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第36話(後半) 特級魔法・正式解禁

――世界が、息を止めた。


 英国ダンジョン前の指揮所にいた全員が、同じ瞬間に動きを止めた。

 無線の雑音が遠のき、救急テントの金属音が消え、群衆のざわめきが薄い膜の向こうへ押しやられる。


 音が消えた、というより――“音を受け取る余裕が脳から奪われた”。


 次の瞬間、言葉ではない“理解”が流れ込んでくる。


 耳で聞く声じゃない。

 目で読む文字でもない。

 頭蓋骨の内側に、直接「意味」が刻まれる感覚。


 全人類の脳内に、同じ情報が流れ込む。

 それがどれほど異常かを、考える余裕もないまま、俺の脳はその“理解”を受け取っていた。


 ――特級魔法。正式解禁。


 瞬間、胃が冷えた。

 反射で息を吸ったのに、肺が膨らんだ感覚がない。

 身体のほうが、情報の波に置き去りにされている。


 そして“理解”は続く。


 ――ダンジョン・バージョン2の試験運用。

 ――一年前から段階的に実装していた。

 ――試験的に「世界に一つだけ」の特殊な魔法(特級)を配備した。


 国名が、重たい石みたいに脳内に落ちてくる。


 日本。

 中国。

 ロシア。

 アメリカ。

 フランス。


 さらに――。


 ――追加で五種類。

 ――別の国に一つずつ、ランダム配備。

 ――配備国の国民は、自国ダンジョンにて低確率でランダムに特級魔法を取得可能。


 低確率。

 ランダム。

 自国ダンジョン。


 世界中が、同時に同じ結論へ辿り着く。


 「国が、ガチャになる」


 そして最後に、決定的な刃が落ちた。


 ――特級魔法、名称の解禁は限定的に行う。

 ――本日、以下の五種のみ名称を解禁する。

 ――追加でランダム配備された五種については、存在のみ告知し、名称は未公開。

 ――効果、条件、詳細はすべて秘匿。


 ――名称解禁、五種。


 《魔力総吸》

 《ネクロマンス》

 《未来予知》

 《資本主義》

 《重工業化》


 そこで“理解”は唐突に途切れた。


 音が戻る。

 空気の匂いが戻る。

 現実が、遅れて追いつく。


 同時に、あちこちで人が息を吐く音がした。

 誰かが咳き込み、誰かが頭を押さえ、誰かが「今の何!?」と叫んだ。


 指揮所の無線が、一斉に騒がしくなる。


「繰り返す、全員今の情報を受信したか!?」

「医療班、気分不良者を確認!」

「広報、外に出すな、今は何も言うな!」

「政府ラインへ接続! EU連絡網へ――!」


 英国の担当者の顔が青い。

 青いのに目がギラついている。


 ――欲しい。

 ――怖い。

 ――取られる。

 ――取らなければ。


 国家がそういう目をした時、世界は燃える。


 優奈が、隣でふらついた。


「け、結城くん……いまの……頭の中に……!」

 いつもの敬語に「!」が乗らない。

 怖すぎて「!」が出ない。


「……聞こえたか」

 俺は短く言って、優奈の肩を支えた。

「全員だ。世界中だ」


 アメリアが、珍しく言葉を探している顔で呟いた。


「特級……魔法……正式解禁……デス」

 デスが重い。

 その重さが、英国の空気に似ていた。


 そして俺は、嫌な方向にだけ頭が回る。


(……フランス)


 さっきの“魔力が増えて返る”現象。

 環境魔力の混合。

 あれは永久機関じゃない。外から引っ張っている。

 環境魔力は毒――混ぜすぎると病気のような症状が出る。

 7:3が限界。


 それでも“返ってくる量が増えて見える”。


 つまり、環境魔力を「吸って」混ぜている。


 《魔力総吸》。


 名前だけで背筋が冷える。

 “総吸”なんて、言葉の時点で危険だ。

 環境魔力という毒を、丸ごと吸い込む発想。

 それを扱えるなら、回復役を平然とさせられるほどの魔力量も説明がつく。


 俺は、指揮所の奥に視線を向けた。


 フランスのシスター――俺に声をかけてきた女が、微笑んでいた。


 まるで「やっと名前が付いた」とでも言いたげに。


(……お前か)


 断定はできない。

 効果も条件も秘匿。

 それでも、状況証拠が揃いすぎている。


 そして、それ以上に嫌なことが頭をよぎった。


 《未来予知》。


 喉の奥がひゅっと冷える。


(日本で未来予知なんて、聞いたことが……)


 そう思いかけて、思考が止まる。


 ……いや。


 いた。


 忘れかけていた“最初のきっかけ”が、脳内で再生される。


 ――入学式当日。


 世界中にダンジョンが現れて一年。

 配信が流行り始めた頃。

 それでも俺は「攻略しない」と決めていた。


 隣の席の女子が、明るい声で言った。


「結城くん!ダンジョン配信者になりませんか!?」

 空下優奈。

 敬語に「!」が多い女子。


 俺は即答した。


「ならない。ダンジョン攻略はしないって決めてる」


 それで終わるはずだった。

 でも優奈は引かなかった。


「戦い方のアドバイスだけでもいいので!お願いできませんか!?」

「なんで俺なんだよ……」


 俺がそう言った時、優奈は一瞬だけ目を逸らした。

 そして、言った。


「未来予知ができる親戚がいるんです!」


 馬鹿げてるのに、必死だった。

 「入学式で隣になった相手を誘えばいいことがある」

 そう言って、引かなかった。


 俺は呆れて言った。


「じゃあそいつに頼めばいいだろ」


 優奈は言葉を濁した。

 今思えば、その濁し方が答えだ。


 予知は、隠す。

 政治案件だから。


 現実に戻る。


 背中に嫌な汗が浮いた。


 《未来予知》という名前が、今――世界中に配られた。


 もし日本の特級の一つがそれなら、優奈の親戚は、ただの“変わった人”じゃない。

 特級の所有者か、関係者だ。


 そして予知で、俺は盤上に置かれた可能性がある。


 優奈が震える声で言った。


「け、結城くん……未来予知……って……」

 目が俺を見ている。

 答えを求める目。


 俺は、すぐには答えられなかった。


 答えた瞬間、優奈の“きっかけ”が偶然じゃなくなる。

 努力じゃなくなる。

 予知の線路の上だったことになる。


 だから俺は、言葉を選んだ。


「……お前が言ってた」

 短く。

「未来予知の親戚。……あれが、本物だった可能性が高い」


 優奈が息を呑む。


「……やっぱり……!」

 怖いのに、目が強い。


「分からない」

 俺はすぐ遮った。

「分かるのは“名前が解禁された”ってことだけだ。効果も条件も知らない。断定はしない」


 優奈は頷いた。

 頷いてから、震える声で言った。


「でも……私……最初から……」


「運命でも何でもいい」

 俺は現実を置いた。

「今の俺たちは生きてる。お前は勝ってきた。そこは変わらない」


 優奈の唇が震えた。

 でも、目が逸れない。


「……はい!」

 「!」が戻った。

 怖がりながら前に出る。

 それが優奈だ。


 その時、アメリアが小さく言った。


「ユウマ……フランスのシスター……」

 アメリアの視線の先で、シスターがこちらを見ていた。


 笑っている。

 優しい顔で。

 でも、その優しさは“勝ち筋”の顔だ。


 ――《魔力総吸》。


 もしこれがフランスに配備された特級なら、EU内でも政治案件どころじゃない。

 英国が欲しがる。

 英国が欲しがるなら、他の大国も黙っていない。


 しかも追加で五種類、ランダム配備された特級がある。

 名前すら公開されていない未知の刃が、世界のどこかに五本ある。


 それが一番怖い。


 俺の端末が震えた。

 相良からだ。


『特級魔法の正式解禁を確認。EU内でも政治案件が戦争案件に変わりました。ログ共有は一時停止します。今すぐ戻ってください』


 ……一時停止。


 遅い。

 もう世界中の脳内に入った。

 止められるわけがない。


 群衆がざわついている。

 誰もが同じ情報を受け取った。

 だから、誰もが同じ方向に走り出す。


 「自国の特級は何だ?」

 「うちの国は配備国か?」

 「ダンジョンに潜れば取れるのか?」

 「誰が持ってる?」

 「隠してるのか?」


 最悪の想像ほど、現実になりやすい。


 俺は、喉の奥で呟いた。


「……俺は表舞台に出ない」

 そう決めていた。

 その言い訳が、いつまで続くと思っていたのだろう。


 今、世界が「名前だけの刃」を手に入れた。

 その刃は、人を守るより先に、人を切る。


 俺は優奈の肩を軽く叩いた。


「優奈。戻る」

「はい!……でも、結城くん!」

「後で話す」

 俺は短く言った。

「未来予知のことも、フランスのことも。全部、後だ。今は動く」


 アメリアが頷く。


「了解デス。ここ、危険になるデス」


 俺は最後にもう一度、フランスのシスターを見た。


 彼女は微笑んで、軽く頭を下げた。

 まるで、こう言っているみたいだった。


 ――ようこそ。

 ――本当の盤面へ。


 俺は背中に冷たい汗を感じながら、歩き出した。


(つづく)

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