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第66話 魔石の位置と、銃で解けるダンジョン

 ルクセンブルクの新規ダンジョン一階層から戻ったあと、俺たちはそのまま政府側が用意した仮設の会議室へ通された。


 会議室と言っても、豪華なものじゃない。

 ダンジョン対策本部の一角を間仕切りで区切っただけの、臨時の分析室みたいな場所だ。

 机の上には端末、録画データ、地図、現場から回収された小さな石片。

 新規出現ダンジョン特有の、まだ何も整っていない空気がある。


 優奈は椅子に座るなり、大きく息を吐いた。


「一階なのに疲れました……」


「だろうな」

 俺は端末を立ち上げながら答えた。

「たぶん、あれ普通の一階じゃない」


 優奈が苦笑する。


「それ、入った瞬間にも言ってましたよね」

「何回でも言う」

 俺は短く返した。

「一階から地上戦と対空を同時に要求してくるダンジョンなんて、まともじゃない」


 ルクセンブルク側の担当者は、やはり少しだけ困った顔をしていた。

 だが困ったところで状況は変わらない。

 むしろ今欲しいのは、困惑ではなく整理だ。


「まず結論から言う」

 俺は机の上に手を置いた。

「このダンジョン、一階の時点で“企業向き”だ」


 担当者がすぐに身を乗り出した。


「企業向き、ですか」

「良い意味ではないです」

 俺は即答した。

「必要装備と役割分担がはっきりしているって意味だ。つまり個人の根性でどうにかするタイプじゃない」


 優奈が「うわあ」と嫌そうな顔をした。

 その反応は正しい。


 俺は録画データを開く。

 65話で撮った一階層の映像。

 ゴーレム。

 ガーゴイル。

 そして優奈の戦闘ログ。


「まず分かったことがある」

 俺は映像を一時停止した。

「こいつら、ただ殴ってくるだけじゃない」


 優奈が首を傾げる。


「え?」

「デバフだ」

 俺はガーゴイルの映像を拡大した。

「ガーゴイルは筋力低下のデバフを掛けてから攻撃に移る」


 担当者が目を細める。


「筋力低下……?」

「爪だ」

 俺は映像をコマ送りする。

「優奈は回避が速すぎるから、ほとんどまともに食らってない。だから分かりづらかった」


 優奈が「速すぎるは褒めてます?」と横から小声で言ったが、今は無視した。


「でも、接触の直後だけ刀の振りが微妙に重くなってる」

 俺は優奈の一撃目と二撃目の差を表示する。

「一瞬だけ出力が落ちてる。ガーゴイルは爪がかすっただけで筋力低下を掛けてる」


 優奈の顔が引きつった。


「うわ、最悪です」

「近接に向かない理由の一つだな」

 俺は頷く。


 次にゴーレムの映像へ切り替える。


「こっちは速度低下」

 今度は優奈の足運びを重ねて表示する。

「ゴーレムの攻撃そのものじゃない。地面を叩く衝撃で、足回りに鈍りが出てる」


 担当者が低く言う。


「つまり……接近戦を選んだ時点で、どちらに触れても不利になる」

「そういうことだ」

 俺は答えた。

「ガーゴイルは筋力を削る。ゴーレムは速度を削る。しかも役割分担してる」


 優奈が頬杖をついて呟いた。


「だからあんなに嫌な連携だったんですね……」

「そう」

 俺は端末を閉じた。

「超即効型のお前だから最初は気づかなかっただけだ。普通の探索者なら、もっと露骨に不利になる」


 これだけでも企業向けの初期情報としては十分価値がある。

 近接は危険。

 しかも危険の種類が二つある。


 だが、本題はそこではない。


「もう一つ分かったことがある」

 俺は言う。

「二種類とも、体内に魔石がある」


 担当者が小さく息を呑む。


「魔石」

「それを破壊すると死ぬ」

 俺は続けた。

「逆に言えば、魔石さえ無事なら多少の傷は自動で治る」


 優奈が露骨に嫌そうな顔をした。


「えっ、じゃあ私さっき地道に削ってたの、あんまり意味なかったんですか?」

「無意味ではない」

 俺は訂正する。

「行動を止める、バランスを崩す、落とす。そういう意味はある。でも決定打にはならない」


「うわあ……」

 優奈が天井を仰いだ。

「嫌なダンジョンです」


「だから企業向きだと言った」

 俺は短く言う。

「個人の根性より、正しい装備と正しい知識で殴る方が強い」


 つまり――。


 近接武器に向かない探索者でも、銃さえあれば互角以上に戦える可能性がある。


 そこまで言った瞬間、俺の頭の中で、一つの名前が浮かんだ。


 アメリカ。


 正確には――リアム・アンダーソン。

 《資本主義》の特級持ち。

 そして、銃社会の本場のダンジョン配信者。


「……ああ」

 思わず声が漏れた。


 優奈がこっちを見る。


「どうしました?」

「これ、アメリカと相性がいい」

 俺は言った。


 ルクセンブルク側の担当者も、すぐに反応した。


「アメリカ?」

「そうだ」

 俺は頷く。

「ゴーレムもガーゴイルも、銃に対する特効策が今のところ見えない」


 近接に対してはデバフを掛ける。

 だが、遠距離の貫通攻撃に対する明確な対策はない。

 行動も単純。

 ガーゴイルは上から突っ込む。

 ゴーレムは前から押す。


 つまり、読みやすい。


「遠距離の貫通攻撃に弱い」

 俺は整理するように言った。

「ガーゴイルは魔石位置が見やすい。ゴーレムも、魔石の位置が分かれば一気に楽になる」


 優奈が「あ」と声を上げる。


「だから、アメリカが探してた条件と結構合ってる……?」

「かなり一致してる」

 俺は言い切った。

「資本主義で市販品をダンジョン内に持ち込める。銃社会の運用にも慣れてる。企業が利益を出しやすい構造もある」


 ルクセンブルク側の担当者の顔色が少し変わった。

 希望を見た顔だ。


「つまり、交渉先として有力……?」

「可能性はある」

 俺は言う。

「まだ確定ではない。だが、候補としてはかなり強い」


 今ここで「アメリカと組め」と断言するのは早い。

 だが、“有力候補として名前を出せる”ところまでは来た。


 それだけでも、ルクセンブルク側にとっては大きいはずだ。


「その前に」

 俺は優奈を見た。

「実験する」


「銃、ですね」

 優奈はすぐに理解した。


「そうだ。お前にやってもらう」


 再突入は、その日のうちに行われた。


 優奈の番外編配信という形で続きも流す。

 新規出現ダンジョンの初期調査という建前なら、視聴者も納得する。

 そしてこの配信自体が、ルクセンブルク政府にとっては“外部への材料”にもなる。


 ゲートをくぐる前に、俺は優奈へ短く言った。


「今回は近接の検証じゃない」

「銃で魔石が抜けるかどうか、そこだけ見ろ」

「はい」


 優奈はバトルライフルを構えた。

 アメリカで買った一丁。

 鎧持ち相手にも通る貫通力重視の選択。


 六階層以降は刀中心に戻っていたが、今回は話が別だ。


「こんにちは、優奈です!」

 配信の声が明るい。

「ルクセンブルク新規ダンジョン一階層、二回目です! 今回は“銃がどこまで有効か”を見ていきます!」


 コメント欄がすぐに流れる。


「番外編助かる」

「銃実験きた」

「これアメリカ勢も気にしてそう」

「新規ダンジョンの初期情報ありがたい」


 優奈は慎重に進み、最初にガーゴイルを捉えた。


 天井近く。

 石像みたいな輪郭。

 滑空に入る直前。


「……魔石、見えます」


 優奈が小さく言う。


 俺も見えた。

 ガーゴイルは分かりやすい。

 胸元。

 翼の付け根に近い位置に、うっすら赤く発光する核が見える。


 石の体の中心に埋め込まれているが、完全には隠れていない。


「撃て」

 俺が言う。


 優奈が呼吸を止め、引き金を引いた。


 銃声。

 ガーゴイルの胸が弾ける。

 魔石が砕ける。

 そのまま一撃で落ちた。


 優奈が目を丸くする。


「うわっ、行けます!」

 声が弾む。

「これ、近接で頑張るよりずっと楽です!」


「当然だ」

 俺は頷く。

「魔石位置が見えやすいなら、銃の方が早い」


 視聴者もざわつく。


「一撃!?」

「魔石狙いか」

「ガーゴイル、近接より銃の方が絶対いい」

「ルクセンブルクこれ企業向けだな……」


 問題は、次だ。


 ゴーレム。


 岩の塊のような巨体が、地面を揺らしながら近づいてくる。

 優奈はすぐには撃たない。

 観察する。

 肩。

 腹。

 首。

 膝。

 胸。


「……見えません」

 優奈が言った。


「だろうな」

 俺は答える。


 ゴーレムの魔石は胸部にある。

 だが完全に隠れている。

 外から見ても位置が分からない。


 ただの胴撃ちでは運ゲーになる。

 当たりを引けば終わる。

 外れれば、石の塊を撃っただけだ。


「ほぼ運ゲーですね……」

 優奈が顔をしかめる。


「一人ならな」

 俺は言った。


 優奈がこっちを見る。


「……あ」


 そこまで言えば分かる。

 ゴーレムの胸部に魔石がある。

 ただし完全に隠れている。


 ならどうするか。


 数人で、胸部をまばらに撃つ。


 同じ場所を集中砲火するのではない。

 胸の“面”そのものをばらばらに撃ち抜いて、どこかに埋まっている魔石に当てる。


 つまり――企業戦術だ。


「個人の神業じゃなく、数で解く」

 俺は言う。

「だからこそ企業向きなんだよ」


 優奈は苦笑する。


「たしかに……これ、一人で『頑張って魔石探します!』は嫌すぎます」

「嫌すぎるし、効率が悪い」

 俺は頷く。

「複数人で散開して、胸部をまばらに撃つ。そうすれば魔石に当たる確率は上がる」


 ルクセンブルク側の担当者が、端末の向こうで真剣な顔をしている。

 たぶん今の一言だけでも十分価値がある。


 優奈は試しに数発、ゴーレムの胸部へ散らして撃ってみる。

 当たりはしない。

 だが、少なくとも“やるべきこと”は見えた。


「一人だと厳しいですね」

 優奈が言う。


「でも企業なら行ける」

 俺は即答した。


 銃の扱いに慣れた人材。

 数を揃えられる。

 連携前提で撃てる。

 そして《資本主義》のような物流特級がいれば、なおさら相性がいい。


 ルクセンブルク側の担当者が、通訳越しに静かに聞いた。


「では……このダンジョンは」

「半分、答えが出た」

 俺は言った。

「ガーゴイルは銃で解ける。ゴーレムも一人では運ゲーだが、数人で胸部をまばらに撃てば現実的になる」


 優奈が補足するように言った。


「つまり、“強い一人”より“ちゃんと装備した複数人”の方が強いタイプです!」

 コメント欄がまた流れる。


「企業案件すぎる」

「個人配信者向けじゃないな」

「アメリカ企業絶対食いつくやつ」

「ルクセンブルク、いい相手見つけたかもな」


 俺はそこで、小さく息を吐いた。


 これで全部解けたわけじゃない。

 まだ一階だ。

 上に行けば、また別のギミックが出るかもしれない。

 だが少なくとも、“どういう方向の企業を呼ぶべきか”は見えた。


 近接専門ではない。

 銃と連携に慣れた組織。

 装備を運用で回せる企業。

 そして、できれば物流か資本の力をそのままダンジョンに持ち込める存在。


 つまり――アメリカが、有力候補になる。


 優奈が配信を締めに入る。


「ということで!」

「ガーゴイルは銃でかなり行けます! ただしゴーレムは一人だと厳しいです!」

「でも、複数人で胸をばらけて狙えば、企業単位なら十分攻略できそうです!」


 明るい声。

 だけど、内容はちゃんと重い。


 俺はその横で、心の中だけで呟いた。


(また面倒なところと繋がりそうだな)


 アメリカ。

 資本主義。

 ルクセンブルク。

 金持ち国家と、金を魔法にできる国。


 相性は、たしかにいい。


 だからこそ、次に動くなら慎重になる必要がある。


 それでも、情報としては価値が高い。


 企業が参入判断できる初期情報。

 必要装備の方向性。

 どういった系統の武器が向いているか。

 敵の攻撃パターンから見るおすすめ防具。


 そして――このダンジョンは“個人の才能”より“企業の運用”に寄っている、という結論。


 ルクセンブルクが欲しかった材料としては、かなり大きいはずだ。


 優奈が配信を切ったあと、小さく言った。


「これ、ほんとに一階ですよね?」

「たぶんな」

 俺は答える。

「たぶん、だけどな」


 優奈がげんなりした顔で笑った。


「その言い方やめてくださいよ」

「俺だって言いたくない」


 だが、そう言うしかない。

 このダンジョンは、まだ“まともじゃない”側に寄っている。


 問題は、そのまともじゃなさが企業の金で解けるタイプだということだ。


 だから余計に面倒だ。


(つづく)

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