第32話 国際交流という名の試験と、マジックラスト
英国のダンジョン前は、今日いっそう騒がしかった。
警備がガチすぎるのは、もはや日常になっている。
鉄柵、検問、救急テント、無線を持った係員。
スタンピードを経験した国の“普通”は、他国から見れば異常だ。
でも今日の騒がしさは、警備のせいだけじゃない。
人が増えていた。
見物人が増えていた。
カメラが増えていた。
そして――期待が増えていた。
「国際交流」
英国側の広報はそう呼んだ。
けれど実態は、試験だ。
英国ダンジョンが「上級者向けとして定着するか」
外国の強い戦力が「本当に協力してくれるか」
そして、英国側の若い配信者たちが「その背中を見て前に出られるか」。
全部、同時に試される。
俺は警備の隙間から見える群衆を眺めながら、心の中で呟いた。
(……派手にやりすぎだろ)
燃える。
英国は燃えやすい。
燃えれば、真似が出る。
真似が出れば、死が出る。
相良がいない場所でも、相良の声が頭の中で鳴る。
――言葉は刃。
――映像はもっと刃。
その刃が、今日は国境を越えて交差する。
集合場所に入ると、アメリアが先にいた。
いつもより落ち着かない様子で、足先がせわしなく動いている。
……アメリアが落ち着かないのは珍しい。
俺が近づくと、アメリアは弾むように言った。
「ユウマ!今日、ドイツの上位、来るデス!」
「聞いてる」
「すごいデス!ほんとにすごいデス!」
語尾のデスが増える。
テンションが上がっている時のやつだ。
優奈も隣で目を輝かせていた。
「結城くん!ドイツの上位ですよ!?国際交流ですよ!?」
敬語が崩れかけて、でも崩れない。
「なんか……修学旅行みたいです!」
「修学旅行でダンジョン行くな」
俺が即座に突っ込むと、優奈が「えへへ……」と笑った。
怖さをごまかす笑いだ。
そこへ、ざわめきが一段大きくなった。
視線が、入口へ吸い寄せられる。
警備員の動きが一瞬だけ緊張する。
そして――現れた。
ドイツの配信者。
第一印象は、言葉じゃなく絵だった。
騎士。
黒と銀の“鎧”をまとった巨体が、堂々と歩いてくる。
鎧の輪郭は金属っぽいのに、歩く音が重くない。
しかも動きが滑らかだ。
アメリアが息を呑んで叫んだ。
「これ本物デス⁉ すごい!すごいデス!!」
デスが飛び跳ねている。
優奈も負けずに言う。
「えっ、えっ、かっこいいです!!」
目が完全にキラキラしている。
「騎士様です!!」
ドイツの配信者は、少しだけ困った顔で笑った。
「珍しいか?」
英語だ。発音が硬い。
アメリアが通訳するより先に、優奈が「珍しいです!」と叫びそうになって、慌てて口を押さえた。
「……変わった魔法だから、ドイツでも変わった目で見られるよ」
ドイツ配信者は肩をすくめる。
「魔力を鎧として纏える魔法だ。マジックラストと呼ばれている」
マジックラスト。
俺はその単語を頭の中で転がした。
聞いたことがない。
いや――知識としては“可能性”を見たことがある。
でも現物は初めてだ。
(……初めて見る魔法)
俺が驚くのは珍しい。
でも、これは驚く。
ドイツ配信者は続けた。
「重さは感じない」
鎧の胸を軽く叩く。鈍い音がしない。
「効果は一時間継続」
優奈が「一時間!?」と声を上げかけて、また口を押さえる。
可愛いが、危ない。
ドイツ配信者はさらっと言った。
「他人にも使える」
その瞬間、場の空気がさらに揺れた。
他人に使える=パーティ全体の防御を底上げできる。
そしてドイツ配信者は、当然のように言った。
「だから前線の俺たち二人は、マジックラストを使っている」
“二人”。
入口の奥から、もう一人同じ鎧をまとった男が出てきた。
顔立ちが似ている。兄弟か、同門か、チームか。
優奈が、素直に羨ましがった。
「いいなあ!あんなのあったら日本のダンジョンも楽勝なのに!」
言った瞬間、俺は優奈の肩を軽く叩いた。
口が軽い。気をつけろの合図。
ドイツ配信者は笑った。
「楽勝はない」
そして、少しだけ声の温度が下がる。
「強い魔法は、燃費が悪い」
――来た。
強すぎるものには、必ず代償がある。
ないなら世界が壊れる。
英国のダンジョンは壊れているが、それでも“完全に”は壊れていない。
俺は、できるだけ自然に聞いた。
「魔力消費が重いのか」
ドイツ配信者は俺を見た。
見て、少しだけ目を細めた。
“分かってる奴”を見る目。
「そうだ。重い」
彼は即答した。
「一時間継続できる代わりに、その間の魔力が削られる。攻撃魔法を連発したら、すぐ空になる」
優奈が「えっ……」と呟く。
羨ましい→現実、の落差がいい。
ドイツ配信者はさらに言った。
「そして、終わった後にクールダウンがある」
「どれくらい」
俺が聞くと、彼は肩をすくめた。
「三十分」
淡々と。
「再付与できない時間だ。だから“常時鎧”は無理」
三十分。
英国のダンジョンで三十分は長い。
地獄が三十分続く。
(……なるほど。強いが万能じゃない)
俺は内心で納得する。
燃費が悪い。再付与にクールダウン。
これは“上級者向け”だ。
使いどころを間違えたら死ぬ。
アメリアが目を輝かせたまま言う。
「でも、すごいデス!一時間、防御!すごい!」
テンションが上がりすぎて、危険な匂いがする。
俺は短く言った。
「アメリア、落ち着け」
「……デス」
少しだけしゅんとなる。
優奈が小声で囁く。
「結城くん、あれ……欲しいです」
「欲しいなら、代償も欲しがれ」
「うぅ……!」
優奈が苦い顔をする。
そのやり取りを見て、ドイツ配信者が少しだけ笑った。
「日本は平和だな」
アメリアが訳す。
優奈が「平和じゃないです!!」と反射で返してしまい、慌てて口を押さえた。
平和。
英国から見れば、日本はまだ平和だ。
それが羨ましくもあり、怖くもある。
日本が平和であるほど、英国の要求は強くなる。
英国側の担当者が前に出た。
「本日は“国際交流”として、どこまで戦えるか試験も兼ねる」
アメリアが訳す。
「ドイツとフランスから上位配信者が来るデス」
フランスは――次回持ち越し。
今日はドイツ側の見せ場だ。
担当者は続ける。
「ただし、これは観光ではない。危険だ」
当たり前のことを、当たり前に言う。
英国はそれを繰り返す必要がある国だ。
俺は心の中で、別のことを考えていた。
(イギリスの戦略協力という名目で、できる限り観察して情報収集しよう)
この魔法はレアだ。
しかも他国にある。
条件も違う。ドロップも違う。文化も違う。
つまり――俺の“詳しさ”には穴がある。
英国編は、その穴を埋めるチャンスでもある。
そして同時に、穴があることがバレる危険でもある。
俺は表情を動かさずに、ドイツ配信者の動きを観察した。
鎧の揺れがない。
重さを感じない歩き。
魔力の流れは、皮膚の外側に薄い膜を作っているように見える。
他人にかけられるなら、術式は外向き。
だから燃費が重い。
納得できる。
納得できるからこそ、欲しくなる。
――欲しくなるものは、危ない。
ダンジョン入口の裂け目が、薄く揺れた。
英国側の案内が言う。
「今回は一階層の下見と、入口付近の安全確認が目的だ」
アメリアが訳す。
「深入りしないデス」
ドイツ配信者が頷く。
「いい。英国の床は信用していない」
その言い方に、笑えない現実がある。
優奈が小さく言った。
「……床が敵、ってほんとだったんですね」
「英国はそういう国だ」
俺は短く答えた。
ドイツ配信者が優奈を見た。
「君が、あの番外編の日本人か?」
優奈が固まる。
「……えっ」
顔が赤くなる。
嬉しいと怖いが同時に来て、表情が迷子になる。
アメリアが訳す。
「優奈さん、有名デス」
「ひぃ……!」
優奈が小さく悲鳴を上げた。
有名は怖い。英国で有名はもっと怖い。
ドイツ配信者は淡々と言った。
「無茶はするな。英国は、英雄を殺す」
アメリアが訳す。
その一言で、場の温度が下がる。
英雄を殺す。
英国の空気は、最初からそうだ。
裂け目が光る。
俺たちは順に入っていく。
今回は“分断前提”で動く。
英国側も、ドイツ側も、そのルールで合意している。
合流地点を決める。
時間を決める。
戻れないなら撤退。
撤退が恥じゃない、という前提。
そして何より――
ドイツ配信者のマジックラストが、入口をくぐる直前に発動した。
鎧が、一瞬だけ淡く光る。
それがすぐ落ち着いて、“本物の鎧”みたいに見える。
優奈が小声で言った。
「……すごい……」
羨望が滲む声。
俺は心の中で冷静に数える。
(持続一時間)
(その間、攻撃魔法の回数が減る)
(切れた後、クールダウン三十分)
つまり、英国の地獄に“時間制限”を付ける魔法だ。
一時間で決められなければ、次の三十分は薄着で走ることになる。
強い。
でも、怖い。
俺はその背中を見ながら思った。
英国を救うのは英雄じゃない。
こういう“条件付きの強さ”を、運用で回す仕組みだ。
そして俺は、また一つだけ学ぶ。
世界には、まだ知らない魔法がある。
国が違えば、常識が違う。
英国編は、長くなる。
(つづく)




