第84話 三位一体の同時貫通
その夜、俺は寝なかった。
正確には、寝るつもりで一度は目を閉じた。
だが瞼の裏に浮かんでくるのは、死期舞枚・安居楽業一式の首が半ばまで裂けたまま、まだ死なずにこちらを見ていたあの瞬間ばかりだった。
百パーセント全反射。
常時属性付与。
そして高すぎる素の防御力。
理屈の上では、《貫通》があれば通る。
実際、通った。
だが「通る」と「殺し切れる」は別だ。
そこに、あの召喚獣の性格の悪さがある。
俺は基地の一角に借りた個室で、優奈の配信映像と、アメリカ側が持っていた各種センサーログ、式神の魔力反応記録、ボス部屋の温度変化、反射時の波形まで全部引っ張り出して、朝まで見続けた。
安居楽業一式の反射は、無敵ではない。
最初にそう思ったのは、俺が首を狙った二度目の突撃映像を止めて拡大した時だった。
《貫通》を乗せた剣先が反射膜へ触れる直前。
表面を覆う透明な層が、一瞬だけ遅れて明滅している。
しかもその遅れは、同じ方向からの連打では小さいのに、角度が少し変わるとわずかに大きくなる。
別のログでも同じだった。
タンク役が正面で盾をぶつけた時と、その直後に俺が脚部へ《貫通》を入れた時。
反射の処理が、完全には重なっていない。
つまり。
――反射という「処理」をしている以上、一瞬の負荷には限界がある。
そこまで辿り着いた瞬間、俺は眠気が完全に飛んだ。
反射は絶対じゃない。
絶対に見えているだけで、何かしらの優先順位か処理順序がある。
なら、抜き方は一つじゃない。
一人の《貫通》で切り抜くのが苦しいなら、三人同時に別角度から刺せばいい。
三位一体の同時貫通。
そう思ったところで、俺はようやく机から顔を上げた。
窓の外はもう薄く白んでいた。
寝ていない。
でも頭は回っている。
問題は、理屈を現実へ落とし込めるかどうかだ。
俺はすぐに端末を持って会議室へ向かった。
朝一番の会議室には、すでにリアムがいた。
こいつは本当に、金の匂いと厄介事の匂いにだけは敏感だ。
スーツでも軍服でもない、中途半端に軽い格好のまま椅子へ座っている。
その横にはアメリカ政府の担当官、カナダ側の責任者、前日にボス戦の試験に出た六人のうちの生き残り――いや、当然全員生き残っているが、そう言いたくなるくらい疲れた顔の面々――そして優奈。
優奈は俺の顔を見るなり、少し眉を寄せた。
「寝てませんよね」
「寝てない」
俺は即答した。
「でも、答えは出た」
その一言で、部屋の空気が変わる。
リアムが口元だけで笑った。
「いい顔してるな。嫌な予感しかしない」
「当たってる」
俺は言って、ホワイトボードの前に立った。
「まず結論から言う。安居楽業一式の全反射は無敵じゃない」
カナダ側の責任者が目を見開く。
アメリカ政府の担当官は無言。
リアムだけが面白そうに顎へ手を当てた。
「根拠は?」
通訳を待つ前に聞かれる。
俺はログ画面を三つ並べて見せた。
「反射の瞬間、表層の魔力膜にわずかな明滅が出ている」
「一方向の連打より、角度の違う攻撃に対して再構築が遅い」
「《貫通》を通した直後、反射層の再接続に半拍の遅れがある」
画面を指で叩く。
「つまり、反射は“何でもかんでも同時に無限処理してる”わけじゃない。順番がある。負荷上限もある。だったら答えは簡単だ。同時に三方向から《貫通》を入れて、処理を溢れさせればいい」
優奈が小さく息を呑んだ。
「三方向……」
「ああ」
俺は頷く。
「一人じゃ足りない。二人でも不安だ。だから三人」
そこで、リアムがすぐに乗ってきた。
「面白い」
「その三人はどう作る?」
「まず、物理基盤が要る」
俺は答えた。
「武器が折れたら話にならない。お前の《資本主義》で、現世で用意できる最高クラスの高硬度・高密度の槍穂を三セット、今すぐ調達しろ」
カナダ側の責任者が困惑した顔になる。
「槍穂、だけですか?」
「柄は交換が利く。問題は穂先だ」
俺は言う。
「素材はタングステン合金系でいい。重いが、今回の突撃距離は短い。操作性より、壊れないことを優先する」
リアムが「タングステンか」と小さく呟いてから肩をすくめた。
「高いぞ」
「知ってる」
「加工も厄介だ」
「知ってる」
「でも、できる」
「できるから言ってる」
そのやり取りの後、リアムはにやっと笑った。
「分かった。資本主義的に解決してやる」
相変わらず腹の立つ言い方だ。
だが、こういう時のこいつは頼りになる。
「その槍穂に、頑丈付与を限界まで重ねる」
俺は続けた。
「安居楽業一式の属性反撃で削られても、“武器が壊れる前に削り切る”物理的基盤を作る」
アメリカ側の付与担当が手を挙げた。
「頑丈付与だけで三本を維持するのは可能だ」
「でも通常付与と同時に全部は、前回の構成でもうきつかった」
「だから兼任させる」
俺は即答した。
「今回はそこを整理してきた」
ホワイトボードに六つの丸を書く。
「前衛三人。後衛三人」
前の三つを太く囲む。
「槍使い三人。全員、《貫通》持ち。さらにもう一つ条件がある。こいつらには《敵探知》も持ってもらう」
優奈が首を傾げる。
「敵探知?」
「ああ」
俺は説明した。
「指定したモンスターの位置を追い続ける魔法だ。強い敵だと追跡可能数は少ないが、今回必要なのは安居楽業一式一体だけだ」
アメリカ側の魔法研究担当がすぐに食いついた。
「ただし、一度は直接視認が必要だ」
「分かってる」
俺は頷く。
「ボス部屋で最初に一度見る。その後でロックする。強敵相手だと魔力消費も重いが、三人に分散すれば足りる」
優奈がようやく意図に気づいた顔をした。
「……煙幕の中でも、見失わないため」
「そういうことだ」
俺は言った。
そして、残りの三つの丸へ線を引く。
「後衛三人は、付与と煙幕を兼任する」
ここで何人かが眉をひそめた。
たぶん一番気になっているところだろう。
「普通なら、付与担当一人、煙幕担当一人、と分けたい」
俺は先に言った。
「でも、それじゃ足りない」
ホワイトボードに簡単な扇形を書き込む。
「付与担当一人で三人分の武器へ継続付与は魔力が持たない」
「逆に煙幕担当一人では、あの広いボス部屋を濃く覆えない。だから後衛三人が、それぞれ一人ずつ前衛の担当を持つ」
前衛三人に一本ずつ線を伸ばす。
「後衛Aは槍使いAに通常付与を維持しながら、自分の担当扇形に煙幕を張る」
「後衛Bも同じ。後衛Cも同じ」
「その上で、三人のうち一人は頑丈付与寄り、二人は通常付与寄りに比重をずらす。全員が煙幕と付与を兼任することで、範囲と持続を両立させる」
カナダ側の責任者がぽつりと言った。
「つまり、六人全員が休めない」
「そうだ」
俺は肯定した。
「高リスク編成だからな」
煙幕担当が一人だけなら、部屋の半分も覆えない。
付与担当が一人だけなら、三本の槍に継続強化は保たない。
だから役割を分けない。
全部を少しずつ、重ねて回す。
そこで、優奈が静かに聞いた。
「煙幕って、ただの目隠しじゃないんですよね」
「ただの煙幕じゃない」
俺は言う。
「機械的なセンサーや探知機能を遮断できる特殊魔法だ。安居楽業一式が持ってる“位置処理”や照準補助が煙幕で乱れるなら、そこへ敵探知を乗せた三人だけが正しい位置を握れる」
リアムが笑った。
「煙の中で、見えてるのはこちらだけ、か」
「理想はな」
俺は答える。
「少なくとも、相手の直感と反応を鈍らせる効果はあるはずだ。前回、俺が首を半分まで断てたのは、相手が最後の最後で直感で身をずらしたせいだった。あれを煙幕で鈍らせる」
会議室が静まり返る。
三方向同時の《貫通》。
敵探知。
煙幕。
特注の槍穂。
頑丈付与。
生き残るためじゃない。
殺し切るための編成だ。
だからこそ、空気が重い。
リアムがそこで、わざとらしく軽い声で言った。
「悪くない。というか、かなり好きだ」
「だろうな」
俺はうんざりしながら返す。
P-Dropの実物を提示された以上、もう「嫌だからやめる」では済まない。
だからせめて、やるなら理屈の通った形にするしかない。
アメリカ政府の担当官がようやく口を開いた。
「実行は可能か?」
「理論上は可能だ」
俺は言った。
「ただし条件がある。三人の槍使い全員が《貫通》持ちで、かつ《敵探知》も使えること。さらに後衛三人は煙幕と付与の両立ができる魔力基準を満たすこと。欠けたら成立しない」
「人選はこちらで出す」
リアムが即答した。
「貫通持ちは少ないが、三人までは引ける。敵探知は飴も含めて確保する」
「早いな」
「高い依頼だからな」
にやっと笑う。
そういうところだけは、本当に早い。
優奈が小さく言った。
「私、今回は入らないんですね」
その声に、俺は一瞬だけ黙った。
優奈が弱いからじゃない。
むしろ今の優奈はかなり強い。
でも今回の編成は、役割が六つでぴったり閉じる。
「今回は外だ」
俺は正直に言った。
「煙幕の中で位置を共有できる六人の精度を優先する。お前を無理に入れると、役割の線が一本増えてズレる」
優奈は少しだけ悔しそうに笑った。
でも、拗ねはしない。
「分かりました」
「ただし、外からログを見て」
「次の改善点を拾え、ですよね?」
俺が言う前に先回りされた。
思わず小さく息を吐く。
「そうだ」
「はい」
優奈は頷いた。
「それなら、ちゃんと見ます」
その返事があれば十分だ。
会議が終わると同時に、基地全体が慌ただしく動き始めた。
リアムの《資本主義》が発動し、外部業者とのラインが一気に繋がる。
特注槍穂。
高硬度加工。
即時購入。
通常なら何日もかかるような手配が、目の前で金の力だけで捻じ曲げられていく。
俺はその騒がしさから少し離れた廊下で、ようやく一人になった。
壁に背を預ける。
P-Dropのことを考えないようにしても、無理だった。
今やっていることは、全部そこへ繋がっている。
分かっている。
でもそのせいで、判断を間違えたくないとも思っている。
欲しいからやる。
それだけなら、たぶんどこかで足を踏み外す。
だから何度でも、自分へ言い聞かせる。
これは勝てる理屈がある。
煙幕で処理を乱し、敵探知でこちらだけが位置を掴み、三方向同時の《貫通》で反射負荷を溢れさせる。
無茶ではあるが、無謀ではない。
そう思っていた時だった。
「ユウマくん」
振り向くと、優奈がいた。
いつもの笑顔ではない。
でも心配しすぎてもいない。
確認する顔だ。
「何だ」
「これ、成功したら……」
優奈は言葉を選びながら続けた。
「本当に、P-Dropもらえるんですよね」
「ああ」
俺は答えた。
「そのためにやってる」
優奈は数秒だけ黙ってから、小さく頷いた。
「じゃあ、勝ってください」
その一言が、妙にまっすぐだった。
「今度は“生き残る”じゃなくて、“勝つ”んですよね」
俺は少しだけ目を細めた。
「そうだな」
「だったら、勝つしかないです」
簡単に言う。
でも、今はその簡単さがありがたかった。
俺は小さく息を吐き、廊下の向こうを見た。
資本主義で届く槍穂。
煙幕と付与を兼任する後衛。
敵探知と貫通を持つ槍使い三人。
六人だけの、高リスク編成。
生きて帰るための構成じゃない。
安居楽業一式を、今度こそ倒すための編成だ。
P-Dropという現物一つのために、俺はもう一段深い場所へ踏み込もうとしている。
分かっている。
でも、分かっていても止まらない。
ならせめて、勝つ理屈だけは用意してから行く。
それが今の俺にできる、最低限の誠実さだった。
(つづく)




