第8話 ライブ配信という綱渡り
「編集じゃなくて、ライブにしましょう」
相良がそう言った瞬間、優奈の肩が跳ねた。
「ら、ライブですか!?」
「はい。所属初回の“顔見せ”は、ライブのほうが効果が高いので」
相良は笑顔のまま、淡々と続ける。
「もちろん、そのまま流すわけではありません。ディレイを入れます。NGワードは自動でマスク。緊急停止もあります」
優奈が俺を見る。
助けを求める目。
「結城くん……ライブって……!言い間違えたら終わりですよね!?終わりですよね!?」
「終わる」
「終わるんですか!?」
「だから台本だ」
優奈は唇をぎゅっと結び、台本を両手で握った。
紙がしわになるくらい。
――台本がある。
――ディレイがある。
――マスクがある。
それでも、ライブはライブだ。
言葉が、視聴者に届く前に“外”へ漏れる可能性がある。
しかも今回は、ただの雑魚戦配信じゃない。
狙いがある。
刀を使うなら、刀が変わる魔法がある。
現実的な確率で、低層でも狙える切り札。
《延長(斬撃)》。
――刀で“遠く”を切れるようになる。
俺がその狙いを口にした時、シュウは「手堅い」とだけ言った。
そして、付け足した。
「ライブでやるなら、言葉を一番警戒しろ」
軽口じゃない。
警告の声だった。
クランの配信スタジオは、明るすぎるほど明るい。
白い壁、天井のライト、床のマット、背後のロゴ。
横には練習用の標的。カメラが三台。音声用のマイク。配信卓。
優奈は画面の前に立ち、深呼吸を三回した。
「……よし!」
自分に言い聞かせる声。
「台本……台本……台本……!」
配信卓の前で相良が微笑む。
「空下さん。準備はよろしいですか?」
「はい!いけます!」
優奈はいつもの敬語テンションで返す。
その明るさが、逆に危うい。
俺はスタジオの外、ガラス越しに見える調整室にいた。
インカムで優奈の声を聞き、コメント欄を監視し、危ない質問は即座にモデレーターに回す。
シュウはスタジオの隅に立っている。
壁にもたれず、腕も組まず、ただ見ている。
“監督”の目だ。
相良が配信ボタンの前で言った。
「ディレイは三十秒。NGワードリストは適用済み。緊急停止は私が押します」
笑顔のまま、最後に釘を刺す。
「空下さん。台本にない単語は、口にしないでください」
優奈が喉を鳴らした。
「……はい!」
配信開始。
画面の向こうで、視聴者数が跳ね上がっていく。
コメントが流れる。
チャット欄には、クランのモデレーターの名前が並んでいる。
『きたあああ』
『クラン所属初回』
『台本ある?w』
『軍師いる?』
『例のリュックは?』
優奈は台本一行目を読む。
「みなさん、こんにちは!空下優奈です!今日は――えっと!安全な範囲で“練習の成果”をお見せしようと思います!」
台本通り。
言い換えも完璧。
相良が頷く。
優奈が続ける。
「本日は“刀で戦うための切り札”を狙って、ある企画をやります!」
『切り札?』
『刀の子きた』
『何するん?』
『魔法は?』
優奈は笑って、台本の次の行へ。
「安全のため、詳しい条件や名前は言いません!でも、ちゃんと“練習”の範囲でやります!」
『名前言わないの草』
『大人の事情』
『ギルド案件w』
ここまでは完璧。
問題は、この先だ。
机の上に並ぶ透明な飴――魔法ガチャ飴。
二十個。
優奈が一個目を手に取る。
「じゃあ、いきます!いただきます!」
コリ、と小さな音。
優奈が目を閉じる。
指先がぼんやり光った。
「……あ、これ、前にも出た感じがします!」
台本にある“保険の言い方”だ。
「つまり、練度が上がった“気がします”!」
『気がしますw』
『言い方w』
『Lv2ってこと?』
『ライト系?』
優奈はテンションを保つ。
だけど、目が泳ぐ。コメント欄が気になるのだろう。
二個目、三個目。
微妙な外れ。
小さな便利。
“映えない”のを台本で誤魔化す。
「便利です!たぶん!」
「外れじゃないです!外れじゃないはずです!」
コメントが笑う。
『言い方かわいい』
『たぶん多すぎw』
そして八個目。
優奈が飴を噛んだ瞬間――スタジオの光が、吸い込まれた。
「えっ……!?」
優奈の声が裏返る。
半径数メートル。
優奈の周囲だけが、真っ暗になった。
ライトを点けても、スマホの画面を近づけても、闇は塗りつぶされたまま。
『画面暗くね?』
『停電?』
『演出?』
「ちょ、ちょっと待ってください!?真っ暗です!?なにこれですか!?」
優奈が慌てて手を伸ばす。
「結城くん!?どこですか!?見えないです!?」
俺はインカムで即答する。
「動くな。しゃがめ。声量落とせ」
「は、はいっ!」
優奈がその場にしゃがみ込む。
闇が、びくともしない。
相良の手が配信卓の上で動いた。
画面の右上に小さく表示が出る。
『映像調整中』
――ディレイが効いている。
この闇の映像が、視聴者に届く前に“調整”の看板を被せられる。
優奈が震える声で言う。
「こ、これ、いつ消えるんですか!?」
台本にない。
危ない。
俺は短く言った。
「質問しない。黙れ」
「……っ、はい……!」
数十秒。
闇が薄れ、スタジオの輪郭が戻る。
優奈は泣きそうな顔で笑う。
台本どおりの笑顔を作り直す。
「えっと……!今のは、えっと……安全の範囲での“検証”でした!」
苦しい言い換え。
でも、言った。
『検証w』
『台本強い』
『結局何だったん?』
相良が合図を出し、優奈は次へ進む。
十。
十一。
十二。
外れ。
外れ。
外れ。
優奈のテンションが落ちそうになるたび、俺がインカムで一言だけ支える。
「台本」
「はい!」
「次」
「はい!」
十九個目。
優奈が飴を口に入れた瞬間、空気が変わった。
優奈の目が、刀の柄に吸い寄せられる。
無意識に、構えたがる。
俺が低く言う。
「優奈。動作を入れろ」
「……はい」
優奈は台本の“検証手順”の行をなぞるように、ゆっくり立った。
刀を抜かずに、抜く“つもり”の動き。
腰を落とし、腕を引き、息を整える。
そして、斬った。
空気が裂ける音がした。
遅れて、薄い光の線が走る。
線は数メートル先の標的に届き、すっと切った。
標的が、二つに割れる。
コメント欄が、爆発した。
『え????』
『今の何!?』
『刀届いてないのに!?』
『飛んだ!?』
『やばいやばいやばい』
優奈の顔が、ぱあっと明るくなる。
明るすぎる。
「やった!やった!きました!延長(斬撃)――!」
その瞬間。
配信画面に、黒い帯が走った。
『音声:■■■』
ピー、という短い音。
優奈の声が、途中から“消える”。
『通信品質の調整を行っています。しばらくお待ちください』
画面が待機表示に切り替わる。
コメント欄がさらに荒れる。
『今なんて言った?』
『えんちょ…?』
『斬撃って聞こえた』
『切り札名!?』
『おいおいおい』
――ディレイ。
――NGワードマスク。
――緊急停止。
全部が間に合った。
……ただし、“完全に”ではない。
優奈が顔面蒼白で口を覆う。
「……っ!す、すみません!すみません!テンション上がって!魔法名だけ!魔法名だけ言っちゃいました!」
敬語が崩れそうで崩れない。
「いまの、消えましたよね!?消えましたよね!?!?」
相良が笑顔のまま、優奈を見る。
「消しました」
笑顔のまま、続ける。
「でも、“言った事実”は消えません」
優奈の肩が落ちる。
目が潤む。
その時、シュウが一歩前に出た。
さっきまでの軽口はない。
真顔で、低い声。
「……それは“表に出すな”。刀が変わる」
優奈が小さく頷く。
「!」が付かない頷き。
「……はい」
「今のは切り札だ」
俺が言う。
「だから、言葉で殺される」
「……はい」
相良が、配信卓の前で指を動かす。
待機表示のまま、テロップだけが変わる。
『本日の配信は機材調整のため終了します。ご視聴ありがとうございました』
優奈は、画面に向かって頭を下げた。
台本の最後の行。
震える声で、でも言い切る。
「……ありがとうございました。失礼します」
配信終了。
スタジオに静けさが落ちた。
優奈の呼吸だけが、やけに大きい。
俺は思った。
ライブは切れた。
でも、切れたのは配信だけだ。
今の一瞬の“音”が、誰の端末にも届いていないと、誰が証明できる?
誰かが録っていないと、誰が言い切れる?
シュウの言葉が、重く残る。
刀が変わる。
――だから、世界が動く。
(つづく)




