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第67話 引き継ぎ先は、想像よりずっと本気だった

ルクセンブルクの新規ダンジョンは、予想通りというべきか、予想以上というべきか、企業向きだった。


 個人の勘や根性だけでどうにかするには向かない。

 必要なのは、複数人の連携、適切な装備、そして“最初に取るべき情報”を間違えないこと。


 つまり、金と人員と運用をまとめて突っ込める組織向きだ。


 そしてそんなダンジョンに、真っ先に食いついてきそうな国といえば――まあ、想像はつく。


 アメリカだ。


 問題は、どのくらい本気で来るかだった。


 俺は正直、もっと軽い形を想像していた。


 リアム・アンダーソン。

 《資本主義》持ち。

 その周囲に、アメリカのダンジョン配信者が十人前後。

 企業側の人間がカメラと資料を抱えてついてくる。


 そのくらいだと思っていた。


 だが、現実は違った。


「……戦力おかしいだろ⁉」


 ルクセンブルク政府の簡易迎賓室で、俺は思わず本音を口にした。


 目の前に並んでいるのは、配信者十人じゃない。


 米軍十人だ。


 しかもただの兵隊じゃない。

 動きで分かる。

 装備の扱いで分かる。

 ダンジョン運用を前提に教育された連中だ。


 五人ずつにきれいに分かれ、立ち位置も無駄がない。

 ルクセンブルク側の担当者が少し引いているのも無理はない。


 リアムは、その横で妙に爽やかな顔をしていた。

 前に会った時と同じ、余裕のある笑みだ。


「過剰戦力に見えるか?」

 通訳が追う前に、リアムの英語はわりと聞き取れた。


「見えるよ」

 俺は即答した。

「こんなん、ルクセンブルク側からしたら“企業誘致”の見学じゃなくて侵攻だろ」


 リアムは肩をすくめた。


「最初の探索は、今後のルールと手順を決める一番重要な段階だ」

 通訳が訳す。

「ここで判断を間違えれば、その後に何十人、何百人分の損失になる」


 言いたいことは分かる。

 そして、たぶん正しい。


「だから最初だけは、最高精度の観測と戦闘が必要になる」

 リアムは続けた。

「国の判断で、探索者十人の枠を米軍にした。最初の型を確定させるためだ」


 ……嫌になるくらい筋が通っている。


 ルクセンブルク側の担当者が、少し緊張した声で言った。


「今回はあくまで合同攻略、および引き継ぎ確認です」

「わかってる」

 リアムは頷いた。

「こっちもいきなり全部持っていくつもりはない。まずは、お前たちが取った初期情報がどこまで使えるか確認する」


 お前たち。

 つまり、俺と優奈だ。


 優奈は俺の横で、その米軍十人を見ながら小声で言った。


「……すごいですね」

 感想が雑だが、まあその通りだ。


「すごいっていうか、ガチすぎる」

 俺は小声で返した。

「国家案件の顔して来やがった」


 優奈は少しだけ困ったように笑った。


「でも、ちゃんと私たちの情報を使うつもりなんですよね」

「たぶんな」

 俺は答えた。

「でなきゃわざわざルクセンブルクまで来ない」


 それにしても、本気が重い。


 アメリカは《資本主義》持ちを出してくるだけじゃ飽き足らず、最初のルール作りの段階から米軍を投入してくる。

 金と国と企業が一体になった時の厄介さを、見せつけられている気分だった。


 ダンジョン前の最終確認は、完全に軍のそれだった。


 ルート確認。

 役割分担。

 交戦規則。

 撤退条件。

 通信手順。


 俺が整理したルクセンブルク側の初期情報――


一階層からゴーレムとガーゴイルの二種出現


ガーゴイルは筋力低下デバフ


ゴーレムは速度低下デバフ


両方とも体内魔石が本命


ガーゴイルの魔石は見えやすい


ゴーレムの魔石は胸部にあるが、外からは完全に隠れている


よってゴーレムは複数人で胸部をまばらに撃つのが有効


 これを、リアム側はその場で即座に運用に落とし込んだ。


 五人一組。

 前衛というより、地上担当と上空担当で役割を切る。


 優奈がそれを見ながら、ぽつりと言った。


「……私、特別な引き継ぎ指示を出したわけじゃないのに」

 目が少し大きい。

「すごいです」


「やっぱ銃使ったら強いな」

 俺は率直に言った。

「しかも、ただ強いだけじゃない。ゴーレム対策も完璧だ」


 優奈が小さく頷く。


 たぶん、ここで少し悔しさもある。

 自分が必死に取った初期情報を、こいつらは“前提知識”として軽々と回してみせる。


 だが、それは優奈が弱いからじゃない。


 役割が違う。


 優奈は、何もないところから答えを拾った。

 こいつらは、その答えを最大効率で回すための部隊だ。


 俺は優奈だけに聞こえるように言った。


「落ち込むなよ」

「え?」

「優奈が弱いんじゃない。あいつらは“優奈が取った情報を最適運用するための部隊”だ」

 短く言う。

「役割が違う」


 優奈は一瞬だけ黙って、それから小さく笑った。


「……はい」

 その返事で十分だった。


 合同攻略開始。


 ダンジョン一階層に入った瞬間、米軍側の五人が散る。

 残り五人はリアムと後ろに控える。

 だが控えると言っても、何もしないわけじゃない。

 視線の置き方、移動のリズム、カバーの距離――全部が訓練されている。


 最初に動いたのはガーゴイルだった。


 天井近くから滑空。

 あの嫌な急襲。


 だが、今回は“嫌な急襲”で終わらなかった。


 米軍側は、ガーゴイルが降りる前に撃った。

 しかも数体同時に。


 胸部の魔石を正確に抜いている。

 優奈が前回見つけた“見えやすい位置”を、そのまま全員が共有しているのだろう。


 ガーゴイルが、数体まとめて落ちた。


 瞬殺。


 優奈が目を丸くする。


「……えっ」

 短い驚き。


 俺も思わず口元を引きつらせた。


「速すぎるだろ」


 ガーゴイルの脅威は、近接に圧をかけることだった。

 だが遠距離の貫通火力を前提にされると、ただの“落ちる石像”に近くなる。


 リアムがこちらを見て、少しだけ笑った。


「言っただろ。最初の型が重要なんだ」

 通訳が追う。

「正しい情報さえあれば、後は回すだけだ」


 ……嫌味なほど、正しい。


 次はゴーレムだ。


 こっちは瞬殺とはいかない。

 胸部に魔石がある。

 だが完全に隠れている。


 だから米軍側は、66話で俺が口にした通りの動きをそのまま再現した。


 五人が散る。

 真正面から集中しない。

 角度をばらけさせる。

 そして胸部へ“まばらに”撃ち込む。


 一人が脚を止める。

 二人が胸の左寄り。

 二人が右寄り。

 弾が面で入る。


 当たりを引くまでの時間が短い。

 しかも当たりを引いた瞬間に、その個体は終わる。


 各個撃破。


 無駄がない。


 優奈が本気で感心した声を漏らした。


「すごい……」

「だろ」

 俺は短く言った。

「やっぱ銃使ったら強い。魔法なしで突破してる」


「ゴーレムの対処も完璧です……」

 優奈が言う。

「一人でやってた時、あんなに嫌だったのに」


「個人戦じゃないからな」

 俺は答えた。

「こいつらは最初から“正しい数で撃つ”ことに慣れてる」


 ガーゴイルは数体すべて瞬殺。

 ゴーレムは胸部を散らして撃ち、順次処理。


 一階層の雑魚処理だけで、ルクセンブルクダンジョンの“企業向き”という評価がほぼ証明されてしまった。


 ルクセンブルク側の担当者の顔が、喜んでいいのか不安になればいいのか分からない表情になる。

 当然だ。


 自国のダンジョンが、ここまで露骨に“外から来た組織向き”だと証明されるのは、少し複雑だろう。


 問題は、その先だった。


 ボス部屋前。


 俺はここまでで一度撤収してもいいと思っていた。


 一階層の雑魚情報は十分だ。

 初期情報の引き継ぎという目的なら、ここで終わっても成立する。


 だが、アメリカ側は止まらなかった。


 リアムが扉を見ながら、軽く言った。


「行く」

 通訳が追う前に分かった。

「まじかよ」

 俺は思わず言った。


 優奈も驚く。


「ボス、想定してたんですか?」

「してない」

 俺が即答する。

「してないし、お前一人で行けるか分からなかったから、こっちは情報も取ってない」

「ですよね!」

 優奈が言う。

「私も行けるか分かんなかったです!」


 リアムは肩をすくめた。


「だからこそ、初見で見ておきたい」

 通訳が訳す。

「ここで引くより、今の戦力で上まで触れた方が今後のルール作りに効く」


 ……本気だ。

 本気すぎる。


 扉が開く。


 中にいたのは、一体ではなかった。


「……は?」

 思わず声が漏れる。


 ボスは二体。


 一体は、上空にいる。

 翼が大きい。

 体色は青灰色。

 天井近くを旋回し、こちらを見下ろしている。


 ――天空のガーゴイル。


 もう一体は地上。

 体高が高い。

 石でできた獣のようなシルエット。

 四足に近い姿勢で、地面に爪を食い込ませている。


 ――石乱のガーゴイル。


 名前は後からつけることになるのだろうが、その瞬間に役割は分かった。


 上は天空。

 下は地上。

 しかも“石乱”の方は、ただの地上担当ではない。

 視界の端で、地面に撒かれた石粉が不自然に光る。


「石化……?」

 優奈が呟く。


 そう。

 追加のデバフだ。


 筋力低下。

 速度低下。

 そして今度は石化。


 このダンジョン、ボスでもちゃんと“複合要求”を崩さない。

 嫌な意味で一貫している。


 リアムは数秒で判断した。


「地上を先に落とす」

 通訳が追う。

「三人で石乱へ集中。二人は上を引きつけろ」


 即断。

 そして隊列が動く。


 石乱のガーゴイルが地面を砕く。

 石片が散る。

 足元に触れた場所から、ゆっくり石化が走る。


 一人の兵が、一瞬だけ足を取られた。


 そこだ。

 危なかった。


 石化が膝まで入ったら、その瞬間に隊形が崩れる。

 崩れたところへ上から天空の急降下。

 それがこのボスの勝ち筋だ。


 だが米軍側は崩れない。


 石乱の担当三人が散って射線を作る。

 石化を深く受けない距離を保ちながら、胸部へ、首筋へ、関節へ撃ち込む。

 狙っているのはたぶん魔石だ。


 天空担当の二人は、上空のガーゴイルを落としはしない。

 あくまで“引きつける”。

 急降下のタイミングをずらし、旋回ルートを固定し、石乱組へ入る角度を潰す。


 役割が明確すぎる。


 優奈が小さく言った。


「……うまい」

 その一言に全部入っている。


 戦闘は長く感じたが、時計で見れば三十分程度だった。


 石乱のガーゴイルが先に崩れる。


 三人の集中砲火が、ついに核へ届いたのだろう。

 石の巨体が崩れ、地面に沈む。


 その瞬間から、空気が変わった。


「五人で上!」

 リアムが叫ぶ。

 通訳はいらない。

 意味は全員が理解している。


 地上の石化圧が消えたことで、全員が上に意識を向けられる。


 天空のガーゴイルはなおも強い。

 旋回。

 急降下。

 鋭い石翼。


 だが、五人で囲まれた瞬間に自由度が落ちる。


 一度だけ、急降下からの爪撃が隊列の端を掠め、危うく一人を持っていきそうになった。

 ヒヤリとしたのはそこだけだ。


 だが、そのヒヤリも一度きり。


 五人が射線をずらし、落下軌道の交点へ弾を置くように撃つ。

 ついに魔石が抜かれ、天空のガーゴイルが墜ちた。


 静かになった。


 ボス二体。

 初見。

 それを三十分強で片づけた。


 俺はしばらく何も言えなかった。

 言葉が出る前に、まず現実として飲み込まなければならなかったからだ。


「……まさか初見でクリアするとは」


 やっと出たのは、その一言だった。


 リアムは振り返りもせずに言った。


「最初の探索が一番重要だ」

 通訳が追う。

「だから、最初だけは最高精度でやる」


 その言葉が、今になってさらに重い。


 優奈は呆然とした顔でボス部屋を見ていた。

 悔しさより、純粋な驚きの方が強い顔だ。


 俺は横目で優奈を見ながら思う。


 優奈が弱いんじゃない。

 こいつらが強すぎる。

 いや、違う。


 こいつらは、“優奈が取った情報を最短で最大効率に変換するため”にここへ来た部隊なんだ。


 最初から目的が違う。


 優奈は観測者であり、最初の解答者だった。

 こいつらは、その解答を“標準化する側”だ。


 ルクセンブルク側の担当者が、信じられないものを見る顔で呟いた。


「……これで、一階層は」

「攻略モデルができた」

 俺は言った。

「しかもボス込みでな」


 それがどれだけ大きいことか、ここにいる全員が分かっていた。


 引き継ぎのつもりだった。

 だが実際には、アメリカ側は一階層の“標準攻略手順”まで確立してしまった。


 強すぎる。

 そして早すぎる。


 リアムがようやくこちらを振り返った。


「どうする、ユウマ」

 通訳が追う。

「この先も続けるか?」


 その問いは軽いが、意味は重い。


 アメリカは本気でルクセンブルクに食い込む気だ。

 企業だけじゃない。

 国家としても、最初の主導権を取りに来ている。


 俺は短く息を吐いた。


「続けるだろうな」

「そうだな」

 リアムが笑った。


 優奈がぽつりと言った。


「……ルクセンブルクさん、大丈夫なんですかね」

 その不安は正しい。


 助けてもらえる。

 でも、助けてもらうということは、相手のルールが入ってくるということでもある。


 ダンジョンが出た時点で、国はもう“純粋な被害者”ではいられない。


 金も、人も、企業も、軍も、全部が寄ってくる。


 俺はボス部屋の崩れた残骸を見ながら、心の中で思った。


(……また面倒になるな)


 だが同時に、これが現実だ。


 ルクセンブルクは生き残るために、アメリカの力を借りる可能性が高い。

 そしてアメリカは、その価値を十分に理解している。


 合同攻略は成功した。

 成功しすぎた。

 だからこそ、この先はもっと面倒になる。


(つづく)

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