(つづく)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ