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第30話 槍×エンチャント、そして“携行基準”という現実

 英国のダンジョンは、やっぱり殺意が高い。


 宝箱が殺しに来る。

 床が殺しに来る。

 角を曲がった瞬間の空気すら、殺しに来る。


 そして何より――“分断”が起きる。


 それが確率だとしても、確率で起きる時点で「起きる前提」にしなければならない。

 分断が起きた瞬間、頼れるのは自分の装備と、型と、魔力だけだ。


 俺は会議室の机に肘をつきながら、英国側の配信者リストを眺めていた。


 剣士志望が多い。

 魔法使い志望が少ない。

 魔力が枯れたら終わる国で、魔法使いになりたいと思う人間が少ないのは当然だ。

 そして床罠の国で、近接だけで戦うのは自殺行為に近い。


 ――じゃあ、何が必要か。


 答えは、もう出ていた。


 距離。

 運用。

 短時間の火力。

 そして、壊れても回る構造。


 俺はふと、頭の中に一本の線が通るのを感じた。


 槍。

 エンチャント。


 槍は、距離を作れる。

 踏み込み過ぎずに攻撃できる。

 床の罠を踏む確率を、単純に下げられる。

 そして槍は、突きだけじゃない。払い、薙ぎ、連結。

 使い方次第で“線”になる。


 問題は火力だ。

 英国の初見殺しは、長引くほど負ける。

 だから短時間の上振れが必要になる。


 そこで――エンチャント。


 魔力を込める量で持続時間を決められる強化魔法。

 《魔法威力操作(極)》と同じく、投入量が多いほど伸びる。

 数字で言えば、威力二・二倍。

 見た目だけなら強すぎる。


 でも欠点がある。


 武器の寿命を、削る。


 削るどころじゃない。

 削り取る。

 “勝った瞬間、槍が死ぬ”くらいに。


 ――それでも、英国には必要だ。


 勝った後に武器が壊れてもいい。

 死ぬよりはいい。


 俺は立ち上がり、端末を開いた。

 相良が来る前に、骨子だけは作っておく。


 そして数分後、相良がいつもの笑顔で入ってきた。


「結城さん。英国側の追加要望が――」

「先に提案がある」

 俺は相良の言葉を遮った。

 相良が一拍置く。

 遮られるのを嫌う人間だが、今の相良は仕事モードだ。遮られても止まらない。


「聞きます」

「槍×エンチャント」

 俺は言い切った。

「英国の“床殺し”対策に、距離を作れて、短時間で上振れできる。剣士志望にも転用できる」


 相良の目が細くなる。

 興味が湧いた時の目だ。


「具体的には?」

「エンチャントは魔力投入で持続を決める。威力は二・二倍」

「……」

「ただし、武器寿命を大きく削る」

 俺は欠点を先に言った。

「だから前提が変わる。分断を考えるなら、予備の武器がないと話にならない」


 相良が頷く。

 危険情報に触れない範囲で、ちゃんと現実を言っている。

 相良が嫌うのは“夢”だ。“運用”を伴わない提案だ。


「予備武器の携行が必要になりますね」

「そう」

「しかし英国側は、装備重量が増えることを嫌がる」

「嫌がるなら死ぬだけだ」

 俺は淡々と言った。

 英国のダンジョンで、嫌がっている余裕はない。


 相良が笑顔のまま、圧を足す。


「それを“制度”に落とし込む必要があります」

「分かってる」

 俺は頷いた。

「だから“性別”じゃなく、携行能力で基準化する」


 相良が小さく息を吸った。

 期待の反応だ。


「携行能力テスト、ですか」

「そう。装備重量と移動能力」

 俺は続けた。

「一定距離を一定速度で移動できるか。障害物を越えられるか。転倒しないか。予備武器を抱えた状態で」


 相良が端末を操作してメモを取る。

 ログだ。英国側にも共有される言葉だ。


「ただし」

 俺は一拍置いて言った。

「基準に満たしてなくても、魔力があればセーフにする」


 相良が顔を上げた。


「……魔力で補う型ですね」

「そう」

 俺は頷く。

「予備武器を持てないなら、武器寿命が削れる前に決める火力を持つ。あるいは武器が壊れても生き残れる移動を持つ」


 相良が静かに頷く。


「“持てる人は持つ”。“持てない人は魔力で補う”。二系統の型」

「そういうことだ」

 俺は短く言った。

「性別で切ると燃える。体格で切ると燃える。だから“携行能力”と“魔力量”で切る」


 相良が笑顔のまま、結論を置く。


「合理的です。炎上しにくい」

 そして、笑顔のまま釘を刺す。

「ただし、数値基準を公開すると“攻略の条件”として独り歩きします。危険情報になります」


「だからログ共有は整形する」

「はい」

 相良は即答した。

「英国側には“基準の思想”だけ伝えます。具体値は現場で」


 現場で。

 つまり、また俺の言葉が国境を越える。


 俺は息を吐いた。


「……問題は武器だ」

「武器?」

「英国は槍の供給が安定してない」

 俺は即座に言った。

「エンチャントを使うなら、消耗が激しい。質が悪い槍は一発で終わる」


 相良が頷く。


「では、調達が必要です」

「そう。しかも予備まで」

 俺は言った。

「分断が起きた瞬間に、武器が壊れたら終わる。だから“その場で交換できる”構造が必要になる」


 相良は少し考えてから言った。


「分割式のシャフト、交換可能な穂先――」

「具体構造は共有するな」

 俺が即座に止める。

 相良が笑顔で頷く。


「もちろん。思想としてまとめます」


 相良は切り替えた。


「結城さん。もう一つ大きな問題があります」

「何」

「魔法ガチャ飴です」

 相良は淡々と言った。

「英国側は“補助魔法”を増やしたい。しかし現地で飴が集まらない。死者が多く、周回が成立していない」


 ……予想通り。


 英国は、経験が積み上がらない。

 積み上がらないから勝てない。

 勝てないから周回できない。

 周回できないから飴が集まらない。


 詰みのループだ。


 俺は答えを出した。


「買うしかない」

 相良が頷く。


「海外から高値で買い取るしかありません」

 そして、嫌な事実を付け足す。

「最も安いのは日本です。現状、日本が有力」


 ……結局ここに戻る。


 日本はまだ“ぬるい”。

 ぬるいからこそ、周回できる。

 周回できるから飴が出回る。

 出回るから安い。


 だが、それは同時に火種だ。


 転売。

 密輸。

 偽物。

 混入。


 相良が言うまでもなく、問題は見えている。


「検品が必要だな」

「はい」

 相良が笑顔で言う。

「ログ提出。流通経路の記録。危険魔法の混入確認。――英国側には“安全な範囲”でのみ配布」


 首輪の音。

 でも必要だ。


 俺は椅子にもたれて、少しだけ目を閉じた。


 槍×エンチャント。

 携行能力基準。

 魔力で補う例外。

 飴の輸入。検品。ログ共有。


 やることが多い。

 しかも全部、英国の悪質さに合わせてチューニングしなければならない。


 相良が最後に言った。


「結城さん。英国側は“成果”を急ぎます。スタンピードの恐怖が根付いているからです」

 笑顔のまま、現実を突きつける。

「あなたの提案は、命を救う可能性があります」


 命を救う。

 そんな言葉を、俺は簡単に飲み込めない。


 救うって言葉は、責任になる。

 責任を取れるほど、俺は強くない。


 でも――。


 優奈が単独で帰ってきた時の顔が、頭に浮かんだ。

 怖いのに笑って、勝ったことを喜んでいた顔。

 あの顔を、英国の誰かができるなら。


 少しだけ、意味がある。


 俺は目を開けて言った。


「やる」

 短く。

「ただし、俺の範囲でだ。危険情報は出さない。再現性を高めすぎない。死なない型だけを渡す」


 相良が微笑んだ。


「承知しました。では英国側へ――“槍×エンチャント”は思想として提出します」

「ログ共有は整形してな」

「もちろんです」


 会議室を出る時、俺はふと思った。


 英国の悪質さは、個人の勇気でどうにかなるものじゃない。

 制度と型と運用で、じわじわ変えるしかない。


 そのために必要なのは、英雄じゃない。


 武器の寿命が削れても、手順が削れない“型”。

 分断が起きても、崩れない“ルール”。

 携行できないなら、魔力で補う“例外”。


 ――現実に寄った、泥臭い設計。


 それが、俺の仕事だ。


(つづく)

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