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第31話 誰も先頭に立たない国で、“仕組み”を作る

英国のダンジョン前は、今日も警備が過剰なくらい厳重だった。


 鉄柵が二重。

 検問が複数。

 救急テントが常設。

 そして、遠巻きに立つ人々の視線。


 あの視線は「頑張れ」じゃない。

 「頼むから死ぬな」だ。


 スタンピードを経験した国の祈り方は、こうなる。

 勇気を讃えるより、帰還を願う。


 俺と優奈、アメリアは、英国クランの指揮所――と言っていい場所へ通された。

 机、端末、地図、無線、医療班の待機。

 まるで災害対策本部だ。


 相良が言っていた「管理コストが跳ね上がる」の意味が、肌で分かる。


 そして、その本部の中央で、英国側の若い配信者たちが集まっていた。


 人数は多い。

 男女も混ざっている。

 装備も揃っている。

 ……でも、空気が重い。


 誰も、前に出ようとしない。


 リーダー格らしい男が、口を開いた。


「……本日の目的は、実戦訓練です」

 英語だ。

 アメリアが通訳する。


「今日、実戦訓練するデス。……でも、みんな、顔こわいデス」


 こわいのは当然だ。

 英国のダンジョンは、練習の場じゃない。

 死ぬ場だ。


 相良のような“圧”を持つ管理者がここにいない分、空気が正直すぎる。

 言い換えれば、“本音”が漏れている。


 リーダー格が続ける。


「我々は、貴国の協力を歓迎している」

 アメリアが訳す。

「でも……みんな、入りたくないデス」


 その言い方に、優奈が思わず目を見開いた。

 配信で見せる“明るさ”が剥がれて、素の驚きになる。


「……えっ」

 優奈が小さく言う。

「入りたくない、って……」


 俺は内心で思った。


(……だろうな)


 むしろ、ここに来てるだけマシだ。

 人が減り続ける国で、「装備を持って集合している」時点で愛国心がある。

 でも、愛国心は命綱じゃない。

 足元の床罠を止めてくれない。


 別の配信者が、弱い声で言った。


「貢献したい気持ちはある」

 アメリアが訳す。

「でも命がけで挑む覚悟はないデス」


 ……正直でいい。

 正直じゃないと死ぬ国だ。


 優奈が、ぽつりと言った。


「でも……ダンジョン配信者なんですよね……?」

 自分でも矛盾に気づいた顔。

 配信者なら、潜るしかない。

 でも潜ったら死ぬ。


 その矛盾が、この国の地獄だ。


 リーダー格が答える。


「配信者であることと、先頭に立つことは違う」

 アメリアが訳す。

「みんな、後ろで支えたいデス。助けたいデス。……でも最前線は、いやデス」


 俺は静かに息を吐いた。


 先頭に立つ人間がいない。

 つまり、パーティの“軸”がない。

 軸がないなら、型は機能しない。

 型は“前提”が揃って初めて回る。


 ――ここで、英国側の追加依頼が来た。


 本部の奥から、年配の男が出てくる。

 政府か、ギルド相当組織か、クランの上層か。

 どれにせよ、現場の空気よりさらに冷たい目をしていた。


 男が言う。

 アメリアが訳す。


「追加依頼があるデス」

 アメリアの声が少し硬い。

「“やる気なくても安定して練度が上がるアイデアが欲しい”デス」


 優奈が「えっ」と小さく息を吸った。


「やる気なくても……?」

 言い方がひどい。

 でも、現場の現実としては正しい。


 やる気は、瞬間的に作れる。

 命がけの覚悟は、作れない。

 作れたとしても、作った瞬間に壊れる。


 だから、仕組みが必要だ。


 俺はそこで、はっきりと“答え”が浮かんだ。


 外国人配信者誘致。


 ただの観光じゃない。

 ただの助っ人じゃない。

 制度としての“相互攻略”。


 この国のダンジョンが使えないなら、外国のダンジョンを使う。

 困ったときは助け合い、という名目で攻略し合う。

 外国の強い戦力を取り入れ、代わりにこっちの戦力を底上げする。


 俺は短く言った。


「外国の配信者を呼べ」

 英語にすると短い。

 でも意味は重い。


 場が一瞬静かになる。

 優奈が俺を見る。

 アメリアも目を見開く。


 年配の男が眉を寄せる。


「……観光化する気か?」

 アメリアが訳しながら、微妙な表情をする。

 この国の政治的な匂いだ。


 俺は首を振った。


「観光じゃない」

 言葉を選ぶ。

「訓練の仕組みだ。自国の若い配信者は、原則“外国で攻略を行う”決まりを作る」


 優奈が目を丸くする。


「えっ、イギリスの配信者が外国で!?」

 アメリアが頷く。


「そうすれば死なないデス。練度上がるデス」

 アメリアの目が真剣だ。

 英国の現実を知っている目。


 俺は続ける。


「英国のダンジョンは、上級者向けとして定着させる」

 言い換えれば、初心者を放り込まない。

「まず外で生き残る型を作って、練度を上げてから戻す。段階化する」


 年配の男が腕を組む。


「だが……誰が好き好んで、英国の初見殺しダンジョンを攻略したいと思う?」

 アメリアが訳す。

 その問いは正しい。

 そして、そこが壁だ。


 俺は答えた。


「好き好んで、じゃない。インセンティブを作る」

 言葉は刃になる。

 でも、ここでは刃が必要だ。


「報酬、スポンサー、公認バッジ、ランキング」

 俺は淡々と並べる。

「安全管理と補償を整える。救急と避難導線を制度化する。ログは整形して危険情報を流さない」


 優奈が小さく息を呑む。

 “仕組み”の匂いが強い。

 でも、英国を救うには、仕組みしかない。


 相良がいない場で、俺が相良みたいなことを言っている。

 それが少しだけ嫌だった。


 年配の男がさらに聞く。


「若い配信者を原則外国へ――それは、国の恥ではないのか?」

 アメリアが訳す。

 政治だ。誇りだ。プライドだ。


 俺は冷たく答えた。


「恥より死の方が問題だ」

 自分でも声が低い。

 でも、英国ではこれが現実だ。


 アメリアが小さく付け足す。


「死ぬより恥、変デス」

 デスが強い。

 英国の本音だ。


 年配の男が黙る。

 その沈黙は、反論じゃなく計算だ。

 国として、どう見えるか。

 どう責任を分けるか。

 どう金を動かすか。


 そこで、別の反対が出た。


 若い配信者の一人が言った。


「外国人が来て、死んだらどうする?」

 アメリアが訳す。

「責任、誰?」


 ――来た。


 全面賛成じゃない。

 抵抗がある。

 それが現実だ。


 俺は即答した。


「責任分界を契約で切る」

 相良みたいな言葉だ。

 でも必要だ。


「危険は事前に明示する。参加は自由。補償を用意する。ログを残す」

 俺は続けた。

「そして、段階化だ。最初から英国の一階層に入れない。模擬罠の訓練場を作る。安全ルートを整備する」


 優奈が「模擬罠……」と呟いた。

 それは、今まで日本でやってこなかった発想だ。

 英国はそれが必要な国だ。


 年配の男が言う。


「安全ルートなど作れるのか?」

 アメリアが訳す。

「ダンジョンは変化する」


「完全には無理だ」

 俺は正直に言った。

「だから“安全ルート”じゃなく“安全の型”を作る。床を見る、宝箱を開けない、役割を固定する、撤退を恥と思わない」


 その言葉に、若い配信者の顔が少しだけ変わる。

 彼らは欲しいのだ。

 英雄じゃなく、型を。


 俺は最後に、核心を言った。


「最前線に立ちたがらないのは普通だ」

 場の空気が一瞬動く。

「だから、立ちたがらない前提で役割分担を作る。先頭役は固定しない。状況で交代できる型にする」


 優奈が小さく頷いた。

 “固定の勇者”がいなくても回る仕組み。

 それは、優奈が日本で学んできたこととも繋がる。


 年配の男が、静かに言った。


「……近隣諸国は協力すると思うか?」

 アメリアが訳す。

「なぜ彼らが?」


 俺は答えた。


「英国が落ちれば、その被害を被るのはヨーロッパ諸国だ」

 言い切る。

「近隣諸国は、喜んで協力する。少なくとも“放置”より安い。放置は、次のスタンピードを待つだけだ」


 沈黙。

 重い沈黙。


 そして、年配の男が小さく頷いた。


「……検討する」

 アメリアが訳す。

「検討するデス」


 検討。

 政治の言葉だ。

 でも、“拒否”じゃない。


 俺は内心で息を吐いた。

 最低限、話は通った。


 その場を離れる直前、年配の男がもう一つ言った。


「だが、急ぐ」

 アメリアが訳す。

「急ぐデス。スタンピード、次はいつか分からない」


 ――だから、焦る。

 焦るから、死ぬ。


 その悪循環を止めるには、仕組みで速度を出すしかない。


 本部を出た後、優奈が小声で言った。


「結城くん……すごいです」

 目が少しだけ尊敬寄りになっている。

「なんか……政治家みたいでした!」


「やめろ」

 俺は即座に言った。

「褒め言葉じゃない」


 アメリアが真面目に頷く。


「ユウマ、運用の人、デス」

 そしてぽつり。

「イギリス、英雄より運用ほしいデス」


 優奈が小さく笑って、すぐ真顔になる。


「でも……外国の配信者さん、来てくれますかね……?」

「来る」

 俺は短く答えた。

「インセンティブを作れば来る。上級者向けダンジョンとしてブランド化すれば来る。……ただし」


「ただし?」

「燃える」

 俺は言った。

「危険な観光化だって叩かれる。死者が出たら責任の押し付け合いになる。情報流出も起きる」


 優奈が「うぅ……」と呻く。


「どこまで行っても大変ですね……!」

「英国はそういう国だ」

 俺は言った。

「だからこそ、型が必要なんだ」


 アメリアが静かに言った。


「みんな、怖いデス。でも怖いまま動ける人、少ないデス」

 優奈が小さく頷いた。

 自分がまさに“怖いまま動ける側”だと、自覚している顔。


 俺は思った。


 誰も先頭に立ちたがらない国で、英雄を作ろうとするのは間違いだ。

 必要なのは、英雄がいなくても回る仕組み。

 立ちたがらない前提の役割分担。

 分断が起きる前提の運用。

 そして、外国の力を借りることを恥と思わない制度。


 ――泥臭いが、現実的。


 その泥臭さが、英国を生かす可能性になる。


 そして次の瞬間、端末が鳴った。


 英国側からだ。

 “検討”の次に来るのは、たぶん――実行だ。


 俺はため息を一つだけ吐いて、画面を見た。


(つづく)

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