第33話 回復で死なない国の勝ち方
「国際交流」――その言葉は、英国では都合のいい看板だった。
外から戦力を呼ぶ。
外から希望を呼ぶ。
外から“見せ場”を呼ぶ。
そして、その裏で英国は必死に生き残ろうとしている。
スタンピードの恐怖が街に染み込んでいる国は、見栄よりも現実を選ぶ。
ドイツ上位が「マジックラスト」の鎧を纏って現れた時、周囲の空気は一段明るくなった。
“硬い前線”があるだけで、人は安心する。
だが、次に現れたフランスのパーティを見た瞬間――俺は目を疑った。
六人。
全員、女性。
しかも――剣を持った前衛がいない。
盾役のような装備が二人。
杖と書を持った魔法使いが二人。
そして、シスター服――明らかに回復役っぽい二人。
(……編成が、思想で固められてる)
英国の配信者たちがざわつく。
視線が勝手に“前衛剣士”を探す。
探して、見つからない。
優奈が小声で呟いた。
「えっ……全員、女の人……」
目が丸い。
「しかも、剣士さんがいない……!」
アメリアも珍しく動揺していた。
「フランス、こういうの、普通デス?」
語尾のデスが薄い。
本気で驚いている時のやつだ。
俺は答えない。
答える材料がない。
でも――見れば分かることがある。
(回復が多い国のパーティだ)
回復が出やすい国。
フランス。
英国側の資料でも触れられていた。
そして俺は、別のことにも気づいていた。
(……俺の情報が、回ってる)
フランスの二人のシスターのうち、片方がこちらへ歩いてくる。
姿勢がいい。歩幅が一定。
回復役というより、“儀式の司祭”みたいな気配。
彼女が軽く頭を下げた。
「初めまして」
英語だが、柔らかいアクセント。
「あなたが “yuma” さんですね」
背中が一瞬だけ冷えた。
……何で知ってる?
顔出ししてない。声も出してない。
あり得ない。
優奈が「えっ」と小さく声を漏らす。
アメリアが一瞬だけ俺を見る。
俺は表情を動かさないようにしながら、答える。
「……誰から聞いた」
シスターは微笑んだ。
「英国側のログです」
さらっと言う。
「“国際交流”枠でEU内にも共有されました」
――最悪だ。
ログ共有。
30話で確定した首輪。
あれが、もう仏独まで回っている。
国境を越える、という相良の言葉が、こんな速度で現実になるとは思わなかった。
(英国に出したログが、もうフランスに……)
胃が重くなる。
EU内で共有されるなら、いずれ別の国にも回る。
“yuma”という名義が、勝手に公的資源になる。
シスターは俺の沈黙を、肯定と受け取ったらしい。
「安心してください。個人情報に興味はありません」
にこやかに言う。
「私たちは、あなたの“型”に興味があります」
型。
またそれだ。
俺は短く返す。
「型なら、英国に出せ」
「出ています」
シスターは頷いた。
「だから今、あなたを見ています」
怖い。
でも、筋は通っている。
彼女は少しだけ声を落とした。
「提案があります」
いきなり来た。
政治の匂い。
「フランスに引っ越す気はありませんか?」
笑顔のまま、とんでもないことを言う。
優奈が「ひぃ……」と息を呑んだ。
アメリアが「大胆デス……」と小さく呟く。
シスターは淡々と続ける。
「フランスは一度もスタンピードが起きていません」
「……」
「死人が少ない。攻略が安定して進む」
彼女は真面目な顔になる。
「理由は単純です。回復があるから」
俺はその言葉に、反射で興味が湧いてしまった。
回復――と言っても、種類がある。
何でも治るわけじゃない。
どの回復を持つかで、パーティの勝ち筋は変わる。
俺は目の前のフランスパーティを観察する。
盾役二人。魔法使い二人。シスター二人。
(回復は三系統だ)
即時回復。
再生。
浄化・保護(クレンズ/バリア)。
彼女たちは、その三系統を二人で分担しているはずだ。
見た目だけでも分かる。
片方のシスターは、腰に小さな袋をいくつも下げている。
“対価”を支払うタイプのヒール。
燃費が重い代わりに、瞬間的に戻す。
ただし、欠損は残る。完全修復ではない。
命は救うが、代償は残す。
もう片方のシスターは、長いロザリオのような装飾を持っている。
これは再生と浄化を兼ねるタイプだ。
継続回復で燃費は良い。
だが即死には弱い。
だから盾役が二人いる。
盾役が二人。
前衛剣士がいないのではなく、“前衛を殺す役”がいない。
(守って、回して、死なない)
英国とは正反対の思想。
英国は床で殺す。
フランスは回復で殺させない。
シスターは微笑んだまま言う。
「あなたの知識と戦略が加われば、あなたにとっても悪い話ではないですよ?」
優しい声。
でも、これは勧誘だ。
国家の匂いがする勧誘。
俺は即答した。
「いきなり勧誘か」
自分でも冷たい声だと分かった。
「悪いけど、今から外国語勉強するのも面倒だから断る」
優奈が「結城くんらしい……」と小さく呟いた。
アメリアが「デスね」と頷く。
シスターは残念そうに笑った。
「残念です」
そして、すぐに切り替える。
「では、せめて見ていてください。私たちがクリアするのを」
自信がある声。
誇張じゃない。
“仕組みで勝つ”声だ。
俺は短く言った。
「見る」
見るしかない。
英国の悪質さに対して、フランスがどう勝つのか。
そこに英国の答えがあるかもしれない。
シスターは、最後に一言だけ付け足した。
「私たちは、攻撃手段をコスパ重視にしています」
笑顔のまま。
「――ガチで勝ちます」
その言い方が、妙に怖かった。
フランスパーティは、入口の前で短い確認をしていた。
叫ばない。
派手な演出もしない。
代わりに、指差し確認みたいな動きが多い。
盾役が、床を確認する。
魔法使いが、壁と天井を見る。
シスターが、全員の背中に小さな印を付ける。
おそらく、浄化・保護系の“薄いバリア”。
被ダメを減らすのと、毒・呪いを受けた時の“初動”を早くするためだろう。
優奈が小声で言った。
「なんか……静かです」
「静かな方が強い」
俺は短く答えた。
英国では、静けさは死に近い。
でもフランスは、静けさを“管理”している。
裂け目が光る。
フランスパーティが入っていく。
観衆が息を止める。
英国の若い配信者たちも、息を止める。
――誰も前に立ちたがらない国で、
“前に立たない勝ち方”を見せるパーティ。
それだけで、意味がある。
しばらくして、入口付近のモニターに簡易映像が映る。
英国側の安全監視用の映像だ。配信ではない。ログ用だ。
アンデッドが出る。
フランスの魔法使いが、最低限の火力で倒す。
派手な炎は使わない。
煙を出さない。
床を見失わない。
盾役は前に出ない。
出ない代わりに“位置を固定”する。
陣地戦のように、ここから先へは踏み込ませない――という立ち方。
アンデッドが毒を吐く。
――即座に浄化。
シスターの片方が短い祈りを唱え、薄い光が走る。
毒が消える。
同時に、薄いバリアが張り直される。
優奈が思わず呟いた。
「え……今ので毒、消えました……?」
「浄化だ」
俺は答える。
「そして、被ダメ軽減の保護」
フランスは、こうして事故を潰す。
英国の床罠の国で、事故を潰すには回復が要る。
それを“仕組みで”回す。
次に、盾役が罠っぽい床を踏みかける。
――転びそうになる。
危ない。
だが、即時回復のシスターが動く。
小さな袋から何かを取り出し、手を掲げる。
光が走り、盾役の体勢が持ち直す。
HPが戻る……というより、“立て直すための命”を支払う感じだ。
優奈が息を呑む。
「回復って……すごい……」
「燃費は重い」
俺は短く言った。
「回復のたびに対価を支払い、戻す。欠損は残る。……だから“死なない”が目的になる」
フランスの勝ち方は、派手じゃない。
でも、“積み上がる”。
死ななければ情報が残る。
情報が残れば次が楽になる。
次が楽になれば周回できる。
周回できれば回復が増える。
――正のループだ。
英国が詰んでいるのは、逆のループだからだ。
優奈が小さく言った。
「フランス……ずるいです……」
敬語が消えかけた。
羨望と恐れが混ざっている。
俺は思った。
英国の答えは、火力だけじゃない。
槍×エンチャントだけでもない。
“回復で事故を潰す”という思想も、必要になる。
だが、英国に回復は少ない。
ならどうする?
――代替の仕組みを作るしかない。
役割分担。撤退基準。模擬訓練。誘致。
俺の仕事は、また増える。
その時、モニターの向こうで、フランスのシスターが一瞬だけこちらを向いた気がした。
視線が合った――気がした。
そして彼女は、唇だけで言ったように見えた。
「見ていてください」
言葉は聞こえない。
でも、意味は分かる。
“回復で死なない国の勝ち方”を。
俺は息を吐いた。
次は、英国がこの勝ち方をどう取り込むかだ。
(つづく)




