第35話 回復で死なない国の“もう一段上”
フランスのパーティが動き出した瞬間、英国の空気が一段変わった。
ドイツ上位の速攻は「強さ」で殴る映像だった。
鎧とエンチャントで一気に終わらせる。
勝てる人が勝つ勝ち方。
だがフランスは違う。
最初から「死なない」前提で組んでいる。
勝つことより、積み上げることが目的に見える。
英国の“詰みループ”を逆回転させるための思想。
俺は入口付近の監視映像――配信ではない、ログ用の映像を見ながら、目を細めた。
パーティは六人。全員女性。
盾役が二人、魔法使いが二人、シスターが二人。
(回復が多い国の編成だ)
だが今日、俺の目が追うのは回復そのものじゃない。
あのシスター――俺に声をかけてきた方だ。
ログで“yuma”を特定してきた女。
つまり政治の匂いがする女。
そして、その匂いはすぐ現実になる。
第一の接敵。
アンデッドの群れが、通路の奥から滲むように湧いた。
英国の一階層は、最初から量で押してくる。
個体は弱いが、床とセットで殺しに来る。
フランスの土魔法使いが、前に出た。
杖も剣も持っていない。
手をかざすだけ。
地面が盛り上がり、岩の棘が一斉に立ち上がる。
――量が違う。
棘は直線じゃない。扇状に広がり、通路を塞ぐように配置される。
アンデッドが突っ込めない。
突っ込めないまま、棘に貫かれて崩れる。
魔法のコスパ重視。
これが“線”と“面”の攻撃だ。
優奈が思わず小声で言った。
「うわ……一瞬で……」
目が丸い。
でも、興奮より先に怖さが来ている。
英国の空気に慣れ始めている証拠だ。
俺は短く答えた。
「通路戦を理解してる」
「通路戦……」
「床罠の国では、動き回るほど死ぬ。だから陣地を作る」
俺は言いながら、フランスの盾役の立ち位置を見る。
二人は前に出ない。
出ない代わりに、土魔法の“陣地”の端を守っている。
敵が抜けてきた時にだけ潰す位置だ。
次に出たのは大型アンデッドだった。
骨格が太い。
鎧を着た騎士の亡骸みたいなやつ。
雑魚の棘じゃ止まらない。
土魔法使いの表情が変わる。
棘が変わる。
棘の“硬さ”が上がった。
魔力を多く練っている。
さらに、棘が回転を始める。
ただ刺すんじゃない。削る。
大型アンデッドが突っ込む。
突っ込んだ瞬間、回転棘が骨を砕きながら貫く。
一撃で沈んだ。
俺は内心で呻いた。
(……火力の出し方が、綺麗すぎる)
無駄がない。
派手さもない。
でも、結果は圧倒的。
――そして、ここからが問題だった。
俺に声をかけてきたシスターが、意味不明な行動に出た。
戦闘が落ち着いた瞬間、彼女は土魔法使いの背後に立った。
回復魔法の詠唱みたいな短い祈り。
でも、対象は傷じゃない。
土魔法使いの“背中”だ。
光が、薄く流れ込む。
土魔法使いの息遣いが変わった。
さっきまで魔力切れになりかけていたはずなのに、肩の力が抜ける。
まるで、息が入ったみたいに。
(……まさか)
俺の背中が冷えた。
(魔力の受け渡しができる魔法?)
普通ならあり得ない。
魔力は個人の内側に閉じている。
外に出した魔力は“魔法”として消える。
他人の内側に移すのは、構造が違いすぎる。
優奈が小声で言った。
「結城くん……いま、回復っぽいことしました……?」
「……回復じゃない可能性がある」
俺は声を落とした。
「見ろ。あの土魔法使いの顔」
土魔法使いが、明らかに楽になっている。
傷はない。
でも魔力の疲労が消えている。
アメリアが、隣で震える声で言った。
「……あれ、魔力、動いてるデス」
アメリアは魔力感知が鋭い。
だから分かる。
俺は唇を噛んだ。
(まずい)
これは、EU内でも扱いが政治案件になる。
戦争になる種類の“資源”だ。
魔力の流通は、国力そのものになる。
英国に渡したログがEU内に回っている時点で、こいつらは“情報戦”の中にいる。
ここで俺が反応を間違えたら、首を絞める。
フランスパーティはそのまま進む。
雑魚は土棘で一掃。
大型が来たら硬度と回転を上げて沈める。
床罠が見えたら、盾役が止める。
シスターが毒を浄化し、薄いバリアを更新する。
完璧に近い。
そして、トラップ対策が“発明”みたいに出てきた。
床に穴が空いている。
踏んだら落ちる。
その上に――土の歩道橋を作った。
低い。
低すぎるくらい低い。
それが逆にいい。
高い橋は落ちたら死ぬ。
低い橋なら落ちても即死しない。
安全側に倒している。
(……運用の設計がうまい)
英国の床罠に対する回答が、“踏まない”ではなく“踏む必要がない道を作る”だ。
土の勝ち方だ。
そして、そのたびに。
シスターが補充する。
土魔法使いの背に、光。
もう一人の魔法使いにも、光。
魔力が戻る。
戻るのに、シスターの顔色は変わらない。
(どれだけの魔力を保有してるんだ……?)
あり得ない。
でも、あり得ないから政治だ。
優奈が小声で言った。
「……シスターさん、平気そうです……」
「平気だから怖い」
俺は短く答えた。
そして、ボス部屋。
一階層ボス――ムカデ。
ドイツが速攻で沈めた、あのボス。
フランスは、同じボスに別の答えを出す。
ボス部屋の空気が毒っぽい。
ムカデが跳ねる。
跳ねた瞬間、下から毒霧が噴き上がる。
だがフランスは慌てない。
シスターが浄化を打ち、盾役が位置を固定する。
毒霧の“面”を避けるんじゃない。
面が出ても耐える前提で、被害を薄くする。
土魔法使いが棘を出す。
だが側面は硬い。通らない。
弱点は頭。
でも頭へ突っ込むと体当たりが来る。
そこでフランスが見せたのは――属性の逆転だった。
シスターが土魔法使いから“借りた魔力”を返してもらう。
いや、返すというより――引き出す。
魔法使い二人から、光がシスターへ戻っていく。
そして、おかしい。
(戻ってくる量が多い)
貸した量より、多く戻っている。
永久機関?
そんなはずはない。
俺は瞬間的に推測する。
(環境魔力……)
このダンジョン自体に、薄い魔力の流れがある。
アンデッドが動けるのも、毒霧が湧くのも、床罠が“意思”みたいに殺しに来るのも、全部“環境”が関与している。
なら――その環境魔力を、何らかの理屈で絡めている?
触媒として自分の魔力を使い、外の魔力を引っ張って“返す量”を増やしている?
だとしたら、理屈としては通る。
通るが――危険だ。
環境魔力を弄るのは、ダンジョンそのものに触ることになる。
国が扱えば兵器になる。
EU内で政治案件。
間違いない。
シスターの瞳が、少しだけ冷たく見えた。
優しい顔のまま、危ないことをしている。
そして、フランスは“苦手属性の炎”を使った。
炎魔法使い――ではない。
土魔法の使い手が、炎を“最低限”だけ吐き出す。
大きく燃やさない。
煙を増やさない。
目的は焼き尽くすことじゃない。
外殻を脆くする。
熱で硬い側面を変質させ、頭部の動きを鈍らせる。
炎はコスパが悪い。だから最小限。
最小限でも、狙いが正しければ十分。
シスターがバリアを更新する。
毒霧が来ても、耐える。
盾役が位置を固定する。
ムカデの体当たりの軌道を制限する。
そして――土の回転棘。
硬度を上げる。
回転を強化する。
脆くなった頭部へ、線で削り込む。
ムカデの動きが止まる。
節が痙攣する。
最後に頭が沈む。
討伐完了。
フランスの勝ち方は、速攻じゃない。
でも、事故がない。
事故がないから、安定する。
安定するから、次が作れる。
俺は喉の奥が乾いたまま、モニターを見つめた。
(間違いない)
あのシスターは、回復魔法以外にも“カテゴリーエラー”の魔法を使っている。
魔力の受け渡し。
しかも、返却量が増える。
環境魔力を絡めている可能性。
そんなものが表に出たら、英国はもちろん、EU全体が揺れる。
優奈が震える声で言った。
「……結城くん……あれ、すごすぎませんか……」
「すごすぎる」
俺は短く答えた。
「そして、危険だ」
アメリアが小さく呟く。
「EU内でも……政治案件デス」
俺は頷いた。
「……間違いない」
フランスパーティが帰還し、シスターがこちらへ視線を向ける。
そして、微笑んだ。
俺に向けて。
“yuma”に向けて。
その笑顔が、勝利の笑顔なのか、交渉の笑顔なのか――判別がつかない。
俺は、心の中で相良の声を思い出した。
――言葉は刃。
――映像はもっと刃。
そして今日、もう一つ増えた。
――魔力は、国家だ。
(つづく)




