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第82話 半分削れば終わり、ではなかった

 式神ダンジョンの最悪なところは、攻略法が見えた瞬間に、その攻略法の穴まで見えてしまうことだった。


 カナダの前線基地に戻ってから、俺はほとんど休まずに会議室へ入った。

 壁際に立つリアム。

 資料を抱えたカナダ側の担当者。

 付与魔法の扱いに長けたアメリカの魔法使い。

 近接の練度が高い前衛。

 銃班。

 そして優奈。


 式神ダンジョン一階層のボス、死期舞枚・安居楽業一式アンラクギョウ・イッシキを前にして、俺たちは一つだけはっきり分かったことがある。


 ――あれは、俺と優奈だけの偶然の勝利では終わらせられない。


 勝てた。

 だが、国家運用のテンプレには程遠い。

 だから今必要なのは、勝ち方の量産じゃない。最低限、生き残って撤退条件を満たせる構成の設計だ。


 俺はホワイトボードに簡単な図を書きながら言った。


「まず前提から整理する」

「《貫通》には弱点がある。直接触れた対象の武器にしか発動できない」


 リアムが腕を組んだまま聞き返す。


「つまり?」

「銃弾には乗せられない」

 俺ははっきり言った。

「飛び道具にして飛ばした瞬間、それはもう“俺が触れてる武器”じゃない。だから貫通は働かない」


 その一言で、部屋の空気が少しだけ重くなった。


 当然だ。

 アメリカ側の一番得意な運用は銃だ。

 だが、ボスの全反射を抜ける唯一の手札が銃弾に使えないとなれば、ボス戦だけはどうしても別の構成を組まなければならない。


 優奈が小さく呟く。


「やっぱり、ユウマさんの個人技をそのまま再現はできないんですね」

「そういうことだ」

 俺は頷く。

「だから量産じゃなく、役割分担で寄せる」


 俺はボードに六つの丸を書いた。


「生存率重視で行くなら、現状これが一番マシだと思う」


 ペン先で一つ目を叩く。


「通常付与担当、一名」

 次。

「頑丈専門付与担当、一名」

 次。

「タンク二名」

 最後に二つ。

「《貫通》持ちの槍使い二名」


 合計六名。


 それが、俺の出した答えだった。


 カナダ側の担当者が困惑気味に言う。


「銃班を外すんですか?」


「ボス戦だけだ」

 俺は答える。

「通常時は銃を使う。雑魚〜中層は、銃五、付与一の今までの構成でいい。問題はボス部屋だけだ」


 リアムがそこで少しだけ興味を示した顔になる。


「なぜ槍だ?」


「距離だ」

 俺は即答した。

「安居楽業一式は、物理・魔法・飛び道具を全反射する。しかも常時属性付与。近すぎると危険だし、剣だと踏み込みが深くなる。槍なら、反射を《貫通》で抜いた瞬間に、そのまま首や関節へ届く距離が取れる」


 優奈がこくりと頷く。


「たしかに、ユウマさんも足からしか行けませんでしたし」

「そうだ。あいつはわずかに浮いてる。下半身には届くが、上半身は普通に遠い」

 俺はボードに安居楽業一式の簡易図を書き足す。

「だからまず足を落とす。その後、位置を固定した状態で首を狙う。で、その間タンクが正面を維持する」


 アメリカ側の一人が口を開いた。


「タンク二人の役割は?」


「分ける」

 俺は言った。

「一人は正面を受けて位置固定。もう一人は横からの属性付き腕、蹴り、突進のカバーと、槍使いの護衛。頑丈付与は主にその二人の盾と鎧に乗せる」


 リアムが小さく笑った。


「かなり保守的だな」

「生存率重視だって言っただろ」

 俺は睨むように返した。

「倒すことより、最悪一時間稼いで目的達成することを優先する」


 そこでカナダ側の担当者が首を傾げた。


「一時間、稼ぐ?」

「ああ」

 俺はボス部屋で得た条件をもう一度思い返す。

「安居楽業一式は一時間限定召喚だ。つまり、削り切れなくても、一定の条件さえ満たせば時間切れまで凌ぐことで撤退権を確保できる可能性が高い」


 あくまで、可能性だ。

 確定ではない。

 だが、このダンジョンは条件を敵に伝えることで召喚の制限を緩和するタイプだ。

 なら、条件の“抜け”もルールとして存在するはずだった。


 リアムがボードを見ながら言った。


「つまり君は、“倒すための部隊”ではなく“死なずにボス条件を踏み抜くための部隊”を組みたいわけか」

「そうだ」

 俺は答えた。

「完全撃破は次の段階。今はボス戦を生きて終える再現性が欲しい」


 それが現実だった。


 強い六人じゃない。

 役割が噛み合う六人。

 そこへ寄せる。


 試験戦闘は翌日、すぐに行われた。


 雑魚〜中層は従来通り、銃五名+付与一名で進む。

 ゴーストには魔力付与弾。

 近接誘導には距離を空ける。

 中距離からの式神適応には、逆に近接寄りの圧を混ぜて呼び出しの偏りを散らす。


 そこまでは、かなりうまく回った。


 問題は当然、ボス部屋だ。


 今回ボス部屋へ入るのは六名。


 通常付与担当一名。

 頑丈専門付与担当一名。

 タンク二名。

 《貫通》持ちの槍使い二名。


 優奈と俺は、一段後ろから観察役に回る。

 リアムも後方で全体を見ている。

 俺が前に出た方が強いのは事実だが、それでは意味がない。

 今回は“俺以外でもどこまで行けるか”を見る実験だ。


 扉が開き、式神十体が現れる。


 そして前回と同じく、五体が自壊するように崩れ、生贄となって安居楽業一式を召喚した。


 カナダ側の担当者が後ろで小さく息を呑む。

 前回映像で見ていても、実物は別だ。

 巨大で、静かで、異様に不気味だった。


「配置維持!」

 俺が声を飛ばす。


 タンク二名が前へ出る。

 頑丈付与担当が盾と装甲へ魔力を流し、通常付与担当が槍使い二人の穂先へ付与を通す。


 まずは足。


 槍使いが左右から入り、《貫通》を乗せた突きを下半身へ叩き込む。

 狙いは関節。

 その一点に絞る。


 確かに、機能していた。


 反射の膜を《貫通》が抜け、槍が内部へ通る。

 剣より遠い間合いで首尾よく届く。

 タンクが正面を固定しているおかげで、踏み込み角も安定している。


 前回の俺より、綺麗な運用だ。

 少なくとも前半は。


 右脚へ集中。

 次に左脚。

 動きを止める。

 その後、首と胴の境目を狙う。


 見ていて思う。

 戦い方としては、かなりいい。


 だが、いいからこそ、次の問題が見えてくる。


 十五分。

 二十分。

 三十分。


 時間が経つにつれ、通常付与担当の顔色が悪くなっていった。


 当然だ。


 雑魚戦の時点から、銃班への付与で魔力を削っている。

 ボス前で一度回復休憩を入れても、完全には戻せない。

 そこへさらにボス戦の槍二本への継続付与。


 燃費がきつい。


「通常付与、残量どうだ」

 俺が聞くと、後方で構えていた魔法使いが歯を食いしばりながら答える。


「……良くないです」

 声に余裕がない。

「ボス前から使いっぱなしなのが効いてます」


 それが一つ目の問題だった。


 ――通常付与担当の魔力不足。


 頑丈専門はまだ持つ。

 防御だけに絞っているからだ。

 だが通常付与は、雑魚処理でもボス戦でも常に必要になる。

 この構成を回すなら、ボス前で別の休息工程を挟むか、付与担当を交代制にしないと危ない。


「予定通りではあるが、重いな……」

 俺は小さく呟いた。


 優奈が隣で真剣な顔をしている。

 今は口を挟まない。

 見て、覚えている顔だった。


 そして四十分を過ぎた辺りで、二つ目の問題が露骨になった。


 火力が足りない。


 安居楽業一式のHPは削れている。

 確実に削れている。

 だが、想定より遅い。


 《貫通》で反射は抜ける。

 槍で首や関節を狙う。

 でも、本体そのものの防御力がやはり高い。


 五十分経過時点で、ようやく体感で五〇%前後。

 つまり、撤退権が発生するかどうかのラインだ。


 だが逆に言えば、五十分かけて半分だ。


 撃破は無理。


 明らかに魔力が足りない。

 通常付与担当も、槍使いの《貫通》持続も、そこまで保たない。


 それが二つ目の問題だった。


「五十分で半分……」

 リアムが低く呟く。

「倒し切りは現実的じゃないな」


「だから最初から言ってる」

 俺は答える。

「今は生きて帰る構成だ」


 だが、その時点で会議室――いや、正確には後方観測エリアの空気は少し緩んでいた。


 五〇%削った。

 たぶん撤退条件は満たした。

 あと一〇分、耐えればいい。


 誰もが、そう思った。


 そして、その緩みこそが、このダンジョンの三つ目の問題だった。


 安居楽業一式の背後。

 残っていた五体の式神が、一斉に前へ出た。


 最初は誰も意味を理解しなかった。

 だが俺だけは、胃が冷える感覚で先に気づいた。


「待て」


 式神五体が、同時に崩れ始める。


 紙片の体が裂ける。

 黒い炎みたいに燃える。

 命を薪にする、あの前兆。


「二体目だ!」


 俺が叫んだ瞬間には、槍使いの片方が反応していた。


 左から突進。

 《貫通》ではない。

 普通の物理だ。

 だが、式神そのものにはそれで十分だった。


 一体の式神の胸を槍が貫く。

 崩れる。

 消える。


 そこで召喚の流れが、わずかに乱れた。


 四体。


 生贄が五に満たない。


 空間の歪みが途中でひしゃげ、黒い炎が弾けるみたいに散った。

 二体目の安居楽業一式の召喚は、そこで失敗した。


 だが、それで逆にはっきりした。


 ――残り一〇分で倒せていなくて、なおかつ式神が五体残っていると、二体目の召喚が始まる。


 それが三つ目の問題だった。


 優奈が息を呑む。


「そんなの……聞いてないです」


「俺たちも今知った」

 俺は低く答えた。


 つまりこのボス戦は、“HP五〇%削れば終わり”ではなかった。


 正確には、“HP五〇%を削るまでに、式神の残数も管理しろ”ということだ。


 半分削って安心した瞬間に、二体目を呼ばれたら終わる。

 生還構成も何もない。

 もう一時間、同じかそれ以上の化け物と付き合わされる。


 最悪だ。


「撤退!」

 俺は即座に声を飛ばした。

「今のうちに引け!」


 タンク二名が後退し、頑丈付与担当が最後の防御を厚くする。

 槍使い二人は式神の残数を数えながら下がる。

 通常付与担当はほとんど顔色がなかったが、それでも最後まで槍の付与だけは切らなかった。


 どうにか全員が扉の外へ出たところで、ボス部屋の圧が緩む。

 撤退権そのものは、やはりHP五〇%で発生していたらしい。


 だが、それだけでは足りない。

 足りなかった。


 誰もすぐには喋らなかった。


 五十分も戦ったせいだけじゃない。

 今見たものの意味を、それぞれが飲み込んでいたからだ。


 俺は壁にもたれたまま、ようやく口を開いた。


「このダンジョンは」

 喉が少し乾いていた。

「安居楽業一式を半分削ればいいわけじゃない」


 誰も口を挟まない。


「半分削るまでに、残りの式神を五体も残してはいけない」

 俺は言った。

「そういう意味だったんだ」


 リアムが、珍しく即答しなかった。

 数秒考え込んでから、低く言う。


「つまり」

「ボス本体への削りと、式神の残数調整を同時にやらなきゃいけない」


「そうだ」

 俺は頷く。

「しかも通常付与担当はボス前の消耗を抱えたまま入ると足りない。撃破火力も不足。今の構成は“生きて半分削る”まではいける。でも、その先の再召喚阻止まで見るなら、まだ不十分だ」


 優奈が小さく言った。


「でも、逆に言えば」

 俺はそちらを見る。

 優奈は疲れているくせに、目だけはまだちゃんと回っていた。

「条件は、また一つ分かったってことですよね」


 その通りだった。


 最悪の条件。

 でも、条件だ。

 分かったなら、次は対応できる。


「式神五体残しが危険ライン」

 俺は整理するように言う。

「なら次からは、五十分手前の時点で式神を一体以上減らす。もしくは四体以下に保つ。通常付与担当にはボス前の休息を確保する。撃破を狙わないなら、その方が現実的だ」


 リアムがそこで、ようやくいつもの薄い笑みを戻した。


「やっぱり君を帰さなくて正解だったな」

「うるさい」

 俺は即答した。

「今のは運がよかっただけだ。槍使いが一体潰す判断を即座にしなかったら、二体目が出てた」


「でも、条件を拾った」

 リアムは言う。

「それが重要だ」


 ……確かに、その通りではある。


 悔しいが否定できない。


 カナダ側の担当者が、ほとんど独り言みたいに言った。


「勝てる気がした瞬間が、一番危なかったのか……」


「このダンジョンらしいだろ」

 俺は小さく息を吐いた。

「式神は、こっちが理解したつもりになるのを待ってから、次の地雷を出してくる」


 優奈が「嫌すぎますね」とぼそっと言う。

 それにも、誰も反論しなかった。


 今回の試験で見えたものは多い。


 《貫通》は銃弾に乗せられない。

 だからボス戦は近接武器前提。

 槍二本は有効。

 タンク二枚も有効。

 頑丈専門付与は噛み合う。

 だが通常付与担当がボス前の消耗を抱えすぎる。

 五十分でHP五〇%。撃破火力は不足。

 そして、残り一〇分で式神五体残しは二体目召喚の危険がある。


 つまり、まだ終わっていない。


 でも、“何が足りないのか”はかなり見えてきた。


 俺はボス部屋の扉を見ながら、低く言った。


「次は」

 リアムが視線だけで続きを促す。


「次は、生き残るだけじゃなく、再召喚をさせない形を作る」

 俺は言い切った。

「その上で、どこまで削れるか試す」


 リアムは笑った。


「ようやく本気になったな」

「最初から本気だ」

 俺は答えた。

「ただ、今のは“本気で無理のない構成”を見てただけだ」


 そしてそれは、探索者として間違っていない。


 少数精鋭。

 生存率重視。

 でもその先に進むなら、もう一段、別の答えがいる。


 カナダの式神ダンジョンは、やっぱり面倒だった。

 面倒で、嫌で、しかも金になるからなおさら逃げられない。


 最悪だ。


 けれど、面倒な相手ほど、解けた時の意味は大きい。


 なら、次はそこまで行くしかない。


(つづく)

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