第61話 弾薬の雨と、一点差の一位
競技開始前のブリーフィングは、いかにもアメリカらしかった。
巨大なスクリーン。
企業ロゴ。
軽快すぎるBGM。
そして、司会者の妙に明るい声。
『ルールはシンプル! 制限時間は一時間! 小型魔物一体一ポイント、中型三ポイント、大型五ポイント! さらに各階層のボスは特別加点、討伐で十五ポイント!』
――そこだ。
俺はモニター越しに、あらためて数字を頭の中で並べた。
小型一。
中型三。
大型五。
そして、ボス十五。
派手に見えるのはボスだ。
だが、一時間という制限時間の中で、最も大事なのは“移動ロス”と“弾薬効率”になる。
大型を追って走り回るより、小型と中型を途切れず回収した方がポイント効率はいい。
だが終盤、弾薬か時間が尽きそうになった時――ボス十五点は、一発逆転の選択肢になる。
つまりこの競技は、最初から最後まで“盤面の読み”が要る。
優奈は控室で、バトルライフルを膝の上に置いて、静かに呼吸を整えていた。
新品というわけではない。
試射場で何度も撃ち、手に馴染ませた一本だ。
銃身の重さも、肩に来る反動も、優奈の中ではもう“知らないもの”ではなくなっている。
俺は隣で言った。
「最初の三十分で撃ちすぎるな」
短く。
「でも、抑えすぎるな。序盤のポイントを捨てるな」
優奈が頷く。
「はい」
それから、小さく笑った。
「難しいこと言ってますよ」
「難しいから競技なんだろ」
俺が言うと、優奈はくすっと笑う。
だが、その目は真剣だ。
「大丈夫です」
優奈は自分に言い聞かせるように言った。
「最初は銃。弾があるうちは銃で稼ぐ。弾切れしたら、刀の力試し」
「そうだ」
俺は頷く。
「魔力を込めた黒刀が、アメリカの鎧相手にどこまで通るか。そこも見たい」
優奈がバトルライフルを軽く持ち上げる。
握り直した手に迷いはない。
「行ってきます」
「勝ってこい」
俺は短く返した。
優奈はそこで、少しだけ得意げに笑った。
「勝ちます」
その顔を見て、少しだけ胃の痛みが軽くなる。
怖がってはいる。
でも、前を向いている。
画面の向こうでは、アメリカ側の参加者たちもスタート位置につき始めていた。
《資本主義》所有者――リアム・アンダーソンの姿もある。
スポンサー名の入った軽装。
無駄のない笑み。
いかにも“勝つ前提”で立っている顔だ。
だが、だからこそ思う。
開催国だからって勝てると思うなよ。
ルールの穴は、こっちが使う。
スタートの合図が鳴った。
優奈は動いた。
いや、動く前に、座り込むように一瞬だけ低くなった。
観客席がざわつく。
競技が始まった瞬間に、走らない。
飛び出さない。
まずやることは一つ。
――組み立てだ。
優奈は《携行許可》から、練習通りの順番で部品を引き出していく。
銃本体。
弾倉。
予備弾薬。
簡易のクリーニングキット。
最低限の固定具。
手順は反復した。
考えずに組めるところまで持っていった。
だから速い。
観客から見れば、優奈はスタート直後にしゃがみ込み、黙々と何かを組み立てているように見えただろう。
だがその数秒が、勝負を分ける。
ライフルが完成する。
弾倉を装填。
初弾を送り込む。
そこで初めて、優奈は立った。
アメリカダンジョン一階層は、想像通りだった。
鎧を着た小型魔物が多い。
数が多い。
そして――遅い。
動きが遅い。
いや、普通の人間には遅くない。
だが、優奈には遅い。
《思考強化(速度寄り)》を入れた優奈の視界では、相手の動きが一段遅れて見える。
さらに、鎧があるせいで動作が重い。
歩幅も、腕の振りも、構えも、全部が読みやすい。
優奈が撃つ。
ヘッドショット。
鎧は厚い。
だが頭部は別だ。
小型魔物が一体、倒れる。
一ポイント。
優奈は止まらない。
次。
次。
次。
練習通りだ。
小型なら一発。
運悪くガードされても、二発か三発で仕留められる。
狙うのは胴じゃない。
頭。
頭が通るなら、ポイント回収の速度が段違いになる。
画面越しの実況が声を上げる。
『ジャパニーズ・プレイヤー、ユウナ! スタート直後の組み立てから一気に実戦投入! しかも精度が高い!』
当然だ。
速さだけじゃない。
優奈は“どの敵を先に撃つべきか”も見えている。
中型が見えたら三ポイント。
だが遠い中型を追って移動するより、手前の小型三体を拾った方が早い。
そういう取捨選択が、思考強化で一気に回る。
序盤は理想的だった。
小型を刈る。
中型を拾う。
大型は無理に追わない。
大型五点の魅力に引っ張られず、とにかく“撃てる相手”を確実に回収していく。
それが、ポイント効率のゲームの正解だ。
だが、正解は正解のままでは終わらない。
三十分経過。
優奈は一度だけ岩陰に身を滑り込ませ、リュックの中を確認した。
弾薬残量。
七割、使っている。
――速い。
予想より少し早い。
序盤の回収効率が良すぎたせいでもある。
撃てる相手が多すぎたせいでもある。
このまま撃ち続ければ、後半で一気に失速する。
俺はモニター越しに、優奈の表情の変化を見た。
焦ってはいない。
だが、計算し直している顔だ。
優奈はもう、ただの“言われた通りに動く配信者”じゃない。
途中で勝ち筋を組み換えられる。
優奈が小さく呟いたのが、口元の動きで分かった。
「変えます」
戦略変更。
ここからは銃だけで稼がない。
優奈は狭い通路へ移動し、わざと敵に見つかる位置を作る。
音を立てる。
視認させる。
引き付ける。
敵が集まる。
一本道に寄る。
固まる。
そこで優奈はライフルを一旦下げ、刀を抜いた。
黒刀。
第五層踏破報酬の特殊魔石を吸い、レベル三まで育った刀。
鍔には細い銀の筋が走っている。
優奈が息を吐く。
《延長(斬撃)》
刃が伸びる。
まとめて切るための斬撃。
一本ずつ頭を抜くより、密集した敵をまとめて処理する方が弾薬効率はいい。
刀身に魔力を通す。
以前より、流れがいい。
魔力伝導が伸びている。
そして許容量も上がっている。
つまり、以前より多くの魔力を刀に通せる。
優奈が横薙ぎに振る。
斬撃が走り、まとめて小型を切り捨てる。
中型も、足が止まっていれば通る。
実況席がざわつく。
『ライフルからブレードへ切り替えた! しかも、敵をまとめて削っている!』
『あの刀、ただの近接武器じゃないぞ……!』
当然だ。
ただの近接武器じゃ、ここまで持ってきていない。
優奈は銃と刀を使い分ける。
遠い相手には銃。
密集には刀。
弾薬の消費を抑えながら、それでもポイントは落とさない。
四十五分経過。
残り十五分。
ここで優奈は、予定外の行動に出た。
ボス部屋へ向かったのだ。
観客がどよめく。
実況も一瞬言葉を失う。
当然だ。
残り十五分でボスに行くのは、賭けだ。
ボスで時間を食えば、その間の雑魚ポイントを失う。
しかも失敗すればゼロ。
だが、ボスは十五ポイント。
さっきの計算し直しは、ここに繋がっていた。
――弾薬が少なくなっている。
このまま後半を雑魚狩りだけで押し通すと、終盤に弾切れが来る。
弾切れ後の失速が怖い。
なら、今まだ“撃てるうちに”高配点を拾う。
ボスに賭ける。
優奈は賭けに出た。
ボス部屋の扉が開く。
出てきたのは――巨大なアルマジロだった。
丸い。
硬い。
そして見るからに“物理で転がる”タイプだ。
実況が叫ぶ。
『アメリカダンジョン一階層ボス! 大型アルマジロ型モンスター!』
優奈は数秒で理解した。
攻撃を受けると、丸くなる。
丸くなって転がる。
体当たりで押し潰す。
だが、丸くなった時――頭の位置だけは、完全には守れていない。
バトルライフルの貫通力。
中距離の精度。
そして、優奈の処理速度。
行ける。
優奈は距離を取り、頭部へ撃つ。
一発。
二発。
三発。
転がる。
優奈は横へずれる。
思考強化で動線を読む。
弾を送る。
頭部へ。
アルマジロが転がりを解く前に、さらに撃つ。
予想的中。
頭が弱点だ。
しかも、バトルライフルなら安定して通る。
優奈は躊躇しない。
撃つ。
撃つ。
撃つ。
ボスは、まさかの瞬殺に近い形で崩れた。
実況席が絶叫する。
『速い! 速すぎる! ユウナ、ボス討伐! 残り時間はまだある!』
十五ポイント。
大きい。
大きすぎる。
優奈はそこで止まらなかった。
ボス部屋の周辺に残っていた小型アルマジロを処理し、さらに時間の許す限り、再び雑魚回収へ戻る。
弾薬はもう少ない。
だから無駄撃ちはしない。
中型も、ヘッドラインが見えなければ無理に追わない。
小型優先。
取れるポイントだけを拾う。
そして、一時間が終わった。
結果発表までの数分が、妙に長い。
会場のモニターに、各選手のスコアが少しずつ集計されていく。
実況が盛り上げる。
スポンサーのロゴが踊る。
観客席のざわめきが大きい。
優奈はライフルを下ろし、呼吸を整えていた。
やり切った顔だ。
だが、まだ結果を待っている顔でもある。
俺は画面を見ていた。
リアム・アンダーソン。
資本主義の特級持ち。
何をしたのか、全部は映っていない。
だがスコアは高い。
さすがに高い。
優奈が小さく言った。
「……どうですか」
その声には、さすがに不安が混ざっていた。
「分からん」
俺は短く答える。
本当に分からない。
そして、順位が表示される。
二位。
リアム・アンダーソン。
会場がどよめく。
その時点で、観客はようやく気づく。
――一位が、残っている。
優奈が目を見開く。
一位。
空下優奈。
しかも――一点差。
ボス十五ポイントが効いた。
最後の最後、弾薬が少なくなり、このままだと後半で一気に失速する可能性を読んで、優奈は大型のボスを狙いに行った。
あの賭けが、一点差の勝利に繋がった。
優奈はしばらく固まっていた。
理解が追いつかない顔。
「……え」
小さな声。
「……一位?」
実況が叫ぶ。
『ジャパン! ユウナ・ソラシタ、一位! しかもリアムを一点差で上回った!』
会場の空気が一気に変わる。
驚き。
困惑。
そして――アメリカ側の観客の、理解できないというざわめき。
「……嘘だろ?」
「リアムは銃使ったんだぞ?」
「何で勝てるんだ?」
「日本のあの子、どうやってあの弾数を回した?」
「途中で補給してないだろ?」
「いや、してたら映るはずだ」
「じゃあ何であの量を……?」
そこだ。
驚きの中心は“銃を使ったこと”じゃない。
ライフル自体はルールで許されていた。
問題は、あの弾薬量と、あの機動力がどう両立したかだ。
リアムはスポンサーの補給力込みで強い。
だからこそ、個人であれだけ持ち込み、しかも速度を落とさず回し切った優奈が異常に見える。
優奈は、そんな空気をまだ半分しか理解していないまま、マイクを向けられた。
『ユウナ! 驚きの一位だ! 勝因は何だったと思う?』
優奈は、何も分かっていない顔で、素直に答えかけた。
「え? 弾なら私、リュックにいっぱい――」
俺は反射で立ち上がった。
「言うな!」
叫んだ。
叫んだが、遅い。
もう遅い。
優奈自身も「あっ」と口を押さえた。
だが、会場にはライブ配信のカメラが何台も入っている。
翻訳も同時に走っている。
今の一言は、もう消えない。
アメリカの観客が、一斉にざわついた。
「リュック?」
「バックパック?」
「持ち込み量を無視できる魔法か?」
「そんなのありかよ!」
「資本主義に匹敵するじゃないか……!」
俺の背中が冷えた。
最悪だ。
《携行許可》は、超レア魔法。
便利だが、表に出すほど危ない。
なぜなら、それは戦闘能力そのものではなく――物流を壊す魔法だからだ。
物流を壊す魔法は、国家も企業も欲しがる。
アメリカに、ライブで、しかも資本主義持ちの目の前で、それが広まった。
優奈が青い顔でこちらを見る。
「ユウマくん……」
小さな声。
後悔の顔。
俺は短く言った。
「今は笑え」
優奈が固まる。
「え?」
「一位の顔をしろ」
俺は言い切る。
「それ以外は後で考える」
ここで怯えた顔をしたら、それこそ終わりだ。
弱みを見せるな。
欲しがられる価値がある時ほど、堂々としていろ。
優奈は震えながら、ゆっくり笑顔を作った。
ぎこちない。
でも、それでいい。
実況が興奮したまま叫んでいる。
観客はざわめいている。
企業スポンサーはもう、次の数字の匂いを嗅いでいる。
そして俺は、心の中で思った。
(……また燃える)
勝った。
だから燃える。
世界が広がるほど、優奈の魔法は危険になる。
俺が嫌ってきたのは、ずっとこれだ。
それでも今は、一位だ。
一点差。
ぎりぎり。
それでも確かに、優奈が一位だった。
(つづく)




