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第38話 未来予知の代価と、巫女服の少女

 指定された場所は、駅前の喧騒から少し外れた古い喫茶店だった。


 英国から帰国してすぐ。

 特級魔法が正式解禁され、世界中が名前だけの刃を握りしめた翌日。

 なのにこの店は、妙に静かだった。


 静かすぎる場所は落ち着かない。

 英国のダンジョンで学んだ「静けさは死に近い」が、まだ体から抜けない。


 優奈が小声で言った。


「……ここで、合ってるんですよね?」

 敬語なのに、語尾の「!」がない。

 緊張で全部飲み込んでいる。


「合ってる」

 俺は短く答えた。


 “来るならひとりで。録音はするな。”


 優奈の親戚――未来予知ができると優奈が言った人物からの条件。

 だが俺たちは、文字通りには従わなかった。


 優奈は“ひとり”で店に入る。

 俺は外で待つ。

 店内には入らない。

 代わりに、店の外から見える位置に立つ。


 監視を想定した運用。

 政府に見られている前提。

 相良に見られている前提。

 他国に見られている前提。


 何も信用できないからこそ、ルールを決める。


「優奈」

 俺は優奈を呼び止めた。

「録音はするな。メモも取るな。――頭で覚えろ」

「はい……!」

 優奈が小さく頷く。


「質問をするなとは言わない」

 俺は続けた。

「でも、名前を聞くな。住所も聞くな。職業も聞くな。聞いた瞬間、情報が刃になる」


 優奈が唇を噛む。

 そして、いつもの“覚悟の敬語”で言った。


「……分かりました。生き残るための会話、ですね」

「そう」

 俺は頷いた。


 優奈は深呼吸を一回して、店の扉を押した。

 ベルが小さく鳴る。


 俺は外に残った。

 ガラス越しに、席が見える。

 優奈が案内され、奥の席へ座る。


 数秒後、入口がもう一度鳴った。


 現れたのは、優奈と少しだけ似た目をした女性だった。

 年齢は二十代後半くらいに見える。

 服装は地味。

 でも、目が――妙に落ち着きすぎている。


 危険な人間の目だ。


 彼女が優奈の前に座る。

 優奈が頭を下げる。


 会話が始まる。


 ……俺には聞こえない。

 でも、優奈の表情だけで内容が分かる瞬間がある。


 優奈の眉が上がる。

 驚き。

 優奈の肩が少し落ちる。

 怖さ。

 優奈の口がきゅっと結ばれる。

 決意。


 そして――彼女が、ちらりと窓の外を見た。


 俺と目が合う。


 その瞬間、背中が冷えた。


 “見えている”。


 監視をしているつもりが、監視されている。


 彼女は小さく微笑み、視線を戻した。

 まるで「そこにいるのは分かってる」と言うみたいに。


 十数分後、優奈が店を出てきた。


 顔が真っ白だ。

 でも目は逸れていない。

 怖がりながら、前に出る顔。


「結城くん……」

 声が震える。

「……来てください、って」


 俺は息を吐いた。


 “ひとりで来い”と言った本人が、俺を呼ぶ。

 つまり、最初から分かっていた。

 俺がいることも、俺が来ることも。


 俺は店の扉を押した。


 席に着くと、彼女は軽く頭を下げた。


「初めまして」

 落ち着いた声。

 声量が一定。

 感情の起伏が見えない。


「空下の親戚です」

 名乗りはそれだけ。

 名前は言わない。

 住所も言わない。

 職業も言わない。


 俺は短く言った。


「……未来予知だと?」

 彼女は目を細める。


「その言葉は、もう世界中に配られましたね」

 特級解禁。

 名前だけの刃。

 彼女はそれを“刃”として扱っている。


 彼女は続けた。


「あなたに依頼があります」

 即、依頼。

 政治案件の匂いが濃い。


 俺は黙って頷いた。

 相手のペースに乗るな。

 でも、聞かなければ始まらない。


 彼女は淡々と言った。


「私は“未来予知”です」

 言い切った。

 優奈が息を呑む。


「ただし、その情報を隠してください」

 これが依頼。

 正体を明かさない理由は、想像できる。

 国家に囲われる。

 他国に奪われる。

 外交カードにされる。


 俺は短く返した。


「日本政府が探してる」

「知っています」

 彼女は即答した。

「探しているから、隠したいのです」


 優奈が震える声で言った。


「……どうして、隠すんですか? 守ってもらえば……」

 優奈らしい。

 でも彼女は首を横に振った。


「守られるという言葉は、囲われるという意味にもなる」

 淡々と。

「私は、誰の道具にもなりたくない」


 正しい。

 そして冷たい正しさだ。


 俺は聞いた。


「報酬は」

 条件交渉に入る。

 ここからは運用だ。


 彼女は静かに言った。


「二つ」

 指を一本立てる。

「ひとつは――あなたが戦えなくなった理由に、触れる権利」


 優奈が俺を見る。

 俺は視線を逸らさない。


 彼女は言った。


「あなたが“怖い”と感じている相手」

 声が少しだけ重くなる。

「あなたと私の二人だけが知っている、“元凶”」


 俺の喉が乾く。


 彼女は続けた。


「特級魔法使い以上に、火力に特化して、それ以外を必要としない魔法使い」

 言葉が、刃みたいに刺さる。

「環境魔力使いの頂点」


 ……巫女服の少女。


 記憶が勝手に引きずり出される。


 俺は歯を食いしばった。


 彼女は二本目の指を立てる。


「もうひとつは、あなたが今後“未来予知能力者として立ち回る”手伝いをする」

 優奈が「えっ」と声を漏らす。


 俺は反射で言った。


「俺が未来予知なわけないだろ」

 彼女は微笑む。

 その微笑みが嫌だ。

 見透かされている微笑み。


「未来予知は、本人が自覚できない場合があります」

 さらっと言う。

「自分の未来は見えない。自分が予知だと確信できない。だからこそ、正体を明かせない」


 ……便利な設定だ。

 でも、辻褄としては成立する。

 成立するから危険だ。


 彼女は続けた。


「あなたは“予知”として振る舞う必要はありません」

 淡々と。

「あなたが得意なように振る舞えばいい。危険予防のプロトコルとして語れば、外からは予知に見える」


 つまり――“偽装”だ。

 俺が予知だと疑われている状況を、逆手に取る。

 彼女は自分を隠すために、俺を前に出す。


 優奈が震える声で言った。


「結城くんが……囮になる、ってことですか……?」

 彼女は否定しない。

 優しい言葉も使わない。


「あなたたちが生き残るための配置です」

 配置。

 人間を盤面の駒として扱う言葉。


 俺は低い声で言った。


「……俺の意志は」

「あなたの意志で、拒否して構いません」

 彼女は即答した。

「ただし、拒否した瞬間に政府は動きます。あなたが守りたいものを守れなくなる可能性が上がる」


 ……脅しじゃない。

 予測だ。

 そして、予知に見える言い方。


 俺は静かに息を吐いた。


「……報酬ひとつ目を先に言え」

 俺は言った。

「“元凶”に触れる権利って何だ」


 彼女は目を伏せて、淡々と答えた。


「あなたが恐怖を克服するきっかけを作る」

「……」

「再会の道筋を渡します」

 声が少しだけ低くなる。

「そして――戦う必要があるなら、戦えるようにする」


 優奈が思わず聞いた。


「戦うのが……怖かったんですか?」

 優奈の敬語が崩れた。

 本気の問いだ。


 俺は、すぐには答えられなかった。


 “怖い”という言葉は軽い。

 軽い言葉で済ませたくない。

 でも、言わなければ優奈は納得しない。


 俺は視線を落とし、ゆっくり言った。


「……そうだ」

 喉が痛い。

「俺は、戦うのが怖い」


 優奈が息を呑む。

 彼女――未来予知は、黙って聞いている。


 俺は続けた。

 言葉を絞り出す。


「十年前、父さんを失った」

 優奈の目が揺れる。

「敵なしだった父さんを失って……代わりに俺は強さを手に入れた」


 強さ。

 魔法の知識。

 戦い方。

 生き残るための手順。


 俺は言葉を続ける。


「でも彼女は……異常に強かった」

 指先が震える。

 呼吸が詰まる。

 胸が苦しい。


 俺は一度だけ、息を吸ってから吐いた。


「一瞬で追いつかれた」

 声が掠れる。

「追いつかれるスピードが、一瞬だった。追い越されたのも、一瞬だった」


 優奈が小さく言った。


「……努力が、無駄になるみたいな……」

「そうだ」

 俺は頷く。

「俺の努力が無意味になる感覚。それが怖かった」


 怖いのは、負けることじゃない。

 負けるのは当たり前だ。

 怖いのは、“追い越される速さ”が理解不能なことだ。


 理解不能なものは、運用で対処できない。

 運用で対処できないものは、死に直結する。


 俺は唇を噛んで言った。


「……あの時と同じことが起きるのが、嫌だった」

 目を上げる。

「だから俺は、戦わなくなった」


 未来予知の彼女が、静かに言った。


「あなたは戦う必要がある」

 断言。

「いずれ」


 俺は何も言えない。

 否定も肯定もできない。


 優奈が小さく言った。


「結城くん……」

 声が震えている。

 でも、逃げない声だ。


 俺は、喉の奥で言葉を転がしてから、ようやく口にした。


「……巫女服を着た彼女がいた」

 声が低くなる。

「ダンジョンで……キングゴブリンと雑魚相手に、一掃して」


 記憶が、鮮明に蘇る。


 狭い部屋。

 キングゴブリンと取り巻き。

 本来なら地獄のはずの構図。


 なのに。


 巫女服の少女は、笑っていた。


 ビームのような攻撃で、一方的に殺し続ける。

 線でも点でも面でもない。

 ただ、消える。


 キングが崩れる。

 雑魚が蒸発する。


 そして彼女は、苦笑いしながら言った。


「……あれー? これがボス? 弱いね」


 俺は、その言葉が今でも耳に刺さっている。

 二階層とはいえ、最も倒しづらいボスを一方的に虐殺して、確かにそう言った。


 俺は目を閉じて、吐息みたいに言った。


「……ようやく再会できる」

 言った瞬間、自分でも驚くほど声が冷たかった。


 未来予知の彼女は、静かに頷いた。


「あなたが隠してくれるなら」

 淡々と条件を置く。

「その道筋を渡します」


 優奈が息を吸って言った。


「……結城くん」

 敬語に戻っている。

 覚悟の敬語。

「私、協力します。隠すのも、会うのも、怖いです。でも……結城くんが一人で背負うのは、違います」


 俺は、優奈の顔を見た。

 怖がりながら前に出る顔。


 そして――未来予知の彼女を見た。

 盤面を動かす目。


 俺は息を吐いて、短く答えた。


「条件を飲む」

 ただし、と心の中で付け足す。

 俺は道具じゃない。

 盤面の駒にはならない。


 未来予知の彼女が、微笑んだ。


「賢明です」

 腹立たしいほど正しい笑顔。


 そして彼女は、最後に一言だけ言った。


「“元凶”は、あなたを見ています」

 静かに。

「次に会う時、あなたが逃げないか――それを見ています」


 俺は背中が冷えるのを感じながら、頷いた。


(つづく)

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