第49話 第四層の空気は甘くない――《魔力衝撃》を狙え
英国の件は、ひとまず“箱”に入った。
ジャン――張 轩は英国の暗部に置かれ、住所は非公開。
能力の使用範囲は契約、ログ提出。
家族は護衛付きで単独行動禁止。
そして中国は「本人と死体が一気に消えたのはおかしい」と主張し、国外潜伏を断定し始めた。
あとは英国政治家の腕と、中国の諜報能力の戦いだ。
――本当なら、俺はそこまで口を出したくない。
だが現実は、そんな余裕をくれない。
日本に戻った瞬間、別の“期限”が目の前に現れた。
第四層。
そろそろ攻略しないと、やばい。
この「やばい」は、配信のネタの話じゃない。
クランの方針の話でもない。
俺たち自身の生存の話だ。
階層が上がるほど、情報格差は広がる。
攻略が遅れるほど、追いつくために踏む危険が増える。
追いつくために無理をした瞬間に死ぬ。
だから今は、第四層の対策を始める。
優奈が一人で行けるところまで行くために。
日本のクラン施設のミーティングルーム。
久々に戻ったはずなのに、空気が落ち着かない。
特級が解禁され、世界が燃え始めた後の日本は、以前より静かで以前より怖い。
相良が資料を机に置いた。
「第四層の対策に入ります」
笑顔はいつも通り。
でも圧は前より強い。
圧を強くしないと、世界が崩れるからだろう。
優奈が背筋を伸ばす。
「はい!よろしくお願いします!」
敬語に「!」がある。
その「!」が今は頼もしい。
俺は相良を見ずに言った。
「結論から言う。第四層は短期攻略だ」
「短期……」
優奈が繰り返す。
相良が頷く。
「その通りです。第四層は“時間が敵”になります」
資料の画面に表示されたのは、モンスターのシルエット。
ウィッチ。
魔女のような服装の魔物。
人型。
杖。
詠唱。
遠距離攻撃。
そして、バリア。
相良が説明する。
「第四層の雑魚は、主にウィッチです」
「魔法を使います。火力は高くありませんが、厄介な点が二つあります」
優奈が頷く。
理解する姿勢がある。
「一つ目」
相良が続ける。
「奥に進むほど、魔力濃度が高くなる」
優奈が目を丸くする。
「魔力濃度……?」
「はい」
相良が頷く。
「第四層は、空気そのものが重くなります。吸っているだけで、魔力酔いを起こしやすい」
――魔力酔い。
36話で言語化した“環境魔力は毒”が、ここでは地形ギミックになる。
優奈が不安そうに言った。
「食らわなくても、酔うんですか?」
「ええ」
相良が淡々と言う。
「長居しただけで集中が落ちます。視界が滲む。吐き気。判断力低下。戦闘の質が落ちます」
俺が補足する。
「つまり、長期戦は負けだ」
短く。
「魔力酔いで操作ミスが増える。増えた瞬間に死ぬ」
優奈が唇を噛む。
でも目は逸らさない。
「……短期攻略、ですね!」
言い直す。
「短く、確実に……!」
相良が頷く。
「二つ目」
次のスライド。
「ウィッチは一回だけバリアを使います」
優奈が息を呑む。
「一回だけ……」
「はい」
相良が頷く。
「ですが、その一回が厄介です。バリア中は本体を狙ってもダメージが通りにくくなります」
俺が言う。
「バリアは時間稼ぎだ」
「時間稼ぎ……」
優奈が繰り返す。
「そう」
俺は頷く。
「第四層は時間が敵。ウィッチはバリアで時間を稼ぐ。つまり、ウィッチは第四層の仕様に噛み合った雑魚だ」
優奈が眉を寄せる。
「じゃあ……バリアを早く割れれば……」
「そうだ」
俺は即答した。
「連続攻撃で削る癖を付けろ。迷うな。止まるな。途切れた瞬間にお前が負ける」
相良が資料をめくる。
「現在の優奈さんの戦い方は、刀+《延長(斬撃)》+《発射(自身)》+《クールタイム0(移動系)》です」
「そして銃はボス級に限定」
優奈が頷く。
「はい!その通りです!」
胸を張る。
だが次の瞬間、表情が少し曇る。
「……でも、《延長(斬撃)》はコスパが少し悪いです」
自分で言うのがえらい。
「距離を取って安定して戦おうとすると……あまり稼げないというか……」
稼げない。
ここで言う稼げないは金じゃない。
“手数”だ。
俺は頷いた。
「正しい」
短く。
「延長は強いが、連打向きじゃない。燃費が悪い」
優奈が焦った声で言う。
「じゃあ、第四層は……!」
「だから、取る」
俺は言い切った。
「連続してバリアを削るためだけの魔法を」
相良が頷いて言った。
「次に狙う魔法の提案です」
画面に表示された文字。
《魔力衝撃》
優奈が目を丸くする。
「魔力……衝撃?」
語尾に「?」がつく。
興味と不安。
俺が説明する。
説明は短いほどいい。
短いほど、運用に落ちる。
「敵に与えるダメージはほとんどない」
優奈が固まる。
「えっ」
「でも、バリアにだけ効く」
俺は続ける。
「バリアを張っていた場合、バリアそのものへのダメージを一発で10%。敵の強さに関係なく削れる」
優奈が息を呑む。
「つ、強すぎませんか!?」
敬語が崩れそうになる。
でも崩れない。
優奈はまだギリギリ冷静だ。
俺は即答した。
「強い」
否定しない。
「だから取る」
相良が補足する。
「さらに《魔力衝撃》は魔力消費がほとんどありません」
「クールタイムも短い。約1.5秒」
優奈が目を見開く。
「……クールタイム0の対象……!」
嬉しそうな声。
「え、じゃあ……連打できます!?」
「できる」
俺は頷く。
「バリアを割るために連打しろ。割った瞬間に刀で切れ。切って次へ行け」
第四層は短期攻略。
短期攻略の鍵は“迷わないこと”。
迷う時間が死を呼ぶ。
優奈が小さく呟く。
「……ぶっちゃけ……」
言い方が珍しく崩れる。
「魔力濃度が高いなら、それこそ巫女服さんに頼めば瞬殺なのでは……?」
その言葉が胸に刺さった。
正しい。
巫女服の彼女なら瞬殺だ。
第四層の雑魚など意味を持たない。
でも――それをやり始めたら終わりだ。
優奈が“優奈として”積み上げたものが無意味になる。
そして俺が目を逸らしてきた恐怖と同じものを、優奈に渡すことになる。
俺は言った。
「頼まない」
短く。
優奈が驚いた顔をする。
「えっ」
「ここまで来た」
俺は淡々と言う。
「優奈単体で行けるところまで行ってほしい」
優奈の目が揺れた。
嬉しさと怖さが混ざる。
でもその揺れの奥に、火がある。
「……はい!」
強い返事。
「やります!」
相良が笑顔で言った。
「では方針は決まりです」
「魔法ガチャ飴で《魔力衝撃》を狙いましょう」
俺は頷く。
「狙うなら効率」
短く。
「ウィッチを倒して飴を集める。第四層に入る前に回数を稼ぐ」
優奈がすぐに理解する。
「はい!じゃあ今日から集めます!」
「ただし」
俺はすぐ釘を刺す。
「配信は監視用台本に沿え。飴集めは映さない。余計な火種を増やすな」
優奈が頷く。
「はい!そこはちゃんとやります!」
“ちゃんと”が頼もしい。
その日の夕方。
優奈の“安全回”の配信が流れる。
台本通りのコボルト刀。
無難。
面白いが、危険がない。
危険がない回に見せて、裏で飴を集める。
それが今の運用だ。
配信が終わった後、優奈が控室で小さく言った。
「……集まりました」
机の上に、飴が並ぶ。
透明な光。
小さな火種。
「回す」
俺は短く言った。
緊張する瞬間は、いつもシンプルだ。
優奈が一つ目を口に入れる。
目を閉じる。
数秒。
首を振る。
「……外れです」
落ち込まない。
次へ。
二つ目。三つ目。
外れ。外れ。外れ。
優奈が笑いながら言う。
「今日、運悪いですね!」
笑えるのが強い。
笑って回数を稼げるのが強い。
だが、四層は待ってくれない。
短期攻略が必要だ。
時間が敵だ。
優奈が十回目で息を吐いた。
「……まだ出ません」
不安の声。
でも目が死んでいない。
「焦るな」
俺は短く言う。
「焦るほど無駄が増える。無駄が死ぬ」
優奈が頷く。
「はい!」
返事が強い。
十一回目。
優奈が飴を口に入れた瞬間、目がわずかに見開かれた。
「……あっ」
声が漏れる。
俺は立ち上がった。
「来たか」
優奈が頷き、息を吸って言った。
「……魔力、衝撃……!」
名前を口にする。
「《魔力衝撃》です!」
俺は胸の奥で、ようやく息を吐いた。
――これで、第四層の入口に立てる。
優奈が不安そうに言った。
「でも……敵にダメージほとんどないんですよね?」
「バリアを割るための道具だ」
俺は言う。
「道具は目的を間違えると弱い。目的を間違えなければ強い」
優奈が頷いた。
「はい!」
そして、すぐに言う。
「練習します!連続で当てる癖、つけます!」
“癖”。
それが重要だ。
第四層は迷う暇がない。
考える前に体が動く必要がある。
俺は優奈に言った。
「次は練習だ」
「はい!」
「1.5秒の間隔を、体に覚えさせろ」
俺は続ける。
「衝撃、衝撃、衝撃。割れたら刀。割れたら刀。割れたら刀」
優奈が小さく笑う。
「覚え歌みたいですね!」
「覚え歌でいい」
俺は言った。
「命を守るなら、単純が正義だ」
優奈が強く頷いた。
「はい!単純にします!」
窓の外は暗くなっていた。
でも、第四層の暗さとは違う。
第四層は、空気が毒だ。
長居したら負ける。
俺は心の中で、短く確認した。
(次は四層だ)
巫女服の彼女の火力に頼らず、優奈が優奈のまま突破する。
そのための一手が揃った。
――あとは、短期攻略の運用を完成させるだけだ。
(つづく)




