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第73話 十年ぶりの共闘

 第一階層の最後の魔物を焼き払った時、結川芽依は肩で小さく息をしただけだった。


 広間の隅。

 焼け焦げた石床。

 焦げた毛の臭い。

 そして、動くものの気配が消えた静けさ。


 視界に入った魔物は、全部倒した。


 逃げた小型もいない。

 天井に這っていた個体も、格子の陰に潜んでいた奴も、床下から飛び出した鼠型の雑魚も、全部だ。


 この囚人ダンジョンの第一条件――フロアに侵入してから一定時間内に「視界に入った全ての魔物」を倒すこと――は、たしかに満たしたはずだった。


 なのに。


 何も返ってこない。


 黒い床のどこかから、拘束されたインドの特級魔法使いが吐き出される気配もなければ、監獄の扉が開く音もない。

 あるのは、焼け残った熱と、冷えた空気だけだ。


 俺は広間の中央で立ち止まり、周囲を見た。


「……返ってこないな」


 芽依が指先に残った熱を軽く払うようにして言う。


「だね。雑魚は全部片付けたのに」


 軽い口調だった。

 だが、目は笑っていない。


 このダンジョンの悪意は、ここまで来るとさすがに芽依にも伝わっているらしかった。


 俺は床を見た。

 黒い鎖が這い出てきた跡が、細いひびのように石床に残っている。


 インドの特級魔法使いは、この階層で見えた雑魚を一匹逃がした。

 その結果、“全滅させられなかった無能な侵入者”として鎖に引きずり込まれた。


 ここまでは分かっている。


 問題は、その先だ。


「つまり」

 俺は低く言った。

「囚人の返還権限は、その階層のボスが持ってる」


 芽依が「あー」と納得したような声を出した。


「なるほどね。雑魚処理は“捕まらないための条件”で、捕まったやつを返してもらうには別の許可がいる、ってことか」


「そういうことだろうな」


 嫌なルールだ。

 でも、筋は通る。


 このダンジョンは“監獄”だ。

 だったら囚人の引き渡し権限が階層支配者にあると考えるのは自然だ。


 広間の奥。

 黒い鉄格子の向こうに、さらに大きな扉がある。

 いかにも「ここから先が本番です」と言わんばかりの構えだ。


「じゃあ、答えは簡単だね」

 芽依が言う。

「ボスを倒せばいい」


「簡単に言うな」


 俺は短く返したが、やること自体はその通りだった。


 だが、扉の向こうから漂ってくる魔力の質が嫌だった。

 重い。

 しかも、一つじゃない。


 俺は意識を集中して、その違和感を拾う。


 大きい反応が一つ。

 そして、小さい反応が三つ。


 ……面倒な構成だ。


「芽依」

「ん?」

「たぶん、ボス一体とモブ三体だ」


 芽依が少しだけ首を傾げる。


「モブ付き?」

「ああ。しかも嫌な感じがする」


 そう言って扉へ近づき、少しだけ耳を澄ませる。

 音はほとんどない。

 だが、魔力の流れ方が妙だった。


 守るための流れ。

 支えるための流れ。

 それが小さい反応から大きい反応へ、あるいは全体へ循環している。


「シールド役か……」


 思わずそう呟くと、芽依が嫌そうな顔をした。


「うわ、私と相性悪いじゃん」


 さすがに気づくのが早い。


 芽依の強みは、環境魔力を混ぜた火力の暴力だ。

 広範囲殲滅。

 高圧縮。

 高熱量。

 だが相手が“魔法攻撃を通さないシールド”を張っているなら、話はまるで違ってくる。


「行くぞ」


 扉を押す。


 重い音を立てて開いた先は、いかにも監獄の階層支配者らしい部屋だった。


 石造りの大広間。

 天井は高い。

 左右の壁には空の牢が並び、鉄格子が闇に沈んでいる。

 床には黒い紋様が走り、その中心に一体の大型魔物がいた。


 四足に近い姿勢の、黒鉄の獣。

 しかし首から上は人間めいていて、目だけが妙に冷たい。

 その周囲を、小型の魔物が三体、三角形に配置されている。


 そして、その三体とボスをまとめて覆うように、半透明の膜が脈打っていた。


 シールド。


 芽依が露骨に眉をしかめる。


「はい、相性最悪」


 次の瞬間、彼女は躊躇なく火線を放った。

 一直線の高熱。

 だが――弾かれる。


 シールドの表面で、熱が横へ滑って消える。

 焼ける気配もない。


「魔法攻撃は効かない」

 俺はすぐに整理した。

「でも物理は通るタイプだ」


 言いながら短剣を抜き、シールドへ投げる。


 硬い音。

 弾かれる。

 だが、表面に波紋が出た。


 物理的な衝撃には反応している。

 つまり、物理で削れる。


 芽依が舌打ちした。


「私だけじゃ一生終わんないじゃん、これ」


 その通りだった。


 魔法攻撃は通らない。

 シールド役の小型が、ボスと自分たちごと守っている。

 芽依がどれだけ火力を上げても、シールドを破れない限り焼き切れない。


 だったら、必要なのは。


 ――俺だ。


 そう思った瞬間、少しだけ躊躇した。


 前へ出る。

 高速移動を使う。

 近接で切り込む。

 芽依と役割を分ける。


 それは、昔に戻るみたいだった。


 十年前。

 父が死んだ日より前。

 まだ全部が罅割れていなかった頃。

 俺が前に出て、芽依が後ろから焼いていた、あの頃の形。


 戻りたいわけじゃない。

 でも、それを使えば早いと分かってしまう。


 躊躇は、一瞬だけだった。


 今は救出が先だ。


 俺は短く息を吐いて、芽依を見た。


「……やるか?」


 芽依の目が、少しだけ大きくなる。


「共闘?」

「ああ」


 芽依は、次の瞬間には笑っていた。


「やろう!」

 そして、まっすぐ言う。

「十年ぶりの共闘! ……私たちで!」


 その言い方に、少しだけ胸の奥が痛んだ。

 でも、それを今は押し込める。


「役割は単純だ」

 俺は短く言う。

「俺がシールド役を剥がす。お前は剥がれた瞬間に焼け」


「了解!」


 それだけで十分だった。


 俺は短剣を逆手に持ち、高速移動のために魔力を立ち上げる。

 ボスを守る小型が三体。

 そのうち一体が、いちばん前のシールド供給を担っている。


 あいつからだ。


 床を蹴る。


 高速移動。


 視界が流れ、次の瞬間にはシールドの直前まで入っていた。

 短剣を突き出す。

 シールドに触れる。

 弾かれる。


 ……その直前。


「《貫通》」


 魔法を起動する。


 俺の特殊魔法《貫通》は、防御系魔法に掛けられた魔力量を上回る魔力をこちらが乗せた時だけ、問答無用でその防御を無効化する。


 便利に見えるが、雑に使える魔法じゃない。

 相手のシールドへ注がれた魔力より多くの魔力が必要になる。

 つまり、硬い防御ほどこっちの消耗も重い。


 それでも、今は使うしかない。


 シールドが、裂けた。


 短剣の刃先がそのまま突き抜け、小型魔物の喉元へ入る。


 一刺し。


 返す刃で首を断つ。


 小型が崩れた瞬間、シールドの一角が消えた。


「一枚!」


 俺が叫ぶより早く、芽依の光線がその穴を舐めた。

 大型ボスの肩口が焼け、黒鉄の装甲が赤く割れる。


 ボスが咆哮した。

 残った小型二体が即座に反応する。


 シールドへ、全魔力を注ぎ込む。

 膜の色が一段濃くなる。


 だが、遅い。


 俺はそのまま踏み込み、二体目へ入った。

 高速移動。

 短剣。

 《貫通》。


 またシールドが裂ける。

 今度は一体目より硬い。

 防御へ乗っている魔力が増えているからだ。


 それでも抜く。


 喉を切る。

 首を跳ねる。


 残るは、小型一体と大型ボス一体。


 ここでようやく、俺は一歩引いた。


 最後の小型が焦ったように全魔力をシールドへ注ぎ込む。

 さっきまでとは違う。

 最後の一枚だけ、異様に厚い。


 芽依が火線を撃つが、通らない。

 シールドの表面が歪むだけだ。


「硬っ……!」

 芽依が素直に嫌そうな声を上げた。


 俺は短剣を見て、それを鞘へ戻した。


 足りない。


 最後の一枚は、短剣で一点を抜くより、面で割る方が早い。


 腰から片手剣を引き抜く。


 重さが変わる。

 手の内で、切り替わる。


 芽依が俺を見て、少しだけ笑った。


「本気じゃん」

「うるさい」


 片手剣を構える。

 そして魔力を乗せる。


「《連撃》」


 俺の魔法《連撃》は、短時間の間に五回連続で一気に攻撃を叩き込む魔法だ。

 クールタイムは五秒。

 本来は短期決戦用。

 対ボスで一気に削るための手札。


 でも、今回は違う。


 最後のシールド破壊のために使う。


 踏み込む。

 一撃目。

 シールドが揺れる。


 二撃目。

 三撃目。

 四撃目。


 硬い。

 だが、物理は通っている。


 五撃目で、膜が砕けた。


 その勢いのまま、最後の小型へ刃を返す。

 喉元に片手剣が走る。

 小さな首が落ちた。


 これで、残るは大型ボス一体。


 シールド役は全滅。

 防御はもうない。


 俺は一歩引いて叫ぶ。


「芽依!」


「任せて!」


 その返答と同時に、空気が変わった。


 芽依の周囲に、環境魔力が集まる。

 室内の熱量が、理屈を無視して上がっていく。

 光が、全方向から生まれる。


 一本のビームじゃない。

 二本でもない。

 四方八方。

 縦横斜め、あらゆる角度から高熱の線が大型ボスへ収束する。


 火力攻撃の極地。


 逃げ場なんて最初からない。

 焼却のためだけに組まれた圧殺だ。


 ボスが咆哮する。

 だが、意味はない。


 シールドはない。

 護衛もいない。

 黒鉄の装甲が溶け、肉が蒸発し、骨格ごと光の中で崩れていく。


 環境魔力を混ぜ込んだ芽依の火力は、こうして通る時には本当に理不尽だ。


 数秒後。


 そこに立っていたはずの大型ボスは、黒い灰を床に散らして消えた。


 静かになった。


 監獄の大広間から、ゆっくりと熱が引いていく。


 芽依が大きく息を吐く。


「終わったー」


 軽い。

 軽い言い方なのに、さっきまでの火力との落差がひどい。


 俺は片手剣を下ろし、ようやく肩の力を抜いた。


「……相変わらず、容赦ないな」

「褒めてる?」

「褒めてない」

「えー」


 そのやり取りの直後だった。


 大広間の奥。

 並んでいた牢の一つから、重い音がした。


 黒い鉄格子が軋み、奥で何かが外れる音が連続する。

 鎖。

 錠前。

 そして、引きずるような音。


 俺はそちらへ顔を向けた。


「……返還権限、か」


 芽依が小さく笑う。


「ちゃんと持ってたね、ボス」


 牢の奥で、黒い床が波打つように揺れる。

 何かが、吐き出されようとしていた。


 拘束されたインドの特級魔法使い。

 生きているか。

 人間のままか。

 間に合ったのか。


 答えは、あの先だ。


 俺は息を整えながら、一歩前へ出た。


「行くぞ」


 芽依が俺の隣へ並ぶ。

 十年ぶりの共闘は、思っていたよりずっと自然に終わった。


 でも、たぶん本当に問題なのは、ここからだ。

 救出の成否。

 そして、妹のこと。


 優先順位は変わらない。

 ただ、まずは目の前の牢を開ける。


 それだけだ。


(つづく)

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