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第62話 一位の報酬と、《資本主義》の正体

 一位の発表から数分後も、会場の空気はざわついたままだった。


 歓声。

 ざわめき。

 スポンサーのロゴが流れる巨大スクリーン。

 そして、その全部とは少しだけ距離を置くように立っている優奈。


 優奈はトロフィーらしきものも、賞金ボードらしきものも出てこないステージを見回してから、ようやく俺の方を振り返った。


「……あれ?」


 小さく首を傾げる。

 そして数秒考えてから、ようやく本当に不思議そうな顔になった。


「これだけ頑張って一位になって、ご褒美なしですか⁉」

 声が綺麗にマイクに乗った。


 会場のざわめきが、一瞬だけ変な方向に揺れる。

 実況席の人間が笑いを堪えきれずに肩を震わせた。


 ……そうだった。

 優奈はこういう時、妙にまっすぐだ。


 司会者が苦笑いしながら前へ出る。


『ええと、今回のイベントはですね――』

 通訳がすぐ横で追いかける。

「今回のイベントは、あくまで国を越えた情報収集と腕試しを兼ねて、外国のダンジョンでどこまでやれるか試そう、という趣旨でして……」


 優奈はまだ納得していない顔だ。


『なので、賞金や物品という形でお渡しできるものは、特に用意していません』

 通訳が続ける。

「あるとすれば、情報くらいですね」


「情報……」

 優奈が不満そうに唇を尖らせる。

 勝ったのだ。

 それも一点差とはいえ、ちゃんと一位を取った。

 なのに“はいおしまい”では、納得しづらいのは分かる。


 だが俺は、その単語を聞いた瞬間に意識を切り替えていた。


 ――情報。


 なら、取るべきものは一つだ。


 俺は一歩前へ出て言った。


「一位の報酬として、情報を要求する」

 司会者が目を細める。

 笑顔は崩さない。

 崩さないが、ここから先は“興行”ではなく“交渉”になると理解した顔だ。


『どうぞ』

 通訳が追う。

「何を知りたいですか?」


「《資本主義》の詳細」

 俺は即答した。


 会場の空気が、また少しだけ変わる。


 スポンサー席の何人かが顔を見合わせた。

 実況席は一瞬だけ黙り、そして“それを聞くのか”という顔になる。


 当然だ。

 今日ここに《資本主義》持ちを出した時点で、イベントの裏にある思惑は誰の目にも見えている。

 あとはどこまで口に出すかの問題だ。


 司会者は笑顔のまま、視線だけを奥へ向けた。

 誰かと目配せする。

 そして、数秒後にゆっくり頷いた。


『……優勝者の希望です。リアム?』

 通訳が訳す。


 舞台袖にいたリアム・アンダーソンが、こちらへ歩いてくる。


 《資本主義》の特級持ち。

 さっきまで二位という結果にわずかに悔しそうな顔をしていた男だ。

 だがその悔しさも、今は半分だけ薄れている。

 こういう場に慣れている顔だった。


 リアムはマイクを受け取ると、まず優奈を見た。


『まずは、おめでとう』

 通訳が追う。

「最後のボス十五点を取りに行った判断、あれは見事だった」


 優奈は少しだけ戸惑いながら、でもちゃんと頭を下げた。


「ありがとうございます!」

 それから、まだ少しだけ納得していない声で付け加える。

「でも、やっぱり何か物でほしかったです!」


 会場のあちこちから笑いが漏れる。

 リアムすら口元を緩めた。


『君、面白いな』

 そのあと、彼は視線を俺へ移した。

『で、知りたいのは《資本主義》だって?』


「ああ」

 俺は頷く。

「どういう魔法なのか。何ができて、何ができないのか」


 リアムは少しだけ考えて、それから肩を竦めた。


『いいよ。今日の負け分だ』

 通訳が訳す。

「ただし、全部は言わない。核心だけだ」


 それで十分だ。


 リアムはマイクを持ったまま、会場全体に聞かせるように話し始めた。


『《資本主義》は、ダンジョン内で市販品を売買できる魔法だ』

 優奈が「売買……?」と小さく呟く。


 リアムは続ける。


『正確に言えば、ダンジョンの外で現金を魔法にチャージする』

『そのチャージ残高を、ダンジョン内で消費する』

『そして、現実に売られている物なら、ほとんど何でも買える』


 会場がわずかにどよめく。


 分かりやすい。

 分かりやすすぎる。


 優奈が目を丸くした。


「えっ、じゃあ……ダンジョンの中で弾とか、回復用品とかも……?」

『買える』

 リアムはあっさり言う。

『銃も、弾も、工具も、食料も、医療品も。現実に売ってる市販品なら、基本的にはな』


 ……やっぱりそうか。


 俺は黙って聞きながら、頭の中でいくつもの盤面を開いていた。


 外で金を積む。

 中で必要なものを買う。

 買えるものは現実に流通している市販品。

 つまり“魔法そのものの強さ”というより、“現実の物流と経済”をダンジョンに接続する特級だ。


 名前通り。

 嫌になるくらい名前通りだ。


 優奈は素直に感心した声を出した。


「すごいです……」

 それから、少しだけ眉を寄せる。

「でも、それって……めちゃくちゃお金かかりますよね?」


『その通り』

 リアムが笑う。

『安くはない。むしろ高い。だからこそ《資本主義》は、金が回る場所で強い』


 そこだ。


 俺はようやく口を挟んだ。


「今回のイベントの目的は、それか」

 リアムがこちらを見る。


「《資本主義》が最も生きるダンジョンを探すこと」

 俺は言った。

「魔法と相性がよくて、なおかつアメリカの利益になる舞台を探す。違うか?」


 リアムはそこで、少しだけ本気の顔になった。

 図星を刺された顔だ。


『……違わない』

 通訳が追う。

「今回のイベントは、そういう目的もある」


 司会者が苦笑いしながら補足した。


『企業としては、当然、投資先を見極めたいからね』

 通訳がすぐ訳す。

「《資本主義》は派手に見えますが、どこでも最強というわけではない。金を使えば解決する構造が、ダンジョン側にあるかどうかが重要なんです」


 俺は頷いた。


「日本ダンジョンは向いてない」

 リアムがすぐに返した。


『そう』

『日本のダンジョンは、アメリカより魔物は倒しやすい。だけど、ランダム要素が多すぎる』


 優奈が首を傾げる。


「ランダム要素?」

 リアムは指を折るようにして説明した。


『分岐、罠、ドロップの偏り、階層ごとの個体差』

『つまり、どれだけ金を積んでも“安定して勝てる型”になりにくい』


 なるほど。

 日本ダンジョンは“運用”が強い。

 だが運用が強いということは、逆に言えば単純な物流の暴力では押し切れないということだ。


 リアムは続ける。


『企業が欲しいのは、再現性だ』

『金を入れた分だけ、きちんと成果が出る構造』

『日本は面白い。だが、面白いだけじゃ金にならない』


 そこまで言われると、少しだけ腹が立つ。

 だが間違ってはいない。


 日本ダンジョンは、たしかに“面倒くさい”。

 安定して稼ぐには向いていない。

 その代わり、上手く解けば強い。

 ユウマという軍師が価値を持つのは、そういう場所だからだ。


 司会者が明るく言った。


『だから、他も当たるんだよ』

『アメリカより稼げる場所があるかもしれないし、《資本主義》がもっと活きる地形やルールがあるかもしれない』


 優奈はその言葉を聞いて、小さく「なるほど……」と頷いた。


 俺も同じ結論に達していた。


 納得だ。


 アメリカ企業がこのイベントを開いたのは、ただ派手な国際試合をやりたかったからじゃない。

 《資本主義》が一番金を生み、かつアメリカ企業の利益に直結する“舞台”を探していたのだ。


 日本を試し、比較し、ランキングにして可視化する。

 いかにも企業らしいやり方だ。


 優奈がそこで、ぽつりと聞いた。


「じゃあ……今回、リアムさんが負けたのって」

 リアムが少しだけ笑う。


『君たちが、僕の土俵に乗らなかったからだ』

 通訳が訳す。

「僕は“買って揃える”側の魔法だ。君たちは“持って入れる”側の魔法だった」


 優奈が「あ」と小さく声を漏らす。


 《携行許可リュック

 あれを、もう隠し通すのは難しい。

 61話でライブ配信に乗ってしまった以上、少なくとも“超レアな物流系魔法”だと認識されたはずだ。


 リアムはそれを分かった上で、わざと口にしない。

 口にしないことで貸しを作る。

 そういう顔をしている。


 俺は静かに言った。


「……二位が言うと、嫌味だな」

 リアムが肩を竦めた。


『負けたのは事実だ。けど、学べることは多かった』

 それから少しだけ目を細める。

『君たちの魔法も、ね』


 やっぱりそこに行く。


 当然だ。


 会場のスポンサー席では、何人かがまだ優奈の方を見ている。

 商品を見る目。

 投資先を見る目。

 値札を付けようとする目。


 吐き気がする。


 優奈はそこまで深く理解していない。

 いや、分かってはいるが、今はまだ“勝った”気持ちの方が大きい。

 それでいい。

 今全部分からせる必要はない。


 司会者が場をまとめるように手を叩いた。


『さて! これで優勝者への情報報酬も完了だ!』

 明るい声。

 だが俺は、その軽さの奥にある企業の計算を見ていた。


 優奈がそこで、少しだけ残念そうに言った。


「やっぱり、物はないんですね……」

 まだ言うか。


 会場がまた笑う。

 司会者が肩を震わせながら答える。


『欲しいなら、次はスポンサー契約を勝ち取ってくれ』

 通訳が追う。

「そうすれば、いくらでも“物”は動くよ」


 その言い方が、いかにもアメリカらしくて、少しだけ気分が悪い。


 何でも商品にする。

 何でも契約にする。

 だから《資本主義》なんて名前の特級が“看板”になる。


 優奈は困ったように笑った。


「うーん……」

 それから俺の方を見て、小声で言う。

「なんか、勝ったのに疲れました」


「俺もだ」

 短く返す。


 正確には、勝ったから疲れた。


 勝てば目立つ。

 目立てば狙われる。

 狙われれば、守るものが増える。


 リアムは去り際に一度だけこちらを振り返った。


『またどこかで会おう、ユウマ』

 通訳が訳す。

 俺は短く答える。


「会いたくないな」

 リアムは笑った。


『そう言う奴ほど、また会うんだよ』


 嫌なことを言う。

 でも、たぶんその通りだ。


 特級が解禁された世界で、資本主義と携行許可が一度同じ舞台に立った。

 それで終わるほど、世の中は大人しくない。


 会場を出る時、優奈がふと聞いた。


「ユウマくん」

「ん?」

「資本主義って、強いですね」


「ああ」

「でも、私たち勝ちましたよね」

 優奈が少しだけ得意そうに笑う。


 俺は溜め息を吐いた。


「勝った」

「一点差だけど」

「一点差でも一位です!」

 優奈が言い切る。

 その通りだ。


 点差が一でも、順位は変わらない。

 勝ちは勝ち。


 そして、その勝ちの代償として、アメリカに《携行許可リュック》の価値が広まった。


 俺は空港へ向かう車の窓から、アメリカの夜景を見た。

 派手で、明るくて、金の匂いがする。


 資本主義の魔法の正体は分かった。

 アメリカ企業の狙いも分かった。

 だからこそ、次はもっと面倒になる。


 それでも。


 優奈は一位だった。

 そして、その事実は消えない。


(つづく)

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