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第55話 四角形の陣地と、一本の“安全な道”

四つの拠点が、ようやく揃った。


 岩山の上。

 岩山の陰。

 岩山と岩山の間に伸びる斜面の端。

 そして、もう一つの岩山。


 四角形の位置関係。


 単体ではただの“避難場所”にすぎない。

 だが四つが揃うと、意味が変わる。


 相互に連携できる。

 どこか一つが攻撃されても、別の拠点から援護が届く。

 煙幕の供給も、ワイヤー滑走路の補修も、カチューシャの設置も――拠点間で分担できる。


 結果として、四角形の内側を“占領”することに成功した。


 ダンジョン内に、安全地帯が生まれた。


 ロシア側の現場指揮官が、珍しく口元を緩めた。


「……基地だ」

 通訳が追いかける。

「ようやく、基地ができた」


 基地。


 言い方が軍隊だ。

 でもロシアでは、このダンジョンは最初から“戦争”だったのだろう。


 優奈が小さく息を吐いた。


「……これなら、落ち着けますね」

 敬語が消えた声。

 安心の声。


 俺は頷いた。


「落ち着けるのは、ここだけだ」

 短く言う。

「外に出たらまた死ぬ」


 安全地帯はゴールじゃない。

 ゴールではなく、スタートだ。


 陣地戦は、陣地を取って終わりじゃない。

 陣地を維持して初めて意味がある。


 そして維持には――資源が要る。


 重工業化の装備確保問題。


 結局ここに戻る。


 重工業化は“倒すほど兵器が増える”。

 しかし倒せなければ増えない。

 増えなければ対空も増えない。

 対空が増えなければ制空権は奪えない。


 詰みは、まだ終わっていない。

 ただ“詰みの外側”に小さな足場ができただけだ。


 俺はその夜、仮拠点の机に資料を広げた。


 天井の魔石。

 地下の魔石。

 頭狩りセンサーの仕組み。

 煙幕でのノイズ乱し。

 破壊班の報告。

 そして――破壊してしまった魔石の欠片。


 欠片を見て、俺は思った。


(壊すな)


 壊したら終わりだ。

 壊したら再利用できない。

 再利用できなければ、同じ罠を作れない。


 逆に言えば――。


 傷つけずに手に入れれば、再現できる。


 俺は思考強化を入れ、頭の中で形を組み立てた。


 天井側の魔石は、ロックと発射の“目”だ。

 地下側の魔石は、発射の“起点”か、あるいは“増幅器”。

 天井と地下が対応している。

 対応しているなら、セットで運ぶ必要がある。


 そして――重要なのはもう一つ。


 この罠は、天使自身も対象になっている。


 ということは、現時点で“フィルタ機能”はない。


 味方識別(IFF)がない。

 敵味方関係なく、条件を満たしたら撃つ。

 だから天使も誤爆する。


 なら、フィルタを付けるのは難しい。

 少なくとも短期間では無理だ。


 ――つまり運用で勝つしかない。


 俺は結論を出した。


「一本道を作る」

 呟く。


 優奈が隣で目を丸くした。


「一本道……?」

「安全な道を一本だけ固定化する」

 俺は説明する。

「それ以外の道を全部罠にする」


 優奈が息を呑む。


「全部……」

「全部」

 俺は頷く。

「人類が通る道は一本。一本道の内側だけが安全。それ以外は殺す」


 ロシア側の指揮官が眉を寄せる。


「それは……危険だ」

 通訳越しでも分かる。

 “味方も死ぬ”作戦だと思っている。


 俺は即答した。


「危険だから、運用を決める」

 短く。

「フィルタがないなら、事故ゼロは不可能だ。事故を最小化するのが現実解だ」


 指揮官は黙る。

 黙るしかない。

 ここはロシアだ。事故ゼロなど最初から存在しない。


 俺は続ける。


「安全道は足元に連続マーカーを置く」

「発光石でも、塗料でもいい。とにかく“線”を作る」

「マーカーから外れたら即停止。それを徹底する」

「解除時間の一時間は入口で必ず点呼。帰還確認」

「緊急合図は笛三回。笛が鳴ったら全員、その場で伏せて停止」


 単純なルール。

 単純だから守れる。

 複雑なら守れない。守れないなら死ぬ。


 指揮官が低い声で言った。


「……軍隊のようだ」

「軍隊だ」

 俺は短く返す。

「ここは戦場だ」


 優奈が小声で言った。


「……でも、どうやって罠を張り巡らせるんですか?」

 核心。

 優奈の疑問はいつも正しい。


 俺は欠片を指で弾いた。


「魔石を回収する」

「天井の魔石と地下の対応魔石を、傷つけずに手に入れる」

「そして別の場所に“再設置”する」


 ロシア側の工業士が息を呑んだ。


「再設置……」

「重工業化で工具は揃う」

 俺は言う。

「掘削、固定具、ワイヤー、滑車。あとは時間」


 時間。

 それが一番高いコストだ。


 魔石の回収は簡単じゃない。

 地下側に辿り着くには斜面を降り、晒される。

 天井側に触れるには長い棒や足場が必要で、作業中に狙われる。


 つまり、“回収作業”自体が戦闘になる。


 ――だから段階的にやる。


 最初は少数だけ回収。

 少数を安全道の要所に設置。

 安全道が安定したら回収班の生存率が上がる。

 生存率が上がれば回収数が増える。


 仕組みが回り始める。


 陣地戦の本質だ。


 翌日、回収作業が始まった。


 まずは天井魔石。


 破壊班が“壊さない叩き方”を覚える必要がある。

 衝撃は与えるが、割らない。

 固定具を緩める。

 周囲の石を削る。


 工業士が作った簡易の足場。

 ワイヤーで固定し、落下を防ぐ。


 その間、天使が上空を旋回する。


 動く影に反応する。

 光槍が落ちる。


 煙幕を張る。

 移動の瞬間だけ。

 作業の瞬間だけ。


 煙が味方の視界を奪う。

 だが作業は“手順”で進む。

 手順があれば目がなくても動ける。


 ロープを辿る。

 発光マーカーを辿る。

 笛で合図を取る。


 優奈が“最後の刃”として待機する。

 天使が低空へ降りた瞬間、発射で届き、羽を切る。


 無双ではない。

 綱渡りだ。


 それでも――届く。


 回収班が天井魔石を一つ、傷つけずに外した。


 その瞬間、全員の空気が少し変わった。


 “破壊”ではなく“獲得”。


 獲得は希望だ。


 次は地下魔石。


 地下はさらに危ない。

 掘削に時間がかかる。

 時間がかかれば晒される。

 晒されれば死ぬ。


 だからここでも運用が必要になる。


 掘削は短時間で区切る。

 一区切りごとに煙幕。

 一区切りごとに点呼。

 一区切りごとに撤退可能な姿勢を保つ。


 そして、地下魔石も一つ回収できた。


 天井と地下のセット。


 これで“再設置”が可能になる。


 俺は地面にチョーク代わりの塗料で線を引いた。


 ☒の字。


 交差する線。

 四角形の安全地帯を中心に、外へ伸ばす。


 線の上だけが通れる。

 線から外れたら死ぬ――くらいの前提で運用する。


 そして線以外の位置に、回収した罠魔石を再設置する。


 天井と地下の対応を合わせる。

 固定する。

 ワイヤーで落下防止。

 作業ログを取る。

 誰がいつ触ったかまで記録する。


 フィルタはない。

 味方識別はない。


 だからこそ、線が命になる。


 ロシア側の指揮官が低い声で言った。


「一本の道に、軍を通すのか」

「そうだ」

 俺は頷く。

「一本道だけ固定化する。人間の動線を“読まれないように”するのではなく、“読まれても死なないように”する」


 指揮官は苦く笑った。


「発想が逆だな」

「逆じゃない」

 俺は言う。

「これがロシアダンジョンの正解だ。敵が賢いなら、こちらも“盤面”で勝つしかない」


 運用は、最後の仕上げが必要だった。


 罠は張りっぱなしでは維持が難しい。

 味方が動けないからだ。


 そこで“解除時間”を作る。


 一日一回。

 一時間だけ罠を解除する。


 解除時間は回収時間。

 魔法ガチャ飴やドロップアイテムの回収。

 倒した天使の残骸から素材を回収。

 重工業化の工具の補修。

 煙幕資材の確認。

 ワイヤーの張り直し。


 その一時間は、最も危険になる。


 罠が消える。

 天使にとっても“通路が開く”時間だ。

 賢い敵なら、そこを狙う。


 だから解除時間の運用も決める。


 入口で必ず点呼。

 解除開始と解除終了を笛で宣言。

 笛三回が緊急停止。

 緊急停止が鳴ったら、全員その場で伏せて停止。

 絶対に走らない。走ると影が動く。影が動くと上から狙われる。


 そして解除時間中に、天使が来た時の最終手段。


 カチューシャ。


 弾数制限は一日三回。

 解除時間に二回使えば、残りは一回。

 それでも、解除時間に死ぬよりはマシだ。


 “使いどころ”が明確な兵器は強い。


 俺は心の中で、また確認した。


(フィルタは作れない)

(だから運用で勝つ)

(運用で勝てなければ、事故が増える)

(事故が増えれば、士気が折れる)

(士気が折れれば、国が燃える)


 優奈が小声で言った。


「……これ、天使も罠にかかるんですよね」

 不思議そうな声。


「かかる」

 俺は頷く。

「フィルタがない証拠だ。だからこそ使える」


 優奈が少しだけ笑った。


「……天使、自分の罠に引っかかるの、変ですね」

「変じゃない」

 俺は言った。

「賢い敵ほど、完璧じゃない。完璧なら詰む。完璧じゃないから穴がある」


 穴を運用で広げる。

 それが軍師の仕事だ。


 ロシア側の担当者が、珍しく小さく言った。


「……これなら、装備が増える」

 通訳が追いかける。

「安定して倒せる。重工業化が回る」


 そうだ。


 装備が回れば、対空が増える。

 対空が増えれば、制空権に手が届く。

 制空権に手が届けば、さらに拠点が増える。


 回り始めた。


 だが同時に、別の火種も見える。


 一本道固定化は強い。

 強いからこそ、敵は学習する。

 天使が安全道の端を狙って崩落させるかもしれない。

 解除時間の一時間を読んで襲撃してくるかもしれない。


 そして――外の世界も燃え続けている。


 成果が出れば、公開を求められる。

 公開は火種だ。

 火種は国際政治を呼ぶ。


 俺は歯を食いしばった。


(燃やすな。燃やさせるな)


 安全地帯を手に入れても、戦いは終わらない。

 安全地帯は、戦いの形を変えるだけだ。


 それでも――今は進んだ。


(つづく)

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