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第48話 船で運ぶ亡命と、監視用の“非公開配信”

亡命という言葉は、軽い。


 ニュースの字幕では数秒で流れて、視聴者はチャンネルを変える。

 だけど現実の亡命は、重い。


 身分が変わる。

 住所が消える。

 名前が変わる。

 そして、守られる代わりに――縛られる。


 ネクロマンス本人が言った通りだ。


 「英国に行けば安全? 監視と引き換えだろ」


 その引き換えを、今から現物として受け取る。


 そのために用意されたのが、“船”だった。


 飛行機じゃない。

 わざわざ船。


 理由は単純だ。


 死体部隊の管理――検疫・封印・監視。

 それを積めるのが船だけだから。


 航空ルートでやれば記録が残る。

 入出国ログが濃すぎる。

 そして何より、荷物として扱えないものがある。


 死体。

 そして、死体を動かす特級。


 ――全部、火薬庫だ。


 だから英国は海から運ぶ。

 “運べる形”を作った上で。


 俺と優奈は、香港の港でその船を見上げた。


 軍艦みたいな露骨さはない。

 でも民間船とも違う。

 線が硬い。

 動きが静かだ。

 護衛の目が死んでいる。


 優奈が小声で言った。


「……ほんとに、船なんですね」

 敬語に「!」が少ない。

 怖いからだ。


「船が一番、隠せる」

 俺は短く答えた。

「隠せるというより、管理できる」


 船は箱だ。

 箱は監視できる。

 監視できるから政治が通る。


 甲板に上がると、英国側の案内グループ――探索者が数人、待っていた。

 全員が強い。

 立ち姿で分かる。

 上位の運用を知っている動き。


 その中心に、アメリアがいた。


「ユウマ! 久しぶりデス!」

 両手を振る。

 この状況で元気なの、逆にすごい。


「元気そうだな」

 俺が言うと、アメリアは胸を張った。


「弟子は元気デス!」

「……その挨拶やめろ」

「やめないデス!」


 優奈が思わず笑いそうになる。

 笑いそうになって、すぐ顔が固まる。


 その視線の先。


 ネクロマンス本人――張 轩。

 俺は呼びやすさで、姓を取って“ジャン”と呼ぶことにした。


 ジャンの周囲には、やはり“護衛”がいる。

 死体だ。

 死体の歩幅が、船の揺れに合わせて微妙にずれている。

 生きていないから、揺れに馴染まない。


 俺はジャンに近づき、まず一礼した。


「……来たな」

 ジャンが低い声で言う。

「英国の箱か」


「箱だ」

 俺は頷く。

「お前が望んだ通り、監視と引き換えの安全」


 ジャンは視線を船内に滑らせた。


「家族は?」

「船内にいる」

 アメリアが即答した。

「住所は非公開、護衛付き。単独行動は禁止デス」


 47話で確認した条件。

 英国はそれを“約束”ではなく“制度”として言う。

 制度にしないと政治が通らないからだ。


 アメリアが続ける。


「能力の使用範囲は契約デス。ダンジョン内限定、ログ提出」

 淡々と。

「そしてこれは、監視用の配信――限定デス。公開しないデス」


 優奈が小さく息を呑んだ。


「配信……」

 アメリアが頷く。


「はい。UK政府・ギルド監視用の限定配信(非公開)デス」

 言い切る。

「ログと同じ扱いデス。外に出すなら編集してからデス」


 俺はその言葉の裏を理解していた。


 英国が監視用に残すログは、英国だけのものではない。

 今の俺の“ログ”は、日本政府にも繋がっている。

 中国案件を日本政府経由で動かした時点で、完全に切れない。


 つまり――英国で起きたことの一部は、日本政府にも伝わる。


 俺が表に出ないと言い張っても、裏ではもう国際線だ。

 言い訳は薄くなる。


 ジャンが少し笑った。


「監視、監視、監視」

 軽い嘲笑。

「どの国も同じだな」


 アメリアが肩をすくめる。


「死にたくないなら、監視は必要デス」

 英国の現実が詰まった言葉だった。


 ジャンはそれ以上反論しなかった。

 反論しても意味がないと分かっている。

 彼は既に“取引”の中にいる。


 そして船は動き出した。


 波の音が低くなる。

 港が遠ざかる。

 香港のネオンが小さくなる。


 俺は少しだけ、胸が軽くなるのを感じた。


 燃え方が変わった。

 少なくとも、今この瞬間は。


 船内の個室。


 安全のために、会話は必要最低限。

 でも最低限の中に、必要なものがある。


 名前と連絡先。


 俺はジャンと向かい合い、短く言った。


「本名、聞いていいか」

 ジャンが目を細める。


「……今さら?」

「記録じゃない」

 俺は言う。

「呼ぶためだ。運用のために必要だ」


 ジャンは一拍置いてから答えた。


「張 轩」

 低い声。


「発音、難しい」

 俺は正直に言った。

「……ジャンって呼ぶ。いいか」


 ジャンが鼻で笑った。


「好きにしろ」

 それが許可だ。


「連絡先」

 俺が言うと、ジャンは端末を出した。

 表に出ないように、最小限のアカウント。

 使い捨てに近い。

 それがこの世界の“普通”になっている。


 交換は一瞬で終わった。

 一瞬で終わるから、余計に重い。


 優奈が小声で言った。


「……ほんとに、進んでるんですね」

 自分に言い聞かせるみたいに。


「進めないと死ぬ」

 俺は短く答えた。


 それが運用の結論だ。


 英国到着。


 港の空気は冷たい。

 湿気の質が違う。

 そして、警備が“ガチ”すぎる。


 九龍寨城公園の護衛は不気味だった。

 でもここは不気味じゃない。

 露骨に硬い。


 検疫。

 封印。

 監視。


 死体部隊は“荷物”として扱われない。

 扱われないから、扱う枠を作る。


 封印されたコンテナ。

 外から触れない。

 中からも出られない。


 ジャンはそのコンテナを見て、何も言わなかった。

 言わないのが、契約だ。


 代わりに、アメリアが説明した。


「死体部隊は英国国内では原則封印デス」

 はっきり言う。

「ダンジョン内で必要な分だけ、監視下で解くデス。ログは全部残すデス」


 ジャンが淡々と返す。


「……没収じゃないならいい」

 これがギリギリの妥協だ。


 そして、次の説明が来る。


「住所は非公開デス」

 アメリアが続ける。

「中国と問題を発生しないように、表向きは“存在しない”扱いになるデス」


 暗部のようなポジション。

 日陰。

 守られる代わりに、消える。


 ジャンは小さく笑った。


「日陰は慣れてる」

 言葉が重い。

 慣れていてほしくない言葉だ。


 アメリアが最後に言った。


「その前に」

 目が真剣になる。

「UKダンジョンの過酷さに慣れてもらうデス」


 優奈が息を呑む。


「……慣れる……」

 アメリアが頷く。


「試しに一階層から攻略デス」

 淡々と。

「監視用の限定配信(非公開)で。初見殺しに適応してもらうデス」


 ――監視用。


 つまり“信用していない”。

 信用していないから、ログを取る。

 ログを取るから、政治が通る。


 俺は納得した。


「合理的だな」

「英国は合理的じゃないと死ぬデス」

 アメリアが即答した。


 真理。


 英国ダンジョン一階層。


 空気が悪い。

 床が嫌らしい。

 罠が“人を殺すこと”を前提に設計されている。


 久しぶりに入ると、胃が縮む。


 非公開配信端末が動く。

 UK政府・ギルド監視用。

 そこに俺たちの姿が映っている。


 そして――この映像の一部は、日本政府にも回る。


 俺が表舞台に出ないと言い張っても、裏で国は俺を使う。

 使うから守る。

 守るから監視する。


 世界はそういう構造だ。


 ジャンは落ち着いていた。

 落ち着きすぎて、怖い。


 彼は短く言った。


「……やる」

 それだけで十分だった。


 出現するのはアンデッド。

 英国の一階層らしい。


 ジャンは一歩前に出て、アンデッドの首に触れる。

 触れて、数秒――何かをする。


 アンデッドの動きが止まった。


 次の瞬間、動きが“変わる”。

 敵の動きから、味方の動きへ。


 支配。


 優奈が思わず声を上げた。


「すごいです!ジャンさん!」

 敬語に「!」が戻る。

「これ、何人でも操れるんですか⁉」


 ジャンは淡々と答えた。


「上限はある」

 そして、少しだけ笑う。

「魔力さえあれば理論上無限でもいけるが」


 ……軽く言うな。


 俺は内心で舌打ちした。


(どうなってる)

(強すぎるだろ)


 だが、観察すれば“縛り”が見える。


 ジャンは次のアンデッドに触れた。

 今度は少し長い。

 数秒では済まない。

 触れている時間が伸びる。


 強い個体ほど、触れる時間が長くなる。

 そしてその間、ジャンは無防備になる。


 俺と優奈が護衛に回る。

 この瞬間だけは、俺たちが前に出る。


 ジャンは“実験”を始めた。


 支配した個体を前に出し、別の個体の反応を見る。

 個体差。

 抵抗。

 動きの癖。


 たった数体で、結論を出し始める。


「……個体差がある」

 ジャンが呟く。

「同じアンデッドでも、魔力耐性が違う」


 優奈が目を丸くする。


「そんなの、分かるんですか!?」

「分かる」

 ジャンは淡々と言う。

「触れた時に、抵抗が違う」


 俺は心の中で計算した。


 ジャンのネクロマンスは、魔力依存。

 そして“支配する間、魔力上限から削る”。


 弱い奴なら自己魔力を1%消費。

 魔力耐性を持つような強い奴は5%。

 ボス級は10%。


 強いほど自分の魔力で上書きしないといけない。

 だから時間がかかる。

 だから負荷がかかる。


 ――コスパは最強だが、無限ではない。


 無限に見えるのは、ジャンの魔力量が異常だからだ。


 優奈が興奮した声で言った。


「じゃあ、今のところデメリットって……触れる時間が長くなることくらいですか!?」

 無邪気な疑問。

 でも危ない疑問だ。


 ジャンが淡々と答えた。


「それと、枠が削れる」

 自分の胸を指で軽く叩く。

「支配する間、上限から削る。だから弱いのを多く持つか、強いのを少なく持つか、選ぶ」


 ……選ぶ、か。


 運用だ。

 結局ここでも運用になる。


 俺は内心で思った。


(特級の中で、現状コスパ最強かもしれない)


 魔力の支払いが明確。

 維持コストも明確。

 “理屈”で運用できる。


 怖いのは、理屈で運用できる強さは広がることだ。


 ジャンが支配したアンデッドを前に出して言った。


「この個体は安い」

 淡々と。

「こっちは高い。捨てる」


 捨てる――支配を解く。

 アンデッドが崩れる。

 崩れた瞬間に、別のアンデッドが寄ってくる。


 優奈が息を呑む。


 俺が前に出て、刀で最小限に処理する。

 英国のアンデッドは物理に弱い。

 最小リスクの斬撃で潰す。


 ジャンはそれを横目で見て、淡々と呟いた。


「……いい護衛だ」

 褒め言葉じゃない。

 評価だ。


 評価されるのが、今は怖い。


 なぜならこれは非公開配信だ。

 評価は英国上層部に届く。

 そして一部は日本政府にも届く。


 俺の“言い訳”が、また薄くなる。


 そんな時、アメリアの端末が震えた。

 非公開配信の監視チャネルからのメッセージだろう。


 アメリアが画面を見て、顔を少しだけ強張らせた。


「……ユウマ」

 小声。

「中国政府が動いてるデス」


 俺の背中が冷える。


「何だ」

「本人と死体が“一気に消えた”のはおかしいって」

 アメリアが言う。

「外国に隠れているのは間違いないと主張してるデス」


 ……来たか。


 当然だ。

 中国政府が黙って見逃すはずがない。

 特級は国家資源だ。

 いなくなったら、追う。


 アメリアが続けた。


「つまり、これからは――イギリスの政治家の腕と、中国の諜報能力の戦いデス」

 淡々と。

「ユウマの“運用”も、その戦いに入るデス」


 俺は息を吐いた。


 盤面が、また広がった。


 香港から英国へ運んだ時点で、火種を移しただけかもしれない。

 でも移したからこそ、燃え方を変えられる。


 ジャンは、こちらを見て小さく言った。


「……追ってくるか」

 声が静かだ。

 恐怖より、確認の声。


「追ってくる」

 俺は短く答えた。

「だから、ここからが本番だ」


 英国のダンジョンの空気が、さらに重くなった気がした。


 監視用の非公開配信が回っている。

 英国の上層部が見ている。

 日本政府も一部を受け取っている。


 そして中国が追ってくる。


 世界が、ここへ集まる。


 俺は内心で呟いた。


(燃やすな。燃やさせるな)


 盤面を冷やす。

 それが俺の仕事だ。


(つづく)

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