表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
80/122

第79話 式神十体と、最悪な一時間の始まり

 カナダのダンジョンは、入ってすぐに嫌な手触りを寄こしてきた。


 空気が重いとか、魔力濃度が高いとか、そういう分かりやすい不快さじゃない。

 もっと、頭を使わされる感じだ。


 こちらを見て、合わせてくる。

 そういう嫌さだった。


 カナダ側が仮設した前線基地の会議室で、俺たちはアメリカ側の初動部隊――というより、ほぼアメリカそのものみたいな連中と顔を合わせた。

 リアム・アンダーソン。

 《資本主義》持ち。

 それに銃運用に慣れた探索者たち。

 前にルクセンブルクで見た時よりも、さらに“実験部隊”としての色が濃い。


「今回は固定化できる最低限のラインを探る」

 リアムが言う。

「だから最初は色々試す。遠慮はしない」


「遠慮しろよ」

 俺は即答した。

「こっちは式神とかいう初見の魔物に付き合わされてるんだぞ」


 リアムは笑うだけだった。

 こういう時のこいつは、本当に面倒くさい。


 優奈は俺の横で、端末に表示されたログを真剣な顔で見ていた。

 カナダ側の報告は断片的だったが、それでもいくつか共通点は拾えている。


 式神ダンジョン。


 核になる個体がいて、戦況に応じて別種の魔物を呼び出す。

 しかも、その呼び方が露骨にこちらへの対策になっている。


 最初の実験で、それはすぐに確認できた。


 広い石畳の通路。

 天井は高い。

 視界も悪くない。

 なのに、戦い方を一つ決めると、向こうがすぐに答えを返してくる。


「優奈、試しに銃だ」

 俺が言うと、優奈は即座に頷いた。

「はい!」


 アメリカ側から借りたライフルを構え、正面の式神へ向けて撃つ。

 最初の一体は普通に消える。

 だが次の瞬間、空中に薄い紙片みたいな符が散って、その背後から新しい魔物が現れた。


 半透明。

 浮遊。

 輪郭が曖昧。


「……ゴースト」

 優奈が嫌そうに言う。

「銃だとゴースト……ダメージゼロってすごく面倒です」


「だろうな」

 俺は眉を寄せた。


 銃に対して、ほぼ確定でゴーストを出す。

 つまり物理の飛び道具を見たら、あっちもすぐに“それに効かない札”を切ってくるわけだ。


 じゃあ近接はどうだ。


 今度は優奈が黒刀に持ち替えて踏み込む。

 式神を一体落とす。

 すると次に出てきたのは、石の翼を持つガーゴイルだった。

 その次はゴーレム。

 どちらも近接相手に嫌らしい。


 中距離を試すため、《延長(斬撃)》だけで削ってみると、今度はウィッチ。

 そこへ自爆モンスターまで混ざる。


 銃以外の遠距離寄りにすると、盾持ちと高速接近型。

 明らかだった。


 近接なら近接を潰す札。

 銃なら銃を殺す札。

 中距離なら、その中間を崩す札。


 優奈が一度下がって、肩で息をしながら言う。


「嫌な意味で、ちゃんと頭いいです」

「そういうダンジョンだ」

 俺は短く返す。


 リアムも腕を組んだまま、わずかに眉を上げていた。

 さすがにこの露骨な適応には、アメリカ式の運用でも面倒くささを感じているらしい。


「固定の最適解は作りづらい」

 リアムが言う。

「少なくとも、“銃で全部片づける”は無理だな」


「でも、銃を捨てるのも違う」

 俺はすぐに答えた。

「ゴーストを出されるなら、銃弾に付与するしかない」


 部屋の空気が少しだけ止まった。


 カナダ側の担当者が聞き返す。

「付与、ですか?」


「ああ」

 俺は頷いた。

「弾そのものを魔力攻撃扱いにする。ダメージ半減になるだろうが、それでもゼロよりはマシだ。銃五名、付与担当魔法使い一名。現状、それが仮のベストだと思う」


 優奈が小さく「あ」と声を漏らした。

 アメリカで銃を使った時の感覚と、六階層のゴースト処理が頭の中で繋がったのだろう。


「なるほど……」

 それから、少しだけ難しい顔になる。

「でも、ボスはどうするんですか」


 そこだった。


 雑魚処理の暫定解が見えたとしても、それで終わりじゃない。

 この構成でどこまで行けるのか。

 ボスまで通用するのか。

 そこが分からない限り、意味がない。


 相良の事前共有にも、カナダ側の報告にも、ボスの情報はなかった。

 当然だ。

 ここまで潜って戻れた者がいないか、戻れても情報を持ち帰る余裕がなかったのだろう。


「誰も潜ったことがない、か」

 俺は小さく呟いた。


 ガチの情報なし。

 それが一番嫌だ。


 リアムがこちらを見る。


「行くか?」

 軽く言う。

 そういう問題じゃない。

 だが、試すしかないのも事実だった。


「今回は俺が戦闘役だ」

 俺は言った。

「優奈はモブがいたらそっちの処理。あくまで試験的だ。もしもの時に引ける形で行く」


 優奈は一瞬だけ驚いたが、すぐに頷いた。


「はい」

「私が前に出すぎると、式神に余計な札を切らせる可能性がありますしね」


「そうだ」

 俺は答える。

「今回は“何を出してくるかを見る”のが優先だ」


 リアムは口元だけで笑った。


「慎重だな」

「そっちが割に合わないって逃げた案件なんだよ」

 俺は言う。

「慎重にもなる」


 そうして俺と優奈だけで、ボス部屋前まで進んだ。


 通路の空気が、また少し変わる。

 カナダのダンジョンはどこか冷たい。

 乾いた石と、紙片みたいな魔力の臭いが混ざっている。


 ボス部屋の扉は、意外と素朴だった。

 巨大でもなければ禍々しくもない。

 ただ静かで、向こう側に何かが待っていることだけが分かる。


「行きます」

 優奈が小さく言う。


「ああ」


 扉を押す。


 中は、広かった。


 そして、拍子抜けするくらい静かだった。


 中央に、式神が十体。

 それだけ。


 人型に近い。

 白い和紙を折ったみたいな体に、黒い文字がびっしり走っている。

 どいつも同じ大きさで、同じ形で、同じようにこちらを向いている。


 俺も優奈も、一瞬だけ止まった。


「……あれ?」

 優奈が小さく言う。

「それだけ、ですか?」


 俺もまったく同じことを思った。


 十体。

 たしかに数は多い。

 でも、今までの嫌らしさを考えると、それだけで終わるとは思えない。


 その違和感が、答えだった。


 式神十体のうち、前列の五体が同時に崩れた。


 倒されたんじゃない。

 自分から、形をほどいたのだ。


 紙片の体がばらばらに裂け、その一枚一枚が黒い炎みたいに燃え上がる。

 まるで自壊。

 いや、もっと露骨だ。


 生贄。


「下がれ!」

 俺が叫んだ瞬間、五体分の“命”が薪にされるみたいに一点へ吸い込まれた。


 部屋の中央。

 残った五体の背後。

 空間そのものが歪む。


 そして、巨大な魔物が現れた。


 人型。

 だが、人とは呼びたくない形だ。

 装束めいた外殻。

 四本腕。

 全身に札のようなものが縫いつけられ、目だけが空洞みたいに黒い。


 その姿が完全に定まるより先に、頭の中へ名前が流れ込んできた。


『死期舞枚 安居楽業一式〈アンラクギョウ・イッシキ〉』


 優奈が息を呑む。


「名前……?」

「ダンジョン側の情報開示だ」

 俺は即座に理解した。


 同時に、さらに情報が流れ込んでくる。


 双命召喚。

 同能力者五人の命を対価にした百パーセント全反射。

 常時肉体に属性付与。

 一時間限定召喚。


 そして最後に、最悪の条件。


 ――安居楽業のHPを五〇%削らない限り、このボス部屋からは出られない。


 優奈が顔を引きつらせる。


「……最悪じゃないですか」


「最悪だ」

 俺も即答した。


 条件を敵に伝える。

 その縛りを設けることで、召喚の持続時間と条件緩和を行う。

 つまり本来はもっと短いか、もっと重い代償の召喚を、“こっちにルールを教える”ことで無理やり使いやすくしている。


 性格が悪い。

 ダンジョンらしくて吐き気がする。


 俺は一瞬で状況を整理した。


 物理・魔法・飛び道具。

 全部全反射。

 ただし、例外が一つだけある。


 《貫通》。


 防御魔法へ掛けられた魔力量を上回る魔力を叩き込めば、防御そのものを無効化する俺の魔法。

 あれだけは通る。


 しかも、付与した武器に《貫通》を乗せた場合、ダメージが倍になる。


 ――たぶんそこが、唯一の突破口。


 でもその事実に安心なんて欠片もなかった。


 全反射。

 属性付与常時。

 退路封鎖。

 そして制限時間一時間。


 倒さなくていい。

 でも半分は削らないと出られない。

 その代わり、削れなかったら一時間、この怪物と同じ部屋に閉じ込められる。


 最悪な一時間の幕開けだった。


「ユウマくん」

 優奈の声が少し硬い。


「分かってる」

 俺は短く答えた。

「今はまだ撃つな。全部返ってくる」


「はい」


 安居楽業一式が、ゆっくりと腕を上げる。

 その動きだけで、空気の色が変わる。

 右腕には火。

 左腕には氷。

 下の二本には雷と風。

 常時属性付与の情報は本当らしい。


 しかも後ろには、残った式神が五体。


 召喚役を兼ねたまま、まだ立っている。


 ボスだけでも十分面倒なのに、取り巻きまで残っている。

 どう考えても、一筋縄じゃいかない。


 俺は片手剣の柄に手をかけながら、頭の中で高速で盤面を組み立てた。


 遠距離は論外。

 魔法も反射。

 普通の斬撃も弾かれる。

 《貫通》を乗せた接近戦だけが通る。

 だが相手は全身に属性を纏っている。

 触れるだけでも危険な可能性がある。


 優奈が小さく言う。


「……これ、かなり嫌なやつですね」

「八階層よりよっぽど嫌だな」

 俺は言った。


 ボス部屋の外から、扉を叩くような低い音が一度だけ響いた。

 たぶん外ではアメリカ側が待機している。

 でも意味はない。


 半分削るまで出られない。


 ルールがそう言っている以上、ここから先は俺たちだけの問題だ。


 安居楽業一式の空洞みたいな目が、真っ直ぐこちらを向く。

 気配だけで圧がある。


 そして俺は、ようやく剣を抜いた。


「優奈」


「はい」


「モブの処理と位置取りは任せる」

「了解です」


「俺が前に出る」

 そう言って、俺は一歩だけ踏み出した。

「まずは、《貫通》がどこまで通るか試す」


 優奈は息を呑んだが、止めなかった。

 今は止めても意味がないと分かっているのだろう。


 安居楽業一式が、ゆっくりと笑ったように見えた。


 気のせいかもしれない。

 でも、そう見える程度には不気味だった。


 一時間。


 たった一時間。

 でも、ここから先はたぶん長い。


 そう確信できるだけの最悪が、もう目の前に立っていた。


(つづく)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ