第37話 未来予知の正体と、yumaが疑われる理由
特級魔法の正式解禁から一晩。
世界は静かにはならなかった。
静かになれるはずがない。
《魔力総吸》
《ネクロマンス》
《未来予知》
《資本主義》
《重工業化》
たった五つの“名前”だけが全人類に配られた。
効果も条件も不明。
なのに、名前だけで国が揺れる。
そして揺れるのは国外だけじゃない。
日本も同じだ。
俺がホテルの薄いカーテン越しに曇った朝を見ていると、端末が短く震えた。
相良からの連絡だ。
『至急。オンライン会議。日本政府(ギルド経由)案件です』
――来た。
特級が解禁された瞬間から、来ると分かっていた。
でも分かっていても、来てほしくない。
俺はため息を吐いて、通話を繋いだ。
画面の向こうには相良。
いつもの笑顔、いつものスーツ、いつもの圧。
その横に、見慣れない男がいた。
スーツ。無機質な表情。
名乗りはしないが、空気で分かる。
政府側だ。
相良が言う。
「結城さん。政府――正確には、日本側ギルドの上層、そして関係省庁からの協力要請です」
“要請”という言い方をしている。
でも、断れない案件の言い方だ。
男が淡々と話し始めた。
「特級魔法《未来予知》について、確認したい」
声に抑揚がない。
感情がないふりをして、圧だけはある。
「現時点で、未来予知能力者が正体を明かしていない」
「……」
「実害がないから放置すべきという意見もある。だが、放置した結果、他国に取られれば致命的だ」
“取られる”。
言葉が露骨だ。
国家は、そういう言葉を躊躇しない。
男は続ける。
「確保が目的ではない。現段階では、所在確認と、関係者の把握だ」
言い方は柔らかい。
でも、結局同じだ。
“把握”は、次の一手の準備だ。
相良が画面越しに頷いた。
「そこで、結城さんへの依頼になります」
「……俺?」
俺が言うと、相良の笑顔が少しだけ鋭くなる。
「はい。結城さん――外部顧問“yuma”です」
政府側の男が一拍置いて、淡々と告げた。
「君は、未来予知能力者に見える」
言い切り。
無神経なくらい直球。
俺は反射で言い返した。
「そんなわけねえだろ⁉」
声が上ずった。
自分でも分かる。
この反応は、余計に怪しい。
相良が、逃がさない声で続けた。
「……でも、否定できないんです」
笑顔なのに容赦がない。
「結城さん。あなたは“あり得ないほど”情報を知りすぎている」
俺は言い返そうとした。
だが相良が畳みかける。
「何度思ったことか……『なんでそんなこと知ってんだ』『情報源どこだよ』って」
相良の口調に、珍しく私情が混ざっていた。
苛立ち。焦り。
たぶん、それだけこの件が重い。
俺は言い返す言葉が出なかった。
……客観的に見たら、そう見えるのも仕方ないのか?
俺は“予測”じゃなく“知ってる”だけだ。
でも他人から見れば、予測が当たり続ける人間は予知に見える。
政府側の男が言う。
「君が未来予知でないなら、それを証明する必要がある」
「証明って何だよ」
俺は低い声で言った。
「悪魔の証明だろ」
「だから、我々は協力要請をする」
男は淡々と返す。
「君が未来予知ではない場合、未来予知の正体を探っておく必要がある。もし本当に違うなら――正体を探って報告してくれ」
……結局、探偵になれって話か。
相良が補足する。
「政府 → ギルド → クラン → yuma、という流れです」
笑顔のまま、現実を言う。
「結城さんに直接連絡すれば、余計に燃えますから」
燃える。
それがこの作品のテーマみたいになってきた。
俺は息を吐く。
「断ったら?」
相良は一拍置いてから、静かに言った。
「“お願い”ですけど」
笑顔が残っているのに、声が冷たい。
「断ると“監視”に切り替わります」
――来た。
断れば監視。
受ければ協力。
選択肢があるように見せて、実質ない。
政府側の男が最後に言う。
「協力は任意だ。ただし、国家として必要な対応は取る」
要するに、任意じゃない。
相良が画面を見て言った。
「結城さん。あなたの“予測”が外れたところを、私は見たことがない」
圧が強い。
「だから疑われる。ログが残っている以上、なおさらです」
ログ。
英国へ共有され、EUにも回ったログ。
あれは俺の“運用”の言葉のはずだった。
でも今は“予知の証拠”として扱われる。
俺は低い声で言った。
「予測じゃない。“知ってるだけ”だ」
相良が眉を上げる。
「“知ってる”のが問題なんです」
相良の声が鋭い。
「知ってる根拠が説明できない。説明できない知識が積み上がると、外からは予知に見える」
……正しい。
腹が立つほど正しい。
政府側の男が、淡々と結論を置く。
「依頼は二点」
「一、君が未来予知でないなら、その根拠を示せ」
「二、未来予知の正体に心当たりがあるなら、調査し報告せよ」
俺は噛み締めるように言った。
「心当たりがあるかどうか、今ここで答えろって?」
男は動じない。
「可能なら」
可能じゃない、と言えばいい。
でも言えば疑われる。
詰んでる。
画面の隅で、相良が視線を外した。
その仕草が「ここからはお前次第だ」と言っている。
俺は、喉の奥で息を吐いてから答えた。
「……心当たりが“ない”とは言わない」
言い方を選ぶ。
嘘じゃない。
「ただ、確定してない。今は言えない」
政府側の男が一拍置いて言う。
「なら、調査を進めろ」
命令だ。
通話は、そこで切れた。
“協力要請”という名の命令は、淡々と終わる。
通話が終わった瞬間、ホテルの部屋が静かに戻った。
静かすぎて、逆に耳が痛い。
俺は椅子に座ったまま、しばらく動けなかった。
(……俺が未来予知?)
馬鹿げている。
でも、疑われる理由はある。
俺は情報を知りすぎている。
危険を言い当てる頻度が異常だ。
ログが残っている。
そして特級《未来予知》が解禁された。
条件が揃いすぎている。
そこへ、ドアが控えめにノックされた。
優奈だ。
「結城くん……入っていいですか?」
いつも通り敬語。
でも声が硬い。
「入れ」
俺が言うと、優奈はそっと入ってきた。
優奈は椅子に座る前に、俺の顔を見て言った。
「……会議、終わりましたか?」
「ああ」
「政府、ですか?」
「……ああ」
優奈は一瞬だけ唇を噛んだ。
そして、まっすぐ言った。
「未来予知のこと、ですよね」
「……」
「結城くんが疑われてる、って……」
優奈の目が揺れる。
怖さと怒りと不安が混ざっている。
俺は短く答えた。
「疑われてる」
「……ひどいです!」
優奈の語尾に「!」が戻る。
怒りの「!」だ。
「結城くんが未来予知なわけないじゃないですか!」
俺は苦笑したくなった。
優奈が俺を信じるほど、疑いは増える。
世の中はそういうものだ。
「そう言い切れないのが問題なんだ」
俺が言うと、優奈が固まった。
「……えっ」
「俺が未来予知じゃないとしても」
俺は続ける。
「未来予知の正体を探って報告しろって言われた」
優奈の顔が一気に曇る。
「……それって……」
言いかけて止める。
言いたいのは「親戚」だ。
優奈は知っている。
確定ではない。
でも、心当たりがある。
俺は優奈の沈黙を見て、確信に近いところへ進む。
「……お前、悩んでるだろ」
優奈が小さく頷いた。
「……はい」
声が弱い。
「言うべきか、言わないべきか……分からなくて……」
俺は少しだけ声を落とした。
「お前の親戚だろ」
優奈が息を呑む。
否定しない。
否定できない。
「……会いに行くか」
俺が言うと、優奈の目が揺れた。
「……会って、いいんでしょうか」
「会わない方が危険だ」
俺は即答した。
「政府が動き出してる。放っておいたら、向こうが勝手に嗅ぎ回る」
優奈の顔が青くなる。
「……親戚が、囲われたり……」
「あり得る」
俺は淡々と答える。
脅しじゃない。現実だ。
優奈は両手を握りしめて、小さく言った。
「……でも、親戚は……正体を明かしたくないって……」
「なら理由がある」
俺は言った。
「その理由を聞く。俺たちが動くなら、今だ」
優奈は深呼吸を一回して、顔を上げた。
「……結城くん」
「何」
「一度、会って話してみませんか」
敬語が丁寧すぎる。
覚悟の時の敬語だ。
「私の親戚に。未来予知が本当なのか、確かめたいです」
俺は頷いた。
「……それが今後の方針だ」
短く言い切る。
「会って、確認する。政府に報告するかどうかは――その後だ」
優奈が「はい!」と強く返事をした。
怖いのに前に出る。
その強さが今は必要だ。
優奈はスマホを取り出して、震える指でメッセージを打ち始めた。
「……連絡、してみます」
「条件を付けられるかもしれない」
「……分かってます!」
優奈は頷く。
「場所指定とか、録音禁止とか……」
言いながら、自分で怖くなったのか、少しだけ声が小さくなる。
俺は優奈にだけ聞こえる声で言った。
「一人で行くな」
「はい」
「俺も出ない」
「……はい?」
優奈が首を傾げる。
俺の「出ない」は、表舞台の話だけじゃない。
俺は続けた。
「会うのはお前が前に出ろ。俺は後ろにいる」
「……分かりました!」
優奈がすぐ理解する。
看板は優奈。
yumaは影。
それが俺たちの運用だ。
優奈のスマホが、ピコンと鳴った。
返事だ。
優奈の顔が一瞬で固まった。
「……えっ」
「何だ」
俺が聞くと、優奈は震える声で読んだ。
「『来るなら、ひとりで。録音はするな』……って……」
――条件付き。
予想通りだ。
そして、嫌な予感が増す。
俺は短く言った。
「ひとりでは行かせない」
「でも……」
「運用を変える」
俺は言い切った。
「“ひとりで来い”って条件は、たぶん監視を振り切るためだ。なら、俺たちも監視を想定する」
優奈が息を呑む。
「……監視……」
「政府はもう動いてる。相良も動く。英国も動く」
俺は淡々と言う。
「だから、会いに行くなら“今”しかない」
優奈は震えながらも、顔を上げた。
「……はい!行きます!」
怖いのに「!」がある。
それが優奈だ。
俺は心の中で、また盤面を広げる。
特級《未来予知》。
正体不明。
政府の圧。
そして、優奈の親戚。
……ここから先は、ダンジョンじゃない。
人間の盤面だ。
(つづく)




