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第60話 アメリカの銃と、優奈の勝ち筋

 アメリカは、広かった。


 空港を出た瞬間にまず感じたのは、空そのものの大きさだった。

 日本で見慣れた空よりも、どこか高くて、遠い。


 街の色も違う。

 看板が大きい。

 道路が広い。

 人の歩き方まで、なんとなく“急いでいない”のに圧がある。


 そして何より――。


 ここは、銃社会の本場だ。


 それを意識した瞬間、俺の中で日本の感覚が一段だけ引いた。

 こっちの常識は、こっちの常識。

 ダンジョンも、配信も、スポンサーも、全部が“アメリカのやり方”で回っている。


 だから、こっちで勝つには、こっちの土俵で考えるしかない。


 優奈は空港のガラス越しに見える街並みを見ながら、小さく息を吐いた。


「すごいですね……」

 敬語が自然に出ている。

 知らない国に来た時の優奈は、少しだけ言葉が固くなる。


「広いだろ」

 俺が言うと、優奈はこくりと頷いた。


「広いです」

 それから、少しだけ笑った。

「でも、楽しみです」


 その笑い方を見て、少しだけ安心する。

 優奈は怯えていない。

 緊張していても、前を向いている。


 アメリカ企業主催のランキング戦。

 向こうのダンジョンを攻略し、結果のいい順にランク付けする。

 競技としては単純だが、裏ではスポンサーと数字と見栄が絡む。


 しかもアメリカ側には《資本主義》の特級持ちがいる。


 普通に考えれば、最初から不公平だ。


 けれど、ルールを細かく見た瞬間に、盤面は変わった。


 荷物は持ち込める。

 持てるなら、どれだけでも。


 ――なら、この勝負は優奈が一番強い。


 《携行許可リュック》がある限り。


 ホテルに荷物を置いたあと、俺たちはすぐに外へ出た。


 観光ではない。

 準備だ。


 優奈は「せっかくアメリカに来たのに最初に行くのが観光地じゃないの、ちょっと面白いですね」と笑っていたが、目的地を見た瞬間、笑いは少し引っ込んだ。


 銃販売店。


 大きな看板。

 ガラス越しに見える棚。

 そして、普通に並んでいる“銃”。


 日本人の感覚だと、どうしても違和感がある。

 それがここでは、ただの商品として置かれている。


 優奈が小声で言った。


「……本当に、売ってるんですね」

「アメリカだからな」

 俺は短く答えた。

「ダンジョン配信者向けの需要もある。むしろ、あるのが普通だ」


 自動ドアが開く。

 店内は思ったよりも落ち着いていた。

 金属の匂いと油の匂い。

 壁一面に並ぶ銃。

 棚ごとに口径や用途が分類されている。


 店員は、俺たちを見て一瞬だけ目を細めたが、すぐに営業用の笑顔になった。


「Welcome. Looking for something specific?」


 相良から事前に送られていた翻訳サポート用の端末を起動しながら、俺は答えた。


「ダンジョン用だ」

「中距離で、鎧持ち相手に安定して通るやつ」

「初心者でも扱いやすいものを見たい」


 店員はそこで、少しだけ本気の顔になった。


「Got it. Not a toy, then.」


 おもちゃじゃない。

 その言い方が、アメリカらしかった。


 優奈は横で静かに棚を見上げている。

 目は真面目だ。

 怖がる様子はないが、気軽に手を伸ばす感じでもない。


 それでいい。


 俺たちが今回探しているのは、派手な一丁じゃない。

 “最もリュックに入って、最も強い一丁”だ。


 ダンジョン内で使う。

 ポイント制の競技で使う。

 相手は鎧持ちで、数が多く、動きが遅い。


 つまり必要なのは、次の三つだ。


 貫通力。

 扱いやすさ。

 弾薬コストの安さ。


 店員が何本か候補を出してくる。

 ショットガン。

 カービン。

 軽機関銃。

 そして、バトルライフル。


 俺はそれを見た瞬間に、ほぼ答えが見えた。


 優奈が小さく首を傾げる。


「ユウマくん、これ……どう違うんですか?」

 俺は一本ずつ見ながら説明した。


「ショットガンは近い」

「当てやすいが、今回は距離がある。鎧にも不安がある」


 次の一本を指す。


「カービンは軽いし連射しやすい」

「でも、貫通が足りない。アメリカダンジョンの鎧持ちを安定して抜けるかが微妙だ」


 軽機関銃のところで、優奈が少しだけ目を輝かせた。


「これ、すごそうです!」

「すごい」

 俺は即答した。

「でも重い。弾も食う。撃ち続ける前提の武器だ。今回は違う」


 そして最後に、バトルライフルを取る。


 見た目は派手じゃない。

 だが、芯がある。

 中距離。

 高い貫通力。

 連射も最低限いける。

 初心者でも“扱い方を間違えなければ”ちゃんと仕事をする。


「これだな」

 俺が言うと、優奈が目をぱちぱちさせた。


「もう決まりですか?」

「ほぼな」

 俺は頷いた。

「貫通力が高くて、鎧持ち相手に安定する。しかも、優奈でも扱える」


 優奈が少しだけ胸を張る。


「私、思考強化ありますから!」

「それも大きい」

 俺は言った。

「敵が遅いならなおさらだ。思考強化があれば、相手の動きが“止まって見える”に近くなる」


 優奈が店員に視線を向ける。

「試せますか?」


 その言い方が、もう前向きだ。

 以前の優奈なら、ここで一瞬遠慮した。

 今は違う。必要なら試す。


 店員は笑った。


「Of course. Range is in the back.」


 試射場は、店の奥にあった。


 防音ガラス。

 区切られたレーン。

 金属臭。

 射撃音が壁の向こうで鈍く響く。


 優奈は最初、バトルライフルを受け取った瞬間に少しだけ肩に力が入った。

 重さを測るみたいに両手で持ち、構え、すぐには撃たない。


 俺は横で見ながら言った。


「無理に力を入れるな」

「反動は来る。でも、お前なら抑えられる」


 優奈が頷く。


「……はい」

 短く息を吸う。


 最初の一発。


 銃声。

 肩が少しだけ揺れる。

 だが、体勢は崩れない。


 優奈が目を見開いた。


「思ったより……」

 もう一発。

 三発。

 五発。


 狙いが乱れない。

 いや、乱れてはいる。

 だが“次の修正”が早い。


 思考強化(速度寄り)を薄く入れているのだろう。

 処理速度が上がっている。

 反動の戻りと照準の修正を、即座に組み立て直している。


 店員が感心した顔になる。


「She learns fast.」


 早い。

 それはそうだ。


 優奈はダンジョンで生き残るために、“処理速度”を積んできた。

 銃は初めてでも、必要な判断の形は似ている。


 優奈が少しだけ興奮した声で言う。


「これ、当てやすいです!」

 語尾が弾んでいる。


「相性がいい」

 俺は即答した。

「アメリカダンジョンの魔物は物理防御が高い。鎧もある。だから威力が必要だ」


 優奈は頷く。

 次の的へ。

 中距離。

 鎧を模した硬質ターゲット。


 撃つ。

 金属音が鳴る。

 貫通力が目に見えて分かる。


 優奈が驚いた顔で振り返る。


「通ってます!」

「だからこれだ」

 俺は言った。

「大口径でもない、重機関銃でもない。バトルライフル一丁。残りは全部、弾だ」


 優奈がぱちぱちと瞬きする。


「一丁だけですか?」

「ああ」

 俺は頷いた。

「一丁で十分だ。お前の強みは《携行許可リュック》だろ」


 優奈の目が、そこでようやく全部繋がった顔になる。


「……あ」

 俺は続ける。


「アメリカ人はたぶん、気づいてない」

「この勝負、銃を使った時点で優奈が一番有利だ」


 優奈は黙って聞いている。

 だから、そのまま全部言う。


「アメリカダンジョンの魔物は鎧持ちで、数が多くて、動きが遅い」

「強い魔物を一体ずつ狩るより、小型と中型をひたすら効率よく回収する方がポイントが伸びる」


 優奈が、ゆっくり頷く。


「……小型一ポイント、中型三ポイント、大型五ポイント」

「そう」

 俺は言う。

「大型一体に手間をかけるより、小型五体の方が早いこともある」


 優奈が笑った。


「じゃあ、私向きですね」

「最高に向いてる」

 俺は即答した。

「思考強化を持っていて、敵の動きが遅い。弾薬を山ほど持てる。相性は最高だ」


 優奈は銃を構え直す。

 さっきより自然に。

 手に馴染ませるみたいに。


 俺はその横顔を見ながら思った。


(向こうがガチで勝ちに来るなら、返り討ちにするまでだ)


 開催国だからって勝てると思うな。

 資本主義だろうがスポンサーだろうが、ルールの穴はこっちが使う。


 日本人を舐めるな。


 店員が別の銃も勧めてくるが、俺は首を振った。


「これでいい」

「いや、これがいい」


 優奈が試射を終えて戻ってくる。

 少しだけ頬が紅潮している。

 楽しいのだろう。

 だが浮ついてはいない。


「……これ、好きです」

 優奈が静かに言った。

「ちゃんと前に飛んで、ちゃんと当たる感じがします」


 その感想が、らしいと思った。

 派手さじゃない。

 “ちゃんと”を大事にするのが優奈だ。


「じゃあ決まりだな」

 俺は言う。


 優奈が頷く。


「はい!」


 店を出る頃には、もう方針は固まっていた。


 バトルライフル一丁。

 残りは全部、銃弾。

 最低限のメンテ道具。

 そして弾切れ後の保険として、刀。


 優奈が歩きながら聞く。


「弾切れしたら、どうしますか?」

 ちゃんとそこまで考えている。

 良い。


「刀だ」

 俺は答えた。

「力試しをする」


 優奈が目を丸くする。


「力試し?」

「第五層の報酬で強化した黒刀」

 俺は言う。

「魔力を込めた時、どの程度効くか。アメリカダンジョンの鎧相手に試すにはいい機会だ」


 優奈は少しだけ嬉しそうに笑った。


「なるほど……!」

「弾で稼いで、最後に刀で確認する」

「そういう感じですね」


「そういう感じだ」

 俺は頷く。

「最初から全部やろうとするな。弾があるうちは銃で勝つ。切り替えるのは弾が尽きてからだ」


 優奈が真面目な顔で復唱する。


「弾があるうちは銃。尽きたら刀」

「それでいい」

「はい!」


 ホテルへ戻る道すがら、街のネオンが派手に光っている。

 アメリカ企業の看板。

 スポーツの広告。

 配信者の顔。

 全部が“数字になるもの”として街に貼られている。


 資本主義の国だな、とあらためて思う。

 特級魔法の名前が《資本主義》なのも、ある意味では笑えないくらい似合っている。


 だが、だからこそ思う。


 勝つ。


 向こうが金とルールで盤面を作るなら、こっちはその盤面で一番効率よく勝つ。


 優奈がホテルの前で足を止めた。


「ユウマくん」

「ん?」

「……私、勝ちたいです」

 まっすぐな声。


「勝てる」

 俺は短く答えた。


 優奈が少しだけ笑う。


「じゃあ勝ちます」

 その言い方が、昔よりずっと強い。


 部屋に戻ったあと、俺は机の上に弾薬の計算メモを広げた。

 優奈は隣で、バトルライフルの扱い方の映像を黙々と見ている。


 もう、準備は始まっている。


 これは火力勝負じゃない。

 これは補給戦。

 補給戦なら、負ける気がしない。


(つづく)

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