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第65話 ルクセンブルクの新規ダンジョンと、初手から二種類

 ダンジョンは、国の事情なんて待ってくれない。


 国が小さいとか。

 人口が少ないとか。

 備えていなかったとか。

 そんな事情を聞いて、じゃあ出現を一週間遅らせてあげます、みたいな優しさは当然ない。


 だからこそ、ルクセンブルク政府から届いた依頼文を読んだ時、俺は最初に思った。


(……だから毎回なんで俺なんだよ⁉)


 声には出さなかったが、内心ではかなり本気だった。


 依頼内容は、今までと少し違っていた。


 攻略しろ、ではない。

 特級をどうにかしろ、でもない。

 国を助けてくれ、という意味では同じだが、求められている方向が少し違う。


 ルクセンブルクは金持ち国家だ。

 だが国土は狭い。

 人口も多くない。

 つまり、ダンジョンが出現した時に“自前で人材を揃える”のが難しい。


 ならどうするか。


 ――外から呼ぶ。


 ダンジョン関係の企業を誘致し、攻略体制そのものを外部から持ち込む。


 発想としては間違っていない。

 むしろ、ルクセンブルクみたいな国なら、その方が現実的だ。


 問題は、時間がないことだった。


 企業を呼ぶにしても、呼ぶ側が最低限の情報を持っていないと話にならない。

 どんなダンジョンなのか。

 必須装備は何か。

 どういった系統の武器が向いているのか。

 敵の攻撃パターンから見て、どんな防具が必要になるのか。


 そういう“企業が参入判断できるレベルの初期情報”を、短期間でまとめろ。


 それが今回の依頼だった。


 そして、その情報を“使える形”で整理できる人材として、俺が呼ばれた。


 最悪だ。


 いや、分かる。

 分かるけど、だからって高校生を便利屋みたいに使うのは違うだろ。

 そう思いながら、俺は相良の説明を聞いていた。


「つまり」

 俺は椅子にもたれながら言う。

「今回、俺たちに求められてるのは、攻略そのものじゃなくて、企業向けの下見資料ってことか」


「はい」

 相良が頷く。

「もちろん、最終的には攻略に繋がる情報も含みますが、目的はそこです」


「企業が来たくなる材料を揃えろ、ってことですね!」

 優奈が横から言う。

 やけに理解が早い。


 相良が笑顔で頷いた。


「そうです。企業側が知りたいのは主に二点」

「必須装備の方向性」

「そして、どういった系統の武器や防具が向いているか」


 俺は小さく息を吐いた。


 戦うだけならまだ分かる。

 だが、“企業が参入判断できる形で整理しろ”となると、完全に軍師の仕事だ。


 優奈がこっちを見て、小さく笑った。


「ユウマくん向きですね」

「嬉しくない」

 俺は即答した。

「まったく嬉しくない」


 だが断る理由もない。

 新規出現ダンジョン。

 しかもルクセンブルク。

 企業誘致が国家方針になるほど余裕がない。

 ここで初期情報を外せば、その後に死ぬ人間が増える。


 だから行くしかない。


 最近、そんなのばっかりだなと心の中で毒づきながら、俺は端末の航空券情報を見た。


 ルクセンブルクに着いて最初に思ったのは、街が綺麗すぎる、だった。


 整っている。

 建物の高さも、道路の幅も、景観も、何もかもがきれいに収まっている。

 雑に広がっている感じがしない。


 だから余計に、そこに“ダンジョン”が出た時の異物感が想像できた。


 政府関係者に案内され、すぐに簡易ブリーフィングへ入る。

 部屋にいるのは、行政側の人間と、すでに接触しているらしい民間警備会社の担当者、そして通訳。


 相手は丁寧だった。

 だが、その丁寧さの奥に焦りが見える。


「我々は、自国だけで完結させるつもりはありません」

 通訳越しに、ルクセンブルク側の担当者が言う。

「しかし、企業を呼ぶには材料が足りない。危険度、装備の方向性、初期の運用モデル――それらが必要です」


 俺は頷く。


「欲しいのは、企業が参入判断できる初期情報だな」

「その通りです」


 相手は即答した。

 その即答が、余裕のなさを物語っていた。


 優奈が真面目な顔で聞く。


「一階層の攻略は、どこまで進んでるんですか?」

 担当者の顔が少し曇る。


「ほとんど進んでいません」

「最初の突入で、想定より複雑な魔物構成が確認されました」

「その段階で、軽率な損耗を避けるため調査主体へ切り替えました」


 悪くない判断だ。

 無理に自前で突っ込んで死ぬより、使える人材を呼ぶ方がいい。


 つまり今回は、俺たちがその“使える人材”だ。


「わかりました」

 俺は短く答えた。

「まずは一階層を見ます。優奈が先行。俺は後ろから観察して情報を拾う」


 優奈がすぐに頷く。


「はい!」


 それから少しだけ笑った。


「番外編ですね」

「そうなるな」


 新規出現ダンジョンの初期調査。

 普段の攻略配信とは違う。

 だが“番外編”という言い方にすると、少しだけ空気が軽くなる。


 それでいい。


 ダンジョン入口は、街から少し離れた場所にあった。


 厳重に封鎖されている。

 警備は厚い。

 だが、厚いからといって安心できるわけではない。


 むしろ逆だ。


 警備が厚いということは、その内側が“何も分かっていない”証拠でもある。


 優奈は端末をセットし、軽く深呼吸した。


「こんにちは! 優奈です!」

 いつもの配信の明るさ。

「今回は番外編! ルクセンブルクの新規出現ダンジョン、初期調査です!」


 画面越しの視聴者は当然ざわつく。

 新規出現。

 しかもルクセンブルク。

 企業誘致。

 この辺の事情を全部説明するわけにはいかないが、それでも“初期調査”という響きだけで十分目を引く。


「今日は“企業が参入判断できる初期情報”を集めるのが目的です!」

 優奈が言う。

「どんな装備が必要か、どんな武器が向いてるか、その辺も見ていきます!」


 俺は横で小さく思った。


(ちゃんと仕事してるな……)


 配信が始まり、優奈はゲートをくぐった。


 空気が変わる。


 ダンジョン内の一階層。

 最初に感じたのは、乾いた石の匂いだった。


 視界は広すぎず、狭すぎず。

 足場は岩質。

 洞窟というより、人工物に近い整い方をしている。

 そして――すぐに見えた。


 魔物が二種類いる。


 それを認識した瞬間、俺は本気で驚いた。


「……おい」

 思わず声が漏れる。


 優奈もすぐに気づいたらしい。


「魔物が二種類いるのって珍しくないですか⁉」

 驚きがそのまま声に出ている。


「珍しいどころか、一階でいきなりこれはたぶん初だな」

 俺は眉を寄せたまま答えた。


 片方はゴーレム。


 岩でできた鈍重な人型。

 地上戦担当。

 耐久型。

 歩みは遅いが、一撃の重さは見ただけで分かる。


 もう片方はガーゴイル。


 石像みたいな体に翼を持ち、天井近くからこちらを見下ろしている。

 空中。

 奇襲。

 上からの圧。


 一階層にして、地上と空の二方向を同時に要求してくる。


 ――複合戦術ダンジョン。


 しかも初手から。


 優奈が配信越しに言う。


「これ、普通じゃないですよね⁉」

 視聴者のコメント欄も一気に流れ始める。


「一階で二種類?」

「ゴーレムとガーゴイルって相性悪すぎない?」

「地上と空同時?」

「新規ダンジョンやばくないか?」

「企業向けとか言ってる場合か?」


 ……まあ、そうなるよな。


 俺はすぐに頭を切り替えた。


 今見るべきなのは、異常さそのものじゃない。

 企業向けの情報へどう落とすかだ。


(ゴーレム=地上戦・重装前衛)

(ガーゴイル=上空・奇襲・索敵圧)

(つまり必要なのは、単純な近接火力じゃない)

(最低でも対空意識と、打撃か貫通力の高い装備)


 優奈は刀を抜いて、まずは近くのゴーレムへ向かった。


 ゴーレムは遅い。

 だが遅いから簡単、とは限らない。


 優奈の刀が肩口に入る。

 手応えはある。

 だが、想像より硬い。


「硬いです!」

 優奈が言う。

「斬れないわけじゃないですけど、斬りにくい!」


「打撃か、貫通寄りの武器の方が向いてる可能性が高いな」

 俺はすぐに口に出した。

「少なくとも“刃物だけで楽に処理”は無理だ」


 優奈がゴーレムの腕を避けながら、次の一撃を膝へ入れる。

 重心を崩す。

 そこへ追撃。


 つまり、“切断”より“関節破壊”寄りの運用が必要だ。


 一方で、天井のガーゴイルが動いた。


 滑空。

 上から急降下してくる。

 爪による斬撃か、あるいは体当たり。


「上!」


 俺が叫ぶ。

 優奈が《発射(自身)》で横へずれる。


 ガーゴイルが床を掠め、そのまま壁へ張り付く。

 速い。

 そして、思ったより賢い。


 ゴーレムで足を止めたところを、上から刺す。

 役割分担ができている。


 企業向けに言えば、これはかなり嫌な情報だ。


 単一の対策で済まない。

 鈍重な地上敵に強い装備だけでは足りない。

 上空への警戒、あるいは対空手段が必要になる。


 優奈が息を吐きながら言う。


「これ、一階で要求する内容じゃないですよね⁉」

「しないな」

 俺は即答した。

「少なくとも“初心者向け低層”の顔はしてない」


 優奈はそのままガーゴイルへ踏み込み、飛び上がるタイミングに《発射》を合わせる。

 刀が翼の根元へ入る。


 ガーゴイルが悲鳴のような音を上げて落ちた。


 地上へ落ちた瞬間、優奈がすぐに首へ追撃を入れる。

 落とせば脆い。

 だが、落とすまでが面倒だ。


 俺は頭の中で整理する。


 おすすめ武器。

 ゴーレムに対しては、打撃系か高貫通。

 ガーゴイルに対しては、対空手段のある近接、あるいは射撃。


 おすすめ防具。

 重装すぎるとガーゴイルの急襲に対応しづらい。

 だが軽装すぎるとゴーレムの一撃で終わる。


 つまり――。


「中装だな」

 俺は小さく呟いた。


 優奈が戦いながら聞き返す。


「何がですか⁉」

「企業向け推奨防具」

 俺は言う。

「重装一辺倒はダメだ。ガーゴイルの急襲に反応できなくなる。かといって軽装だとゴーレムの一発が重い」


 優奈が「あー!」と声を上げる。


「つまり、バランス型!」

「そういうことだ」


 さらに言えば、ヘルメットや肩周りの保護は厚めにしたい。

 ガーゴイルは上から来る。

 つまり首、肩、頭を狙いやすい。


 逆に脚部は、ある程度機動力重視でもいい。

 ゴーレムは遅い。

 ガーゴイルに反応できる足の方が大事になる。


 優奈は次々に初手の敵を処理しながら、配信向けに言う。


「とりあえず今のところ!」

「刃物だけで楽に行ける感じではないです!」

「ゴーレムは硬いですし、ガーゴイルは上から来ます!」


 コメント欄がまた流れる。


「企業勢向けの情報ありがたい」

「重装だけじゃダメそう」

「対空必須?」

「一階でこれ、上どうなるんだよ」


 ……俺も同感だ。


 これが一階。

 つまりこのダンジョンは、最初から“複合処理能力”を要求している。


 単純な火力集団では足りない。

 地上と空の連携に対応できる編成。

 装備も、防具も、役割分担も、全部必要だ。


 企業が参入判断をするなら、確かに知りたい情報だろう。

 だが同時に、参入障壁としてはかなり高い。


 優奈が一旦距離を取り、こちらを見た。


「ユウマくん、これって……」

「企業的には?」

「高い」

 俺は即答した。

「必要装備も、人材の質も、初期投資が重い。だが、逆に言えばそれを超えられる企業なら独占しやすい」


 ルクセンブルク政府が“企業誘致”に走る理由が、ここでようやく肌感覚で理解できた。


 自国だけでやるには、要求される準備が細かすぎる。

 だったら最初から、そういう準備に慣れた組織を呼ぶ方が早い。


 優奈がゴーレムの最後の一体を処理しながら言う。


「なんか、一階なのにもう疲れます」

「正しい感想だ」

 俺は頷く。

「このダンジョン、一階から企業向けだ」


 その言葉に、優奈は「嫌すぎますね!」と返した。

 だが、その笑いの奥には少しだけ高揚もあった。


 優奈はこういう“普通じゃない”ダンジョンを見ると、怖がりながらも前に出たがる。

 厄介だが、それが強みでもある。


 配信はまだ続いている。

 ルクセンブルク側の担当者たちも、少し離れた位置で端末越しにそれを見ているはずだ。


 俺は小さく息を吐いた。


(……だから毎回なんで俺なんだよ)


 だが、呼ばれる理由は分かる。


 複数の魔物。

 複合戦術。

 初手から地上と空。

 単なる戦闘力じゃなく、“企業が参入判断できる形”に整理する必要がある。


 そういうのをやるのは、たしかに俺の役目だ。


 嫌だけど。


 優奈が配信越しに笑った。


「ということで!」

「ルクセンブルクの新規ダンジョン一階層、いきなり普通じゃありません!」


 その明るい言い方に、コメント欄がまた盛り上がる。


 俺はその横で、すでに次の項目を頭の中で並べていた。


 推奨武器。

 推奨防具。

 対空の必要性。

 初期要員の最低人数。

 企業向けの危険度評価。


 この一階だけで、拾える情報はかなり多い。


 つまり――このダンジョン、かなり面倒だ。


 だが面倒なほど、情報には価値がある。


(つづく)

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