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第59話 アメリカ式の“競技”と、持ち込み無制限の言質

 第五階層を突破してから、優奈の空気はまた少し変わった。


 強くなった、というのは単純な言い方だ。

 実際に変わったのは、勝った後の立ち方だった。


 前までは、勝ったあとでもどこかおそるおそる周囲を見ていた。

 本当に終わったのか。

 本当に自分がやったのか。

 そう確かめるみたいに。


 今は違う。


 怖がっていないわけじゃない。

 むしろ前よりずっと、何が怖いか分かっている。


 それでも、前に出る。


 それが今の空下優奈だった。


 当然、学校ではまた噂になっていた。


「五層突破ってマジ?」

「しかも単独だろ?」

「やばすぎだろ」

「四層十五分で倒したってだけでも意味分かんなかったのに」

「止まんねえな、あいつ」

「どうなってるんだよ、ほんと」

「もう初心者配信者って言い方無理あるだろ」

「裏にyumaいるからってレベルじゃなくね?」

「いや逆に、ここまで来ると本人がやばいだろ」


 教室のざわめきを聞きながら、俺は机に頬杖をついていた。


 最近、ずっとこうだ。


 優奈の結果が、そのまま俺の胃に来る。


 本人より明らかに俺のほうがダメージ受けてるよな……この流れ。

 そう思いながらも、口には出さない。


 言ったところでどうにもならないからだ。


 昼休みの終わり際、優奈が小さく言った。


「ユウマくん」

「ん?」

「放課後、ミーティングですよね」

「ああ」


 相良から「面白い話があります」とだけ連絡が来ていた。

 相良がそう言う時、大体ろくでもない。


 優奈は少しだけ笑って言った。


「今度はどこの国なんでしょう」

「知りたくないな」

 俺がそう言うと、優奈がくすっと笑う。


「でも、ちょっとだけ気になります」

「気になるのかよ」

「だって、最近のユウマくん、嫌そうな顔しながら結局ちゃんと考えるので」


 ……否定できないのが腹立たしい。


 放課後。


 クランのミーティングルームに入ると、相良はいつもの笑顔で待っていた。

 資料はすでに用意されている。

 その時点で嫌な予感しかしない。


「お疲れ様です」

 相良はいつも通り柔らかく言った。

「まずは第五階層突破、おめでとうございます」


「ありがとうございます!」

 優奈がぺこりと頭を下げる。


 相良はすぐに本題へ入った。


「さて」

 笑顔のまま、画面を切り替える。

「今度はアメリカからです」


 俺は思わず眉を寄せた。


「……国家案件か?」

「いえ」

 相良が首を横に振る。

「今回は、企業案件です」


 企業。


 その単語だけで、国家案件とは別の嫌さがある。


 相良が続ける。


「依頼というよりは、“面白そうだからやってみよう”という誘いですね」

「アメリカのダンジョン配信者が日本のダンジョンを攻略する」

「日本のダンジョン配信者がアメリカのダンジョンを攻略する」

「その結果を比較し、成績順にランク付けする――という企画です」


 優奈が目を丸くした。


「えっ、おもしろそうです!」

 反応が早い。

 しかも結構前向きだ。


 俺は逆に、資料に目を走らせた瞬間、嫌な予感が現実になるのを感じた。


「……これ卑怯だろ⁉」

 思わず声が出た。


 相良が笑顔のまま言う。


「どのあたりがでしょうか」

「全部だよ!」

 俺は画面を指差す。

「参加メンバーのところ、見ろよ!」


 そこには、アメリカ側参加者一覧が並んでいた。


 その中に、一つだけ異様な文字がある。


 ――特級魔法《資本主義》所有者、参加予定。


 優奈もそれに気づいて息を呑んだ。


「し、資本主義……」

 名前だけは、もう世界中に知れ渡っている特級の一つ。


 能力の中身は不明。

 だが、分からないからこそ怖い。


 俺は頭を抱えそうになりながら言った。


「能力知らないけど、絶対強いだろこんなの」

「一位持って行かれるに決まってるだろ⁉」

 資本主義だぞ。

 名前の時点で不穏だ。


 相良は画面を見ながら、わずかに肩を竦めた。


「たしかに、こちらも最初はそう思いました」

「でしょうね!」

「ですが、ルールを細かく見ると、まだ断定はできません」


 俺は黙った。

 相良が“ルールを細かく見ると”と言う時は、盤面に穴がある時だ。


 一方、優奈はというと。


「行きます!」

 きっぱり言った。

「私、行きたいです!」


 俺は思わずそちらを見た。


「お前な……」

「せっかくここまで軌道に乗ったのに、ここで結果悪くて自信失ったらどうするんだよ」


 優奈は即座に首を横に振った。


「自信、失いません!」

 珍しく言い切る。

「大丈夫です。やってみたいんです」


 その言い方に、少しだけ俺は言葉を詰まらせた。


 昔の優奈なら、こういう時は“頑張ります”と言っていた。

 今は違う。

 “やってみたい”と言う。


 積み上げたものがあるから、そう言えるのだ。


 相良がルールを表示する。


「基本ポイントはこうです」

「小型魔物一体につき一ポイント」

「中型三ポイント」

「大型五ポイント」

「制限時間内に、どれだけ効率よくスコアを積めるか」


 俺はそこで、初めて少しだけ考え方を変えた。


 大型五ポイント。

 たしかに見た目は派手だ。

 だが、小型五体でも同じ五ポイント。

 中型二体で六ポイント。


 ……これ、ボス戦じゃない。


 ポイント効率のゲームだ。


 相良が続ける。


「なお、使用魔法は自由」

「現地で得たドロップ品の使用も自由」

「途中交代なし。参加者ごとの単独スコア制」


 俺はまだ資料を見ていた。

 アメリカ企業側のルール文面。

 雑に見えて、穴がありそうな作り。


 優奈がこっちを見て言う。


「ユウマくん?」

「……まだ決めるな」

 俺は短く言った。

「勝算を探す」


 相良がわずかに口元を上げる。


「それを期待していました」

 ほんと性格悪いな、この人。


 その日のミーティングは、すぐには終わらなかった。


 アメリカ側との顔合わせの前に、細かいルール確認が入ったからだ。

 こっちが不利になる点がないか、相良と俺でひたすら洗う。


 優奈は横で真面目にメモを取っていた。

 そういう時の優奈は、ちゃんと“選手”の顔になる。


 画面越しに、アメリカ企業の担当者が現れる。

 陽気そうな笑顔。

 スーツは派手。

 話し方も軽い。


『やあ、日本チーム! 今回のイベントに興味を持ってくれて嬉しいよ!』

 英語。

 相良の同時通訳が入る。


 俺は相槌もそこそこに、すぐ本題に入った。


「細かいルール確認をしたい」

 相良がそれを丁寧に英訳して伝える。


 企業担当者は、にこやかに頷いた。


『もちろん。フェアにやろうじゃないか』

 ……フェア?

 資本主義持ちが出る企画でフェアとはよく言う。


 俺は資料の細部を見ながら、一つずつ潰していった。


 ドロップ使用可。

 魔法制限なし。

 現地補給あり。

 スポンサー提供物の持ち込みルール。

 配信条件。

 安全装置。


 そして最後に、俺が気になっていた項目へ行き着く。


「荷物の持ち込みについて」

 俺は言った。


 相良が訳す。

 企業担当者は笑顔のまま答えた。


『ギアの持ち込みは自由だよ。使えるものは何でも使っていい』

 曖昧だ。


 俺は即座に聞き返した。


「自由って、上限は?」

 相良が通訳する。


 向こうは一瞬だけ首を傾げ、それから楽しそうに笑った。


『上限? ないよ』

『持てるなら、どれだけでも持ち込んでいい』


 ――その瞬間。


 盤面がひっくり返った。


 俺の中で、バラバラだった情報が一気に繋がる。


 優奈の《携行許可リュック

 補給物資

 煙幕

 ワイヤー

 予備武器

 弾薬

 回復用の最低限資材

 そして――“持てるなら、どれだけでも”。


 俺は思わず、笑いそうになった。


 相良が横目でこちらを見る。

 その表情の変化に気づいたのだろう。


 優奈も小さく言った。


「……ユウマくん?」

 俺は画面から目を離さずに、静かに聞いた。


「確認したい」

「重量制限も、個数制限もないんだな?」


 相良がそのまま伝える。

 アメリカ側担当者は、あっけらかんと答えた。


『その通り。持てるなら何でもいい』

『このイベントは“発想力”も見たいからね!』


 ――言ったな。


 言質を取った。


 俺はそこで、初めてはっきりと勝算を見出した。


 資本主義の特級が強いかどうかは分からない。

 でも、このルールなら関係ない。


 これは火力勝負じゃない。

 物流戦だ。

 補給戦だ。

 運用戦だ。


 そして運用戦なら――優奈の《携行許可リュック》は、狂っている。


 優奈が不安そうに言った。


「……もしかして、勝てますか?」

 俺は短く答えた。


「勝てる」

 その一言に、優奈の顔がぱっと明るくなる。


「ほんとですか!?」

「ああ」

 俺は頷いた。

「大型を取りに行くゲームじゃない。ポイント効率のゲームだ」


 アメリカ側の担当者は、画面越しにこっちの反応を面白そうに見ていた。

 たぶん、俺が何かに気づいたのも察している。


 だが、もう遅い。

 ルールは確定した。


 荷物は持ち込める。

 どれだけでも。


 だったら、優奈は“歩く補給基地”になれる。

 煙幕も、矢対策の補助具も、予備の刃も、消耗品も、全部抱えた上で最短効率のルートを走れる。


 資本主義がどれだけ金で殴ってこようが、ダンジョン内の処理効率で上回ればいい。

 それがポイント制なら、なおさらだ。


 俺は画面越しに言った。


「分かった。参加する」

 相良が訳す。

 アメリカ側担当者が楽しそうに笑った。


『いいね! それでこそだ!』

『じゃあ次は顔合わせに進もうか』


 顔合わせは、想像よりずっと“ショー”だった。


 画面が切り替わり、アメリカ側の参加者が順番に紹介される。

 派手な衣装。

 スポンサー名。

 肩書き。

 フォロワー数。

 全部が数字で飾られている。


 これがアメリカか、と少しだけ思う。

 分かりやすい。

 でも分かりやすいものほど、裏に複雑な思惑がある。


 そして最後に出てきた。


 特級魔法《資本主義》所有者。


 まだ顔は伏せられている。

 企業演出だろう。

 姿を見せないことで価値を吊り上げている。


 俺は心の中で呟いた。


(趣味悪いな)


 だが、嫌いじゃない。

 嫌いじゃないからこそ、厄介だ。


 優奈はその画面を見ながらも、不思議と萎縮していなかった。

 少し緊張している。

 でも、“やってみたい”が勝っている顔だ。


 向こうから英語で挨拶が飛ぶ。

 相良が通訳する。

 こちらも簡単な自己紹介を返す。


 優奈が笑顔で言った。


「空下優奈です! よろしくお願いします!」

 カメラ映えする、ちゃんとした笑顔。

 でも、前みたいな“無理に作った笑顔”ではない。


 俺はその横で、淡々と口を開く。


「結城悠真です」

 それだけ。

 余計なことは言わない。


 アメリカ側の担当者が面白そうに言った。


『おや、君が噂の軍師かい?』

 相良が訳す。


 俺は短く返した。


「ただの裏方だ」

 当然、その程度で済むはずがない。

 向こうは笑っている。

 おそらく楽しんでいる。


 だが、それでいい。


 裏方だと思ってくれるなら、なおさらやりやすい。


 優奈が横で小さく囁いた。


「……ユウマくん」

「何だ」

「ちょっとだけ、わくわくしてきました」

 声が弾んでいる。


 俺は溜め息を吐いた。


「俺は胃が痛い」

「でも、勝てるんですよね?」

 優奈が聞く。


 俺は画面の向こうの“資本主義”のシルエットを見ながら言った。


「ルール上はな」

 そして、わずかに口元を上げた。

「持ち込めるなら、話は別だ」


 優奈が笑った。


「よかったです!」

 その笑顔は明るい。

 けれど以前みたいな無邪気さだけではない。

 勝つつもりの顔だ。


 顔合わせの画面は続いていく。

 だが俺の頭の中では、もう次の準備が始まっていた。


 何を持ち込むか。

 どう配分するか。

 ポイント効率をどう最大化するか。

 大型を無視し、小型と中型を回収し続けるルートをどう組むか。


 ――これは、補給戦だ。


 補給戦なら、負ける気はしない。


(つづく)

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