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第34話 鎧は万能じゃない――ドイツ上位の速攻

 ドイツ上位パーティの戦い方は、派手だった。


 でも派手さの中身が、ちゃんと“運用”だったのが怖い。


 英国ダンジョン入口前の警備は相変わらずガチすぎる。

 柵、検問、救急、無線、見張り。

 それでも人が集まっているのは、もう“見物”じゃない。祈りだ。


 祈りの視線の中で、ドイツの二人は鎧を纏って立っていた。


 マジックラスト。

 魔力を鎧として纏う魔法。重さを感じず、一時間継続。

 ただし燃費が重い。切れた後は三十分のクールダウン。

 常時鎧は不可能。


 つまり――この一時間で決めるしかない。


 優奈が小声で言った。


「結城くん……あれ、ほんとに強そうです……」

「強い」

 俺は短く答えた。

「でも万能じゃない。英国がそれを許すと思うな」


 英国は“隙間”を突く国だ。

 強いものに強いまま勝たせない。

 罠がそういう思想で作られている。


 裂け目が光る。

 今回の目的は深追いしない一階層の実地確認――だったはずだが、ドイツは最初からボスを見ている目だった。

 上位は、下見で終わらない。下見のついでに“結果”を取りにいく。


 俺は、できる限り表情を動かさず観察する。

 英国への協力名目。

 実際は情報収集だ。


 ここで見たものは、30話の「槍×エンチャント」とも繋がる。

 英国の未来の型にも繋がる。


 一階層の通路は、相変わらず静かすぎた。


 アンデッドが出る。

 ドイツの後衛が最低限の火力で処理する。

 炎は使わない。煙は出さない。

 床を見失うのが死だからだ。


 鎧の二人――前線は、前に出ない。

 出ない代わりに“位置を取る”。

 盾役がいないのに盾役みたいに立つ。

 隙間を埋める立ち位置が上手い。


(……さすが上位)


 見ているだけで分かる。

 この二人は“戦闘が上手い”んじゃない。

 “死なない動き”が染み付いている。


 宝箱が見えた。


 英国の宝箱は、殺しに来る。

 開けるな、が基本だ。

 だが、ドイツの二人の足が止まった。


 短い会話。

 賛否両論。

 開けるべきか、開けないべきか。


 その様子を見て、俺は内心で思ってしまった。


(平和ボケしすぎだろ)


 いや、平和ボケじゃない。

 正確には、“余裕がある”のだ。


 上位は、余裕がある。

 余裕があるから、リスクを取る議論ができる。

 英国の若い配信者たちが見たら、きっと羨ましがる。


 だが――余裕は罠だ。


 結局、ドイツは宝箱を開けなかった。

 議論はした。

 でも、開けない。


 それが上位の現実だ。

 “開ける余裕”があっても、開けない。


 安定している。

 大きなダメージを避けながら、ボス部屋へ向かって進む。

 そして――英国が“万能”を許さない瞬間が来る。


 床の色が、わずかに違う。

 罠だ。


 前線の一人が、踏んだ。


 カチ、と小さな音。

 次の瞬間、床が弾けるように開く。


 下から針。


 速い。鋭い。

 鎧なら防げる――と思った瞬間、針は鎧の“隙間”を狙っていた。


 足首。

 関節。

 装甲が薄い箇所。


 前線の男が「ッ」と短く息を漏らし、足を引く。

 血が出る。大けがではない。

 でも、痛みは確実だ。


 優奈が息を呑んだ。


「えっ……鎧なのに……」

「鎧だから狙われた」

 俺は小声で言った。

「英国はそういう国だ」


 ドイツの男は顔色を変えない。

 その場で足首を固定し、後衛が小さく処置をする。

 浄化か、止血か、痛み止めか。

 詳細は分からないが、動ける状態に戻す。


 そして――前線が笑った。


「これが英国か」

 言葉は軽いのに、目は冷たい。

 “覚悟”の目だ。


 大けがはない。

 鎧のおかげで命は残った。

 でも、隙間は刺される。

 万能じゃない。


 その事実が、英国の若い配信者たちの顔を引き締めた。

 鎧があっても死ぬ――その現実に、ようやく目が向く。


 それでも、ドイツは止まらない。


 ボス部屋へ。


 一階層ボス。


 扉が開いた瞬間、空気が毒っぽく変わった。

 嫌な匂いがする。鼻の奥が刺さる。


 ボスの見た目は――ムカデだ。


 でかい。

 長い。

 節が多い。

 そして、側面が硬い。


 ムカデのような体の側面には、鎧みたいな外殻がある。

 頭は弱点っぽい。

 だが正面から狙うと、体当たりが来る。

 ジャンプすると、下から毒霧を出す。


 優奈が小声で言った。


「うわ……気持ち悪いです……!」

 “!”が付かない。

 本気で嫌がっている。


 俺は目を細めた。


(このボス、長期戦は危険だな)


 毒霧がある。

 床が見えなくなる。

 そして、ドイツの鎧には時間制限がある。


 優奈の“チクチク戦略”――長期耐久で削る戦い方は、ここでは成立しない。

 鎧が切れた瞬間、前線が危険になる。

 再付与は三十分待ち。

 その三十分は、英国では地獄だ。


 つまり――速攻が必要。


 ドイツの取った方法は、驚くほど単純だった。


 エンチャント。


 武器強化。

 短時間で火力を上げる。

 代わりに、武器寿命を削る。

 30話で出した理屈の実戦版だ。


 前線の二人が、それぞれ剣を構える。

 槍じゃない。剣。

 でも剣の使い方が“線”だ。

 突きじゃなく、切り続ける。


 後衛が短い詠唱。

 剣が一瞬だけ淡く光る。


(……あれはエンチャント(中)だ)


 俺の胸が少しだけ冷える。


 エンチャント(中)。

 攻撃力三倍。

 その代わり、武器の寿命もその分消費する。

 強い。

 強いが、燃費が悪いどころじゃない。

 武器が死ぬ。


 前線二人が同時に動いた。


 ムカデボスの両側面から、頭部へ角度を作る。

 正面に立たない。

 毒霧の射線を避ける。

 体当たりの軌道からもずらす。


 そして、頭部の“首一点”――急所へ向けて、ひたすら攻撃を重ねる。


 切る。

 切る。

 切る。


 速い。

 重い。

 三倍の火力が、短時間で“回復させる余裕”を与えない。


 ムカデがジャンプしようとする。

 だが、ジャンプする前に頭部が揺れる。

 揺れて、姿勢が崩れる。


 毒霧が出る前に、崩される。


 体当たりが来る。

 だが、二人は両側面にいる。

 正面にいない。

 軌道を空振りさせる。


 ただ、床の罠が怖い。

 英国の床は容赦ない。

 前線の二人は“踏まない”のではなく、“踏む前提で選ぶ”。

 危険が少ない石だけを踏む。

 動きが“慎重”なのに、“速い”。


 矛盾しているようで、矛盾していない。

 上位の運用だ。


 そして、決着。


 頭部が沈む。

 節が波打つ。

 ムカデの巨体が崩れる。


 “急所を断つ”という言い方が一番近い。

 断頭、と言うほどの描写はしない。配信だ。

 でも現象としては、頭が落ちたのと同じだった。


 ――まさかの速攻クリア。


 優奈が呆然と呟く。


「はや……」

 声が抜けている。


 アメリアが「すごいデス……」と小さく言った。

 デスが薄い。

 本気で圧倒されている。


 俺は内心で、別のことを見ていた。


 前線の二人の剣だ。


 戦闘が終わった瞬間、剣の表面に細かいヒビが走っているのが見えた。

 刃先が、わずかに欠けている。


 武器寿命が削れた。

 代償が現れた。


 ドイツの前線の一人が、当たり前のように言った。


「次の戦闘は予備武器に切り替える」

 淡々と。

 それが当然、という顔。


 ――これだ。


 30話で俺が考えた「予備がないと話にならない」が、ここで現物として突き刺さる。

 上位は、予備を持つ。

 予備を持つから、速攻が成立する。

 速攻が成立するから、生き残る。


 優奈が小声で言った。


「……結城くん。予備武器、やっぱり必要なんですね……」

「必要だ」

 俺は短く答えた。

「英国は“消耗戦”じゃない。“交換戦”だ」


 鎧を纏っても、隙間を刺される。

 エンチャントで速攻しても、武器が死ぬ。

 つまり、英国で勝つには“消耗”を前提にするしかない。


 消耗を前提にした運用。

 携行基準。

 魔力で補う例外。

 役割分担。

 撤退基準。


 全部、必要だ。


 ドイツの速攻が、英国の若い配信者たちの目を変えた。

 「できるのかもしれない」という目。

 でも同時に、「俺たちには無理だ」という目もある。


 その“落差”を埋めるのが、俺の仕事だ。


 英雄の真似をさせない。

 でも、英雄の型を分解して、現実に落とす。


 俺は、ひとつだけ確信した。


 英国のダンジョンは、相変わらず殺意が高い。

 だが、殺意が高いからこそ――運用の価値が跳ね上がる。


 そして次は、フランスの番だ。


(つづく)

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