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第53話 煙の五分と、最初の一体

問題は、順番だった。


 ロシアダンジョンは――入った瞬間に頭を撃ち抜かれる可能性がある。

 しかも「まれに」だ。いつ来るか分からない。

 だから下見すら許されない。


 でも、下見ができないと作戦が組めない。

 作戦がないと入った瞬間に死ぬ。


 矛盾。

 詰み。


 ……だからこそ、穴を作るしかない。


 会議室で俺は、机の上に指を二本置いた。


「結論から言う」

「“入場死”を一回だけ無理やり受けて、五分で盤面を変える」


 ロシア側の担当者が眉を動かす。

 その動きの小ささが、この国の“余裕のなさ”を物語っていた。


「五分?」

 通訳越しの声が短い。


「シールドだ」

 俺は言った。

「入る直前にシールドを張る。頭狩りビームの直撃を防ぐ。――その間に煙を撒き、センサーを潰す」


 優奈が目を見開く。


「シールド……!」

 敬語のまま、でも語尾が上がる。

「でもユウマくん、シールドって……コスパ悪いって……!」


「嫌いだ」

 俺は即答した。

「延命になる。延命は長居に繋がる。ロシアは長居が死だ」


 それでも使う。

 “最初の五分”だけは。


 ロシア側の担当者が低い声で言う。


「誰がシールドを張る」

「魔力量が多い精鋭」

 俺は答えた。

「突入班を分ける。まずシールド班が入る。五分間シールド張りっぱなし」


 優奈が小さく息を呑む。


「五分も……!」

 それは戦闘時間じゃない。耐久時間だ。

 しかも魔力を燃やして。


 俺は続ける。


「シールド班は役割が二つ」

「煙でセンサー対策をする班」

「センサー破壊をする班」


 ロシア側が鋭く聞く。


「破壊?」

「魔石」

 俺は言った。

「頭部位置ロックの魔石があるなら、それを壊す。壊せば“まれにある入場死”は減る。ゼロじゃないが、減る」


 ロシア側の担当者は数秒黙った。

 そして、短く言った。


「理屈は分かる」

「問題は――シールドだ」


 そう。

 シールドは高い。

 そして今、世界はシールドを欲しがっている。


 理由は簡単。特級が解禁されて、どの国も“即死をどう避けるか”に飢えているからだ。


 俺は現実を言った。


「今、シールド魔法の飴が市場にない」

「イギリスが大量買いしてる。価格が跳ね上がってる」


 ロシア側の空気が少しだけ硬くなる。

 “英国”という単語に反応したのではない。

 自国の遅れが、数字として突きつけられたからだ。


 担当者が短く言った。


「買えないのか」

「買えない」

 俺は首を振った。

「買えるとしても数が足りない。シールド班を組めない」


 沈黙。


 そこで、ロシア側の別の人物――軍服に近い男が口を挟んだ。

 通訳が追いかける。


「……中国が売る」

 淡々とした声。

「我々に融通すると言ってきた」


 俺は目を細めた。


「中国が?」

「利害が一致した」

 軍服の男は言った。

「英国に取られるより、こちらに流した方が都合がいい」


 ……なるほどな。


 中国は今、国内でネクロマンス問題を抱えている。

 外に燃える火種を増やしたくない。

 ロシアは今、重工業化を活かせずに詰んでいる。

 互いに「今は燃やしたくない」同士だ。


 国は仲良くなる。

 利害が一致すれば。

 倫理じゃなく、損得で。


 優奈が小声で言った。


「……国同士って、そんなふうに……」

「そんなふうだ」

 俺は短く答えた。

「人よりも、早く計算する」


 そして俺は、決めた。


「やる」

 短く。

「実験をする」


 試験編成は、こうなった。


 シールド持ち精鋭二十人。

 重工業化保持者一名(ここでは仮に“工業士”と呼ぶ)。

 ロシア側の戦闘要員数名。

 そして俺と優奈。


 俺は“戦闘員”として数えられていない。

 俺の役割は指揮と観測。

 優奈は護衛兼、いざという時の切り札。


 シールド班はさらに二つに分かれる。


 煙班:入場直後に煙・霧を展開し、センサーのロックを乱す。

 破壊班:天井の魔石センサーの位置を特定し、物理で叩き割る。


 煙の弱点は、味方も見えなくなることだ。

 だから隊列はロープで固定する。

 ロープの結び目を一定間隔で作り、手で辿れるようにする。

 合図は笛。短い音だけ。


 単純。

 単純が正義だ。

 ロシアの初見殺しは、複雑な判断を狙ってくる。


 そして――シールド。


 シールドは万能じゃない。

 頭部直撃を防げても、衝撃は来る。

 光槍がシールドに当たった瞬間、鈍い衝撃が頭の内側を揺らす。

 脳震盪に近い。

 視界が白飛びする。

 それでも“死”よりは軽い。


 シールド班は、五分持ったら戦力外になる前提だ。

 五分で魔力を燃やし尽くす。

 その後は回収される。


 通すだけの部隊。

 ロシアらしい運用だ。

 だが今回は、その“犠牲”を無駄にしない。


 俺は全員に短く言った。


「五分で終わらせる」

「五分で煙を張り、魔石を壊す」

「五分の間に“次の部隊が安全に入れる盤面”を作る」


 精鋭たちは頷くだけだった。

 覚悟がある目。

 覚悟がある目ほど、見たくない。


 優奈が小さく言った。


「……ユウマくん」

「何」

「私、煙の中でも動けます」

 敬語じゃない。近い声。

「発射で位置取りできますし……!」


「分かってる」

 俺は短く答えた。

「でも今日は“護衛”に徹しろ。お前が倒れたら、俺がここで詰む」


 優奈が一瞬だけムッとした顔をして、すぐ頷いた。


「……はい!」

 納得はしていない。でも従う。

 それが優奈の強さだ。


 ダンジョン入口。


 空気が重い。

 天井が高い。

 そして嫌な予感がする。


 入口の手前で、シールド班が一斉に魔力を立ち上げる。


 透明な膜が、頭部を中心に薄く張られる。

 全身ではない。頭部優先。

 全身を守ろうとすると燃費が死ぬからだ。


 俺は小さく言った。


「入るぞ」


 シールド班が突入する。

 続いて煙班と破壊班が入る。

 俺と優奈、工業士は少し遅れて入る。


 ――入った瞬間、来た。


 天井が鳴った。

 光が走った。


 一点照準の光槍。


 頭狩り。


 シールドに当たる。


 衝撃。


 何人かが膝をついた。

 吐き気を堪えるように肩を揺らす。

 でも頭は残っている。


 生きている。


 煙班が即座に動く。

 発煙筒が投げられ、床に転がる。

 白い煙が広がる。

 霧が視界を塗り潰す。


 煙は味方の目も奪う。

 だが、今回はそれが正解だ。


 ロックを乱す。

 天井のセンサーが拾う“頭部反応”にノイズを混ぜる。


 第二射が来る。


 だが精度が落ちた。

 直撃ではなく、逸れる。

 シールドが薄いところを掠めるだけ。


 破壊班が動く。

 ロープを辿りながら天井を見上げ――見えない。

 だから“音”で探す。


 光槍の発射音。

 魔石の共鳴音。

 煙の中でも、思考強化を軽く入れれば分かる。


 俺は耳を澄ませ、指示を飛ばした。


「右斜め前、二本目の柱の上!」

 短い。

 短く言うほど通る。


 破壊班が長い棒で天井を叩く。

 ガン、という鈍い音。

 もう一度。

 そして三度目。


 ――割れた。


 高い音。

 ガラスが砕けるような音。

 天井の一角が一瞬だけ暗くなる。


 光槍が止まる。


 完全に止まったわけではない。

 “まれにある”罠は、複数ある。

 でも一つ潰せば、確率は下がる。


 五分の砂時計が、少しだけ味方になる。


 俺と優奈、工業士が中へ入る。


 煙の中で、優奈が小声で言った。


「……生きてます……!」

 震える声。

 でも喜びが混ざっている。


「まだだ」

 俺は短く言う。

「次が本番」


 煙が薄くなり始めた頃、天井から影が落ちた。


 羽。


 天使。


 ……想像より“空”だった。


 飛べるだけ、ではない。

 飛び続けて、上から狙い続ける。

 空中戦がメインだ。


 地上に降りて殴り合うタイプじゃない。


 ロシアが詰む理由が、今はっきり分かった。


 天使が光の槍を投げる。

 地上の探索者が散る。

 散ったところに別の天使が急降下する。


 ――制空権。


 常に上にいる。

 常に先手を取る。


 俺は歯を食いしばった。


(このままじゃ、倒せない)

(倒せないなら、重工業化は回らない)


 兵器は“倒して”初めて増える。

 増えなければ、詰みは詰みのままだ。


 優奈が動いた。


《発射(自身)》


 煙の残りを利用して、天使の視界を乱す。

 天使が地上の位置を正確に捉えきれない瞬間に――優奈が飛び込む。


 飛ぶ、ではない。

 跳ね上がる。

 地上の速度を垂直に変える。


 優奈の刀が、天使の羽を切った。


 完全に落とせない。

 でもバランスが崩れる。


 天使が低くなる。

 低くなった瞬間が勝負だ。


 優奈が《延長(斬撃)》を放つ。

 刃が伸びる。

 羽の付け根へ。


 天使が落ちた。


 床に叩きつけられた瞬間、ロシア側の戦闘員が槍で止めを刺す。

 “倒した”判定が入る。


 ――その瞬間。


 工業士が息を呑んだ。


「……格納庫が、更新された」

 通訳が追いかける。


 俺の背中が冷えるほど、場の空気が変わる。


 重工業化が回り始めた。


 工業士の目の前に、見えないはずの“格納庫”がある。

 彼だけが見える棚。

 そこに新しい兵器が追加された。


 工業士が、呟く。


「……カチューシャ」

 優奈が目を丸くする。


「か、カチューシャ……って、あの……!?」

 ロシア側の戦闘員がざわつく。

 空気が熱くなる。


 対空兵器の象徴。

 名前だけで期待が走る。


 だが、ここで重要なのは“強い”かどうかじゃない。

 運用できるかどうかだ。


 工業士が説明する。


「取り出せる」

「だが格納し直せない」

「つまり……使ったら戻らない」


 そして、もう一つ。


「弾数は――一日あたり、一つの兵器当たり三回まで交換できる」

 通訳が言葉を整える。

「弾薬補給は、日次制限がある。三回」


 三回。

 多いようで少ない。

 少ないようで大きい。


 無限じゃない。

 だから戦略になる。

 使うべき場面が生まれる。


 工業士が震える手で、“取り出す”を選ぼうとして止まった。


 俺は即座に言った。


「待て」

 短い命令。

「今出すな。まだ盤面が固まってない」


 工業士がこちらを見る。

 迷いの目。

 “今すぐ使えば勝てるかもしれない”目。


 俺は続ける。


「今は一体倒しただけだ」

「センサー罠は一つ潰したが、まだ残っている可能性がある」

「煙は薄い。天使は上にいる」

「ここでカチューシャを出しても、設置に時間を取られる。設置中に死ぬ」


 工業士が息を呑み、頷いた。


 ……これが軍師の仕事だ。


 強い兵器ほど、雑に使えば死ぬ。

 取り出しが不可逆ならなおさら。


 優奈が小声で言った。


「……やっと、始まりましたね」

 敬語じゃない。

 本音の声。


「始まった」

 俺は短く答えた。

「ようやく“戦える盤面”になった」


 天使が再び上空を滑る。

 制空権はまだ奪えていない。

 だが今は、奪い返すための“牙”が手に入った。


 シールド班の五分は、もう尽きる。

 彼らは戦力外になる。

 だが彼らの五分が、一体の天使を落とした。


 一体落としたから、兵器が増えた。

 兵器が増えたから、次がある。


 煙は、ただの煙じゃない。

 五分を買うための煙。

 五分で盤面を変えるための煙。


 俺は心の中で、次の手順を組んだ。


(カチューシャは最後まで温存しない)

(だが今出すのも違う)

(設置場所、遮蔽物、天使の飛行ルート)

(まずは観測)

(そして、次の一体)

(もう一つ兵器を増やしてから、空を奪う)


 ロシア側の担当者が、煙の向こうで小さく言った。


「……進んだ」

 それだけで、この国の焦りが少しだけ減ったのが分かった。


 だが、同時に分かる。


 この瞬間から、ロシアは“成果”を欲しがる。

 成果は公開を呼ぶ。

 公開は火種を呼ぶ。


 俺は歯を食いしばった。


(燃やすな。燃やさせるな)


 カチューシャは、空を落とす。

 だが同時に、世界を燃やす火種にもなる。


 だからこそ――運用が要る。


(つづく)

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